私の好きな人…は、

私の嫌いな人の真逆です。

 

私の嫌いな人は、

八方美人、事なかれ主義、日和見主義、筋の通らない人。

 

つまり私の好きな人は、筋の通っている人。一貫している人。

 

筋の通っている人は、自分の物差しを持ち、自分の価値観がはっきりしているので、

八方美人にはならないし、

いろいろな異なった意見を持つ人がいる以上、事なかれ主義にはなれないし、

日和見主義なんてとんでもない。

長いものに巻かれないということ。

 

でも世の中には筋の通らない人が多すぎる。

特にこの国には。

 

それとも自分の筋を通すと、生きていけないのだろうか?

 

誰か権力と筋力のある人に従わないとお金と権力を手に入れられないのだろうか?

それならば、お金と権力を諦めれば良い。

幸せは、お金と権力とイコールではないのだから。

つまりは価値観の転換である。

 

その場その場をうまく収めるために意見が変わる。

でも、特にこの国はそれで回ってきた感じもする。

そういう人が多くいることで、なんとなく平和。

でもそれって、いったん方向を間違えると

国全体で戦争に向かってしまう。

 

疑問を持たないと!

 

確かに人の意見は変わる。

長く生きていれば、以前の自分の意見が間違っていたことに気づくことがある。

その時は自分の意思で意見を変える。

 

そう、自分の意思で、というところが大切なのかもしれない。

 

疑問を持ちましょう。

そして考えましょう。

それだけで世の中は良くなっていくような気がします。

 

色々あるんだけど、とりあえず国民みんなの頭の中にはまず新型コロナウィルスのことがあるわけ。

それがずーっと頭の中にあって、

仕事どうしようかとか、買い物どうしようかとか、旅行取りやめにするかとか、

そして学校の勉強どうなっちゃうんだろう?とか、就職活動どうなるの?とか、会社倒産しちゃうかもとか、

とにかく、みんなこのことを考えて生活しているのです。

だから、今日もこのこと。

 

専門家が、「ここ1、2週間が勝負(パンデミックになるか?または、押さえ込むことが出来るか?)」と

発言したのは、先月2月24日。

その後、この国の首相は、スポーツ文化イベントの中止や、学校の休校を要請したりした。

これで一気に、危機感は高まったのだけど、

上記だけストップしても、仕事は休みになっていないわけだから、

どういう効果があるのかは不明。

それよりも、首相は、それらのコメントを出すたびに、「ここ1、2週間が勝負」と言ってるんだけど、

専門家が最初に言った日からはもうすでに2週間経っているのですね。

 

いつまで続くの? 「1、2週間」 って感じになってきています。

 

やっぱり日本人は、諸外国の人たちに比べると危機感なさすぎって思います。

 

今出ている感染者数も死亡者数ももはや信じられないし、

検査した人数も出してくれないと…。

 

本当に韓国のようにパンデミックになっていないのかどうか分からない。

都心の満員電車で多くの人が通勤しているのに、

どうして東京の数が(そこそこ増えてきましたが)爆発的にならないのか分からない。

分からない。分からない。

と、みんなで不安になっている毎日です。

 

とにかく1日も早く安心して街を歩きたい

というのが、全ての人の気持ちではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

今日は西友の日なので(5%offの日)買い物に行ってきた。

調味料とか保存の効く商品とか、日用品とか買う日。

 

いつになく、空っぽの棚が目に入る。

一部ではあるけれど、

ある商品が売り切れていたりして棚があいているという光景は、

そうそう見るものではない。

 

取り立てて、何がないのかよく分からなかったけれど。

 

例えば、米はあった。

冷凍のうどんがいつになく少なかった。

その程度。

でも、普通ではないことはうかがえる。

 

それよりも今日は、値上がり商品が目についた。

西友で買った方が安いのでいつもここで買う商品があるのだが、

そのいくつかがかなりの値上げをしていた。

 

分からないうちに、私たち消費者は首をしめられているのだ。

無関心をやめないと、気づいた時には息ができなくなってしまっている。

新型コロナウィルスの影響で「不要不急の外出はしないでください」となっている。

何処かで最近聞いたように思う。

結構しょっちゅう聞いているような気もする。

 

夏は、暑いから、熱中症になる恐れがあるから、子どもたちは外で遊ぶことを制限されたりしている。

咋秋は、台風の影響で、何処へも行けなくなった。

冬になったらコロナウィルスのせいで外出できない。

春になると花粉症の人は外出を控える。

 

一体、いつ出掛けたらいいのよぉ〜

 

私だって、多少思うのに、

若者たちはいかばかりだろう。

 

若者たちよ、何とかしなければ!

制限を少なめにする努力だけはしましょう。

何をするかって?

 

ま、とりあえず、

選挙に行きましょうよ。

マスクや消毒薬がドラッグストアから消えたのは分かる。

消毒用アルコールが家庭でどれだけ必要なのかはともかく、

マスクは、いまは本当に必要だと思う。

ただ、なくなる理由が、買い占めによるものだとしたら、それはやめなければならない。

 

そしてここ数日、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、米を買い占める人がたくさんいるらしい。

どういうこと?

 

私は、出不精だ。

でもそれを良いこととは思っていない。

普通に活動的なので、誰も私が出不精だと言っても信じてくれない。

でも、私は出来ることならばずーっと家にいたいような人だ。

それで若い頃から、よく考える夢のような生活がある。

それは、何かが起きて(起きるのは嬉しくないんだけど)強制的に1ヶ月くらい家から出られない状況が作られること。

強制的なので、家にいなければならないのです、1ヶ月間。

どうしてこれが幸せなのかというと、

出不精の私が家にいるための大義名分が出来るからです☺️

そのせいか分からないが、基本的にどんな時でも、1ヶ月くらいは家の中に篭って生活できる状態にしてある。

私は、ほとんどの人がそうなのだと思って生きてきた。

 

マスクは、いつだったか(多分10年くらい前)安い時に買いだめしたものがあり、

一生で使い切れるのかしら?と思うほど家に買ってあった。

でも今回のことで、ご近所に少し分けてあげたりもして、使い切れちゃいそうなことが怖い。

トイレットペーパーは、消費税が上がる前の昨年9月までに静かに買い足していたので、

当分は大丈夫。

食べ物も、乾物(麺類)は、時々山ほど買ってしまう(送料無料にするためとか)

もちろん、たまたま、買おうと思っていた直前で在庫が少ない時はあるけれど、

我慢できる範囲だと思う。

 

だから、今回も新型コロナウィルスが騒がれて直ぐにマスクがないと言ってる人に対しては、

普段も、風邪引いたらマスク買いに行くのかしら?と不思議に思う。

マスクなんて家にあるものでしょう?って思う。

 

もちろん、今となっては別の次元の問題だが。

 

先月末から、サークル活動とか、イベントとか、みんな中止になり、

家にいる時間が増えた。

お陰で家の中が綺麗になるし、料理は手の込んだものを作る。

暖かくなったので早速庭にも出る。

やることはいくらでもあるから、それは良いのだけれど、

でも、心から愉しむことは出来ない。

だって、強制的な、大義名分ありの滞在じゃないし、

期限付きの引きこもりじゃないし、

いつ収束に向かうのか何も見えていないからだ。

 

はっきりしないことは不安を煽る。

不安だから買い占める人が出る。

そして在庫薄になるから、慌てて買う人もいる。

悪循環だ。

 

早くはっきりさせるために、今月全てをお休みにしてしまうのが良いと私は思っている。

しかし、それで解決するとも言えないし、

それをしなくても収束に向かっていくのかもしれない。

 

でも困るのは、怖くて行きたくないけど、

会社や主催者が中止にしてくれないと堂々とお休みできない人たちだ。

強制的に「来るな!」と言われれば、それなりの生活の仕方を模索できるのかもしれないが、

自分で休む判断は、非常に難しい。

企業でも、イベントでも、上に立つ人は、そういう決定をすることが仕事と言ってもいいのだ。

多少の損を我慢して、なるだけ早くはっきりすっきり出掛けられるような社会にするために、

どういう判断をするべきか、考えなければならない。

先日安倍首相が、全国の小中学校に対して来週から春休みまでの休校を示唆した。

 

それまでツィッター上では、海外の国々で学校が休校になっているのに、

なぜ、日本は休みにしないのだという意見がたくさん出ていた。

そして今は、なんで学校だけ休みにするんだ!

子どもがいたら働けない人たちはどうするんだ!

と意見がたくさん出ている。

 

国や行政のトップがどんな施策をしても何処かから文句が出てくるのだ。

と感じたが、そんなことは当たり前のことで、問題はそこにはない。

 

学校は休みにするが、保育所と学童は休みにしない。という。

これは何?

 

つまり学校を休みにするということは、

新型コロナウィルスを子どもたちの間で蔓延させないことが第一目的ではないわけ?

 

目的は何?

 

目的はないのかもしれない。

場当たり的なのかもしれない。

 

全てをストップすることが出来ないから、

出来るところからとりあえずやっている。

 

(経済に響かず、政府周りの権力者から強い反発もなく、

何となく対策はしましたと見えるところだけ手をつけてみたけれど、

予想通り、反発があちこちから起こる。

でも、その反発は、政府にとって重要な周囲の権力者が少ないから、

まあいいとするか)みたいな?

 

確かに、今回のようなケースは、ここまで広がってしまうと対策は難しいに違いない。

本当は全てをストップしてしまえばいいように思うが、

経済的な損失が計り知れず出来なかったり、

全てとはいえ、病院関係者は休めないわけだ。

全てのことは繋がっているので、ひとつを止めても解決には至らない。

初動対応のミスと言ってしまえばそれまでだ。

 

でも、根本的な問題が見えた気がした。

 

れいわ新選組の大西つねきさんの古い映像を見てて以前気づいたのだ。

安倍政権はもちろんのこと、

これまでの日本の政府にはきちんとした指針、物差しが見えないのだ。

それが決定的に欠けているのだ。

 

安倍首相が「国民の命を守るために」と何度言っても、

そこにリアリティがないのは、ほとんどの国民が感じている。

北朝鮮の拉致被害者さえ、何十年経っても取り返せないのだから、

いままでも国民の命を第一に考えていないのはよくわかる。

 

大西つねきさんが言っているような、何が大切なのか、

それを総理大臣所信表明演説でしっかり物差しとして示し、

それ以降の政治が、きちんと物差しにのっとって優先順位が決められていけば、

(そりゃあ、どこかから小さな文句は出るが)

国民からあっちからもこっちからも、何をやろうがやるまいが、

文句が出てくることは減るだろう。

 

つまり分からないのだ。

政府が何をしようとしているのか?

策が本当にあるのか、ないのか?

分からないということは、非常に恐ろしい。

今の新型コロナウィルスも、分からないから恐ろしいのだ。

そして、今の日本の状況は、事実や真実が多く隠され、

正しく報道されないことが恐ろしいのだ。

今年もお年玉付き年賀状が2枚当たって、当選切手を貰ってきた。

子年をモチーフにしたこんなデザイン。

郵便局で交換する時、「おめでとうございます」と言われ、少々恥ずかしかった。

 

頂いた年賀状を確認してお年玉切手シートを貰いに行ってる人ってどのくらいいるんだろう?と考えた。

そもそも年賀状を出す人が減っているわけだし。

 

私はそもそも手紙を書くのが大好きな人なので、年賀状もそれなりに出していた。

2年前から年賀状を出すのをやめた。

2011年から2年前までは、「今年の30人」と一年を振り返って、

その年に大切な人30人だけに年賀状を出していた。

それ以前は、仕事の絡みもあり、100通から150通くらいは出していた。

だからそれなりに年賀状も受け取っていた。

 

3等賞のお年玉切手シートは、下二桁が3組当選となる。

だから100枚年賀状を貰うと、平均して3枚が当選する確率になる。

しかし私にはくじ運がない。

100通以上貰っていた時も、2枚当たれば良い方だった。

今年も2枚当たった。

旦那と私と1枚ずつ。

 

子年の切手を見ながら考えた。

あと何回子年を生きられるか?

多分1回、ラッキーで2回、不運で3回?

子年に限らず、どの干支もあと一回は生きられるかなぁ?と考えた時、

そろそろこの切手を使う時期だと決心した。

私には収集癖がない。

記念切手シートもよく購入するが、どんどん使っている。

でもこのお年玉切手シートは使わず残っていたのだった。

見てみたらとても綺麗なので、使う前に記念に写真に撮ってみた。

一番古いものは昭和52年のものだった。かもめーるはこれしかない。

一度だけ、平成2年、切手シートの上の賞が当たったことがあった。

美しいと思う。

これを毎年考えて丁寧に作ってくれている人がいるということだ。

だから、私も丁寧に書いた手紙に貼って使用していくつもりだ。

ちょっともったいない気もするが、使えるものを残さずなるだけ使い切って死ぬことが、

私の心がけ。

ゼロにすることが出来ないからこそ、心がけて暮らしていく。

我が家では突然の映画ブームがやってきた。

 

今月の11日から昨日までの15日間で18本の映画を見た。

コロナウィルスのこともあるし、

なるだけ外出しない方がいいのだから、映画でも見よう!

ということでもない。

ちょうど見たいスポーツがない、からなのか?

とにかく18本見た。

「あん」「サバイバルファミリー」「大空港2013」「山のトムさん」「WOOD JOB」

「歩いても歩いても」「きみはいい子」「しゃぼん玉」「くちびるに歌を」「私の人生なのに」

「愛を積む人」「カノン」「センセイの鞄」「舟を編む」「駆け込み女と駆け出し男」

「箱入り息子の恋」「そして父になる」「マスカレードホテル」

 

こうして並べてみると、印象に残って入るもの、つまり好きな映画は、

「WOOD JOB」「愛を積む人」「舟を編む」だな。

私は、ドラマが好き。ラブストーリーも好き。

 

昨日見た「マスカレードホテル」はよく出来ていたけど、

お金を掛けた2時間ドラマのようだった。

 

「カノン」もメンバーのせいなのか?テレビドラマを見ているようだった。

 

悪くはないけど、見るにはとても楽だけど、なんか物足りない。

 

「駆け込み女と駆け出し男」は時代劇のせいもあったけど、

ちょっとみるのは面倒だったけど、良かった。

 

「箱入り息子の恋」は、シリアスなラブストーリーなのか、

ふざけたコメディーなのか?

その線引きが正しくないと思われた。

 

それに比べると「サバイバルファミリー」のふざけかたは正しい。

 

それにしても田舎はいいなぁとか

若い人と、年寄りの交流とか、

家族に問題があり、血の繋がり以外の家族を持つとか、

癒し系の映画が多くてびっくりしました。

時代はやはりそっちなんですねぇ。

 

それぞれいいところのある作品群で、

印象的な作品だけでも感想ブログ書こうかなぁ?

と考えつつ、

今日は、この辺で失礼致します。

 

ここ数年、新作邦画を見ていなかったお陰で、

これからしばらくは見たい作品が山積みで楽しみです。

 

 

 

最近ニュースを見るのはツィッターにしている。

やはりテレビと新聞は情報操作されている。そしてツィッターが早い。

逆にSNSは情報が垂れ流されるので、自分で判断しなければならないが、そうすればいい。

 

今世界中から日本の対応が叩かれている。

BBCのニュースは凄かった。

中国武漢と日本は全く同列に語られている。

主にダイヤモンドプリンセス号の対応について言われているが、

実際、武漢でコロナウィルスが蔓延したあとの春節手前に

日本の首相は、「中国観光客を歓迎する」コメントを発表し、

その後数十万の中国人観光客が来日した。

中国が団体旅行を禁止した後も、普通に中国人観光客が来日している。

今も…。

そして蔓延してしまって、今はもう把握できない状態。

 

ここにきて、東京オリンピックの前におさまるのか不安になってきていると思うが、

春節の中国人観光客による利益を優先したがための失敗。

そして、実際にそのことで、長期戦になり、

多くの損失を生むことになる。

こういった対策は初動が重要。

 

責めていても仕方がないので、我々は自分たちの身を守ることを考えていかなければならない。

 

私は昨日仕事で東京に行った。

本当に行きたくなかった。

東京(都会)は、もうかなりまずいことになっていることが予測される。

一人のウィルス保持者があの満員電車に乗っていたら、

マスクでは防御できないことがわかった今、パンデミック間違いなしだ。

 

東京では半数以上の人間がマスクをしていた。

直接の飛沫を避ける意味では役に立つかもしれないが、

マスクと防護服をつけていた消防隊員が感染した今、それだけでは守れない。

とにかく外出後の手洗い、うがい。

外にいる間は、顔を触らないようにしている。(口とか目とか)

あとは、通常の風邪対策と同じ。

自分の免疫力を高めること。

最悪、感染したとしても、基礎体力の差で重症化しないと考えられる。

 

昨日は、なんとなく東京の街にいつもよりも人が少ない感じがした。

「不要不急の外出を控えてください」と言われたばかりだし。

今更の、専門家会議で出たコメントがこれというのも少々なさけないかんじがする。

でも人が少ないのは、とても嬉しい。

東京には人が多すぎる。

しかし、人が少ないということは、経済活動が低下しているということだ。

あらゆる業種で、低迷しているに違いない。

 

中国からの収入欲しさに、結局は、この国の経済を引き下げる。

予想できたことなのに。

相変わらず、一番先見の明を持っていていただきたい日本の政府(権力者)に

先見の明のない人が多すぎる。

政治を見ていると、外交って難しいんだなと感じる。

というよりも、

外交下手だなと思う。

 

日韓の問題は、ただ横に置かれただけだ。

多分、他に大きな問題が出てきているから。

 

人と人が理解し合うために必要なのは、多くの時間を共有すること。

一緒にいることだ。

同じ言葉を喋り、一緒に活動し、多くの時間を一緒に過ごすことで理解しあえることはたくさんあると思う。

 

2001年ニューヨーク同時多発テロの後、

アメリカはイラクとアフガニスタンを攻撃した。タリバンがいると言うだけの理由で。

それまでも戦争続きで、国土に多くの地雷が埋められ、

世界で最も貧しい国の1つに挙げられていたアフガニスタンにまた戦火が上がった。

正直、許せなかった。

 

その後、私はアフガニスタンについて色々調べ、勉強し、

2004年10月に『ジャングルジム タンク』とうアフガニスタンを舞台にした芝居を書いて上演した。

座☆スティング ACT17 である。

60余りの役を20名余りの役者で演じ分けると言う、

私にとっては2作目のシリアスもの、そして大掛かりな芝居だった。

その芝居の登場人物の一人のモデルが、中村哲さんだった。

だから、当然、中村哲さんの活動ぶりは注視していた。

 

彼の訃報は、本当にショックだった…。

これまで彼が築き上げてきたアフガニスタンにおける、彼の、そして日本人の信頼は素晴らしいものがある。

が、彼の死によって、それが薄まっていくことが、恐ろしい。

あの湾岸戦争の時だって、その後、中東と何か問題が起きるたびに、

その間に立って外交しているのは、日本の霞ヶ関にいる人たちよりもはるかに

日本のNGOの人たちなのだ。

 

アフガニスタンに興味を持った私は、あの美しい国を是非訪ねてみたいと思っているけれど、

それは生きている間には叶わないだろうとも思っている。

 

大切な方が亡くなるたびに、心が痛む。

もっと長生きして、活躍して欲しい人ほど、死んでいくように感じられてならない今日この頃である。