毎日天気予報を見てからお出掛けしますか?

 

以前、私は家を出る時に雨が降っていなければ、傘を持って行かない人で、帰りに雨に降られることも多々あった。

 

私がまめに天気予報を見るようになったのは、結婚してから

夫が、天気予報マニアだったから。

バイク乗りだからなのか…

天気予報士にもなりたかったらしい

 

テレビの天気予報以外に、

今は当たり前にスマホで天気を確認する

 

特に遠出をする時は、気温差とか調べて出ないと、着るもので失敗する

 

スマホで2週間後までの天気予報を見ることが出来る

が、これは刻一刻と変化するので、当てになるわけではない

 

気象庁は、後で文句を言われるのが嫌だからなのか、

基本的に予報は悪めに出す

ずーっと雨マークが付いていて、

日々外れていくことがある

 

晴れだと思って、お出かけの予定を立てて、天気が崩れると文句を言いたくもなるのだろう

 

それにしても今はとても便利

出掛けに今日の天気をスマホでチェックすれば

雨降る確率が見える

雨予報があったら折り畳み傘を持っていけば良い

コンビニで売っているビニール傘も今は高くなったし、

あれは使い捨てにしてはいけないものだと思う

 

台風の後、道路上に壊れたビニール傘を見ることが度々あったけれど

あれを見ると哀しくなる

 

お気に入りの傘を買って、大切に使おうと思った時、

番傘のことを思い出した

若い頃、番傘を持っていた…

また、欲しいな♡ってちょっと思っている

今年の夏も暑いので、暑い話題が絶えなかったが、

人々は快適な季節をいつも求めている

 

私にとって快適な気候とは、

外のテーブルで心地よく会食が出来る天気

 

もちろん、晴天で、暑くなく、寒くなく、風が強くなく…

いつからか、春と秋が短くなり、

快適な季節が短くなった

 

今度旅行に行こうと計画を立てる時、

一体どの月ならば、快適な天気に恵まれるのだろう?と考える

今年は4月に出かけ、次は10月に計画中

それ以外の月は、暑かったり、寒かったり、台風や雪など不安が多い

あとは、自分の晴れ女運に賭けるのみ

そんな感じ

 

表参道の素敵な外カフェでお茶するのも

マンハッタン、レキシントンAVEのカフェでも

八ヶ岳の林の中でも

外のテーブルでお茶することを選択できる日は

素敵な気候の日

そういう日に、そういう場所で過ごす時間は格別だ

 

そういう機会を持ちたいのに、難しくなってしまった

 

以前だったら、秋のこの時期は、とか

春先は、とか、お出かけ日和が続くことがあったのに

今や稀にしかない

だから、天気予報を見て、雲画像を見て、

明日は天気が良さそうだから出かけるぞ~!と決めるしか、確実なことはなくなってしまった

忙しい人には難しいですかね

タイトルを書いてから考える

生まれてからこの方、一番暑いと感じたのはいつ?

一番寒くて辛かったのはいつ?

 

寒いのはすぐに思い当たった、いくつか。

でも、暑いのは思い付かない

まさか、「今」「今夏」でもないだろうに

 

暑い記憶は、やっぱり

暑くて、辛くて、喉が渇いて…

だめだ、思いつかない

今夏の日差しは暑いけれど…

私はやっぱり暑さには強いのかもしれない

 

寒いのはいくつか思いついた

 

気温として一番寒かったのは、

-50℃の冷蔵庫の中

何かの取材で入れて貰った

最初から気温が分かっていたし、

仕事なので、全く辛くなかったし、

それほど寒いとも思わなかった

ただ、実際に-50℃だっただけ

冷蔵庫の外に出ると、眉毛とまつ毛が凍って真っ白になっていたことだけが面白くてよく覚えている

 

寒くて辛かったのは、何度かあるけれど、

殆どはロケとかの撮影

北海道の雪上ロケも

冬の朝五時に千葉の漁船に乗るロケも

寒かったけれど、

結局は、それではないと気づく

そういう時は、そういう格好をしているから絶えられるのだ

 

辛いのは、寒いのに薄着を強いられている時

 

例えば、(極端にいうと)夏のシーンを冬に撮る時

 

覚えているのは、時代劇で浴衣に素足に下駄という衣装で

外のロケセットで撮影をした時

寒い季節にずぶ濡れで撮影に臨んだ時

 

そういえば、水死体で戸板に乗せられたシーンで、

どうやっても寒くて震えが止まらず

唇なんてぶるぶるぶるぶる震えっぱなしなのに、

「本番」の声が掛かった瞬間だけ震えが止まり、

「OK」の声でまた全身が震えるということもあったなぁ

 

もう無理

辛すぎる

撮影とはそういうことだった

体にきついことが多かった

ラスベガスから程近い(車で2、3時間)ところにある

デスバレーに行ったのは、かれこれ40年前

(こうやって数字で表してみるといつも何かが間違っているのではないかと疑問に思う。そのくらい人は知らないうちに歳を取る)

 

幻想的で素晴らしい光景の場所だった

 

デスバレーとは、その名の通り、「死の谷」

世界で最も暑い地域のひとつ

 

標高が海面より低く、暑いため、水がひあがって塩原になっていたり、

広大な砂丘のような景色がずーっと広がっている

 

私の感想では、

月を走っているような気分だった

感動した

30キロ以上は、何もない

ただただ、砂岩渓谷が続いている道をレンタカーで走った

うっかり飲料水がなくなり、

一歩間違えれば命の危機に陥るような恐怖を感じたことも事実

 

私がデスバレーを訪れたのは、確か2月

暑いので、冬がオンシーズンである

 

その時の気温が40℃と聞いてぶったまげた記憶がある

 

気温40℃

今では、この日本で当たり前に聞くようになってしまった気温

当時では、「あり得ない!」と感じたことをよく記憶している

今では、その驚きがあり得ない…

中学生の頃から、都会が好きで都会に憧れていた

当時私が住んでいたところは、新京成線沿線で、

東京に行くためには、終点の津田沼で別の電車に乗り変えなければならなかった

何処へ行くにも津田沼まで出なければならなかった

それが耐えられなかった

電車は、津田沼まで降りる人は殆どなくて、乗る人ばかり

そして、津田沼駅でどっと降りていく

一方通行のような、どん詰まりのような

そこから1日も早く出たかった

 

18歳、東京に行った

その後、また千葉県に戻るのだけれど、

今度は東西線沿線だったのでとても便利な上に暮らしやすい地域だった

 

その後、東京にも飽き足らず、ニューヨークに行った

そのくらい都会が好きで憧れていた

 

ニューヨークに行ったことで私の価値観は大きく変えられ築き上げられた

 

ニューヨークは、東京より都会ではなかったのだ

 

人々はまだまだ絡み合い、関係しあって暮らしていた

東京に戻ってきた時に、逆にカルチャーショックに陥った

新宿駅西口を歩いていて、

前後左右から流れてくる人並みの中で溺れそうになった

 

東京は、知らない人とは目も合わせない都会で、

なんだか人との関わり合いが希薄になってしまっているように感じた

 

そこから、私の都会大好きは少しずつ変化していったように思う

 

でも経済活動のことを考えたら、絶対に都会なのだ!

世界第三位とか四位とか、経済大国をキープしたいならば

狭い都会であくせく働いていくしかない

 

若い頃に都会に憧れて田舎を離れる若者はたくさんいるだろう

だけど、疲れたら、それは田舎に戻る機会なのだと思う

そんな時がきっとやってくるに違いない

今年も多くの人の口から「暑い、暑い」と言う言葉を聞きました

「そもそも夏は暑いんです」を差し引いて言って欲しい

「暑い」という言葉を聞いて涼しく感じられることはないのだから

 

昨年からまた俄然地球温暖化を体感しています

 

それでも私は、夜暑くなくて眠ることが出来るならばいいです

都会の不快な暑さを覚えているから、

こんなに快適な風が吹くことを喜びに感じています

 

昔、夏は大好きな季節でした

それは自分が若かったから?

それだけではなく、間違いなく夏が厳しい季節になってしまった

 

でも林があって、森があって、

必要以上に舗装されていないと

日陰は涼しく、吹く風は心地よいという

子どもの頃に経験した気持ちよさを感じることが出来ます

暑い夏だからこそ、

汗をかいて労働している時だからこそ、

余計に感じるその風の気持ちよさ

これをずっと大切に持っていたい

 

人はあらゆるものを持った時に幸福を感じるわけではありません

夏は暑くていいんです

夕方シャワーを浴びて、

夜風に涼みながらビールを飲む方が

夏が暑くないよりは幸せを感じられる

 

今年、原村も天気予報によると最高気温33℃はいきました

家の中は、最高気温28℃にはなりました

でもこの厳しい夏も例年お盆と共に過ぎていきます

そして、長い美しい冬がやってきます

 

どの季節も楽しめるのが自然溢れる田舎のいいところです

人の体は、口に入るもので作られています

 

美味しいものを食べられることが何よりの幸せだと思っているのだけれど、

それに加えて、安全があったらいいですね

 

口に入るものと言えば

  1. 空気
  2. そして食べ物

 

空気の綺麗なところで暮らしたいですね

 

そういえば、先日ダイソンの空気清浄機が我が家に届きました

AUTO設定をすると働いてくれるらしいのだけれど、

AUTO設定すると、まず部屋の空気をチェックしてくれて

部屋の空気があまりにも綺麗らしく、ちっとも働いてくれない

今は、夏

朝からずっと窓が開け放たれているので、空気が汚れていないらしいです

 

水、これほど重要な物はないですね

毎日ひねる蛇口から出てくる水を信じて飲んでいるわけですから

ここに不安があったら、暮らしが成り立ちません

そもそも水道水を安全に飲める国はそう多いわけではなく、

この素晴らしさを後世まで引き継いでいく必要があると思っています

 

食品

野菜は無農薬、鶏は平飼い、

八ヶ岳近郊のレストランでは、

あちらこちらで地元の野菜を中心とした料理を提供しています

この自然の中で採れたものです!と宣伝材料にしているわけです

 

夏は、自分の畑で無農薬野菜が山ほど採れ、

友人から、あまった野菜が山ほど届き、

さらに言うと、

信州の肉はとても美味しく、

魚は日本海から毎日届きます

 

毎日たくさん食べて、この体が作られていくのだと実感する毎日です

これから住むところは、絶対にハザードマップをチェックするべきだ

チェックしないで、危険区域に住んで、災害に巻き込まれる可能性を高くするなんて!

 

ここは、災害の少ない地域と言っていいと思う

 

まず、原発の近くではない

これが一番恐ろしい

目に見えないものほど恐ろしい物はない

 

信州は高い山がたくさんあるので、

福島原発の事故の時も、山のお陰で放射能が迂回している

西から台風が来ても、別の山のお陰で雨を降らせなかったり、

方向を変えたりする

 

地震はびっくりするほど少ない

八ヶ岳の地盤が硬いのだ

引っ越してきて丸9年の間に

体感地震は、5回程度

東京にいた時は毎月のように揺れていたけれど

 

標高が高い、つまり山の側に住んでいるのだけれど

土砂崩れの心配はほぼない

何故なら、急峻な坂がないから

 

富士山が噴火しても、風向きでこっちには飛んでこない(予定)

ちょっと心配な火山はあるのだけれど。

 

一番怖いのは、山火事

実際、近くの霧ヶ峰で山火事が起きたことがあった

一晩で消えたけれど、ウチの隣も林だから。

 

南海トラフ地震が起きれば、ここにも被害はあるでしょう

何をどう言ったって

何が起こるかはこの先分かりません

 

だからこそ、引っ越す前に細心のチェックはした方がいい

 

一番重要なことは、「安全」だと思うから

 

災害の可能性は年々高まっています

これは、近い将来いい方向に転換するとは思えない

 

自分で対策できることはやるという基本的なことなのです

それこそ生まれた時から、行政のお世話になっているわけだけれど、その町や市が、どのように税金を使っているか?についての資料を詳しく読んだことはなかった

興味がなかった

 

自分が損をしたように感じたり、

トラブルがあると読むものになっていた

 

国のお金がどのように使われているのか?

これはニュースなどで見ている時に、

国防費や海外にはこれほどお金を使っているのに

福祉の予算になると突然、別途税金を徴収しないと「ない」ようなことを言うのだろうか?

などと疑問に思うことは多々あるけれど

 

村に来て、毎月村の冊子を隅から隅まで読むようになった

 

大人になって暮らした

千葉県市川市も

東京都杉並区も

好きだったけれど、

色々恩恵にも預かっていたはずだけれど、

とにかく興味がないと言うか、チェックしなかった

 

理由のひとつは、その規模が大きすぎるのだ

 

私に直接関わっているように感じられないものが大きすぎる

 

それに比べて村では直接的だ

 

ちなみに村に来てからアンケート調査とか

パブコメとかいろいろな形で

行政のやろうとしていることに対して

意見を出す機会が何度かあった

そうなると、結果も気になる

そうやって地元に対しての愛情も生まれていくのかもしれない

 

さらに言うと、

生まれて初めて

村税を払うことに抵抗が全くない

この大好きな村に住まわせて貰えて

ハッピーに暮らしているので

村に税金を納めるのは当たり前のことだと感じる

 

これは嬉しい

 

どうせ徴収される税金なら

いやいやではなく、

喜んで支払うことが出来た方がいいし、

それが自分に返ってくることを考えたら、

当然、だと認識できるのだった

原村には渋滞がありません

移動手段は、マイカーだけれど、車という乗り物がこれほど時間通りに目的地に到着できるものだということを、ここに来て初めて知りました

 

村のバスは、当たり前に1時間に1本とかなのですが、

最近オンデマンドのバスが出来たので、

車を運転しない人も動きやすくなったようです

 

ただ、自分の好きなように自由に暮らすためには、マイカーは必須です

 

以前役場でバイトしていたことがあるのだけれど、

役場まで4キロ

その間に信号はひとつしかないので

家を10分前に出れば、きちんとタイムカードが押せました

 

雨の日も、暑い日も、家を出て車に乗り込めば

あっという間に仕事場に入れるのは、

身体にはとっても楽

 

こういうのを便利というのだと思うけれど…

 

ダンスを習いにいく時も、

現地で着替える人はひとりもいない

ダンスを終わると、もう歩けないくらい疲れているのだけれど、

汗だくで車に乗り込み

ダンスシューズもヨガマットも車に放り込み

汗びっしょりなので、なるだけ車のシートによっかからず

家まで運転してあっという間に帰宅して入浴できる

 

バスツアーに参加しても

山歩きツアーに参加しても

疲れ切って帰ってきても

車に荷物を放り込んだらあっという間に帰宅

 

東京にいた頃は、新宿駅に放り出された後

重たい荷物を持って

混雑している中央線に乗り込み

もちろん、座れず、電車に揺られ(たった10分だったけど)

最寄り駅に着いたら

また重たい荷物を背負って歩いて帰宅

 

無理

もう考えただけで、無理です

 

やっぱり都会は若い人たちの暮らすところだなぁと

遠い目で眺めています