9月生まれ、乙女座の私は、9月が大好き

ついでに結婚記念日も9月にある

 

今年は、大変な用事も9月にきっちり片付ける

 

本当は秋が始まってくれたりすると、もっと好きな月になるのだけれど、

最近は残暑厳しい月になってしまった

 

9月に入ると、あっちこっちから誕生日カードが届く

それは殆どが、割引券とか、ポイントとか、

つまり何かを買ってください!というバースデーカード

 

でも素敵な壁紙がついていたり、

ちょっとサプラーイズだったり

その割引券を使って買い物するかどうかは、私が決めることだから、とりあえず、ありがとうございます

 

大好きな9月だけれど、

私の天中殺月だとも思われる

 

だから、無理せず、穏やかに、好きな月を過ごしたいと思っている

我が家には、ユンボがある

小さいやつ

シャベルが小さくて、パワーが小さくて

でも可愛いやつ

 

最初、夫がユンボを買うと言い出した時、大反対した

あんなものが、ずーっと我が庭に存在しているなんて

美しくないし、あり得ないと思った

 

夫は、薪棚とウッドデッキを作る時の土台作りにユンボが欲しかった

そして、それが終わると、殆ど使わなくなった

 

たかーい機械が庭に残された(車庫に仕舞われているけれど)

 

そこで、私が使い始めた

 

八ヶ岳は石が多く、庭を掘ると、根っこと石ばかりが出てくる。

私の非力ではスコップで掘ることは不可能

(よくドラマの中で、死体を埋めるために、スコップで山の中を掘ってるけど、あれは、無理です。よっぽど力自慢の若い男子以外)

 

木を植える時

庭に道を作る時

花壇を作る時

棒を立てる時

石を掘る時

そして、抜根もします

 

最近は春先の最初の畑を耕す時も使っている

そもそも力のない私が、凍った土を耕すのは

歳とともに不可能になってきた

 

小さいので、非常にバランスがとりにくい

大きな石を持ち上げようとすると、その重みでユンボごと前に倒れる

image

ゆっくりしか走らない

 

それでも自分の力を数倍に引き上げてくれる機械はなかなか頼もしい

というより可愛い

 

私の小ユンボ

千葉県や東京都で暮らしている時は、

電車の駅まで近いし、

駅で10分も待てば電車がやってきてくれるし、

電車ほど便利な乗り物はなかった

 

車を持つことはお金が掛かるし、

目的地に予定の時間通りに着けないことでストレスフルだし、

ちっとも楽なものではなかったのです

 

でもある時から、車に乗るようになった(理由は以前ブログに書いたような気がする)

都内で通勤で乗るようになったので、そのうち慣れた

慣れると楽

 

その後、毎月猫’を乗せて八ヶ岳まで通うようになった

東京の狭い道も、高速道路も大丈夫になった

 

田舎に来たら、車は必須

とにかく楽で快適

八ヶ岳周辺を走っていると、気持ちの良い風をいつも感じることができる

原村には渋滞がない

お隣の市に行くと、時々渋滞らしきものを見るけれど、

東京の環八を走っていた私にはカケラも苦にならない

 

使いこなしてみると、これほど素晴らしい機械はないと今は思っている

願わくば、もう少し若い頃に、今くらい楽になっていたら…

そしたら、私は間違いなく、予定も立てずに日本一周の旅をしていただろう

 

体力がなくなった今は、自信がない

人を殺すことが出来る機械を動かす以上、

自信がないところまで一人で行くわけにはいかない

 

最近の若者は車離れが叫ばれている

車でなくてもいい

バイクでも自転車でも

自由に旅を出来るツールを若いうちに持つことは意味のあることだと思う

周囲を見回すと、機械が苦手な女性は多い

対して

男性は機械好きが多い

 

私も多分に漏れず、機械は好きではない。

と思っている

 

でも使ってみると便利だったり、楽しくなることもある

 

最近ハマっている機械はミシン

 

ついこの間まで、私は「手縫が好き」と公言していた

手縫いでチュニックとか作って大満足していた

 

昨年から洋裁教室に通い始めたので、

洋裁をする時間が増え、

それに伴ってミシンを掛ける時間も圧倒的に増えた

機械というのは使った時間分、使いこなせるようになり

使いこなせるようになると、楽しくなっていくものだ

 

洋服を作る時、一番難しいのは型紙を取ること、

次に面倒なのは、生地を型紙通りに截つこと

その後、縫い始めたら、楽しくて仕方がないし、

ミシンで縫い始めればあっという間に出来てしまう服もある

 

ごく最近使い始めた機械は、草刈り機

 

これまで雑草を取るのはもっぱら手だった

鎌を片手に、なるだけ根っこから綺麗に抜き去る

それは理想的だし、綺麗になるし、私は好きなのだけれど、

梅雨で雨が降り、その後暑くなり、

どうにも追いつかなくなると、

畑が雑草で埋もれていく

もう雑草の成長に作業が追いつかなくなる

そこで、今年は初めて電動草刈りマシーンを使い始めた

 

草刈機は、草をカットするだけだけれど、

切れば草たちは元気がなくなっていく

その後から手作業に入ることにした

 

やり始めると、なかなか楽しくなってくる

機械は、出したり片付けたり手入れしたりが面倒だけれど、

使い始めると、なんとしても使いこなしたくなる

そして使いこなせるようになると、結構楽しめるものなのだった

SNSという言葉がいつ生まれたのか?

 

ソーシャル・ネットワーキング・サービスという意味からすると

私の場合、最初に使ったのはmixiと言える

掲示板とか利用していた

 

その後、ブログに移行する

 

そして2008年Facebookを始めた

アメリカの友人からの誘いで始めたので、

自分の名前で知り合いとネット上で繋がるという初めてのツールで、ここからがSNSと呼ばれるようになったと記憶している

 

Twitterを始めたのは2011年

東日本大震災がきっかけだった

あの時、Twitterが一番繋がったと聞いて、

家族と連絡を取れるようにするために入れた

 

その後、Facebookは殆どやらなくなる

理由は、日本人がたくさん入ってきて、

その気の使い方(いいねボタンを押し返さなければならない感じ)に疲れてしまった

 

Twitterは、ハンドルネームなので、

知り合いとは殆ど繋がっていない

そうなると、純粋に気の合う人と繋がる感じがするし、

必要以上に、お返しをする必要はない

 

そもそもSNSを利用するのに、

知人、友人とだけ繋がっている意味がよく分からない

もっと広く繋がるためのものだと思うけれど

 

Instagramはとりあえず、我が家の猫アルバム用に作った

殆どやっていないけれど、最近は、レストランの予約等に利用する機会が増えている

 

一番使っているのはLINE

これは、電話がわりなので、

他のSNSとは、ちょっと趣が違う気がするのだけれど、

友人との連絡はもっぱらLINE

 

FacebookとTwitterは、しばしかなり頻繁にやっていたのだけれど……飽きた

 

そして気づいたら、ブログに戻っていた

 

凝った写真を撮ることに熱心ではないし、

Twitterのように短い文章で何かを表現するのが苦手

 

色々使ってみて、ブログが自分に一番相応しいと感じたわけです

ブログがSNSかどうかは、微妙ですが…

20代で初めてアメリカ旅行に行った時は、

滞在中、あらゆるアメリカ煙草を試してみた

そのパッケージもしばらく取っておいたように記憶している

 

他の国に旅行に行った時も試してみた

 

その国の煙草の価格で、

その国の物価を測っていた

 

私が行ったことがある国で、

一番物価が高いと感じたのはスイス

次に、ドイツ

アメリカもそれなりに高かった

 

今は(全然分からなくなってしまったけれど)日本の煙草も高い

 

「一本ちょうだい」とか気軽に言えないしろものになってしまった

 

煙草にはたばこ税が掛かっている

お酒と比べても、身体にいいことが殆ど見当たらない

 

それならば、愛煙家も煙草を吸う量が減った方がいいので

「たばこ税は、掛けられるだけ掛ければ良い」

と、亡くなった愛煙家の父は言っていた

 

確かに、お酒とか煙草とか嗜好品と呼ばれるものは

お金に余裕のある人が嗜むものなのかもしれない。

そう考えたら、いくら税金をかけてもいいような気がする

しかし、現実には、お金に余裕のない人が、ハマっていく傾向も強い

 

やめられなくなるのだから、始めない方が良い

とは思うけれど…なかなか

煙草も若い頃ずっと吸っていた

俳優養成所に入った時、

一番仲の良い年上の女性が、格好良くタバコを吸う人で、

「役者なんだから、タバコ吸えないと困る」と言い訳しつつ

「一本ちょうだい」と言って吸い始めた

煙草を吸うシーンは、それなりにあったし、

煙草は小道具としては非常に役に立つものでもあった

 

格好良く吸う努力は重ねたけれど、

結局は習慣に流されて行った

 

そのうち、辞めたくても辞められなくなる

禁煙は、本当に大変な作業だ

 

食後や、お酒を飲んだ時、コーヒーを飲みながらの喫煙はとても美味しいのだけれど、

時々、習慣でただ吸った時の恐ろしくまずい煙草の味も知っている

 

辞める時は、その一番まずい煙草の味を思い出すように心がけた

 

吸うのを辞めて、

灰皿を捨てると、

家の中が綺麗になって嬉しかった

あの灰皿の汚らしさ、

それにともない、空気はもちろん、家の壁紙が黄ばんでくる

あの汚らしさから解放された

 

短い休憩時間に、わざわざ喫煙に行く煩わしさもなくなった

(分煙が厳しくなる頃には辞めていたんですけどね)

 

ドラマから煙草を吸うシーンが圧倒的に消えた

古い台本を使用すると、喫煙シーンが出てくる

小道具としてはとても使い勝手のいいものなので、そのまま生徒にやらせる

稽古場で、ボールペンを煙草がわりにして稽古していみると

煙草の吸い方を知らない人が多くいることに驚いた

持つ指が違ったり、

なんと、ただ手で煙草を持って(口にはつけていない状態)火をつける仕草をするのだ

 

時の流れとともに、あらゆるものが変化している

煙草の代わりに、感情表現に使える冴えた小道具は、何になったのだろう

酔うためにお酒を飲む人が相当数いるようだが、

私の場合は、味が好きで、

この料理には、このワイン、日本酒、ビールと

料理をさらに美味しくするために飲んでいた

 

でも弱くなって、飲むとすぐに酔ってしまうので、

だるくて面倒で仕方ない

そうこうするうちに、

パスタを目の前に「赤ワインを飲みたい!」という気持ちに、

それを飲んだら、だるくて、その後何も出来なくなるぞ!

という恐怖の気持ちが勝つようになってしまった

 

ドラマを見ていて、食事の時にビールとかお酒を飲んでいる様子を見て

いいな、美味しそうだなと思うけれど、

次の瞬間、酔って、だるくなるイメージが付きまとう

若い頃のようにはお酒を楽しむことはもうないのだなと思う

 

幾つになってもお酒に強い人もいる

ちょっと羨ましい気持ちもある

 

お酒を全く飲まない人に向かって

「人生の楽しみをひとつ失っている」と言った輩もいたが、

飲まない人は飲まない人なりの楽しみ方があるのだろう

そもそも飲みたくならないのだから、

それだけでも時間の有効活用に繋がっていいかも

 

私も酔っている自分より、

ストレートな自分の方が好きなわけだし、

やりたいことが捗る

私が毎晩お酒を飲むようになったのは、1995年の秋

 

目的は眠るため

お酒を飲むと眠れる

つまりはお酒を飲まないと眠れなくなったから

 

二人暮らしだった母が亡くなった日からその習慣は続いていた

 

しかし、誰でも知っているように

お酒を飲むととりあえず眠れるが、

夜中に目が覚めたりして、実際の眠りは上質なものではない

夜中に目が覚めて、やけに冴えてしまうこともあるし、

眠りが浅くて、朝起きて疲れが取れていないこともある

 

しかし、煙草同様、これは習慣なので、なかなか止めることができない

 

そんな私も去年からお酒を飲む日がグッと減った

最近更に減って、週に一回も飲まない

こうなってくると、体はとっても楽

 

そもそも酔っ払いが好きじゃないし、

自分自身、酔っ払うのが嫌い

ついでにお酒があまり強くないときている

 

「お酒を飲んでも酔わなければいいのにな」と言ったら、驚く人が多い

多くの人は酔うためにお酒を飲むらしい

 

それは現実逃避?

それともお酒を飲んだ時の、あの雰囲気が好きなのでしょうか?

飲まないと本心を伝えられないとか、

酔っ払わないと、自由になれないとか

そういう人も、それなりにいるようで、

私としては、ちょっと信じがたい

 

言いたいことは、シラフで言った方が絶対にいい。

若い女性が、めちゃくちゃ厚底のサンダル(ブーツも)が流行った時代があった

あれは、何年くらい前?

 

渋谷駅、山手線のホームで電車を待っていた

ホームはいつも多くの人で混み合っている

 

電車が滑り込んできて、

電車から人々が降りて、乗ろうとした時、

私の少し前に乗ろうとした厚底の靴を履いていた若い女性が、

電車とホームの間に片足を落とした

挟まったというよりは、すっと落ちた感じだった

慌てて(力のない私は)彼女の脇の下に片腕を入れて支えようとしたら、

彼女の逆側の腕を、やはり某女性が支え、

ふたりで支えたお陰で、若い子はすっと引き上げられ、

そのままスタスタと電車に乗り込んで行った

 

電車の中で、年配の女性がよろめいて倒れそうになった時、

反射的に腕を出して、止めた時も

(力がない上に、手首に問題がある私はあんまりそういうことしたくないんだけど…)

 

その度に、この国には男はいないのか?!💢

と私は思う

 

男性は、うっかり知らない女性に手を出して

抱き止めたり、支えたりすると、後で何を言われるか分からないという恐怖でも持っているのだろうか?

それともそもそもレディファーストではないこの国で、

男性はどのように手を差し伸べたら良いのか迷っているうちに、コトが終わっているのだろうか

 

これが西洋の国なら、間違いなく、数人の男性の腕が伸びてくる

倒れそうな時に、知らない男性の手が伸びてきて、助けて貰って文句を言う女性がいるのだろうか?

いるのかもしれない

手の出し方にもよるのですが…

 

子ども頃から、人と手で触れ合い、キスしたり、ハグしたりしている国の人たちは、

少年でも本当にジェントルマンで、女性に手を差し伸べることが自然にできる

私は、好きだけど

 

やっぱりこの国では、うかつに手を出せないのかしら?