この九州場所で新関脇に昇進したばかり

3役をまだふた場所しか勤めていないという理由で

大関昇進の話が場所前には叫ばれていなかった

 

横綱を倒して優勝という形になったので、

誰も文句言えなくなったのだろう

 

良かった良かった

 

だって、強いもの

 

2022年4月、ウクライナの戦火を逃れて来日し、

翌23年秋場所で初土俵を踏み

今年の秋場所で新小結

九州場所で新関脇に昇進した

 

所要14場所でのスピード出世である

 

新入幕に入ってからなんとずーっと二桁勝利を続け

一度も番付を下げることなく大関まで上りつめたわけだ

 

これだけの戦績を上げながら、

今場所も優勝争いし、横綱を破りながら、

大関にならなかったら、納得がいかなかった

 

顔も美しく小兵であるゆえに

人気は鰻登りでしょうね

大関でも、間もなくなるであろう横綱でも

怪我さえなければ(まだ若いし)活躍し続けてくれるだろうと期待しています

 

安青錦新大新大関

(あおにしきあらたしんおおぜき)

というのが、私にはちょいヒットでございます。

最近は、有名になりたいと言う若者が増えたように思う

 

役者を目指していた私は、

確かに変わり者ではあったが、

有名にはなりたくなかった…

 

最近増えた理由の一つは、

有名 イコール お金も権力も持つ人

だからだと思う

 

テレビのみならず、

ネットの力で、

有名になるとあらゆる力を持つことが出来る

 

昔は、

権力を持っている人と、有名な人と、金持ちは

重なっている部分はあったにしても、イコールではなかったのだ

 

だから、有名になりたいという気持ちも分からないではない

 

役者の世界でいうと、

有名になると、仕事を選ぶことが出来るようになる

そして、ギャラが跳ね上がる

もちろん、SNSで叩かれたり、マイナス面も気をつけなければならない

 

これを有名税と考えている

 

同じ仕事をしても

例えば、イベントでゲストで呼ばるような簡単な仕事でも、

桁が一つか二つはね上がる

それは有名だから貰えただけで、その人の労働とはかけ離れている

 

だから、有名税は、ラッキーで貰ったものだから、

是非とも、その多くを、アンラッキーで、今生活苦に喘いでいる人に回して貰いたい

 

日本人は、大っぴらに寄付することを美と考えないような風潮があるのかもしれないが、

宣伝材料にして構わないので、有名な人は寄付していることも公表して欲しい

 

それが当たり前になる社会を望んでいるのです

俳優養成所で教えていると、こういう質問をすることが時々あった

 

「人々を感動させたいから」

「お芝居が好きだから」

という答えが普通だった時代から

 

「有名になりたいから」

「金持ちになりたいから」

という答えが現れ、増えて来た

以前は、そう思っていても言うことが憚られたという側面もあると思う

 

どちらにしてもこの2つの答えは間違いである

 

まず、金持ちになりたいならば、役者を選ばない方がいい。

役者は割りが悪すぎる

 

でも今日の答えはこれではない

「有名になる」とか「金持ちになる」というのは、決してゴールではないからだ

 

夢を語る時、

ゴールに、大きな目標を持つべきだと思う

それは

「有名になって○○をする」

「金持ちになって○○をする」であるべきだ。

 

ロシアのゴルバチョフ元大統領が、国を立て直すために権力を手に入れたかった

そのために邁進して来た。という話を聞いて、素晴らしい政治家だと思った

 

権力も同じ

持っていい気になっていても仕方がない。

 

権力も、お金も、それをどう使うかが、きちんと目標として持っていないと役立てることができない

 

だから金持ちになっても幸せにはなれない

お金を持っているとか、金持ちとか言うが、

要は、使えるお金を持っているかどうかが重要なのだ

 

貯金して、貯金額が増えていっても

使えないお金なら意味はない

 

実際、「金持ちほどケチ」という印象は否めない

実際は、ケチだから金持ちになった人も多いと思われる

 

お金とは、流通してこそ価値がある

 

タンス預金だろうが、

銀行に貯金しておこうが、

使えないお金は意味がないのだ

(銀行に預けておけば、使われているのだけれど…とりあえず)

 

若い人は、労働という行為が出来る

今の時代は仕事もたくさんある

だから、働いて、同時に使えばいいのだと思う。

 

問題は、働けなくなった時、

 

わかり易く言えば、老人

年金のように多くはなくても、(死ぬまで)毎月入ってくるお金があれば、使えるけれど、

同じ金額でも動かないお金は、使えない。

 

ここに一千万円あっても、一億あっても

使えば確実に減っていっていつかはゼロになるものは怖くて使えない

 

だからお金は流通させることを考えなければならない

 

と書いてくると、

貯めるのが得意な人間よりも

パッパと使う人間の方が正しいように聞こえて来て、ちょっと癪に触る

 

でも、お金は使うためにあるのであって、貯めるためにあるのではない

ニューヨークにいた時、最初に友達になった日本人KEIKO

 

背が小さく、痩せているけど、覇気のある

一見、ロッカーみたいな風貌の彼女

 

何故か、好かれて、いつもくっついて来たので、仲良くなった

 

私は、ニューヨークにいる間、日本語を喋らない主義だったので、

なかなか日本人の友人ができなかったのだけれど、

彼女は、すぐに私に合わせて英語で喋ってくれた

 

帰国してから、一度だけ日本であったことがある

彼女はまだアメリカに住んでいて、ちょっと帰国した時に新宿でデートした

 

当時の彼女は、赤い髪をしていた

 

時は、今から34年位前

新宿西口を歩いていて、

すれ違う人、ほぼ全員が、彼女の頭を見て、振り返ったことを記憶している

 

今は、髪の毛が何色だろうと、誰一人見る人はいない

どんな風貌も許される多様性を手に入れたと言えば聞こえは良いが、

他人のことには興味がない、無関心も同時に手に入れたのでは?

 

時代は変わりました

 

PS:ブログを書いて気付いた! 私は彼女の名前を知らない。漢字で書けないのだ! 

   桂子とか圭子っぽけど、 景子?敬子?慶子?啓子?恵子?

   やっぱりKEIKOがしっくりくる

   名前とは不思議なものだ

アスクルがランサムウェア攻撃を受け、

私が愛用しているLOHACOは、今もサービスを停止している

 

いつもLOHACOで購入しているものがいくつかある

在庫が減ってくる

ちょっと焦る

いつまで続くのか…

 

ささやかな掃除用品は、近くのホームセンターに出向き、代わりのものを手に入れた

 

SAVASのプロティンは、

ネットで探したら、

楽天の方が、千円近く安かった

次からは、楽天で買うことにしよう!

 

100円均一でもそうだけれど、

必ずしも、安い店で全てが安いわけではない

 

ただ、便利だから利用していることもある

 

LOHACOに行くと、お気に入りの中に生活雑貨が入っているので、ポチッと押すだけで購入できる

送料を無料にするために追加で購入する品も

消耗品から食料品まで色々あって便利だったりするのだ

 

しかし、これを機会に、SAVASは、お気に入りから削除された

 

ランサムウェアによる被害というのは、

どのくらいに上るのか想像もできない

日々の暮らしの中で、望んでいることがある

それは、

時計の針をゆっくり進めること

 

時とは、観念的なものである

同じ早さで進むはずの「時間」が、

実際には、自分のやっていること、感情、あらゆることによって、

早く感じられたり遅く感じられたりする

 

それならば、なるだけゆっくり進めようというのが、

余生を意識した時からの私の暮らしの心がけである

 

そのために色々やっていることはある

 

が、最近の時間の進み方は異常に早い

 

3食後に歯を磨く

(また歯を磨いているなぁ)と感じる

朝起きて、ベッドメイキングをする

寝る前に、ベッドを寝るための形にする

(もうベッドメイキングだなぁ)と感じる

 

日々の、当たり前の行動は、

時間の進み具合を痛感させる

 

さっき起きたばかりなのに、

もう夕方

そして、夕飯の支度をして、あとは寝るばかり

時が早すぎて、面白くない!!

 

実際は、辛い作業をしている時よりも、

楽しい時の方がずっと早く時間が経つので、

もしかしたら、これはいいことなのかもしれない…と

かすかに思いつつ、

やっぱりもう少しゆっくり余生を過ごしたい

カルチャーセンターに行ったら、(安くないんだけど)興味を引くものがいくつもあった

 

フラメンコの衣装が展示してあって、

フラメンコ教室があることを知る

「フラメンコ習いたい!」

 

これまでダンスを色々習ったけれど、

まだやったことがないダンスで、やりたいと思っていたのは、

フラメンコとベリーダンス

チャンスを探していた

 

でもフラメンコは無理だろうなぁ

 

私は手を叩くことが出来ない

正確には、出来ます

でも手首が痛いので、手を叩きたくない

ダンスで手を叩く振りがあると、いつも叩いたふりをしてやり過ごしている

うっかり誰かとハイタッチでもしようものなら、

時々、恐ろしい力で叩いてくる人がいて、

私の手首は悲鳴を上げる

そんなことをして手首の寿命を縮めるべきではないというのが私の今のスタンス

 

手を叩く振りが多く見られるフラメンコで、

そこを別の振りに直すことは無理だろうな~と

うらめしそうに予定表を覗き込む

 

なんでも若いうちならトライすることができるのにね

でも若い時は、お金と時間のバランスがなかなか難しいことも多い

 

とにかく機会を逃さないことだ

チャンスを逃すと、短い人生、次のチャンスはやってこない

習いたいものはいくつかある

その中の一つだったシャンソンの体験レッスンに行ってきた

体験といっても、普通に一回だけ受けられるクラスに参加してきた

 

都会ならば色々なレッスンを選択することができるけれど

田舎では選択肢が少ない

ただ、コスパは悪くない

 

生徒がなかなか集まらない上に、高ければ余計集まらない

 

今日行った、シャンソンのクラスも生徒は4名

 

本当はヴォイトレをやりたかったのだけれど、

結局は、みんなで先生のピアノで歌うばかりだった

 

挨拶した瞬間に、「何かやっていました?」って聞かれた

声が、でかいのだ、私は

 

歌のレッスンは受けたことがない

俳優養成所の時に、声楽のクラスを一年受けただけだ

コールユーブンゲンだけはやった

が、ほとんど覚えていない

 

若い頃受けたレッスンは、なかなか記憶の中に整理されていないのだ

 

結局、役者だということをバラすと

「役者さんにシャンソンは合っていますよ」と言われた

そう、思う。

語るように歌うことが許されるならば

 

とりあえず90分歌って楽しかった

が、楽しいだけでは、ちょっと高すぎる…あくまでも私のケース

 

来月以降も月に一回のペースでクラスがあることを知った

どうしようかなぁ~

 

数日悩む

それが私流

ノリで、やる!とは決めない

とにかく悩む

1週間経っても、2週間経っても

気になって気になって仕方がない時は…

やる!

歳を取って時間ができたら、絵を描きたいとずーっと思っていた

 

私は絵が苦手 下手

でも、下手でもいい、美しい景色を見ながら、絵筆を取る時間が持てたらどんなに素敵だろう

そして、描いているうちに、少しは上手くなる

 

歳を取って時間ができたら…油絵を描こう

 

そう思ってきたけれど、

今ははっきり言えます

それは、無理です!

 

なぜなら、私の周囲で、歳を取って、時間が余っている人はいないから

 

そして、80代になっても趣味に興じている人たちは皆、

その年で始めたわけではないからです

 

歳を取ってからやるのではなく、

やりたいことがあったら、その時に始めなければ!

60歳になってからでも始められる趣味もあれば、

もっと若い時に始めているべき趣味もあります

 

やりたいことを思いついたら、

とりあえず環境を整えて、すぐにスタートしてみる

その中で、自分に向いていたり縁のあるものが残って続いていく

そうすることで、歳取ってからも充実した時間が持てるのですね