20代で初めてアメリカ旅行に行った時は、

滞在中、あらゆるアメリカ煙草を試してみた

そのパッケージもしばらく取っておいたように記憶している

 

他の国に旅行に行った時も試してみた

 

その国の煙草の価格で、

その国の物価を測っていた

 

私が行ったことがある国で、

一番物価が高いと感じたのはスイス

次に、ドイツ

アメリカもそれなりに高かった

 

今は(全然分からなくなってしまったけれど)日本の煙草も高い

 

「一本ちょうだい」とか気軽に言えないしろものになってしまった

 

煙草にはたばこ税が掛かっている

お酒と比べても、身体にいいことが殆ど見当たらない

 

それならば、愛煙家も煙草を吸う量が減った方がいいので

「たばこ税は、掛けられるだけ掛ければ良い」

と、亡くなった愛煙家の父は言っていた

 

確かに、お酒とか煙草とか嗜好品と呼ばれるものは

お金に余裕のある人が嗜むものなのかもしれない。

そう考えたら、いくら税金をかけてもいいような気がする

しかし、現実には、お金に余裕のない人が、ハマっていく傾向も強い

 

やめられなくなるのだから、始めない方が良い

とは思うけれど…なかなか

煙草も若い頃ずっと吸っていた

俳優養成所に入った時、

一番仲の良い年上の女性が、格好良くタバコを吸う人で、

「役者なんだから、タバコ吸えないと困る」と言い訳しつつ

「一本ちょうだい」と言って吸い始めた

煙草を吸うシーンは、それなりにあったし、

煙草は小道具としては非常に役に立つものでもあった

 

格好良く吸う努力は重ねたけれど、

結局は習慣に流されて行った

 

そのうち、辞めたくても辞められなくなる

禁煙は、本当に大変な作業だ

 

食後や、お酒を飲んだ時、コーヒーを飲みながらの喫煙はとても美味しいのだけれど、

時々、習慣でただ吸った時の恐ろしくまずい煙草の味も知っている

 

辞める時は、その一番まずい煙草の味を思い出すように心がけた

 

吸うのを辞めて、

灰皿を捨てると、

家の中が綺麗になって嬉しかった

あの灰皿の汚らしさ、

それにともない、空気はもちろん、家の壁紙が黄ばんでくる

あの汚らしさから解放された

 

短い休憩時間に、わざわざ喫煙に行く煩わしさもなくなった

(分煙が厳しくなる頃には辞めていたんですけどね)

 

ドラマから煙草を吸うシーンが圧倒的に消えた

古い台本を使用すると、喫煙シーンが出てくる

小道具としてはとても使い勝手のいいものなので、そのまま生徒にやらせる

稽古場で、ボールペンを煙草がわりにして稽古していみると

煙草の吸い方を知らない人が多くいることに驚いた

持つ指が違ったり、

なんと、ただ手で煙草を持って(口にはつけていない状態)火をつける仕草をするのだ

 

時の流れとともに、あらゆるものが変化している

煙草の代わりに、感情表現に使える冴えた小道具は、何になったのだろう

酔うためにお酒を飲む人が相当数いるようだが、

私の場合は、味が好きで、

この料理には、このワイン、日本酒、ビールと

料理をさらに美味しくするために飲んでいた

 

でも弱くなって、飲むとすぐに酔ってしまうので、

だるくて面倒で仕方ない

そうこうするうちに、

パスタを目の前に「赤ワインを飲みたい!」という気持ちに、

それを飲んだら、だるくて、その後何も出来なくなるぞ!

という恐怖の気持ちが勝つようになってしまった

 

ドラマを見ていて、食事の時にビールとかお酒を飲んでいる様子を見て

いいな、美味しそうだなと思うけれど、

次の瞬間、酔って、だるくなるイメージが付きまとう

若い頃のようにはお酒を楽しむことはもうないのだなと思う

 

幾つになってもお酒に強い人もいる

ちょっと羨ましい気持ちもある

 

お酒を全く飲まない人に向かって

「人生の楽しみをひとつ失っている」と言った輩もいたが、

飲まない人は飲まない人なりの楽しみ方があるのだろう

そもそも飲みたくならないのだから、

それだけでも時間の有効活用に繋がっていいかも

 

私も酔っている自分より、

ストレートな自分の方が好きなわけだし、

やりたいことが捗る

私が毎晩お酒を飲むようになったのは、1995年の秋

 

目的は眠るため

お酒を飲むと眠れる

つまりはお酒を飲まないと眠れなくなったから

 

二人暮らしだった母が亡くなった日からその習慣は続いていた

 

しかし、誰でも知っているように

お酒を飲むととりあえず眠れるが、

夜中に目が覚めたりして、実際の眠りは上質なものではない

夜中に目が覚めて、やけに冴えてしまうこともあるし、

眠りが浅くて、朝起きて疲れが取れていないこともある

 

しかし、煙草同様、これは習慣なので、なかなか止めることができない

 

そんな私も去年からお酒を飲む日がグッと減った

最近更に減って、週に一回も飲まない

こうなってくると、体はとっても楽

 

そもそも酔っ払いが好きじゃないし、

自分自身、酔っ払うのが嫌い

ついでにお酒があまり強くないときている

 

「お酒を飲んでも酔わなければいいのにな」と言ったら、驚く人が多い

多くの人は酔うためにお酒を飲むらしい

 

それは現実逃避?

それともお酒を飲んだ時の、あの雰囲気が好きなのでしょうか?

飲まないと本心を伝えられないとか、

酔っ払わないと、自由になれないとか

そういう人も、それなりにいるようで、

私としては、ちょっと信じがたい

 

言いたいことは、シラフで言った方が絶対にいい。

若い女性が、めちゃくちゃ厚底のサンダル(ブーツも)が流行った時代があった

あれは、何年くらい前?

 

渋谷駅、山手線のホームで電車を待っていた

ホームはいつも多くの人で混み合っている

 

電車が滑り込んできて、

電車から人々が降りて、乗ろうとした時、

私の少し前に乗ろうとした厚底の靴を履いていた若い女性が、

電車とホームの間に片足を落とした

挟まったというよりは、すっと落ちた感じだった

慌てて(力のない私は)彼女の脇の下に片腕を入れて支えようとしたら、

彼女の逆側の腕を、やはり某女性が支え、

ふたりで支えたお陰で、若い子はすっと引き上げられ、

そのままスタスタと電車に乗り込んで行った

 

電車の中で、年配の女性がよろめいて倒れそうになった時、

反射的に腕を出して、止めた時も

(力がない上に、手首に問題がある私はあんまりそういうことしたくないんだけど…)

 

その度に、この国には男はいないのか?!💢

と私は思う

 

男性は、うっかり知らない女性に手を出して

抱き止めたり、支えたりすると、後で何を言われるか分からないという恐怖でも持っているのだろうか?

それともそもそもレディファーストではないこの国で、

男性はどのように手を差し伸べたら良いのか迷っているうちに、コトが終わっているのだろうか

 

これが西洋の国なら、間違いなく、数人の男性の腕が伸びてくる

倒れそうな時に、知らない男性の手が伸びてきて、助けて貰って文句を言う女性がいるのだろうか?

いるのかもしれない

手の出し方にもよるのですが…

 

子ども頃から、人と手で触れ合い、キスしたり、ハグしたりしている国の人たちは、

少年でも本当にジェントルマンで、女性に手を差し伸べることが自然にできる

私は、好きだけど

 

やっぱりこの国では、うかつに手を出せないのかしら?

一時期、電車の中で言い争いをする人をよく見かけた

 

傘が体に当たったとかで、文句を言い、

相手も言い返し、

電車の中はいやーなムードに包まれた

 

世の中、

とっても神経質な人と、

とっても無神経な人の、二極化になってきているなと感じていた

 

田舎に移住して、時々乗る各駅停車は混雑することは殆どない

学生の通学時間帯だけ、そこそこ乗っているけれど

後の時間帯は、ガラガラだ

だからトラブルもない

人が他人と距離をとることが出来れば、トラブルにはならない

 

トラブルと言えば…

 

ある時、電車の中にカマキリが飛び込んで

窓のあたりで大騒ぎしていた

女子高生のグループが近くにいて

その中の一人が、駅に着いた時、カマキリを手づかみしてホームに出してくれた

 

なんて、素敵な女性だろうと、感動した

 

都会の電車だったらどうなるんだろう?と考えてみる

そもそもカマキリが存在しない

ある時、電車のドアのところに立っていた

駅に電車が滑り込んだ時、

近くの女性が、痴漢に遭ったのか、

大きな声を上げて、文句を言って、そして降りて行った

 

昔の話です

30年以上前のこと

 

痴漢を捕まえるとかではなく、

被害者が、やっと声を上げて、

被害者が逃げるように電車から降りていったのです

 

ドアの反対側に若い男性が二人立っていた

痴漢の被害者が電車を降りた後のその二人の会話

「ああいうブスに限って、ああいうこと言うよな」

 

とっても気分悪かった

 

当時、痴漢は本当にたくさんいたんです

声を上げることが困難な時代だったんです

 

私の友人の妹は、痴漢を捕まえようとしてホームに降りた時、

逆に顔を殴られて、鼻の骨を折りました

その後、駅員に「女の子が手を出したらダメですよ」と諭されたとのこと

 

そこから10年以上経って、今度は、やってもいない痴漢の加害者にされると言う事件を聞いた

実際に、私が教えていた男性も痴漢で留置された

認めれば出して貰えたんだけど…と言っていた

 

世の中の男性は、電車の中ではみーんな両手を上に上げて乗るしかないね

という時代に突入した

 

その後、悪質な痴漢被害者を装う女性も現れた

 

そんな中、女性専用車も出来た

なんで女だけ!と、女性専用車に文句を言う男性も現れ、

わざわざ乗り込んでトラブルを起こす事件も起きた

 

そもそもあの混雑した電車に乗ることがストレスなんです

乗らないで済むなら、そういう方法を考えた方が

長い人生プラスになると思います

若者たちの方が、適応能力に優れているのか

あの不快な混雑した電車の中で、自分の周りにしっかりとバリアを張る

 

イヤホン(ヘッドホン)で、音楽を聞くという作業は、

他者の話し声のみならず、不快なあらゆる音から自分を防御することに役立つ

 

コロナ以降は、マスク社会になり

コロナがおさまってからは、若い人の方がマスクをしている感じもある

自分にバリアを張っているのだと思う

 

やってみると、混雑した不快な電車の中でも

割合、楽に居られることに気づいたのだろう

 

私は若い頃はサングラスが大好きだったし、

帽子を目深にかぶることもよくあった

 

帽子かぶって、サングラスして、マスクして、イヤホンしたら、

もう誰が誰だか分からないですね

 

ついでに、最近の犯罪者はみーんな帽子にマスクである

防犯カメラに映っても顔が分からないでしょうという作戦

 

私は電車の中で、人間観察をするのが趣味なので

今も昔もいつも人を見ている

最近は8割以上がスマホを見ているので

人間観察をしていても目が合うことはない

 

ラッキーなんだか、残念なんだかよく分からない

中学生になる時、中学の学生服を着られることが楽しみでならなかった

中学校はセーラー服だった

中学までは歩いて通っていた

 

高校生になって、紺の学生服になった

取り立てて可愛くもない制服

電車通学になり、通学に1時間くらい掛かった

 

電車は、あるところまで東京方面に向かうので、爆混みだった

 

私の駅では、混みすぎて自動扉が開くことはなかった

 

ホームで乗ろうとしている人が手動でドアを開けると

中から乗っている人が溢れ出てきた

自分の力では乗ることが出来ない

先に乗ると、後ろから力のある人たちが押して乗って、なんとしてもホームにいる全員が乗り込んだ

そんな電車だった。

そして、痴漢は日常茶飯事だった

前後左右から押されているので全く身動きがとれなかった

 

こうして書いてみると、異常事態ですね

 

女子高生は、一部の素敵な頭のいい子を除いて、

痴漢にあっても声を上げられない

 

大人になって、今度痴漢にあったら、絶対に手首を捕まえて大声で「痴漢です!」と言ってやる!と思えるようになった頃には、もう痴漢には合わない

女子学生のあの学生服がいけなかったのだとも思う

 

最近は、制服をなくす方向に動いている

セーラー服に憧れていたし、

一部の女の子が、その学校の制服を着たいと思う気持ちも分かる

制服をなくして自由にするというのもありだと思う

選ぶ権利があれば、どちらでもいいとも思う

いつも家を出る時に雨が降っていないと傘を持っていくことはなかった

そもそも家が、駅から近かったのであまり気にならなかった

駅から徒歩5分くらいだった

 

雨に降られたからと言って、

傘を持って迎えに来てくれるような家ではなかった

 

そういえば、そういう絵も見なくなりましたね

 

駅で、傘を2本持って家族を待っている人の図

ちょっとドラマを感じる美しい光景だけれど…

最近は、もうないのでしょうか?

 

迎えに来てくれるわけではないから

特段気にもせず、

最寄り駅に着いた時、

雨が降ってきちゃったなと思うだけ

普通に歩いて帰る

走ることも、早足でもなく、普通に歩いて。

 

ある時、男の人が傘を差し掛けてくれた

顔も何も覚えていないので、いくつくらいの人かも言えないのだけれど、

とんでもないオヤジでもなかった

傘の中でちょっと会話した

「ウチすぐそこなので」とか?

高校はセーラー服ではなかったけれど、

女学生の学生服というのは、かなり男性にはインパクトがあるようだ(大人になってからわかった)

 

それから1ヶ月もしないある日

私はまた帰り道、雨に降られ、

普通に学生服をずぶ濡れにしながら歩いていたら

後ろから男の人が傘を差し掛けてくれた

なんと、なんと、同じ人だった

 

それだけのお話

二度あることは三度はなかった