マンションのペントハウスとか…
高いところに住むのは一種の優越感?
そういえば、私も高いところに住みたいなぁ~と思った時期があったな。
いままで住んだ家で一番高かったのは…(考え中)
多分、7階? あれ?思い出せない。
ニューヨークのレキシントン沿いと3rdアベニュー沿いと
あっ高円寺も…?

先週の土曜日は、東京湾花火を見に友人宅へ。
18階だった。

高いところは蚊がいなくていい。
ベランダに出る。
なんとなく目の前の景色を独り占め
いいないいな。
しかし、下は見られない。
怖い!!!

そして今日はもっと高いところに行きます。
昨年知り合ったお友達
年賀状で住所を知ったら、
その部屋番号から
どうやら彼女は二十数階に住んでいる様子。
ということで、私が彼女の家飲み会を企画いたしました。

これから行ってきます。

ちょっと高いところづいている私です。
楽しいです。

マンションのたかーい階に住んで、
夏の夕べは、ビール片手にベランダで夕涼み(涼めるかどうかはともかく)
冬は、温かい飲み物で綺麗な星を眺める。
いいないいな。

とは思うけど、
もうそういうコトはないだろうな。

だから人の家で思いっきり楽しむ( ̄▽+ ̄*)
電車に乗ると、ずっとドアの上の画面を見ている。
ようにしている。
その方が、首にいいらしい。ですよ。

周りを見ればわかりますが、
殆どの人は携帯の画面を見ていて、
首が前に垂れている。から。

そして、テレビ画面からいろいろな情報を得る。

昨日知ったこと。

昭和の初めに出来たシャンプー
リンスやコンディショナーと間違えないように
シャンプーボトルにはギザギザがついている。
目をあけられなくても間違えないようにとの工夫らしい。

知っていましたか?

家に帰って髪を洗う時に
今は入れ替え用になっている大きなシャンプーボトルを指で探ってみる。
ありました!!!!
ギザギザ。
こんな工夫をしてくれていたのね。

って、
昭和の最初に出来たって、
いままで知らなければ何の役にも立っていないってことじゃないの!
もう少しお知らせしてくれたらよかったんじゃないの?
って私は思うのですが、

みなさんは、知っていたのかしらん?
蛇口から水だけではなく
普通にお湯が出るようになったのはいつ頃からだろう?

水だけでも素晴らしいことなのに、
冬の寒い朝、湯が出ることで
多くの主婦の手が救われたはず

しかし!

この2日間お湯しかでないのだ!!!

朝起きて水道の栓をひねると
生ぬるい水が出る!

水道管がずっと温まった状態
なんだ?これは?

この暑さはなんだろう?と
感じている人はたくさんいるはず


昨日電車の中でびっくりするニュースを目にした。
岩手県で日本初の女性県警本部長が誕生した!

この日本で、
それも警察という男性社会で、
初の女性本部長というのは、とにかくびっくりのニュース。
同じ女性として、
凄い!としか言いようがない。

ところで、県警本部長って一体誰が決めるんだろう?と疑問に思った。
で、今調べてみたら、総理大臣なんですね…

彼女の経歴は、日本で初の女性キャリアとして警察庁に入庁
キャリア初の女性署長と輝かしい。

しかし、頭だけではなく体力も必要なこのような職種で
男性と対等に仕事しているだけで凄いのに、
47歳で、今後もっともっときつくなるのだろうなぁと
心配してしまう私もいる。

女性の門がひとつ開けたようで
それは大いに歓迎しているのだが、
その反面、広告塔として利用されているのではないかと
うがった見方をしてしまう私もいる。
つい5年くらい前までずーっと
男の方が得だなぁ~と思って生きて来た。
男に生まれたかった。
そもそもこの国は男尊女卑の国だし…

しかし、5年くらい前に逆転した。
女でよかった。
女の方が、柔軟性があるし、
色々な楽しみ方が出来る。

実際、この年になると、
周囲の人々を見て、
どう見ても女性の方が人生を謳歌しているように見える。
男性はどんどん頭が固くなって、世界が狭くなって
(もちろん、のぞんでそうして、それが幸せならば大きなお世話だが)

しかし、この一ヶ月女性の欠点を見つけてしまったのだ…

圧倒的に女性は、男性に比べて行動範囲が狭い!

例えば普通自動車免許は持っているけれど、
家の周り(スーパーに買い物に行くとか、子どもの送り迎えとか)しか
運転できない。という人を今までも知っていたが、
更に、高速道路は運転できないとい人に最近2人も出会った。
確かに、幹線道路の運転は9割以上が男。

つまり免許持っていても遠出はしない。

それなら電車やそれ以外の乗り物で遠出をしているか?となると、
これも疑問。

八ヶ岳に遊びに行きたいなぁ~と言ってくれる。
でもなかなか来ない。
確かに電車を利用するとなると、予定を立てなければならないのかもしれないが、
実際は、オンシーズンでなければ
当日でも電車やバスに乗ることは出来る。

もうひとつは、ひとりで遠出の出来ない女たち。

女たちは、誰かとつるんで遊ぶコトが好きなのだ。
それは素晴らしいことだと思う。
ひとりではなく、一緒に遊ぶ人がいるというコトだもの。
だけど、あくまでも一人でも遊ぶコトが出来たうえで素晴らしいのだ。
ひとはまずひとりでなんでもできなくちゃ。

誰かを誘うとなるとまたまた計画が必要になる。
実行に移すまでにどんどん時間がかかる。

きっと来年になってしまう。

もっと気楽に、その日の気分で、
ちょっと時間が出来たから、
ちょっと天気がいいから
ブラッと八ヶ岳まで出かける。
という能力において、女はかなり劣っているのだと感じたのだ。

みんな、ぶらっと遊びにおいで!
だって計画立てて遊びに行くほど凄いところじゃないし、
でも良い天気さえあれば
ブラッと出かけるには最高の場所なんだなぁ。

最近友人と話していて気付いたこと…


ひとりで海外に出向いたことがありますか?


私の場合、

27歳の時に、ニューヨークへ、一ヶ月滞在。


30歳の時、ニューヨークへ移住。

この時は、成田空港に向かうリムジンの中でもう悲しくなってた。

ニューヨークのドミトリーの部屋に落ち着いた時に、

涙が出て来た

「なんでこんなところに来たんだろう?」

あの居心地の良い、自分の住処を手放して、

なあんにもないこのニューヨークへ。


31歳の時、ヨーロッパ一人旅

これは結局一ヶ月で終わるのだが、

この時も最初のアムステルダムのユースで思った

「なんでこんなところに居るんだろう?」


いつも始まりは楽しくはないのだ。


でも、数日、数か月するうちにその感情は変わってくる。


その友人の場合は、アリゾナ州のセドナに行った時がそうだったらしい。


しかし、その昔話をする私たちは、

間違いなく楽しい思い出話をしている。

辛かった、寂しかった、きつかった経験は

確実に印象的な思い出になっている。


出来る時に、

ちょっときつい経験をしてみるといい。


少なくとも、私にとっては、

あのニューヨーク滞在と、ヨーロッパ一人旅が、

私の人生に彩りを加えてくれている。

短い人生が間違いなくその経験によって豊かになっている。


日本国内でもいい。

ひとりで一ヶ月とか

ぶらり旅をしてみるといい。


男性はなかなか行動的だし、行動範囲が広いが、

女性は、そういった経験を全くしないで結婚して

つまり、ひとりで何かをすると言う経験の少ない人が多いことを最近感じだのだ。


若いうちに(出来るうちに)是非ひとり旅を!


若いということは、傲慢無礼であるのだと知る。

最近の若い人たちと触れ合っていると
みんなとてもいい子たちだと感じる。
数人で群れをなすと悪いことをするような人たちも
ひとりひとり面と向かう機会があると、
みんないい子たちだと感じる。

しかし、次の瞬間(わざとではなく)非情な冷たさを感じることがある。
単なる疎外感と言ってもいいのだと思う。

若い時は、あんなものかな?といつも自分に置き換えて考えてみる。
私も若い頃はあれほど冷たく、失礼だっただろうか?
いえいえ、そんなに失礼ではなかったはず。
しかし、彼らに負けないほど無知ではあった。

そしてその無知さが、失礼な言動になる。
つまり私も年長者に対して同じようなことをしていたと思われる。

若い時は、すべてが自分中心でうまく行っていたりすることもあり、
周りが見えなくなることは多々あると思う。
時代がちょうど自分の上に乗っているような
「今は私たちの時代よ!」という時は特に。

だから「若い」ということは傲慢なのだとつくづく思う。
年配者の内面などうかがい知ることも出来ない(当たり前だ)
年長者にこれほど気を使っているのだから……と思っている。

結局は、失礼なのではなく、
ジェネレーションギャップがずーっとずーっと続いているのだ。

話す内容だけど聞いていると、
今の若者の中には素晴らしい子がたくさんいる。
私はこんな風には考えていなかったなと、感心することがたくさんある。
ただ、言葉にして言えているほど、
実感として分かっているかどうかは別のコト。

誰かに言われたことをそのままなぞっているだけかもしれないし、
単に目上の人と会話する時は、その人に合わせているだけかもしれない。

それでいいのだとつくづく思う。
いいというより、仕方がないのだと。

それでも時々、私は言ってしまう。
言っても分からないだろうと思いつつ、
言っても無駄かもしれないと思いつつ、
言ってしまう。
私が半世紀生きてきて学んだことを。
それはやはり無駄だとしても繰り返すべきことだと思うし、
もしもラッキーにも頭の片隅に残っていて、
数年後、その人が同じくらいの年齢になった時に、
ほんの少しだけ思い出してくれたりしたらとっても幸せだから。
すべての人が通った道なのだと思う。
でも、誰も誰にも教えることができない。
年を取ることはこういうこと。
五十歳になると、
六十歳になると、七十歳になると、
こんな困難がでてくる。

多くの人が、本に書いたり、
誰かに伝えたりしてきたのかもしれない。
でも、ほとんどの人は、
自分がその年になって自分で経験しないと分からない。

あるいは、
年を取ることで失われて行くことは、
あまり多くの人は語っていない。
人は、いいことは多くに伝えるが
悪いことは隠す傾向があるから

だからすべての人が自分で経験するしかないのだ。
そして学ぶ。
年を取るということは、、、

だからこそ年上の人は尊敬に値するとも言えるのだ。






 
八ヶ岳を去る日の朝、
地元の農家から採れたてのお野菜を
大量に安く売っている店へ。

今回購入したのは、こちらのお野菜&桃。
 
八ヶ岳の高原レタスは、ホントおいしいです。
今までレタスなんて、味も何にもない葉っぱで、
ただ料理に添えられているだけじゃん(レタス農家の方ごめんなさいm(_ _ )m
って印象を一変してくれたレタスです。

 
これは初物。

そしてついでに帰りの談合坂でまた野菜を購入。
いつも八ヶ岳から帰った時は、
家に新鮮な国産野菜がたくさん。
それだけで幸せな気分になる。

きゅうりはとっても形が悪いけれど、
ジューシーだし、味は抜群。

旬のトウモロコシ、ズッキーニは
とってもお買い得。

そう、旬のモノを食べるのが一番体にいいみたい。
だけど、東京にいるとなんだかよく分からなくなる。
スーパーには一年中同じ野菜が並んでいるから。
でも地元の農家で採れた野菜たちは、
どれもこれも新鮮で、
値段もお得。

ただ、問題は、
お野菜は日持ちがしないこと。
冷凍出来る野菜はとりあえず冷凍する。
今回は、しめじ。
「シメジは冷凍保存できますので…」
と書かれていたので、
大きな袋のしめじを買ってくることが出来た。
知らなかった。
初、冷凍です(^-^)/

毎日、地元のお野菜を買って、
その晩の食卓に載せられる人がうらやましい。




八ヶ岳は今日も雨です。

シトシト雨。

朝、雨のためウォーキング出来ないのはこれで3日目。

先月は梅雨だったので仕方がないけど

一年で一番暑いはずのこの時期に

シトシト雨のお蔭で涼しい日が多い。


明日帰京予定の私は、

今日は明野のフラワーフェスティバルに行って、

ついでに須玉周辺で……と予定を立てていたのだけど、

全部中止。

買い物も中止。

明日朝からお買いものして(地元の野菜を買っていくのです)

ゆっくりめに帰京することにしました。


さて、雨となると…読書です。

今回持参した本は、

先日ご紹介した『犯罪被害者の声が聞こえますか』の他に

いつも持参する今一番好きな小説家 重松清さん

『カカシの夏休み』

そして、先月初めて読んでみた金子由紀子さん

先月金子さんの本を読んでとても素敵だったので

今回は『暮らしのさじ加減』を借りてきました。


彼女の本を読んでいると、心がすっきりしてきます。

雨の日に外に出られなくて気が滅入りそうな時に読んでいて、

心がリラックスしてきて、「これでいいのだぁ~」って思えて微笑んで、

幸せな気分になれる。

私の周りにゆったりした空気が感じられる。

そんな雰囲気を持った本です。


この本を読んで、私は来年2014年の目標も決まりました!


金子さんの著書は、まだまだたくさんありそうなので、

毎月楽しみに読みたいと思います。


もう一冊は、まだ読み始めていません。

小説です。


上記、ドキュメンタリー、フィクション(小説) 生活の知恵(ハウツー?) 

別のジャンルの本をそれぞれ楽しめました。

来月もこの流れで本を借りるつもりです。