『スミカスミレ』の1話で、
古臭いワンピースを着ているスミレが「以前母が作ってくれたものなので……」というセリフに
真白くんが答える
「洋服作れるなんて、凄いね」

ウルッときた。

私の母も洋服をいつも縫ってくれていた。
小学校時代の私は、いつも母親の手作りの服を着ていた。
私には2学年違いの姉がいたので、
私はいつも彼女とお揃いの服を着て、
その後、彼女のお古も回ってきて着ていた。
とにかくいつもいつも母の手作りの服を着ていた私が写真に残っている。

いつから母は服を作らなくなったのだろう?

よく考えてみる。

私が、初めて自分のお小遣いで洋服を購入したのは、
確か中学三年生。
トレーナーを買った。それからGパン。
トレーナーを買ったことをよく覚えている。
自分で服を買ったことがとても嬉しかったから。

でも、今考えてみると、
あのタイミングが、母が服を作らなくなったタイミングなのではないか?と思う。
そう考えてみると、
あれは嬉しいタイミングではなかったのだ。

多分、経済成長で大量生産出来るようになり、
既製品の服が安く購入できるようになったのだ。
つまり手作りよりも安い。
全くこう書いてみると変な話だ。

生地を購入して、
母が採寸して、服を縫う。
そこには時間と労力と愛情がある。
その服よりも安価で、見た目にも素敵な服がたくさん市場に出始めた。
だから、作らなくなる。

料理もそうなのだろう。
冷凍食品がなかなかおいしくなり、
高くないなら、手間暇かけて作るよりも買った方がいいじゃん。
ってことになる。
ある時期から、手作りのご飯を子どもに食べさせない母親も出始めた。

でも、どちらも、手作りの方がいいに決まっている。

高度経済成長で、
世の中すべてが技術発展、大量生産、便利になった。
いいことたくさんあったけど、
よくないこともたくさんあった。

いいことだけを見るようにしてみると

例えば、服を購入することも出来るけど、
服を作ることも出来る。
つまり選択権が出来た。
と考えよう。
でも、洋服縫えないなぁ~。
生地も結構高いんだよなぁ~。
生地屋さんそのものが少ないしなぁ~。

手作りの服を楽しむことは
もう……私には出来ないのかもしれない。

分かっていたことだけれど、慢性腎不全で火曜日に入院となってしまったパトラ。
昨日まで毎日面会に行って、血液検査や尿検査、エコー検査などを経て、
慢性腎不全の治療を行ってきた。
今日の夕方退院させる予定です。
でも、その後も通院して、治療続けないといけない……。
一体、いつまで治療を続けるのだろうか?

人間と比べてはいけないと思うが、
ペットを飼っている人なら、
人間の家族も犬猫の家族もそうは変わりがないと思うので、
今日は最愛のパトラのために、書かせて貰います。

入院してからのパトラは、点滴を続けています。
それで腎臓や肝臓の数値に変化が見えたので、
どこまで下がるか丸四日点滴を続けているわけです。
実際、予想以上にいい結果が出ていると思います。
しかし、点滴を辞めたらもとに戻るかもしれない。
そもそも失った腎臓は元には戻らないので、
点滴によって体の毒素を除いたって、
それを辞めればまた元に戻る?

病院は(医者)少しでも状態が良くなるように最善の努力をしてくださる。
もう近い将来死んでしまうとしても、
少しでも長く、少しでも元気に生きさせてあげたい。
それをどこまで続けるのか?
ここが問題なのだ。
医者ではなく、家族が判断するべきことだろう、と思う。

例えば、パトラの調子が悪くなったらまた入院させる?
答えはNOである。
もう二度と入院はさせない。
それだけは決まっている。
でも、通院して、または自宅で点滴という形ならあるのだと思っている。
それをいつまで続けるのか?
治療をしていたって、だんだん悪くなっていくのだろう。
どこまで続けるか?

理想は、ぎりぎりまで家で元気に過ごしてもらうこと。
最後をきちんと家で、出来れば私の膝の上で看取ってあげたい。
それだけなのだけど、
もう少し長く、もう少し元気になるのではないかと思ってしまう。
そことのせめぎ合いだ。

昨日面会に行ったら、かなり元気になっていて、
私が現れると、広いケージの奥の方に小さくなっていたパトラが歩いてきて、
抱っこしてあげると、顔をぺろぺろ、そしてゴロゴロゴロゴロ。
帰る気満々だった。

「帰るんでしょ」「いい子にしていたから帰れるでしょ」「帰りましょ」「帰るわよ」
「ニャーニャーニャーニャー」

今は、先の悪いことまで考えなくていいのかもしれない。
とにかくとりあえず元気になったパトラを今日家に迎え入れて、
なるだけ一緒にいる時間を作りたいと思っている。

今クールは、楽しみなドラマばかりでとっても嬉しい。
それなのに、またひとつ連載ドラマを増やしてしまった。
『スミカスミレ』 
何故、見ようと思ったのか?も分からない、
基本的にストーリーを聞いても興味が持てないドラマ。

でも、一話は楽しめました。

とにかく泣いた。
なんでだか不思議なくらい、
こみあげてくるものがあった。

パトラ(我が愛猫)が入院しているせいで涙もろくなっているのか?

そもそもアンチエイジングという言葉が大嫌いな私。
65歳の女性が、20歳になることになんの興味もない。
そんなこと誰が望むんだ?と思うくらい。

ところが、
ドラマの中で、
65歳のスミが、20歳のスミレに変わる。
そのスミレが、公園の遊具で遊びまくるシーンがあるんだけど、
そのシーンで、なんだか涙が止まらない。

そのあとも、2つのシーンでウルウルした。

そう、なんとなく切ないウルウル感。

最近思うんです。
別に20歳に戻りたいとは思わない。
そこからまたやり直すなんて大変すぎてありえないから。
25歳のあの時に戻ってやり直したいこともない。
ああすればよかった。と思うことがないわけではないけれど、
結果は同じような気もするし、
結果としての今の状態がそれほど悪くないということなのかもしれない。

ただ、ひとつだけ
やっぱりひとつだけ取り戻せるなら取り戻したいことがある。
それは、
体力 である。
美しさとか、つやのある髪とか、まあとにかく
若いということは素晴らしいことがたくさんあるのだけれど、
そういうことはさておき、
もしも、以前のような体力があったら……

こんなこともあんなことも出来るのに……と思うことがある。
というか、今私が欲しいのはそれだと気づいた。
運動をすることで得られないのだ。
運動をすることで筋力は得られても、
結果として疲れてしまう。
休まなければならない。
頑張ることはいくらでもまだ出来るけれど、
頑張ればその分、あとで疲れというつけが回ってくる。

それにしてもこのドラマ。
20歳に戻ったスミレは大学で浮いている。
そりゃあ、今どきの大学生の会話にはなかなかついていけないのではないかと思う。
古臭いと言われる。
でも、風邪ひいている男の子に雨を両手で差し出す彼女は、
かなり魅力的だ。
勿論、彼女が容姿に優れているということが非常に重要だけれど、
周りの男の子たちが、
他の大学女子とは違うモノを彼女に見始める。

そもそもスミ役の松坂慶子さんが、
超美人でしたので、
彼女が若くなれば、
失礼ですが、このスミレ以上の美しさなわけでして……。

本当に美しかったですよ(今も美しいですけど)
私が松坂慶子さんにお会いしたのは、
彼女が多分20代後半になっていたと思いますけれど、
肌が透き通るように美しく、
本当に本当にきれいな方でした。
彼女が、本当に20歳に戻ったら、
大学男子は誰も放っておかないと思います。

んなわけで、
なかなか素敵なキャスティングで、
とりあえず懐かしい~ウルウル感を楽しめそうなドラマです。



窓で日向ぼっこしていたパトラが、
その場でおねしょしてしまった。
ここ数日、私の上で眠っていておねしょしたりが続いていた。
明らかに様子がおかしい。

その後、ネットで調べたりして、
基本的に動物病院に行って余計な治療はしない主義なのだけど
(つまり治らない病気なら治療しないつもりなのだけど)
やっぱりパトラだし、
やっぱりつらそうだし、
やっぱり少しでも長生きして欲しくて、
そのまま勢いで病院に連れて行った。

入院はさせたくなかったのだけど、
腎臓と肝臓の値がかなり悪く、
どうせ治療するならば早い方がいいだろうと思って、
そのまま入院になってしまった。

昨夜から今朝に掛けて、泣いた泣いた。
連れていくならもっと早くすればよかった。
そうしたら腎臓はもう少し健康に残せたかもしれないのに。

治療しなければ、余命一か月くらい?
食欲があることがびっくりの値だと言われた。

ごめんね、パトラ。

今日は、病院お休みだったのだけど、
面会だけさせてもらえた。
檻の中の奥の方に小さくなっていたパトラが、
最初は私を見てもよく分からないみたいな感じだった。
抱っこする時も、少し逃げ腰、
でもそのうち分かったのか?
昨日よりも目に力があった。
そのうち、まるで帰る支度をするかのように、
檻から出ようとしていた。
ごめんね、今日はまだ帰れないの。
でも、元気になって退院しようね。

腎臓はかなり悪いし、
失ったものは取り返せない。
退院しても、またそのうち体調が悪くなるだろう。
でも、とにかく少しでも元気になって帰宅して、
私の腕の中に居させたいのだ。
体調が悪い時ほど、傍にいてあげないと。


先日来、たまに戯曲を買いに来てくださる人が居るので、
今時間がある時に……と、戯曲の構成を変更したりして
商品を充実させる作業をしている。

ぐる~ぷSTING 戯曲SHOP

構成を変えると同時に、
やはり以前書いたものなので、
少し手を加えてもいいかと思っている。
というのは、少しずつ古くなっていくのだ。
少しでも手を加えるのならば、校正する必要もある。
ということで、
結局は、一本ずつ、最初から読み直しながら手を加えている。

以前書いた戯曲を読み直す作業だ。
面白いもので、
役者がうまく演じてくれたセリフは、
必ずその役者の声で、
その役者のトーンでセリフが記憶としてよみがえってくる。
逆に、無意識ではあるが、
多分、自分で書いたものを実際に演じられたものに多少のギャップがあったのだろう。
そもそも自分が書いたイメージで音が生まれてくることもある。
初めて、ああ、こういうことだったのだと
我ながら気づかされることもある。

一本の戯曲を読み直し、
構成を変えつつ、校正するのに
どのくらいの時間がかかっているのか分からないが、
一本を終えると、私はすっかりその戯曲の世界に入り込んでいることに気付く。

昨日は、クラムドキッチン という作品を読み返していたのだが、
2009年に上演した時の雰囲気も現れたし、
多少なりとも違った世界観も広がった。
そして、その世界観は、私の脳の中をその後も数時間存在する。
それはそれはリアルに、私はその世界に飛んでいるのだと感じるのだ。

そもそも本というのはそういうモノ。
私は、本を書くのはあまり得意ではないが、
舞台の戯曲(シナリオ)を20本以上書いて上演してきた。
戯曲というのは、基本的にセリフしか出てこない書物。
説明がない分、理解が難しい。

例えば、
小説だったら。

「そう言ったじゃない!」と彼女は目に涙を一杯浮かべて叫んだ。

とか書いたりするところを、
戯曲だと

ユリア「そう言ったじゃない!」

だけになる。

どうやって理解するかは、
それまでの流れで、ユリアという人物の性格を読み取り、
その前後のセリフなどの流れで、
彼女は、泣いているのか、怒っているのか、笑っているのか、
叫ぶのか、どこを見ているのか、誰に言うのか、
それらのことを理解しなければならない。

つまり行間を読むという奴だが、
小説よりも説明文が少ない分、理解は難しい。 と私は思っている。
かなり難しい書物だ。

更に、戯曲というものを読みなれていない人には、
その独特の書き方(セリフばかりで、他にはわずかなト書があるだけ)のために
読むのも苦労するのかもしれない。
ということで、基本的に戯曲という書物は、
芝居を作る側の人間にしか読まれていないと言っていいだろう。

結果として、書物としては売れない。
売れないと本屋さんには並ばない。

東京の大手書店でも、
戯曲のコーナーは、本棚ひとつかふたつ。
そして、有名な数人の戯曲しか置かれていない。

図書館はもっと少ないかもしれない。
本棚ひとつは埋まらない。

だから、私が書いてきた戯曲も
書物としては売り物になりにくい。
だから、ぐる~ぷSTINGの販売という形しかないわけです。

ただ、折角だから、いい作品を上演して貰えたらいいなと思ってネット販売をしている。
実際、読み返してみるとめちゃくちゃ面白い。
果たして、それを芝居化した時に、面白くできるかどうかはまた別問題だが、
大切なのは、その世界観を舞台に乗せること。
2次元の世界を3次元化すること。
これほど面白いことはないのかもしれない。

もう40年近く(学生の時も入れると)芝居畑の私からすると、
戯曲(シナリオ)を読んだことが全くない人がたくさんいることに驚かされるが、
逆に言うと、
芝居に何のかかわりもない人が、戯曲というものを書物のひとつとして読んだ時に、
果たして楽しめるのかどうかも気になる。

漫画や映画のように映像があるものよりも、
活字しかない方が、世界観は広がるものだ。
だから、読書をする。
その活字からイメージを広げていく力が近年読書をしない若者たちから失われていった。

それこそ始めるのはいくつでもいいのだと思う。
年とっても出来ることだから。
読書という素敵な事を、やらないなんて人生損しすぎだ。

読書をする。
目が疲れる。
時々、ふぅ~っと息をはいて、本から目を離す。
出来たら庭の自然が目に入ってきたい(庭ないんだけど、今は)
そしてそこに本の中の世界が広がる。
それはそれは素敵な時間。

晴耕雨読。
これが私の今の人生目標なのです。
昨日のニュースは、どこもかしこも北朝鮮がミサイルを発射したとのニュース。
そもそも、北朝鮮が人工衛星を打ち上げると発表する前から、
かなり毎日報道されていた。

どうも気持ちが悪い。

NHKのインタビューに答えた街角の人たちはこぞって
「怖いです」を連発。
北朝鮮というお隣の国は、何をしでかすか分からないから怖い。
と言う。

だが、怖ろしいのは、本当に北朝鮮なのだろうか?
もっと恐ろしいものがこの裏側に隠されているように感じるのはおかしいのだろうか?

そもそも、北朝鮮によるミサイル発射実験は、
ウィキペディアによると
1993年、1998年、2006年、2009年、2012年4月、12月、2013年、2014年、そして今年2016年
金正恩が、最高指導者になってから、
ほとんと毎年にように行われている。

私の記憶では、どれも人工衛星打ち上げと発表された。

にも拘わらず、
今回に限っては、報道が異常だったのだ。
北朝鮮の発表後、
とにかくニュースで取り上げまくった。
毎日毎日、北朝鮮がミサイル発射するらしいとテレビでわめいていた。
これまでと何が違うのだろう?
私の印象では、
何も違ってはいない。
違っているのは、日本の報道だ。

まるで、日本の今の環境は、以前とは違ってかなり危険であると、
日本人にその危機感を持たせるためとしか思えない報道ぶり。
実際に、政府が撃ち落とすための準備についても何度も報道されていた。
撃ち落とす?
そのために呉から沖縄に軍備が移動する映像もテレビで見た。
まさに戦争のような雰囲気だ。

どうして今回だけ?
異常な大騒ぎだった。

そして国民は、その大騒ぎに乗せられて
「怖い」「危険だ」「北朝鮮は何をするか分からない」とインタビューで答える。

これは一体誰の仕業なんだろう?

こういう場合、推理小説ではないが、
このことで誰が得をするか考えてみればよい。

北朝鮮が、日本国土に実際にはミサイルを撃ち込んでは来ないにも関わらず、
いつ、ミサイル攻撃をしてくるかわからないという緊張感を醸し出して得をする人。

それは、安保法案を正当化したい今の政権である。

安保法案を通す時に、
今の日本の周囲は危険をはらんでいるから、
集団的自衛権の行使が必要なのだと言い続けた自公は、
それを正当化する必要がある。
更に、今年の参院選を見据えて、
安保法案反対が最も選挙にマイナス影響を及ぼす彼らは、
これをどうしても正当化させたいのだ。

どうも気持ちが悪い。
何だろうこの報道のされ方は。

そもそも近隣諸国との緊張関係は、
ほとんど今のアベ政権が作り上げた。
その前の民主党政権とは違って、
今のアベ政権になってから、
中国とも韓国とも犬猿の仲に戻ってしまった。
戻してしまったのかもしれない、もしかしたら意図的に?
それは、なぜか?
アメリカの意向で集団的自衛権を行使できるようにしなければならなかったから。
アメリカからの要請で、
これからはお金だけではない、
自衛隊を基本として
日本国民そのものも戦争に参加させて欲しいと要望されているから。
アメリカは、今防衛費を削減していく方向にあるのに、
今の日本は、どんどん防衛費が増え続けている。
そして増税して、社会福祉のお金が削られていく。
すべてアメリカの意向だ。

NHKの報道を見ていて、
東京で待ちゆく人にインタビューをして、
その答えが、こぞって
「怖いですね。北朝鮮……」だった。
私も生放送だったら、ぜひインタビューにこたえたいと思った。
「怖いですね。日本政府による報道コントロール」と。
しかし、インタビューはすべてビデオで編集なので、
そのようなことを言った人はすべてカットされてしまう。

そもそも、上記の北朝鮮のミサイル発射実験のうちのいくつかは、
核実験だったと言われている。
核実験なら、
過去にアメリカやロシアなどが、
1000回以上やっているのだ。
そのいくつかは日本沖で行われている。
その事実を私たちが知らないとしたら、
そっちの方がずーっと怖ろしいことだと思う。

マスコミに踊らされるのは辞めましょう。
自分の頭や(私の場合それほど頭が良くないので)
自分の感覚で、物事を捉えてみると
かなり気持ちの悪い報道が最近目に余ります。
それを気にしていかないと、
次の選挙も好きなようにされて、
この国は戦争へを向かっていきます。

私は、日本近海の危険度は、以前と何ら変わっていないと思っています。
戦後70年、戦争に手を染めなくてもやってこられたのです。
憲法を盾にして、アメリカの要請からも逃げることが出来たのです。
その方がよっぽど頭の良いやり方だと思うのですが、いかがでしょうか?



可愛い写真を発見してしまったので、
今日は、姉妹猫クレオ(写真左、昨年8月没)とパトラ(写真右)の話

この二匹は、アビシニアンの姉妹。
ペットショップで見つけた時、
二匹とも父親に噛まれて首のあたりに傷があった。
慌てて飼い主がペットショップに持ち込んだらしく、
まだ一時間しかその店にはいなかったらしい。
ハムスターのようにころころと二人でプロレスごっこをし続けていた。

右のパトラが少し小さいのだけれど、
喧嘩するといつも勝っていた。
クレオは心優しい子でした。

この写真を見ても分かる通り、
パトラは、二等親くらいしかない。
丸くなっていると胎児のよう。

小さいころは、こうやってよく二人で一緒に寝ていました
(写真は小さい時ではなく、今も同じ大きさです)

人間が大好きで、
私の友達が来ると、すぐにその人の膝の上に乗りたがる子たち。
一方、猫は嫌いで、他の猫たちとは決して相容れず、
結局、すべての猫からいじめられていた。
正確にはいじめられていたのかどうかわからない。
他の猫はただ、遊ぼうと思っていただけかもしれないけれど、
身体がみんなより小さく、
他の猫を本当に嫌がっていたこの子たちは、
いじめられているように見えた。
実際、下痢ばかりしていたし。

今は、気は強いけど、おっとりモネちゃん(ブログの写真)とパトラの2匹だけ。
パトラは腎臓もあまりよくないし、最近食べても食べても体重が減っている。
なんか弱っちい姉妹猫。

まだ9歳。
少しでも長く生きてもらいたいと思っているのだけれど……
クレオが昨年夏、あっという間に亡くなってしまって以来、
ちょっと不安なのです
昨日ニュース速報のように飛び込んできたニュース。
元プロ野球選手、清原和博さんが、覚せい剤保持の疑いで逮捕。

テレビは一日中そのニュースを流した。
その中で、当然、彼の過去の活躍ぶりを流す。
PL高校時代、西武ライオンズ時代、そして巨人時代。
彼の人生を振り返るようなその映像の中のナレーションで、
『清原容疑者は、〇年PL学園で……』
『西武ライオンズ時代、清原容疑者は……』
何度も何度も名前が呼ばれるたびに、「清原容疑者」
どうしても違和感を感じる。
いちいち、容疑者ってつけなければいけないの?
過去の活躍ぶりを紹介するのだから、清原選手ではいけないの?
容疑者に敬称をつけてはいけないということなら、
選手でもいいし、清原和博は……←これも気持ち悪い?

さて、そのニュースの中でコメンテーターが、
「彼の転落人生はどうして……」と語る。
よく言いますよね、スターのように活躍した方が、借金をしたり、こうやって法を犯すことをしたり、
そういった時に使う転落人生。

どうして……?って、
簡単なことだと思う。

最初に麻布のマンションで逮捕された。
次に麻布のマンションの間取り図が出てきた。
「清原選手って結婚してなかったっけ?」と私。
「してるよ」と旦那。
マンションの間取り図は、どう見てもひとり暮らしの作り。
自宅の他に、自分の仕事用のマンションを持っているんだ。とまず理解した。
そもそも私は清原選手のファンでもないし、
プロ野球は今はほとんど見ないし、
民放のバラエティ番組もほとんど見ない。
だから、当然しっているべきこと(例えば離婚されたとか?)は知らない。
そのうち、ニュースを見ているうちに分かったこと。
彼は、一度結婚して二人の息子がいて、
今は離婚して、息子ともたまにしか会えないで、ひとりぼっちだということ。

スポーツ選手の場合、普通の会社員よりもかなり早く定年がやってくる。
普通の方でも、定年になって急に暇になるとどうしていいか分からない男性は多いと思う。
それまで仕事で活躍していた人ほど、定年後との差が大きい。
スターだった彼のその落差は、私たち平凡人には、想像もつかない。
活躍してる時に、きちんと人間関係を作っていなかった人は、
仕事を辞めると自分の周りに誰もいないことに気付く。
私の印象では、男性の2人に1人(もしかしたらそれ以上)は、そうなのではないだろうか?
仕事中は、嫌でも周りの人からちやほやされているのだ。
飲み会の誘い、年賀状の枚数。
しかし、すべては仕事の付き合いだったということに、定年後気づかされる。
趣味がある人はいい。
それもない男はどうなるか?
全員、妻に全面的に頼る。
妻は、突然家に居て、自分の行動を見守る夫がうるさくてわずらわしくて、外に出歩くようになる。
まあ、それならまだいいのだが、
家族しかいないと気づいた時に、
その家族もいなくなってしまったら。

丁度今日見ていたドラマのセリフで
「男は離婚されると寿命が9年短くなるんだってよ」というものがあった。
そうかもしれないと思った。

清原選手は、麻布のマンションでひとりぼっちで天井を見上げながら
覚せい剤を使うことで、ぎりぎり精神的な辛さから逃げることが出来たのだろう。
覚せい剤使用を仕方がないと言っているわけではない。
そもそも、そうなった背景には、そういうモノを売りつける人たちがいるわけだし、
お金を持っていた彼はいいカモになっただけかもしれない。

そんなもの買うからいけない。
使用するからいけない。
それは当然のことだ。
だけれども、人の弱さがあまりにも映し出された事件だった。
それもスターとしてみんなから持ち上げられていた野球の才能のある人に反映されていた。

インタビューを受けた人たちが口をそろえて行っていた。
「残念だ」という言葉。
それ以外に表現のしようのないニュースだった。

きっと今一番ほっとしているのは、清原選手自身だろう。
ここまでいかないと戻れない所まで行きついていたのだろう。

願わくば、覚せい剤という身体を蝕むモノが、なくなってくれたらいい。
間違ってもそんなモノで金を儲けて喜んでいる人が居なくなって欲しい。

売る人が悪い。
買う人が悪い。
どちらが先かは分からないけれど、
少なくとも、人は、藁にもすがりたい瞬間というのがあるものだ。
そういう弱みに入り込むことで商売している人たちがいることがやはり犯罪なのだと思う。

繰り返す
私はこれまで一度たりとも清原選手のファンだったことはないけれど、
昨日が一番、彼の気持ちを推し量ることが出来たように感じた。

これから民放各社がどれほど彼のこの事件を突き詰めていくのかは知らないし、興味もない。
気を付けなければならないのは、
このような大きな話題性のあるニュースの裏側に、
重要なニュースが隠されていないか注視することである。
ここ数日、テレビのニュースでは、
アメリカの大統領選挙の模様が中継されてきた。
連日だ。

そして、昨日はアイオワ州戦の結果が出たので、
トップニュースになっていた。
因みにトップニュースが、アメリカ大統領選挙だったのは、
昨日が初めてではない。

アメリカ大統領選挙のニュースが、日本の夜のニュースのトップ?
なんか違和感を覚えないでしょうか?
なんか気持ち悪い。

そもそも昨日は、アイオワ州戦の結果。
それもアメリカ大統領選挙の前の前、
民主党と共和党の大統領候補者選びのその最初の選挙が行われたに過ぎない。
勿論、初戦のアイオワ戦が重要とかそういう問題はあるのだが、
とにかくよその国の、大統領選挙の
その候補者を選ぶ選挙の、ひとつの州の選挙だ。

先日、沖縄宜野湾市の市長選があった。
これは日本の政治にとって非常に重要な選挙だったのだ。
自民党は、こぞって沖縄まで足を運び
現職の市長が当選するように
汚いことも含めて、とにかく必死に戦った。
その報道はどうだっただろうか?
とりかえず、ここ数日のアメリカ大統領選挙の報道と比べたら
月とスッポンだ。
どういうこと?

NHKをつけていたら、
夜はずーっとその話題でもちきりで、
この日本とは全く違う選挙のやり方にも
近年日本人はかなり詳しくなってきたのではないかと思う。

世界の政治を勉強したり、知識を増やすことは勿論必要なことかもしれないが、
日本のテレビニュースを独占するような状態はやはり奇妙だ。

アメリカ大統領選挙が、日本にとって非常に影響力のある重要なことである。
または、
日本で起こっているもっと重要なニュースを隠そうとしている。

理由は↑このどちらかしか考えれない。

日本にとって非常に影響力のある重要なことならば、
もっと民主党政権になったら……、共和党政権になったら……、
ヒラリーになったら、トランプになったら、
日本にどのような影響が及ぼされるのか話すべきだが、
そこら辺は、あまり話されず、
どちらかというと、アメリカで流れたニュースをそのまま流している感じ。
これまでの党大会の映像なんてそれ以外に何の意味があるのだろう?
アメリカで盛り上がっている選挙の状況を
ある種、エンタメとして報道しているとしか考えられない。
それは……、
やはり日本がアメリカの植民地的状態であることを窺わせる。

因みに、アメリカの大統領選挙は、
今年の11月8日に予定されている。
それまでの情報は、本当に日本で大騒ぎするほど必要なことなのだろうか?

なんか気持ち悪い。
そう、最近の報道を見ていると気持ちの悪いことが多すぎる。

今年1月27日に飛び込んできたニュース。

According to NRA (Nuclear Regulation Authority), Cs-134/137 density in Tokyo tap water is 24% higher than Fukushima.
NRAによるとセシウム134と137について、東京都の水道水は、福島県のそれよりも24%も高く汚染されていた。

The report was released on 10/30/2015, titled as “Readings of radioactivity level in drinking water by prefecture” to cover from July to September in 2015.
これは、昨年の10月30日に出されたもの。

From this report, only 0.0015 Bq/Kg of Cs-137  was detected in Fukushima drinking water. Cs-134 was not supposed to be detected. On the other hand, 0.00036 Bq/Kg of Cs-134 and 0.0015 of Bq/Kg were detected from Tokyo drinking water.
このレポートによると福島県では、セシウム137が0.0015ベクレル検出され、セシウム134については、不検出だったのに対して、
東京都の水道水からは、0.0015ベクレルのセシウム137に加えて、0.00036ベクレルのセシウム134が検出された。

The measurement of Cs-134 is due to Fukushima accident.
セシウム134は、福島第一原発事故によるもの。

NRA comments each data is based on the reports from prefectures.
NRAは、それぞれの都府県からのレポートによると言っている。

It is not mentioned by Fukushima prefectural government why Cs-134 was not detected in their drinking water.
福島県からセシウム134が検出されなかったことについて、福島県からの説明はない。

というニュース。
因みに、この調査は、昨年の7月から9月に
各都道府県が、水道水を検査して出た値ということ。

つまり信じる信じないは勝手だけれど、
通常、悪い方に嘘をつくことはほとんどないので、
不検出となっている県が、100%安全とは言えないのかも

セシウム134が検出されたのは、宮城県、山形県、栃木県、東京都の4都県
セシウム137は、岩手県、宮城県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県。

福島第一原発の事故で、関東以北が放射能汚染されたと言われているが、
事故から4年半経って、水道水もここまで汚染されているとは……。

みなさんは、水道水飲んでいますか?
飲料水は、ミネラルウォーターにするとしても、
ご飯を炊く時やみそ汁、その他の料理に使う水すべてをミネラルウォーターにしているのでしょうか?

子どもがいる家は、とにかく西へ逃げることをお勧めします。
ただ、川内原発に続き、高浜原発、伊方原発と再稼働しようという動きを止めない限り、
日本全国(沖縄以外)安全とは言えないですが。
因みにまもなく再稼働すると言っている高浜原発は
非情に危険なプルサーマルです。
ウランだけではなく、ウランとプルトニウムを燃焼して発電します。
なんでこんなことするかというと、
これまで原子力発電所で恨んで発電し続けたら、
どうにもこうにもたくさんのプルトニウムが生成されてしまって、
その処分に困っているわけですね。
っていうか、日本があまりたくさんのプルトニウムを保有すると
アメリカが脅威に感じるので、プルサーマルにしろ!と言ってくるらしいのです。

とりあえず、西に引っ越しつつ、
原発再稼働反対、
建設なんて絶対ありえない。
すべての原発なるだけ早く廃炉。
海外に原発輸出とかありえない。
と声を出し続けませんか?

もしもあなた原発再稼働に賛成だったとしても、
福島第一原発事故の処理が終わってからにするべきだとは思いませんか?
だって、多分、私が生きている間に解決糸口が見つかるかどうかも分からないのだから。