昨年の7月から全ての店のプラスチック袋が有料になった。

それは、プラスチックの削減には繋がらないと思っていたし、多くの人がそう言っていた。

そもそも削減すべきプラスチックは、スーパーの袋ではなかった。

なぜなら、スーパーの袋ほど再利用されているプラスチック袋もないだろうから。

 

時の(現在の)環境大臣は、そう言った意見に対し、

「国民の意識を高めたい」と発言していた。

意識?

私の場合は、スーパーマーケットにエコバックを持って買い物に行くようになったのは、

地元(当時市川市)のゴミの分別が始まった頃だから、もう15年〜20年くらい前からだ。

確かに、そうではない人が(主婦層でも)いたのは知っていたけれど、

それでも主婦層は、10年くらい前から着々とエコバックに変わっていた。

 

スーパーの袋は、ゴミ袋に変わり、そのうち捨てられていた。

スーパーの袋が手に入らなくなったので、必然ビニール袋を購入するようになった。

購入すると、安定量の袋があるので、ケチケチしないで使えるようになった(なってしまった)

 

スーパーでは、今も袋を置いてある。有料ということで。

有料にするならば、多少高くても誰も文句言わない(言えない)ので、燃やせる袋にするべきだと思う。

 

どちらにしても消費者の前に、物を売る側、企業側に強く働きかけないと、我が家のプラごみは減りようがない。

 

そんな世の中の変化の中、十数年前からエコバックを色々な局面で貰うことがあり、

私は多分20個くらいのエコバックを持っている。

あまり大量に入らないおしゃれなものは、普通に手提げ袋で使っている。

 

その中に、いくつかあるのだけれど…(先日記事で読んだ話)

布ではなく、ビニールなどで作られたエコバック

あれは、やめた方が良いという。

何故なら、そのビニールのエコバックを作ったり廃棄したりした時に発生する二酸化炭素は、

レジ袋の数倍に上るらしく、エコバックに変えた意味がなくなってしまう。

因みに燃やせるビニール袋というのも、安全と思って大量に消費したらダメだということだ。

結局は、ゴミを減らすことが根本なのであって、

レジ袋をなくしたり、有料にしたことの根本の意味を分かって暮らしそのものが変わっていかなければならないわけだ。

 

因みに30年前、ドイツのスーパーマーケットにはすでにレジ袋がなかった。

日本では、カケラもそんな話がされていなかった頃のこと。

私はスーパーで食品を数点買って、そのままベルトで流されてきて、この買った商品をどうしたものかと周囲を伺ったが、どこにもレジ袋は見えず、バックパックに詰めて帰った。

今頃、レジ袋をなくして、環境問題に対して取り組んでいるような顔をしている場合ではないのだ。

 

 

田舎では昨年の4月以降、ものすごーく節制していたのに。

第一波終わった時、我が県も0人になっていて、つまりコロナウィルスゼロになっていたのに。

緊急事態宣言を早めにやめて、GO TO トラベル始まったら、都会から人もウィルスもやってきて、

それでもみんな頑張って自粛生活ずーっと続けていたのに、

今回の緊急事態宣言で、マスクしてたら参加できた習い事も、また全部中止になった。

参る…。

 

面白いことを求めて、久しぶりにツィッターを眺めていたら、

与党議員が銀座のクラブで深夜遊んでいたとか、

野党への答弁で、総理が泣きそうになっていたり、

国会中継中、大臣がこぞって居眠りしていたり、

なんかムカムカするニュースをたくさん目にしてしまった。

 

結局は、その人たちに一票を投じた国民と、選挙にも行かない国民がいけないのだけど、

それでもやっぱり権力を持つことに対しての責任はきちんと果たしていただきたい。

だって、望みの地位に着いているのでしょうから。

 

田舎にいるので、それほど暮らしに困ってはいないのだけれど、

とにかく

なんとなく面白くない毎日がもう数ヶ月続いている。

 

ワクチン接種が来月から始まると言っているけれど、

どうせ、田舎なんて後回しになること間違いなし。

つまり今年中に(昨日東京の某区の試算でも、今年中は無理だと言っていた)一般の人の接種が進むとは思えない。

あと一年以上つまらない毎日が続くのかと、ぼんやりしちゃう。

 

若者も出歩けなくてつまらないだろうけど、

年寄りもつまらない。

そして年寄りはつまらないだけではなく、出かけないで人と交流しないことで、

病気が決定的に進行してしまうことも恐れなければならない。

運動不足も、単に太ったとか、運動不足と感じるのは若者だけ、

年寄りは、失った筋力を再び取り返すことは無理な場合も少なくないのだから。

 

面白いこと探しましょう。

毎日の暮らしにささやかでも面白いことを。

そして、コロナ治ったら、外に出て「わーい!」ってジャンプできる身体を整えておかないと、終わっちゃう。

我が家の猫、於市の方が、1歳の誕生日を迎えました。

今日は朝から、まとわりついてきた於市の方をハグして、5回もキスしてやった。

抱っこも厭な子なので、めちゃくちゃびっくりした顔をしていました。

初めて会ったのは、昨年の3月、こんなに小さかった。

そして、4月緊急事態宣言直前に受け取ることが出来、我が家の家族になりました。

車で運んできた時も、あまりビビることのない子で、

長い車移動も具合悪くならず結構暴れていました。

手作りの猫ベットの端に可愛らしくちょこんと座っています。

が、今は、大きくなりました。

体重3.9kg、尻尾の立派なニャンコになりました。

コロナのお陰で、私の在宅時間が長くなり、

これまで飼ったどの猫よりも可愛らしい仔猫時代を一緒にいることが出来ました。

そのせいか、私に余裕が出来たのか、この子の性格なのか、

可愛くて可愛くて…

先住猫レディー・ザザともすっかり仲良しになりました。

一応、お市の方はまだ仔猫なので、ザザとしてはしつこくて嫌みたいなところも見せるのですが、

1日に2回は、二人で全速力で走り回っているし、

何よりも於市がザザのことを姐さんとして大好きなのです。

ザザがやってくると、必ず後ろに白い猫がついているという状況だし、

ザザが鳴くと、於市はすぐ飛んで行きます。

仔猫の時は、悪戯も多いし、不注意なのか、怪我をする恐れもあるし、身体だって弱いはず。

 

今日無事1歳になってくれたので、多分、

於市の方は、2歳にも、3歳にも、4歳にもなってくれるのだと思う。

そして私は15歳にもなって欲しいのです。

2匹が元気で長生きしてくれたら、私は本当に幸せなのです。

 

 

年末に喪中の葉書を受け取った。友人の義父が6月に亡くなったということだった。

100歳だった。

 

その方には、(多分友人の結婚式の日にお会いしているのだろうが)会ったことはない。

でも、ひとつだけその人の話を聞いたことがあった。

それは、「引退して時間ができたので自伝を書くという素敵な人なの」とその友人が言っていた。

その一言だけだが、とても印象に残っている年上の男性だった。

 

人は何年生きられるのか分からないが、ラッキーな人は、年老いて引退という時期がやってくる。

体力的には限界でも、家の中で過ごす自由な時間を持つことも出来る。

他人からみたら、有名人でもなんでもない、それぞれの人に、それぞれの人生がある。

それを自伝にするって素敵なことだと思った。

 

実際には、自伝を書くということそのものも重要なのだろうが、これまでの道のりを振り返るということなのだと思う。

 

その話を聞いてから、私もいつか自伝を書きたくなる時のために、自分史メモを作り始めた。

たまに思い出してはメモするだけで、全然テキトーなのだけど。

 学生の時は、学年や周囲にいた人物で記憶を蘇らせることができるが、社会に出ると、もう何年の出来事なのか、前後関係もぐちゃぐちゃになってしまう。

 昨年のようなとんでもない年だと記憶は飛躍的に上がる。(ああ、あの時はマスクをしていたから、2020年だ)みたいな。

 

私は中学3年から38歳まで日記をつけていた。確かにつけていたのだけど、一度も読み返していないので、どの程度真面目につけていたのかは分からない。でも、時々昔を振り返って疑問が浮かんだ時に、大丈夫、日記があるから、それを読めば分かる。と思っている。

でも、振り返るために日記帳を開くことはまだない。

その時期が来るのかどうかも分からない。

死ぬ前に自分で処分しなくちゃ、とも思っている。

 

人は何年生きられるか分からない。

だから、自伝を書き始めるタイミングも、自分の人生を振り返るタイミングも、測れない。

若い時は、先(未来)ばかり見て生きているが、年老いてくると先が短くなるので、現在を考えることが増える。それで良いのだと思っている。

一番幸せなのは、現在の、今の、この瞬間のことを考え、ビビッドに幸せな瞬間を積み重ねることが出来る人だと思っているから。

 

しかし実際にはそうもいかない。昔を振り返ることも多い。亡くなった親や親友のことを考えることも頻繁にある。自伝を書けば、そういう人たちが山ほど登場してくる。

そんな日がはたして私に来るのだろうか?

年末からマスクを大量生産している。

こんな時は、色々な局面で手軽にプレゼントできるので、マスクを作ってる。

お金もあまりかからないし、無駄にならないし。邪魔にならないから。

 

因みに私が作っているマスクは、二重ガーゼ+布の立体マスク

今はマスク用のゴムも出回っているので、材料的にも何も苦労はなくなった。

 

マスクを作っていて良かったことがいくつかある。

 

最初は、自分のマスクと家族のマスクを作り始めたわけだけれど、

 

 ミシンがほぼ初心者に近い私が、マスクを作ることで、ミシンに対する恐怖感がなくなった。

扱いが上手くなった。マスクは曲線が多いので、決してめちゃくちゃ簡単なわけではないが、自分が身につけるマスクなんて、それほど縫い目にこだわらない。大量生産しているうちに、結構ミシンが上手くなったと思う。

 

 もう1つ、生地を切る恐怖感がなくなった。裁縫をする上で、一番苦手なのが生地を切る作業(型紙作りも嫌い)マスクはやはりカーブが多くて切りやすい訳ではないが、大量に作っていたら切ることに抵抗がなくなった。ハギレとか使っているしね。

 

どんなことでもたくさんやっていると慣れて上手になっていくものだ。自分ながら感心する。

才能のある人には全然敵わないけれど、気軽にミシンを出して縫ったり出来るようになった。

 

予期せぬ効果に喜んでいる。

 

今年のプレゼントはマスク。

来年のプレゼントは、本当は折り畳み式のエコバッグを作りたいと考えている。

その1つ目をまず自分用に作る予定。まもなく作る予定。

 

外に出かけられない日々、家でミシンを踏んだり(踏んでないけど)膝の上に猫を乗せて編み物している時間は貴重だ。

このままの状態で何年も経って、ただ年をとっていくのはイヤだけどね。

2回目の緊急事態宣言は、あまり効果が出ていないという。

 

新型コロナウィルスについて少しずつ分かってきた。

無症状の人が知らず知らずのうちにウィルスを撒き散らしうつしてしまうらしい。

感染者の数は、圧倒的に若者が多く、若者の方が無症状者も多い。

そして、若者の方が行動が活発だ。

 

ずっと若い人たちを中心に芝居を教えてきた。

もっと外に出て、人と交流して、家の中に閉じこもらないで、家でゲームする暇があったら散歩でもいいから外に出て、電車の中ではスマホを見つめていないで人間観察をして、外で遊んで、みんなで遊んで、などなどなどなど、言い続けてきた。

私たちの時代に比べると最近の若者は内向的で、インドア派の人が多い。

多分、これは間違いではないのだろうが、それでも若者は、行動力があり行動範囲も広い。

若者ではなくなった私から見ると凄いな、って思う。

 

若い頃の手帳を見ると、毎日のようにいろんな人と会っている。

もう誰だか分からない人とも頻繁に会っていたりする。

場所も多岐に渡り、毎日毎日よくもまぁ、遠くまで出かけ、

その帰り道に誰かと会い、若い頃の自分の行動力に(体力)に感心する。

 

だから、今は、若者たちには辛い時期だろうと推測できる。

私が若者だったら…と考えると、恐ろしくなる。

さらに都会の若者は、狭い部屋で一人暮らしだったりする。

一間のアパート(マンション)の部屋の中に1日居ろというのは、酷な話だ。

 

インドア派と呼ばれる若者でも、若者なりの行動力で、あっちこっち出歩いていたのだ。

 

でもね、今はやめませんか?

だって全員が出歩くのをやめたら、まもなく感染はストップする。

(ウィルスはゼロにはならないけどね)

それから心置きなく遊びませんか。

 

政治家の言うことに説得力がなかったり、いつまでか分からなくてかなり疲れてきていたり、

それは理解できます。

政府の言うことに説得力がないことに関しては、

次の選挙に行って、ダメな政治家を一掃しましょう。

 

今、私たちが見るべきは、説得力のない政治家ではなく、

現場にいて説得力のある医療関係者です。

 

彼らの悲鳴を聞きましょう。

 

若者はコロナでは死なないかもしれないけれど、

今の状況だと、(事故とか)何かあった時、救急搬送されなくなるかもしれません。

激痛が起きた時、すぐに病院に入れないかもしれません。

それは、何歳の人でも、誰でも恐ろしいことです。

 

春からずーっと忙しく神経をすり減らして働いている医療関係者の方達に目を向けて、

一度、みんなで協力してコロナに打ち勝ちませんか?

 

だってつまらなくてもうイヤだもの、こんな気の滅入る毎日

みんなで協力しないとさらに終わりが見えないじゃないですか。

コロナ禍になる前、私は仕事柄、風邪を引くわけにいかないので、

電車に乗る時はいつもマスクをしていた。

毎年12月から3月くらいまで、インフルエンザなどが流行る時期。

それは20年以上前からの習慣。

風邪をひいている様子で咳をしているのにマスクをしていない人をよく目にするようになってから。

 

そうだったのに…、

今はマスクをするのがとっても嫌。

自分の意思で身につけるのとは訳が違う。

 

そういえば、コロナ禍の少し前から、黒いマスクが登場したように記憶している。

初めてみた時、「ゲッ」って思った。

異様だった?

マスクは白いものと頭が決めてかかっていたのだろう。

 

咋春、マスク不足になり、世の中のお母さんを中心に布製マスクを手作りするようになった。

そうして、さまざまな柄のマスクが登場した。

布や色や柄はなんでもいいことになった。

 

市販の使い捨てマスクも、さまざまな色が登場した。

ベージュ、黒、青、ピンク

 

スポーツ観戦をしていると、ベンチにいるスポーツ選手やスタッフがマスクをしている。

チームカラーに合わせているものも多いが、

アスリートがマスクを着用していると、間違いなく黒の方が格好いいと思う。

鍛え抜かれ、洗練された彼らの容姿には黒いマスクの方が精悍に映る。

 

ということで、一年も経たない間に、白よりも黒のマスクの方が素敵に見えるようになった。

この変化は驚きだ。

 

因みに田舎暮らしの私はいつも布製のマスクをしている。

ガーゼのタオルを壊して二重ガーゼ+布のマスクは、市販のマスクよりもかなり快適

当然、色々な生地のマスクを作って着替えている。

昨年生まれて初めて作った洋服(チュニック)のハギレでも作った。

春になったら共布のマスクをして出かけるのが少し楽しみ。

 

著名人(圧倒的に政治家が多いが)のマスクも個性を発揮してきている。

 

早くマスクのいらない以前の世の中に戻って欲しいと願いつつ、

足りなくなることがないように今もマスクを手作りしている。

昨年は89本の映画を見た。

全て家のTV画面で、全て邦画だった。

 

映画館にはもう何年も行っていない。(理由は後日)

ここ数年あまり映画を見ていなかったので、見たい作品を選ぶのに苦労はなかった。

アマゾンプライムで見ているので、2012年から2018年の映画が多いかな。

 

若い頃は、年間300本以上見ていた時期もあった。

当時の方が遥かに忙しかっただろうに、それに家にビデオデッキのない時代で、休みの日は安い映画館に3本立てとか見に行った。

想像を絶する。

 

昨年急に映画の本数が増えたのは、ひとえにコロナのせい。

コロナのせいで、続々とスポーツが中止になった。

観戦するスポーツのない夜、映画を見た。

 

とっても良かった映画だけ書き並べてみようかな。

 

「WOOD JOB」「愛を積むひと」「舟を編む」「羊と鋼の森」「蛇のひと」「60歳のバースデーカード」「今度は愛妻家」「僕の彼女はサイボーグ」「恋は雨上がりのように」「今夜、ロマンス劇場で」「Sunny 強い気持ち強い愛」「僕らのごはんは明日で待ってる」「彼らが本気で編むときは」「万引き家族」「星見る犬」

 

どうにもつまらない作品も少しあったし、テレビドラマのように気楽に見られる作品も多かった。それでも最近は、たくさんの邦画が製作されていて羨ましいな。

私の若い頃は、こうして今振り返ってみると、映画産業が廃れていた時期で、映画をやりたかった私にとって、タイミング悪く、ついていなかった。

たくさんの作品が製作されている今の環境は素晴らしいし、そうしていればいい作品も生まれてくる。これからもいい作品がたくさん生まれてくれると私は嬉しい。

 

秋あたりから、スポーツの世界大会も順次開催され、Vリーグも始まり、駅伝も始まり、またほとんど映画を見なくなった。

 

洋画もそう、見始めると、結構続けて見たくなる。見る体力が出来る。

知っている役者が増えるし、演出家や脚本家を比べてみたくもなる。

しかし、見なくなると全く見ない。

 

次のMY映画ブームまでに、またいい作品がたくさん作られ溜まっていると私はとてもハッピーだ。

最近TV東京でいいドラマを作っている。

東京から地方に移住した身としては、TV東京のドラマをタイムリーに見られないことがちょっとストレス。

少しずれて放映されているのだと思われるが、チェック機能が働かなくて見逃す。

 

新年から2つ見たいドラマがあった。そのひとつ「人生最高の贈りもの」

脚本:大好きな岡田惠和 主演:大好きな石原さとみ (敬称略)

 

ネットで見ることができた。良かった。

 

石原さとみが、久しぶりに芝居をしている。という感じだったし、

岡田惠和脚本にミスがなかった。

 

久しぶりに父親が一人で暮らしている実家に帰った時の石原さとみの芝居が良かった。

最初の噛み合わない時期の親子の会話が素晴らしかった。

父親役の寺尾聡が素晴らしかった。

他のキャストも(非常に少ない登場人物)地味だけどはまっていて良かった。

 

子どもの頃の出来事でトラウマになってしまった父親の一言とか、

家族の一言で傷ついたり、その後の人生に影響を及ぼすことがたくさんあるのに、

言った当人は覚えていなかったりする。

毎日顔を合わせている家族では、そういった一言は山のようにある。

それをサラッとドラマの中に組み込み、父親と娘の不器用な愛情表現、

気づかないうちにできてしまった距離、その距離が少しずつ縮まっている感じを

見事に描いていた。

 

滞在を終えて帰る日の父親と娘の距離感も不思議だった。

でも、こんな感じもリアルだなと感じた。

 

岡田さんの脚本は、本当に本当に暖かい。

そしてもちろん、セリフが巧みだ。

その巧みな台詞を、意図を理解し、表現できる役者が揃うと、

台詞も登場人物も生き生きとそこに存在することになる。

 

山田太一という素晴らしい脚本家がいて、

彼の脚本だと、新人の役者がみんな芝居が上手に見えた。

そもそも脚本が良くなければ、役者は実力以上には輝けない。

岡田惠和の脚本も大好きなのだけれど、

この間の「姉ちゃんの恋人」で、一部、役者たちが下手に見えたのは、

どういうわけなのだろうか?

脚本のせいなのか、役者のせいなのか、監督のせいなのか、はたから見ただけでは分からない部分はたくさんある。

が、

本当にいいメンバーが集まると、

役者たちは、脚本家の台詞を決して無駄にせず、

最大限に活かし、そして、自分も輝く。

 

そういえば、石原さとみが、発していた「はい」という台詞。

父親に対して発する、ドラマの中に数々あった「はい」という台詞の素晴らしかったこと。

長いセリフよりも遥かに難しい、こう言った台詞を愉しみながら演じ分けるのが本当の役者だ。

 

今年もお節をネットで注文した。2年連続。

11月ごろお節を注文したら、もうお正月の準備は終わった感じですっごく楽。

今年は、結構流行っている、一人一段みたいなお節で、届いてみたらかなり小さいお重だったので、値段は高めだったが、美味しかった。だって、食べられないものがなかったもの。

今まで大きなお節を買うと、美味しいものばかりなくなって、人気のない料理は手付かずで残る感じだった。でも今回のは全部美味しかった。味がしつこくなく、食べ飽きることがなかった。

 

以前、おせち料理を作っていた時期もあった。30日31日は、朝から晩まで台所に立つ感じ。料理は体力。だから歳と共にだんだん料理をする気がなくなってゆく。

お節を作っていた頃は、数日前からメニューを考え、それに即して食材を購入し、時間を考えて料理し、何よりも楽しいのは、元旦の朝、お重に綺麗に並べること。そして、並べ終わった瞬間が大満足で感動して一番幸せ。食べてみたら、単なる冷たい料理なのです。

 

そう、料理は、なんと言っても作り立てが美味しい。どんなに失敗した場合でも、作り立てなら、それなりに美味しく食べられる。時間の経ったものよりも作り立てが美味しい。そういう意味でおせち料理は美味しいわけがないのです。

 

たくさん作っても、うんざりしてくる感じがあったので、今年は量少なめのお節で大正解だったが、家族が多い家庭でならともかく、夫婦ふたりの家庭では、もはやそれほど重要な料理でもなくなってきた感じがする。

 

おせち料理を三が日に食べ続けて、そのあと食べるお茶漬けやカレーライスの美味しいこと!

そのために食べているわけでもないのにね。

 

スーパーマーケットも元旦から営業してくれているし(私は三が日くらいお休みすれば派ですが)美味しい生物がいつだって手に入る現代には、ちょっとずれてしまっているのかもしれない。

 

我が家のお節の定番、栗きんとん、黒豆、伊達巻。

どれも作っていたのだけど、よく考えてみたら、別にお正月以外に食べたっていいと思うの。おせち料理の定番なだけに、お正月以外は食べない料理になってしまっていることもちょっと残念かもって思う。

 

来年のお節、どうしようかな? でも夫のお腹を満たすためには、やっぱりネットで注文するしかないのかな? 歳と共に、もう少し食べる量が減ってくれるといいのだけれど…