大リーグが始まり

マリナーズの岩隈、レンジャーズのダルビッシュ、ヤンキースの黒田という先発ローテーション入りしている期待の選手だけではなく、

中継ぎでレッドソックスの田澤、上原

みーんな活躍しています。


何よりうれしいのはトロント・ブルージェイズで

先発出場入りを果たした川崎選手でしょうか、

レギュラー選手の故障による先発入りとはいえ、

復帰に3カ月かかるということなので

なんとかこのまま1軍で出場して貰いたい。

雰囲気作りだけではなく、日本で活躍していた選手ですから

昨年マリナーズでひどい扱いを受けたことに対しても

今年の活躍で見返してほしい!


そういえば昨年から元大リーガーの田口選手が

野球解説やレポートなども含む野球中継に出演していますが、

素晴らしいですね。


雰囲気は明るく優しく、共演の方に気も使えている。

そして解説は真面目に勉強していて、余計なことを言わず、

野球選手上がりですぐ

これほど素晴らしい人を見たことがありません。

プロの喋り手と言ってもいいくらいです。

選手の時はあまり好きではなかったのですが、

今は感心することしきりです。


小早川さんとか少し見て聞いて勉強していただきたいです。

かねてからの夢でした

今日初、ウッドデッキにヨガマット出して、ひとりで朝からヨガしました。


ウッドデッキで横になっているには暑くもなく寒くもなく丁度いい感じの気候です。


実は、ヨガもひとりでやるよりは誰かと一緒にやった方がいいし、

インストラクターがいた方がやはり能率があがるということで

八ヶ岳でヨガをやっている場所を探した。

ネットで見つけたのは2ヵ所

ひとつは気に入ったのだけど、

丁度今日開催するはずがメンバーが集まらず中止。

こういうことってよくあるよね。

やりたい人がいてもなかなかその希望がひとつにまとまらない。

そんなわけで今回はなーんも予定が決められなかった。

そもそも週末からはGWで混雑する八ヶ岳。

人が少ないところに好んで来ている私は

週末からは多分スーパーに行くのも厭になる。


今日は午前中まで雨予報だったのに

目が覚めたら晴れ渡っていました。

着替えて外へ出てウォーキング。

歩いているうちからお腹すいたぁ~って感じ

お腹が空くのは幸せな証拠なのです。


帰ってきてすぐにヨガるはずが、

コーヒー入れたら何かを食べずにいられなくなり…


そうそう、今朝はきよさとの牛乳


stingのブログ
昨日は猫たち連れて雨の中の移動だったので

SAで朝食まで購入。

いつも談合坂SAで買い物するのだけれど、

お惣菜が高いし、どうも食指を誘わない。

双葉SAは、そういったものがなく…

八ヶ岳PAが一番いいです。

この牛乳も、朝のクロワッサンも、おいしそうなソーセージも

そしてこの卵も買いました。


stingのブログ
八ヶ岳高原の自然卵

若鶏が最初に産んだ卵とのこと(正確には最初から3週間以内)


今朝これをみて「卵が食べたいな」と感じた。

頭ではなく体でそう感じた。

とりあえずゆで卵にしてみた。

食べてみてそれほど違いは感じられなかったのだが、

見た目はかなり違った。

黄味の色が全然違うのだ。

ゆで卵は、そもそも私のつくり方が適当なので

出来のいい時と悪い時もあるし…

その差がわかりにくいのかも

明日は焼いてみるか?

本当は生食がお奨めらしい。

ご飯炊いてみるか…


んなわけで、

朝から運動して、身体が欲するものを体に入れて

外の空気をいっぱい吸って、鳥の声を聴きながら午前中を過ごしています。


ウッドデッキでのヨガは、是非仲間が欲しいのです。

どなたかいらっしゃいませんか?

ヨガ歴17年ですが、

体調を崩し、今は出来ないポーズばかりです。

それでも出来ることだけ続けたいと思っている。

そんな私とのんびりヨガやってくれる人ぉ~!

旅行に行く、ちょっと遊びに行く、ちょっと遠出する

そんな時のドライブは最高だ!

なんといってもこの先に楽しみが待っているのだから。


しかし例え通勤のために車を運転していたとしても

透き通る真っ青な青空が前方に広がっていたりすると

窓を開けて爽やかな風が顔に当たってきたりすると

同じようにドライブは最高のモノになる


そしてその時、私は必ず、そう必ず、旦那様に感謝する。

(あはっ、いつもはつけない様をつけてしまった)


免許を取って何回も書きかえしているが、

ある時期からほとんど車の運転をしていなかった。

時々旅先で運転を交代するくらいで、

東京の道は怖くて無理だった。

免許証は身分証明書として大いに役立っていたが…


そんなだから運転しても楽しくない。

もうこのまま一生運転なんかしなくていいなと本当に思っていた。


しかし出会ってしまったのだかわいらしい車に。

それがMINIクーパだ。

結婚直後旦那が買った。

本当は普通のBMWが欲しかったようなのだが、

あいにく我が家の狭い駐車場には入らなかった。

そして私はMINIクーパに出会ってしまった。

あまりに魅力的な車で(この時は外見)乗らないのはもったいない。

なんとしても乗り回したい。

その一心で、毎日胃が痛くなりながら車を運転した。

一年は胃が痛くて楽しむどころじゃなかった。

でも、頑張ったのだ。

胃が痛くても出来る限り運転して……

そしたらやっぱり運転は慣れでしたぁ≧(´▽`)≦


今はどこに行くのにも車の方が楽。

もちろん、ナビのお蔭は大きいけれど

考えられない変化。


そして160キロひとりで運転して毎月八ヶ岳へ、成田へ、軽井沢へ

行動範囲はかなり広がったのです。


このすべてが旦那様のお蔭。


年を取って、段々行動範囲や出来ることが減ってくる…はず。

でも今はまだ増えることもたくさんあって、

だからこそ新しいこともたくさんあって


今日もドライブしながら(天気悪かったけど)ホント感謝でした。


PS: 私の誕生日9月8日は、クーパーの日だそうです。

   昨年のこの日からそうなったみたい!

   いつかまた乗りたいなぁ~MINIクーパ

一ヶ月に一度は、中央道を使って八ヶ岳に行く。


今乗っている車は、初めての4WD


車体が重いのか?加速しない

登坂となると走らない走らない。


八ヶ岳に行く時は家族連れだ。

猫4匹、それぞれケースに入れてスタートする。


ケースの中が嫌なのか?

車の振動が嫌なのか(多分どちらも)

スタート直後はずっと泣き続ける(1匹を除いて)

しばらくすると疲れてきて静かになる子もいるけど、

1匹はずーっと泣き続けている。

最初に泣き出さない子は、スピードがあがると突然大きな声で叫ぶ。


一般道を40キロで走っているときはいいが、

60キロにスピードを上げると

「止めて! 止めて!」という雰囲気で

「ニュウアオーニュアオー!」と叫ぶ。

段々慣れるものかと期待しているが、

今日もその子は、嘔吐した上に脱糞してしまった。

可愛そうだった。


車の中は俄然臭くなる。

でも窓を開けられない。

窓を開けるといろいろな音が入ってきて猫たちが怖がるのだ。

そして4匹の鳴き声が大合唱になっていくのだ。


SAで止めてケージの中を掃除する。


そして私はコーヒーなど買い込んで休憩する。

好きな時間のひとつだ。


再スタートする。

高速なので急加速しなければならない。

猫たちが騒ぎ出す。


その後走行車線を80キロくらいでゆっくり走る。

でも時々抜きたい車がやってくる。

当然加速して追い越し車線に出る。

その時、右側のフェンダーミラーを見る。

すると右側後方から数台の車がグングンとスピードを上げて近づいてきていたりする。

その車群の姿は、それはそれは格好いいのだ。


そしてアッと言う間に抜き去っていく。


1年前まで、私はどちらかといとその中にいた。

私の車は4WDではなく、MINIクーパSだった。

路面を掴んで滑るように何の困難もなく加速した。

運転が楽しめる本当に素敵な車だった。

でも八ヶ岳の冬には向かないので昨夏四駆にした。


あっという間に抜き去りその姿が小さくなっていく車の後ろ姿を見ながら、

格好いいな!とは思うけれど

「いいなぁ!」とは思わない。

それがまた素敵だと思う。


ゆっくり走れる今の自分が嫌いではないのだ。


ただ、抜かれる瞬間にちょっとだけ悔しくて、

隣で鳴いている猫に話しかけたりする

「大丈夫?」

さも猫のためにゆっくり走ってあげているのよ。みたいに。


そしてスタバのカップを口に運ぶ。

別に楽しんでいるのを誰かに見せつける必要はないのに。

だって楽しいドライブだもの。


話し相手もいるし、

景色を楽しむ余裕もある。

それは80kで走行車線を進むから出来ることでもあるのだ。


久しぶりに重松清の本を2冊借りて来た。


『季節風 春』 と 『季節風 夏』


長編の方が好きな私なので、それほど楽しみにしていた本でもない。


短編集のいいところは、

とりあえず読み始めることが出来ることだ。

長編小説は、読み始めて面白いと途中で止めるのが嫌なので、

暇な時でないと読み始められない。


『季節風 春』

最初の話は「めぐりびな」

おひなさまの話らしい。


しばらく読み進めるうちに涙がこぼれてくる。

そのうち止まらなくなる。


前にも書いたが、泣くと本は読みにくい。

ボロボロ泣くと、もう読むことは不可能になる。

しばしストップするしかない。


この「めぐりびな」には優しい人ばかり登場する。

そして亡くなった母を思う主人公の心がずっと描かれている。

母親大好きの私はとにかく母親ネタに弱い。

亡くなった母親が、自分の亡くなった母親に重なり、

古いおひなさまが、私の家にあったケースに入った小さなお雛様に重なる。

小さな雛飾りだったが、顔が上品で(派手でなくて)好きだった。

姉が結婚する時、ひな人形を持っていかない様子だったので、

私が持っていくからと自分のものにしたのだけれど、

そのまま結婚する機会がなかなかやってこず、

いつのまにかなくなってしまった雛飾り

(なくなってしまったのは、もちろん複雑な家族関係があり…)

ちょっと後悔が残る雛飾りだが、

今ここにあっても飾れないだろう~

それでも心に残るモノがある。

人形の顔の印象がいつまでも記憶に残る。


さて、本に戻る。

とにかく素晴らしい話だった。

あれだけボロボロと泣き、

その本の世界に引き込まれた上に、

私は母親とのいろいろな思い出を振り返ることが出来た1時間弱。


今日の読書は終わり。


それにしても先が思いやられる。

この本にはあと11話の短編が集録されている。

それぞれにこれほど感動していたらやってられない!!

なあんて思いつつ、

『季節風』という本には、多分あと秋と冬もあるのだろう~と

これから読む本がまだまだあることに幸せを感じる。

楽しみだわぁ~(*^o^*)

私には、好きな漢字がいくつかある。

(皆さんもそうだと思いますが…)


自分の仕事名を付ける時に、

私は自分の好きな漢字を並べて、

なるだけ多く使用しようと心掛けた。


樹・梨・桐・於・緒・


この十年くらいの間、もっとも好きだった漢字は


『凛』である。


「凛としている」と言われることが、最高に嬉しかった。


「凛」という語を、イメージとして頭の片隅に置いて生きてきた。


友人が、習字や文字を彫ること(←何て言うんだろう?)を趣味でやっていて、

私にも一つ作ってくれるという時に

『凛』という文字を頼んだら、

先生から、その文字はあまりいい文字(意味と言うことだと思われる)ではないと言われた。

一漢字だけ掘って、壁などに飾るモノだが、

結局、そのまま私のための作品は出来上がっていない。


そして最近一番気になっている漢字は  『粋』 である。


昨年から、かなり和物に惹かれていて、

着物を着るだけではなく、和物に触れる機会をどんどん増やしている。

着物を着ると、「粋に着こなしたいと切に思う」

これが難しい。


これから数年間、この漢字を頭の片隅に置きながら

心がけて生活をしていくのだと思う。


「粋だねぇっ!」と声を掛けられることがあったりしたら

うふふ...だ。





連続ドラマは、次の週まで待っているのがいや、

そして一週間後には、前のストーリーを忘れかけている…

ということで、出来るならば全部まとめて観たい!

DVDに録画して、八ヶ岳に持っていき

1話からだーっと見る。

んなわけで、ブログに感想を書くのも必然的にすごく遅くなる。


という言い訳をまず書き…


江口洋介さん、倉科カナさんという好きな役者さんが出ているからと楽しみにしていたドラマ。

面白かったですねぇ~。


演出が素晴らしかった。

シリアスなストーリーの中に

コメディが挿入される。

その分かりやすさと、自然な流れに何度も爆笑。


ストーリー的には単純だし、

そもそも脳卒中で倒れたシェフが3カ月意識不明でその後復帰するなんて無理だし、

代わりにやってきた江口さん演じるシェフがラスト店を辞める理由も見当たらず、

成立していない部分は多々あるのですが、

それでも楽しかったからOK。


江口洋介さんには、こういう素敵な役をやっていただきたい。


話は変わりますが、このドラマの前に倉科カナさん主演のドラマをNHKで見た。

6話くらいあったかなぁ~?あんまりおもしろくなかったので、

なんとなく適当に見ていた。

若くて可愛らしい女優さんの中で力もあると思っているのだけれど、

そのドラマをぼーっと見ながら、

あれぇ?たいしたことないのかも…と感じながら見ていた。


それから数か月(多分2,3か月)が経っていると思うのだけど、

先日、そのドラマを書いた脚本家が、賞を受賞した。

脚本家を紹介する時に、

『恋するハエ女』というドラマを書いた……

そしてドラマが映し出される

「主演:ミムラ……」

ええええええっ!!!!!!!

あれミムラだったのぉ~?

ずーっと倉科カナちゃんだと思ってみていました……(;´▽`A``

なんとなんと……ちょっと自分にびっくり。

しかし、そのあと、思ったのです。

そっか、だからいまいちだったのかぁ~(ミムラさんを批判しているわけではございません。あくまでも好き嫌いの問題でして)


話はもうひとつ変わりますが、

この『Dinner』の裏で放映されていた『トンビ』というドラマが

とっても面白かったとか。

友人に聞いたのでチェックしました(終わってからのことです)

原作:重松清さんじゃないのぉ~!!!!!!

新ドラマの時期になるとネットでチェックするのだけれど、

時々こうやって素敵なドラマを見逃すこともあります…トホホ

再放送やってくれないかなぁ~

再放送がある時は誰か教えてくださいませ。


若い頃は、いつも夢と希望を持って

目的に向かってまっしぐらに毎日毎日努力を積み重ねて生きていける。


しかし、ある時期を境に人生目標を持つことが難しくなる。


沢山の人が言葉にするが、

40歳を過ぎると、人生の折り返し地点を過ぎたと感じる。

そこから先は、これまで生きてきた時間よりも短いと感じられる。


限りない未来があった若い頃と違って、

将来の夢に向かっていくというよりも、

今を楽しむことの大切さを感じ始める。


若い頃は

「長生きなんかしたくない」と言っていたりするが、

それは若さからくる傲慢だ。


死んだら何もない。

生きているからこそ辛いことも痛いことも楽しいこともあり、

こうやっていろいろ考えながら日々を送っている。

そして長く生きると世の中の変遷もたくさん見ていることになる。

長く生きると、間違いなく

経験と言うモノにおいて多くのコトを学び

人として充実してくる。


これから何かを積み上げてゴールを目指すことが難しくなってくると、

目標がなくて日々の生活がなんとなく空虚に感じられる。

毎日、同じような生活。

ご飯を食べて、家族と笑って

それはそれは幸せなんだけど、

これでいいのかと不安になることもある。


しかし、大切なことは、こうしていろいろ感じていられることだ。

だから

人生の最終目標は、

「一日も長く生きること」

これでいいのではないかと最近つくづく思うのだ。


私も長生きなんかしなくていい。とよく思っていた。

せめて母の年まで生きたいとは思っていたけれど……

母が亡くなった年まで、残り7年になってしまった今。

やっぱりもっともっと生きることが

大切なのではないかと感じる。

辛いことやどうにもならない苛立ちがあったとしても、

自分を大切に思ってくれる家族や友人がいる限り、

楽しいこともたくさんあるから、

少しでも長くこの世に生存して、

世の中のあれこれをしっかり見つめ続ける。

それが出来た人が、人生の勝者なのだ。

我が家で最も気に入っているモノの一つに

小さな窓がある。


それは、二階台所の横についているほんの小さな窓だ。

その窓は、丁度玄関の上に位置する。


夕飯を作っていたりすると

家族が帰ってきた時に、

その窓で確認することが出来る。

ということで最初にこの家を見た時に気に入った窓だ。


春になり、

窓を開け放していられる時間が長くなった。

これは私にとってとても幸せな季節。

外の空気を絶えず感じていられるのだから。


今日は午後仕事が終わって帰宅すると

その窓が開いていた。


玄関先から二階のその窓を見ると

モネ(猫)がそこから外を見ている。


外から「モネ!」と呼んで手を振る。

声に反応してまずこちらを見る。

そして分かっているか分かっていないのか

不思議そうな目で私の顔を見つめている。


埒が明かないので鍵を開けて中に入る。

玄関に入ると真正面に二階へ続く階段がある。

その階段をスタスタ走り降りてくるパトラ(別の猫)がいる。

パトラは、必ず玄関まで一目散に出迎えに来る。


他の猫は、よっぽどご飯の時間に近い時、

お腹が空いている時に帰宅しない限り出迎えないが、

パトラだけは、必ず出迎える。

時々、眠っていてうっかりしている時は、

玄関で「只今! パトラ!」と呼ぶと

急いで降りてきて、

一階に到達すると顔を洗ったりあくびをしたりしている。

今まで爆睡していたことがバレバレだ。


家族が留守の時でも、

猫たちは必ず家に居て、

私の帰りを待ち望んでいてくれる。

それは私を待っているのではなく、

私が差し出すエサを待っているだけかもしれないけれど、

でも...

誰かが出迎えてくれるということは

この上なく幸せなことだ。


夕べ、突然友人が急逝したとのメールが届く。

そもそもメールが届いてもすぐに気づかない私。


気づいた時に、メールの送信者に電話したが、

携帯同士だとなかなか直接話が出来ない。


以前は、こういう連絡はメールでは来なかったのだけど、

時代の流れを感じる。


さっきやっと直接話が出来た。


その友人は事故死だったという。


つまり事故にあうまでとても元気だったのだ。

突然の死。

それはどうして起こるのだろう?

と、いろいろ考えてしまう。


今日の夕方お通夜に行く。

高校の同級生なので、

数人の友人にそこで会う予定。

彼らとは(亡くなった友人とも)昨年の2月に集まった以来。


亡くなってしまった友人とは話すことも出来ない。

顔くらい見られるかな?


お葬式に行くと、

その亡くなった知人と同時期に付き合っていた人々と会うことが出来る。

それが古い友人だと、

懐かしい人たちと会うことになる。

それは、亡くなった友人が引き合わせてくれる貴重な時間だ。


そして彼女のコトをひたすら話す。


彼女が引き合わせてくれるのだから大切に使いたい時間なのだ。


ご冥福を....