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ぷぷぷ日記

映画・マンガ・アニメ・小説・歴史・日々の雑記帳。

更新は思いついたとき。

大晦日に母が亡くなった。膵臓癌が見つかって何もしなければ余命三か月と言われてから一年八か月たっていた。長かったというか、短かったというべきか。
母は自分で家族葬の会場を下見し、遺影を用意し、葬儀によぶ人のリストまでつくっていた。入院から二週間、葬儀終了まではあっというまだった。

クリスマス休暇でアメリカから姉と子供たちが来ていたので、母は孫全員に見送られることができた。姉も最後の十日ほどは大活躍で、できるだけのことはしたという達成感があったんじゃないかな。

私はといえば、
今のところ実感もわかないし、できたことできなかったことなどを振り返ってみる暇もない。仕事のほうは決算準備で忙しいし、母の死後の事務的な処理がやたらとあって、めんどくさいと半ば怒りながら過ごしている。姉が納骨のため四十九日ころに帰ってくるのだけれど、その頃までにどこまで書類が用意できているか・・・などとそんなことばかり考えている。純粋に母の追悼ができるのは一年くらい先になるのかもしれないなぁ・・・
 
2009年9月、龍馬伝・坂の上の雲にさきがけて四国へ行ったときの写真です

城山の浮み上るや青嵐    子規 
松山城の句。
TVドラマ「坂の上の雲」の冒頭に松山城が出てきます。
俳句鑑賞は苦手(想像力貧困なためか)ですが、街のどこからでも見えるあの城山を思いだしました。城山を見ると気持ちが晴れます。道後温泉からの遠望にこんなところからもやっぱり見えるんだ。。。と。はるか下方に広がる街のむこうにそびえているのです。
山城にありがちな、天守閣がちょこん、というものではなく連立式の立派な天守と櫓や門が往時を思わせ見飽きません。ただし明治時代は放置され、荒れはてていたかもしれませんが。。。
剣道初段審査に合格しました。
審査は若い順で、女子では後ろから2番目。ひとりだけ年上の人がいた・・・
幸いでした。すばしっこい若い人にすごいスピードでガンガン打たれたら、打ち返すヒマがありませんから。 とりあえず合格したので、時間をずいぶんさいて教えてくださった先生方に面目がたってひと安心です。

しかしながら、手放しでは喜べません 。
少年たちにとって初段とは、何年も何年も稽古と昇級審査を重ねたうえに受審資格ができる、栄光の位なのです。年齢制限があり中2にならないと受けられません。一方、大人にとって初段は持っててあたりまえ、初段をとって初めて実践的な技を教えてもらえるようなものです。

つまり、私の実技のスキルは少年たちに遠く及ばず、初段と偉そうに言うのは恥ずかしいものがあります。精進しなくては・・・ しかし、若いと上達が速いものですね 3ヶ月前に入門した子の上達ぶりを見るとタメイキが出ます!
http://youtu.be/GdugFCr1mp0
『ハウルの動く城』のメインテーマ、『人生のメリーゴーランド』。

SHARP NETWALKER(キーボードつきのタイプ)を買った。 OSはUbuntu。いつもスリープのような状態で起動が一発なのがいいい。電子辞書の拡張型として使っています。
flashが見られず困っていたのですが、ここに貼り付けるとなぜか見られる。
うーん いい曲だ。。。
講談社現代新書。
学校で習ったときは「日中戦争」なんて用語はなくて、盧溝橋事件(日華事変)などと年表にあった。前の戦争といえば「1941」からだと思っていた。 太平洋戦争中も日中戦争は継続していたのに、まったく認識不足でありました。

正式な宣戦布告をしなかったために長く「日中戦争」と称されなかったというけれど、いまだに世間でも「日中戦争」に対する注目度が低すぎるのではないでしょうか。

この本によると、日中戦争で作られていった流れから太平洋戦争を始めてしまったと思われる。それなら太平洋戦争直前の情勢だけを考えて開戦の是非を語
ることはあまり意味がないような・・・

---12月1日追記----
この本によると・・・ 蒋介石は外交力でアメリカの世論を味方につけた。
一方、日本は外交というより稚拙な陰謀というレベルの策しか講じておらず、エドガー・スノーなどアメリカ人ジャーナリストが自発的に中国擁護の論を盛り上げるにまかせてしまっていた。日本の報道といえば国内の戦意高揚のために終始しており、国際世論を意識しアピールするものは見当たらなかった。そのため満州国建国、リットン調査団報告のあたりでは国際世論は日本をやや容認という雰囲気だったのが、だんだんと険悪な非難を受けるようになっていき、日米開戦も避けられないこととなった。

外交、国際世論。このあたりの対策がまるでなっていなかったのは政治家が無能だったからというより、軍に抑えられていたからだ、と著者は解説しています。 外交、国際世論へのアピール、大事ですね。

今は政治家が無能で対策がなっていないように思います。 そのうち日本海は東海と書き換えられ、尖閣は中国領となり、北方四島はロシア領と世界中の地図に明記されそうです。竹島もですね。外交的無策のせいで、武力紛争なしに黒星がつきそうです。
ベンキというのはトイレの設備のことですが。。。
日本のそれはたいがいTOTOかINAXですね。
すなわち東洋陶器株式会社と伊那の老舗、どちらも陶磁器業のすばらしい会社だと思っていました。美しいタイルはりっぱな美術工芸品で
、昔は仕事がらみでギャラリーを訪れるのも楽しいものでした。

ところが。今自宅の洋式トイレはinaのセットですが、ものたりないです。下部は陶器ですが、上部のタンク部分、付属の手洗い部分すべてが薄いプラスチックでできています。たたくとぺこぺこ感があります。便座と蓋のプラスチックもずいぶん昔より薄くて割れやすそう。なによりプラスチックは褪色変色しやすいのでは? 抗菌仕様とはいえ衛生面はやはり陶器には劣るのでは? 
建築の仕事を離れて長いので、ショールームで見たときは衝撃でした。なんじゃこりゃー! と叫んでしまった 。住宅メーカーお仕着せ仕様ですから安いランクのものとはいえ、陶器メーカーとしてのこだわりは半分ばっさりいかれた。。。そんな気がしてなりません。ちなみにTOTO製品も同じよう です。
 
今、プラスチックカバーの中には電子機器が入っている。これは陶器じゃできないということもあるんでしょうか。こんなに電子機器が必要なのかも疑問だが、、、

この家でタイルといえば玄関まわりに少々あるだけです。
キッチンまわり、風呂場などのタイルも完全にボード関係にとってかわられています。メンテがめんどうで嫌われるんですね。さびしいのでどっかに飾りでいれてみようかなあ。。。
たいへんためになった。これまでの戦争がどのような情勢の流れで行われてきたのか、その時国民は戦争遂行についてどう説明され説得されたのか、ということを中心に検証されている。

本屋に絶対ないと思ってネットで買ったが、近所の本屋でなんと平積みになっていたのを発見。戦争特集をやっているところだった。今、尖閣諸島、北朝鮮、米軍基地問題などなどがあって、日本も軍備について考えなければという人が多くいるということかな。けっこう過激な偏った本も売れているようなのが気になりますが。

加藤氏の本では
●ロンドン軍縮会議の結果、海軍は対米戦に勝てないとした
●満州事変を起こした頃、日本は経済的にアメリカに負うところが多かった

という情勢でありながら太平洋戦争に突入していった経緯がどうも納得できなかったのだけれど・・・

加藤氏の本でとても腑に落ちたのは日露戦争後の「山形有朋の憂鬱」という項でした。憂鬱とは、日露戦争は勝利に終わったというもののロシアに大打撃を与えたわけではなく、復讐戦に備えなければならない。日露戦争では現役兵だけでなく市井の予後備の兵を動員したが、これが予想外によく活躍した。これは「維新中興の偉業によりて養成せられたる国家の元気があったからである」。多大な納税と兵役義務をこなした果てに賠償なしの講和に終わった。国家に失望した国民に、今後はこのような元気は期待できない・・・というものです。

日露戦争までの戦争は美しく語られ、それ以後の戦争は悲惨さを強調して語られるということがあります。日露戦争までは日本が明治維新を経て国際社会に認められるまでの上昇志向を国民全体が共有した青春時代だったのでしょう。

それ以後の戦争については、歴史というにはまだ生々しく、冷静に考えられなかったのが今まででした。ようやくこれを検証する時期がやってきたという気がします。
2007
朝日新聞社出版局
吉田 修一

殺人を犯した悪人(主人公)は本当に悪人なのか。
孤独をもて余すこんな人物は本当にいそうだ。この人の内面を他者の目から見てうまく描きだしているところがいい。最後は無欲と欲、犠牲の精神などについて考えさせられる。

ただし2007年と新しい話で携帯やら出会い系やらが重要な装置として登場するのだが、主人公以外の人物群など設定に違和感がある。なんだか時代が古く感じられるのだ。

短大卒や高卒の女子が大学生に憧れたり、30歳前になると行き遅れの年増のように感じたり、ヴィトンのバッグに安物の靴を履いてたり・・・といった描写が私の若い頃を思い出させる。著者は同世代の1968年生まれ。自分の若い頃を思い出して書いているのでは?

今の若い人って30で年増とは感じないのでは?
40男も自分のことを「おやじ」と思ってるだろうか?
疑問だ。
若い人がこんな話を書いた場合、ちがったものになるだろうな。

ただ、テーマは時代を超えたものだと思うので、少し前の話だと思って読んでもいいかもしれない。

スティーブンスンの『宝島』は子供のころ愛読書だった。エジンバラに行ったときはスティーブンスンの書斎を訪ねて感動した。 ミステリアスな街角の暗い書斎、隠れ家のような雰囲気でした・・・

今年は『宝島』を夏の読書としてぜひ息子に、と勧めたのだけど、いっこうに食指を動かさない。

そこで、30年もののVHSテープをひっぱりだしてTV録画したアニメの宝島を見せた。
美しい昔のセルアニメ。。アニメーター杉野昭夫が止め絵を多用したため、決して動画枚数は多くなく、紙芝居っぽいのだけどシルバーの魅力やジムの動きなどは十分見応えがある。町田義人が歌う主題歌、終わりの歌も郷愁を誘います。

ただしテープの状態もよくないし全26話は揃ってない。あまり人気のないアニメだったんで、ろくに再放送もなかった。本放送当時も6時とか中途半端な時間に、UHFでやってた記憶がある。
今となってはレンタルもなさそう。。。全部見たいなあ とDVDを検索したらなんと78000円? 高っぷっくっくな顔

ともあれ作戦は成功、息子は物語に興味を示し、岩波少年文庫(これもたいがい古い)にて、夏休み中に読了。アニメでは見られなかった結末を自分で読むことができてよかったよかったうまい!
宝島エンディング:『小さな船乗り』 http://youtu.be/N2zJF-qlLlk
この本を「記録文学」と書いている人がいた。そのとおりだと思う。武蔵建造に関わった人たちや資料をたずね歩いて書かれた作品だ。


この本でもっとも気に入ったのは感傷を排して淡々と書かれているところだ。あきれるほど大きな艦の建造がいかに困難をきわめたか・・・話はかなり技術的なところに踏み込んでいるのだけれど、事実だけを追って贅肉のない文だ。引き込まれて読んでしまった。


武蔵は「二号艦」として三菱長崎造船所で造られた。設計は海軍呉工廠の「一号艦」(大和)に倣っている。だから設計の全体像を知る者は長崎の造船現場にはいなかった。

極秘の建艦だから皆、自分の持ち場以外のことはわからない。あえて知ろうともしない。個々人が各自の持ち場で最大の力で励むうち、山のように大きな艦は神格化され「不沈艦」の名にふさわしい威容をあらわしていく。


人は力を結集し、意図せずとてつもない大きな流れを作り出していく。その象徴がたとえば巨大不沈艦「武蔵」だ。なぜこれを造るのか、それは誰も知らない。ただ懸命に努力するうちそれを信じるようになる。

巻末解説に「これは極端な言い方をすれば日本人の集団自殺の 話である」とあった。うまいことをいう、と思う。


武蔵のような巨艦は重油を大量に消費するので容易には動けない。また小戦闘で損傷をうけてはもったいない。そんなことで大和も武蔵もたいした戦績をあげないままレイテ湾突入作戦を迎える。その途上、シブヤン海で武蔵は集中攻撃にあい、長時間奮戦ののち沈没する。


それからの話がもっとも興味深い。

駆逐艦に拾われた生存者は全乗組員2,399名のうち1,376名。海軍は武蔵沈没を秘しておくため、彼らを隔離したかった。半数は内地送還となったが、多くは敵襲等で死亡。内地にたどり着いた者は所属のないまま軟禁状態の生活となった。残りの半数は現地で再配属され自決または戦死によって玉砕。武器がないため突撃隊に編入され、にわかづくりの爆薬を手に戦車に飛び込み玉砕した隊もあった。


この作品はここまでやはり淡々と語って、終わりとなる。
ここで私は考えた。

1944年10月24日、武蔵沈没。

このとき武蔵沈没は秘され、生存者は抹殺されたも同然だ。

1945年3月19日、大和沈没。

大和のほうは「一億総特攻のさきがけとなる」ために沈んだ。
国が滅んで戦艦残る、というのでは格好がつかないからだという。

そして大和は国民の記憶に残り、鎮魂され、博物館もでき、映画になったりもする。


それにくらべると同型艦「武蔵」は報われない気がするが、こちらが普通なんだろう。あの戦争では武蔵のような例が普通であったということがよくわかる。このような事実は情緒をまじえて語られる必要はまったくない。感傷は事実の悲惨さをかえって曇らせると思うからだ。吉村昭は素晴らしい。
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