歳を取って時間ができたら、絵を描きたいとずーっと思っていた

 

私は絵が苦手 下手

でも、下手でもいい、美しい景色を見ながら、絵筆を取る時間が持てたらどんなに素敵だろう

そして、描いているうちに、少しは上手くなる

 

歳を取って時間ができたら…油絵を描こう

 

そう思ってきたけれど、

今ははっきり言えます

それは、無理です!

 

なぜなら、私の周囲で、歳を取って、時間が余っている人はいないから

 

そして、80代になっても趣味に興じている人たちは皆、

その年で始めたわけではないからです

 

歳を取ってからやるのではなく、

やりたいことがあったら、その時に始めなければ!

60歳になってからでも始められる趣味もあれば、

もっと若い時に始めているべき趣味もあります

 

やりたいことを思いついたら、

とりあえず環境を整えて、すぐにスタートしてみる

その中で、自分に向いていたり縁のあるものが残って続いていく

そうすることで、歳取ってからも充実した時間が持てるのですね

私の苦手なもの

蝶、金魚…

 

ヒラヒラしているものが苦手

それも予測できないヒラヒラ動きをするもの

 

金魚は、真っ赤でヒラヒラが多いのが苦手

 

蝶も標本がたくさん飾られている部屋とかセットに使われることはあるのだけれど、

それよりも金魚は映像でよく使われる

 

今やっているドラマでも、

「そこから先は地獄」と「ひと夏の共犯者」でかなり金魚の映像が流れる

 

蝶の標本よりは色々な意味で使われることがあると思う

実際、「ひと夏の共犯者」の方は、いい意味で使っているのだと思うが、

「そこから先は地獄」のように不気味な意味で使われることが多いと思う

 

とにかく、私は苦手で、見るのが嫌なのだ

目を背けるのだけれど、一体いつまで背けていたらいいのか分からないのが困る

 

出来たらやめて欲しい

気分が悪い

食事中だったりしたら、もう最悪だ

 

劇団をやっていた頃、

年間50本は芝居を観に劇場に行っていたし、

付き合いが多かったので、

毎日のようにお芝居のご案内が届いた

芝居のチラシにお誘いのお手紙が同封されたもの

 

ある時、封を開けて中のチラシを開いたら

大きな赤い金魚の写真がメインに使われていて

それを開けた瞬間「きゃあ」と叫んで、

そのままチラシをゴミ箱に投げ入れたことがあった

 

だから金魚はご勘弁ください

仲代達也さんの訃報を聞き、ここ数日思い出していた

仲代さんとは、一度だけ対面で言葉を交わしたことがある

ただ、それだけ

 

多分、第二期だと思われる無名塾のオーディションの時のことだ

 

高卒で、バイトで貯めた30万円を握り締め、

入れる俳優養成所を探していた

結局、3つ受験した

 

無料で塾生になれる無名塾は、

私にとって一番入りたい場所だった

 

オーディションは、第一次から第三次まであり、

それに受かると、最終オーディション

最終は、数日間のワークショップに参加できるというものだった

 

朝から、一次、二次と振い落とされ、

その間に、ランチ休憩などもあり、

数人の仲良しグループも出来た

三次、これに受かると、ワークショップに参加できる!

それがとりあえず私の望みだった

 

最終の演技審査

正面中央に宮崎恭子さんと仲代達也さんが審査員として着座していらした

演技後、一言、仲代さんが私に言葉を発した

「お芝居、上手ですね」

それを聞いた時、(落ちたな)と思った

案の定、最終審査には残れなかった

グループの中の、とても美人のひとりのみ残れた

よく覚えていないけれど、5人くらいが最終審査に進んだ

 

丸一日のオーディションは、

友人も出来たし、とても充実していた

 

苦手なオーディションの中で、

人生で唯二楽しかったオーディションのひとつである

 

ちなみにもう一つ楽しかったオーディションは、

加藤健一事務所の「ちいさき神の、作りし子ら」の主演オーディション

その時は、最終審査の5人に残っていて、

その5人とご飯食べたりする時間もあって楽しかったのだけれど、

結局、後日その役にキャスティングされたのは、有名な女優だった(つまり受けていない人)

あの5人の中の誰かが合格したならば、後味も良かったのだけれど…

その後、加藤健一事務所の養成所に受験しなくても入れますというご案内が届いた

よくある話だ

 

それにしても、私は最終審査で落とされることが多かったと

今思い起こす

つまりその程度だった

小学生の時は、記憶している限り、すべて母の手作りの服を着ていた

いつも姉とお揃いの服を着ていたし、

そのうち、姉のお古の服も着ていた

 

既製品の服を着るようになったのは、

確か…中学に入ってから、だと思う

 

自分で服を選んで購入したのはもっと後のような気がする

 

最近は、小さな子でも、洋服屋さんに行って、

「この服が着たい」と好みの服を買って貰ったりするような情景を見ている気がするし、

少し羨ましく思ったりしたこともあるが、

事実はそうではなかったのだと思う。

 

私の服が既製品になる前は、

多分、

既製品よりも手作りの服の方が安かったのだ

だから、世の中の多くの母は服を作ってくれていた

 

母の手作りの服

今となっては、こちらの方が遥かに贅沢な話になった

 

日本経済の形態が変化し、

私が既製品の服を着るようになった、あの時期から、

手作りよりも、大量生産の既製品の服の方が安くなったに違いない。

 

今は、手作りは趣味のようになり、

プロが作った服は高くて買えない

だから、自分で作る

 

若い頃のように、何を着ても似合うという時期は過ぎ、

着てみて似合うデザインが限られてしまっていることが、悲しい

昨年から洋裁学校に通っているので自分の服を作っている

自分サイズで、好きな生地で作る服は、世界で一枚

先生がいるので、大概の服は作れるのだけれど、

結局は、生地とデザインがマッチした時、初めて素敵な服ができるのだと感じている

 

洋裁教室に通っていることがバレている友人からは、

しょっちゅう「それ作ったの?」と聞かれるようになった

既製品を着ていても、聞かれることがあって、

ちょっと参る

 

でも、親しくない人に、一言、服のことを言われるのは

掛け値なしに褒め言葉!でしょう?

 

先日、某店で買い物をしていて、

そこの販売員に

「その服、どこで買ったんですか?」と聞かれた

これは嬉しかった

「作ったんです」ちょっと自慢げ

 

その後、エステシャンに

「そのコート素敵ですね」と言われた

嬉しかった

 

その服は、洋裁教室に通い始めて、2番目と3番目に作った服で…

つまり、その後、特段、魅力的な服が出来上がっていないということだ

 

好きな生地に出会うのも

好きなデザインに出会うのも

着たい服のイメージも

なかなか難しいのでした

今期、三谷幸喜作「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」と岡田惠和作「小さい頃は、神様がいて」というドラマがある

 

ふたりとも素晴らしい脚本家(シナリオライター)なのだけれど、ドラマはどうも面白くない

 

大好きだった岡田惠和のシナリオは、もうここ数年面白くない

しかし、以前の素晴らしかった作品を知っているだけに毎回もう一度と期待して見始めるのだけれど、どうにもこうにも見続けるのが辛すぎる

 

「小さい頃は、神様がいて」

素敵なタイトル

同じ建物の中に、(普通の)家族、老夫婦、女性2人のカップルが暮らしている

このアンバランスな人々をある種の家族のように描きたい?

テーマとしては、もう新しくない

家族の形態は、もう20年以上前から、どんどん変化せざるを得ないし、それをドラマで扱うのも必然

 

最近いつも面白くない理由は、みんながみんな「いい人」だから

3家族がどこかの部屋で集まって食事会をする

ただ、集まって会話しているだけ

そんなことは現実離れしている

この人たち働いているの?

何も起きない、幸せな人々 ←にしか見えない

そもそも幸せな人々がお茶飲みながら会話しているのを見せられてもドキドキもしなければ、ウキウキもしない

 

何か問題が起きているかのようには描いているのだけれど、

そうは感じさせない

そこに都合よく、子どもも加えてしまうことにした

彼らの親、つまり老夫婦の子どもが突然亡くなってしまったという大事件は、あっさりと消えていく

 

もちろん、消えてはいないのだけれど、

何かが起きているらしいのだけれど、

こちらには伝わらない

 

「大事件が起きているけれど、みんな笑顔で頑張って生きている」を描きたいのだろうけれど、

お金に困っていない人々が、毎日集まってお茶して、好き勝手なことを言っているだけしか見せない。つまり描き方さえ、よろしくなくなっている。

 

対して、三谷幸喜の「もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう」

こちらも素敵なタイトル

こちらはシナリオの構成は、複雑に絡み合っていて、上等な脚本だと思います

ただ、演劇色が強すぎて、一般の人が楽しめるだろうか?

 

シェークスピアの「夏の夜の夢」を見たり、本を読んだことがある人は相当数いるのでしょうが、

オーベロンとか、ボトムとか、言われても、すぐにそのキャラが頭に浮かぶ人がどのくらいいるのでしょうか?

つまり、マジョリティーがその話の面白さについていけない

 

ただ、そういうドラマはあってもいいと思うんです。

テレビは視聴率が命かもしれないけれど、

マジョリティーが好まなくても、いいドラマは作れます。

それと同じで、一部の人たちが楽しむドラマは欲しいですよね。

 

ただ…

役者も演劇をやっていて(ちょっと臭めに、しっかりやっていて)テレビ画面で見た時に、う~ん、どうなんだろう?

食事は、庭を眺めながら

夫の顔(というよりも、夫のつむじになってしまう)を見ながら食べても楽しくないので、

我が家のテーブルはカウンター席のようになり、

広い庭を見ながら

 

季節の移り変わりがよく分かる

色々な鳥や虫や、時々野生動物がやってくる日々変化のある庭

 

今年の紅葉は、とびっきり美しいです

 

最初に真っ赤になったブルーベリーは、葉をかなり落とし、

次に目薬の木、そしてやっともみじが赤くなってきました

お隣の山桜も赤く染まり、

その間に、たくさんの黄色い葉を付けた木々

そして黄緑の木々

自然のバランスは、いつも美しい

 

風が吹くと、葉を落とすようになりました

紅葉樹が葉を落とすたびに、林はスカスカと隙間を作り、

夏の間見ることの出来なかった

山影や、ご近所の家が見えてきたりします

 

寒冷地に冬が到来します

 

人々は、畑や庭を片付けると、圧倒的に家の中に籠るようになります

活動的な春夏と比較して、

家にこもってヌクヌクする季節

 

一年が、その季節によって、違う時の刻み方をするのが田舎の素敵なところです

大谷選手による効果は数あれど…

 

ワールドシリーズ開催中

何人かの女性が、その試合のことを気にする発言をした

野球なんて見なそうな、年配の女性

そうです、大谷選手の活躍は、今まで野球なんて見なかったどころではなく、

以前は、野球を見たい夫と、テレビのチャンネル争いをしていた女性たちにも大きな影響を及ぼした

 

私が子どもの頃は、当たり前に世のお父さんは日本のプロ野球を見たかったのです

そして妻とか、娘たちと日夜テレビのチャンネル争いを繰り広げていた

 

ウチの父は、次女である私を付き合わせ、

家庭内のチャンネル争いを2対2に持ち込んでいた

 

幼い頃からプロ野球観戦をしていた私のプロ野球好きは、篠塚選手の引退で終わり、

大リーグは、イチロー選手のマリナーズ時代のみで終わる

今は、基本的に野球は見ません

 

でも私がスポーツ観戦好きになったのは、プロ野球から始まっていたわけです

 

年配の女性たちが、ワイワイと大谷選手や山本投手の話題をしているのが耳に入ってくる

(私は参加しません)

今までは、全く野球なんて見なかったのに、

大谷選手の活躍の大騒ぎの中、野球を見るようになった人たち

結果を気にする人たち

 

ある人が言っていました

「おーい、試合始まるぞ!」って夫が声かけるようになったのよー

 

夫婦共通の話題が増えることは素晴らしいことです

 

あっちこっちで、大変な大谷効果が起きているのですね

兼ねてから行きたかった郡上八幡に遊びに行ってきました

 

そもそもは、踊りに行きたかったのです

が、夜通し踊る体力はなく、

混雑する郡上踊りの日に

果たしてどういう形で行ったらいいのやら、

考えているといつになっても訪れることが出来ないので、

とりあえず行ってきました

 

季節は、秋の紅葉で、

街を歩いていても、暑くなく寒くなく、晴天で

とてもラッキーな季節に行けたと思います

 

ちなみに、どこも混雑感はありませんでした

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数日まで雪が降ってしまったので

安房峠ルートは諦め、

中央道で行くことになったので、

美濃市に寄ることにしたら、

なんだか、同じような街並みで、もうここだけでいいんじゃない?という感じになっていました

写真は、美濃市、うだつの上がる街並みです

ランチのお蕎麦は、とっても美味しかったです(そば切り まる伍)本当に美味しかったです

 

次の日、郡上八幡の街を歩くわけですが、

やはり規模も違うし、ごく自然に民家と観光できる道々が混ざり合っていて、ぶらぶらするならこちらがおすすめでした

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踊れるうちに、

なんとか郡上踊りに参加出来るよう、またプランを練ります

 

滋賀県は、我が長野県のお隣の県なのですが、

なかなか行きにくいのです

中央道ではなく、峠越えのコースで、ドライブを楽しみたいのですが、簡単ではないです

 

東京に住んでいた時、白川郷と下呂温泉には行きましたが、岐阜は東京からはとっても遠い場所

長野県に移住したので、美しいお隣県にもっと頻繁に遊びに行きたいです。

 

始めて5年目のコカリナ(木のオカリナ)

グループで近所の介護施設で演奏させていただいています

 

コカリナは、まだまだまだまだ人に聞かせられるレベルではないのですが、

演奏するメンバーもなかなかの高齢。

司会と構成は、私の専門なので、仕切らせて貰って、

朗読も今年から入れることにした

 

8月の終わりにお邪魔して以来の今回の演奏会

秋らしい曲を選曲したので少々寂しい音色になってしまったけれど、

私的には上手くまとめられたと思っています(構成面)

 

前回お邪魔した時、一番前に座っていたふたりの女性が、ずっとニコニコしながら聞いてくれていて、今回もお会いするのを楽しみにしていた

 

車椅子の人と、椅子に着席している人がいるのだけれど、

一番前には、その時の女性ひとりしかいなかった

 

演奏しながら全体を見回すと、

なんと4列目にもうひとりの女性が座っていた

無表情で

 

体調が悪いのかしら?

あんなにニコニコと私の話にリアクションしてくださっていたのに

 

司会の時もコカリナの演奏の時も、

少し体をゆすりつつ、彼女と目が合うように何度も何度も彼女を見た

けれど、表情は暗いまま

殆どリアクションは見られなかった

 

調子の悪い日もあるでしょう

でも、介護施設の人たちの調子の悪さは、若い人たちのそれとは違う

 

次にお会いできるのは、多分春になってしまう

冬は、感染症が増えるので、なかなか外部の人間が中に入る機会が作れないらしい

 

春にお会いするまで、お元気でいらしてください

皆さんに、心からそう伝え、私は胸が苦しくなる

 

私に出来ることをやるしかない