週間予報を見ると、雨マークがかなり減ってきました。
そして一週間もすると、なあんとなく梅雨明けムードの晴れ続き。
ま、週間予報はそれほど当てにならないですけど。

さて、梅雨明けすると子どもたちは夏休み。
行楽地は週末を問わず混雑してきます。

そして暑い!

今年は冷夏と言われていて、
実際、ここまでは、結構いい感じで冷房使っておりません。
でも、時々暑くて(気温より湿気だな)めまいがしてくるけどね。

そんな時は、軽い運動かお掃除することになりましたの。

暑い午後、シエスタと行きたいところですが、
暑い中、いくら扇風機を回してもなかなかゆったりは眠れません。
勿論、エアコンつけっぱなしで寝るわけにもいかず……

夏が嫌いになって5年くらいの私は、
どう暑い夏をやり過ごしたらいいか考えるのであります。

勿論、八ヶ岳に行ってのんびりするのがベストではありますが……
仕事の時はそうはいきません。
この暑い東京を乗り切らなければ

そして考えたのが、
やっぱり暑い日は汗をかく作戦!ですね。
汗でベタベタした体でのんびりなんてしても気持ちよいわけがなく、
汗が出たいなら出してやろう!ってことです。

まず部屋の中での軽い運動作戦。
身体に負担の少ない、階段の踏み台昇降運動と言うのを
20分くらい続けると、
滝のように汗が出続けます。
そこで水分録りつつ、
次はストレッチ。
これ全部テレビを見ながらとか、音楽聞きながらやるので
リラックス効果もあります。
そして、散々汗をかいたらシャワーですっきり。
という夕方の過ごし方。

もうひとつは、お掃除。
朝、起きたら、今日はどこを掃除しようかな?と考える。
因みに昨日はキッチンの引き出し
今日は、小さな本棚を掃除しました。
その本棚には、家電の保証書、使用マニュアル、保険証などが入っていて、
その中には、かならず期限切れの保証書
すでに破棄した電化製品のマニュアルが混じっていたりするものです。
それをザッと古紙に投入。
次にそこに入っていた料理メモを整理。
最近はipadから直接レシピを見るので
プリントアウトした過去のレシピはあまり使っていないことに気づき、
今日は3/4くらい捨てられました。
なあんかすっきり。
ほんとお掃除気持ちいいです。

そして汗と共に体の老廃物もたくさん出して、
出した分だけ水分で補給して、
次の活動に移るわけです。

東京の住まいは、隣の家との距離がほとんどないので、隣家から色々な音が聞こえてくる。

一番困っているのは、7年前この家に引っ越してきてからずっと聞こえる…雑音だ。

南側の窓からその音は入ってくる。

南側に隣接するにも拘わらず、間違っても隣の家とは呼ばない位置にある家の、主にお風呂場から聞こえてくる。

その家の、間違いなく年配の男性が、喉に引っかかった痰を切るような音。
そう、あなたもあの人もみーんな嫌いなあの音だ!
もう最悪だ。

春、窓を開けるようになると、夕方決まって聞こえてくる。
それも想像を絶する回数。
朝、洗面所で顔を洗っている様子の時は、4,5回だが、
風呂に入っている時のそれは、30回くらい。
というより10秒に一回というイメージである。
もう趣味だとしか思えない。

本当にやめてもらいたい。

というか、時々気持ち悪くて叫んでしまう!

その家の家族が注意してくれればいいのに、
ま、年配の男性がやってることですから、家族が言ったところでやめることはないのでしょうが…。

春から秋、こちらが窓を開ける季節には向こうも窓を開けてお風呂に入るのでしょう。

なんとかならないものでしょうか?

 

半年位前からちょっといい音が聞こえてくるようになった。

これは時々なのだが、この音も南の窓から入ってくる。

上記の家の隣がアパートのようなので、その一室からだろうか?
休日の昼間が多いように感じる。
間違っても夜ではない、ゆったりとした時間に、
サックスを練習している音が聞こえてくる。
決してうまいわけではないが、
ゆったりと練習しているその音は、なかなか心地よい。

同じ家なのではないかと、目論んでいるのだが、
2度ほどウクレレの音も聞こえてきた。
ウクレレはこの2か月くらいの間だ。

そして、これも同じ家ではないかと勝手に思っているのだが、
時々きこえてくるたぶんCDの音。
これが素敵な音楽なのだ。
オペラだったりするのだろうが、
うるさくないクラシック音楽。
それも我が家ではあまり選曲しないような聞いたことのない素敵な音楽。

決して大音量ではなく、
BGMのように小さく生活の中に入り込んでくる音楽。
 

今、これを書いていて気付いたが、もう2週間くらいその部屋からの音を聞いていないな。

忙しいのかな?

 

そしてもうひとつ2か月くらい前から頻繁に聞こえる音がある。

猫が泣き叫ぶ声だ。

最初赤ん坊が泣き叫んでいるのかと思い気になった。

それは我が家の猫たちがあまりリアクションしなかったからだ。

野良猫などが近くで騒いでいると、我が家の猫たちは全匹

すわっ!戦うか? という感じで様子を窺うが、

この声には反応しないのだ。

この2か月くらい、ほぼ毎日。

いえいえ、毎日どころではないのだ、数分おきに泣き叫ぶ。

それも虐待でもされているのではないかと思われるほどの叫び声。

それが数秒続き、終わる。

毎日この猫が泣き叫ぶ声を聞いている。

気にはなっているのだが、これほど長い期間虐待され続け泣き叫ぶことも不可能に近いので、ああいう泣き方をする猫なのだろうと考えている。

そもそも我が家にも何の理由もなく、一日に何度か吠える猫がいる。

「ウォーウォー」雄叫びのように叫ぶ。

そしてその猫に追い掛け回されて時々泣き叫ぶ他の猫もいる。

つまり我が家の隣家の人々は、我が家からこぼれる猫たちの声も聴いているわけで……。

 

ひとつ不思議なのは、

北側の家の犬がよく吠えるのだが、

我が家と同じで、犬が吠え続けると、

時々飼い主のどなる声が聞こえる。

「うるさい!」って

でも上記の泣き叫ぶ猫は、一日に数十回泣き叫ぶのだが、

それにたいして飼い主が何か言う声が聞こえたことはない。

大人しい飼い主なのか、はたまた…

 

春から秋にかけて、部屋の窓を開け放つと、戸建は、雑音、騒音が入り混じって家の中まで入ってくる。

隣の家の窓までの距離が狭いところで1メートルくらいだから無理もない。

嫌な音でなければ、それは我が家の生活のSEになる。
嫌な音は、最初に書いた音(改めて書くのも嫌)
と、工事のような金属音が定期的に続く音。

その音の全てを削除して、自由にのびやかに生活するためにはやはりもっと広い田舎に移動するしかないのだろう。

日本が負けてしまってから
それほど真剣に見ているわけではないけれど、
やっぱり準決勝と決勝くらいは…と
昨日は、結果を知らずにドイツ対ブラジル戦を楽しみました。

その前の試合で、
ブラジルはあの強いコロンビアと戦った。
日本と戦った時、
先発メンバーの戦力を落としてきたにも拘わらず
あんなに強かったコロンビアが、
ブラジルと戦うと、
やはり力が少し下だと感じた。
勿論、格下でも勝てる可能性があるのがサッカーというスポーツなので、
勝負とは別の話。

その準々決勝で、キャプテンのシウバがイエロー2枚で
次のドイツ戦出場できないことが決まった上に、
ネイマールが骨折でリタイア。
これはかなり厳しい戦いになると思われた。

が、それにしても…ドイツは凄かった。
トップ3人の組織だった攻撃が続けられ、
かなりの確率でゴールを決めた。

そして前半で5対0というびっくりする点差になった。
ブラジルが、一方的に5点取られる試合なんて
誰が想像できただろうか?

勿論、シウバとネイマールのいないブラジルは
かなり力が劣るが、
それでも二人が居ても、このドイツには勝てなかっただろう。

強い国が、しっかりスペインのようなパスサッカーをやるようになってきた。
そしてドイツには穴がない。
気持ちの隙間もほとんど見えない。
そして決定力がある。
FWのシュートはびっくりするほどポストの中に行っている。

日本と比較するとパススピードが雲泥の差だ。
そしてゴール前に持って行く速さも違うし、
シュートの確実性も違う。

上には上があるものだとつくづく感じさせられた。

こんな試合を見ると日本が優勝することはやはり無理だと分かる。
一試合だけ勝つことはできるかもしれないけれど、
勝ち続けることは難しい。

本田や香川、長友のような選手が
ベンチ入りの選手も含めて全員になるくらい層が厚くならなければ、
無理だろう。

それにしてもゴールが決まる試合は面白い。
一人がボールを持って行って、
ゴール前で見事にパスを決め、
ゴールに対して前を向いている人にパスを決めた次の瞬間
予定通りにゴールが決まる。

なんとも小気味よい攻撃が続き、
ゴールが続き
見ていてすっきりする。
こんな試合を日本がやってくれる日が
近い将来にあると信じて、
次のワールドカップ目指してみんな頑張ってくれたら
私たちはまたまた素敵な時間を共有できるのだろうと思う。


7月1日自民公明の与党は、
集団的自衛権行使容認を閣議決定するということで、
その前日から、
総理官邸前は、抗議活動で湧き上がった。

7月1日に閣議決定をすることさえ
知らなかった人は少なくなかった。
そもそもの問題は、そこにある。

こんな重要なことを
自民公明で勝手に閣議決定してしまおうという暴挙を、
(閣議決定と言うことにどれほどの力があるかはともかく)
すべての国民に知らしめない報道機関は一体どうなってるのか?
そう、与党の都合の悪いことは、あまり報道されていないのだ。

さて、その日八ヶ岳に居た私は、
いても立ってもいられなかった。
朝から、ツイッターで叫ばれる抗議行動の一部始終。

この日の抗議活動には4万人が参加したという報道もあった。
警察官の人数も半端なかった。

そして、原発反対よりも集団的自衛権の問題になると
圧倒的に若者が増える。
その中心はやはり大学生だ。
しかし、今回は中学生のグループの参加も見られた。
実際、今集団的自衛権行使が容認されると
その被害に遭うのは、大学生以下の若者が中心だ。
選挙権を持たない若者たちには、抗議活動しか手がない。
頭を使ってモノを考えない大人や(周りの意見に左右され過ぎるという意味)
一部の権力にしがみつく大人たちが選んだ政権によって
戦争に行かされては溜まらない。

ツイッターを読みながら、
中継の映像を見ては涙し、
行きたい気持ちを押さえつつ、
ネットで出来ることをいくつかした。
署名運動や、公明党へメールを送ることや……

そしてその日の抗議活動は深夜まで続いた。
若者が多い所以である。
しかし、その活動の一切をNHKという日本の半国営放送は無視した。

次の日は、朝から首相官邸は大騒ぎだった。
どんなに声を荒げようと
この日、与党が閣議決定するだろうと思われていた。
そして、閣議決定の時間が早まるという情報が入り、
抗議活動の開始も早くなり、
結果、閣議決定された後もドラムの音は鳴りやまなかったはずだ。

ネットで中継を見て、涙している私は、
あれを見て普通でいられたり、
うるさいと文句を言う一部の霞が関の人びと、
無表情でその前を通過する霞が関の人びと
無表情で彼らを押し込めようとする警察官たちが
異常な人たちに見えて仕方がないのだ。

あの場にいたら、
間違いなく、
声を上げている彼らの声に嘘がないことを感じられるはずだ。

人は、頭でモノを考えるのを辞めた方が良い時がある。
時々、頭を休めて
もっと感性を働かせるべきだ。
五感を働かせて、感じることに努めたら、
時の総理ではなく、
官邸前の涙の抗議の声に真実味を感じられるはずだ。

と、私は涙を流しながらいつも思うのだ。
が、そうでない人もいるらしい。

それが不思議でならない。

因みに私は、
以前は、改憲もありかな?と思っていた人だ。
しかし、今の政権下では、憲法改正はありえない。
そして、改憲をせずに、議論もせずに
集団的自衛権行使容認はさらにさらにあり得ない。

事実怒っていることに私たちはもっともっと目を向けて行かなければならない。
テレビや新聞だけではなく、
もっと事実を得ることが出来る情報媒体を持ち、
周囲の人とそのことについて語り合う場を持たなければならない。
自民党と公明党は、集団的自衛権の行使容認について合意し、 7月1日(火)の閣議決定を目指しています。 6月30日(月)18時半から首相官邸前で予定されている抗議行動で 圧倒的な反対の民意を示しましょう!

集団的自衛権行使反対抗議活動


このまま放っておくと、
今の政権は、数にモノを言わせて好き放題
日本は、戦争に向かって前進しています。
若者が、次の世代が、戦争に駆り出される日は
そう遠くない未来にやってきます。

集団的自衛権は、日本国民を守るものではありません。
日本人を守るためには、
個別的自衛権で十分。
集団的自衛権は、
外国に攻め込むことが出来る権利です。

更にそれを時の政権の勝手な解釈で捻じ曲げようとしているのです。

今の日本の若者は、
未来に夢を持てなくなっている。
これも先進国で日本は最下位に位置する。
どうしてこの国に明るい未来がないのでしょうか?

若者、子供たちのために
大人がしっかりこの国を守っていかなければなりません。

目をそらさず、コトをしかり見つめていきましょう!

日本が予選敗退したことで、私のサッカーワールドカップは終了してしまったな。

本当は、ブラジルvsオランダorドイツorスペインなどの決勝まで楽しむつもりだったけど、やはり当初の情熱は消えてしまった。 

さて、今回のワールドカップを振り返りたいと思う。 

試合は、どれもいまひとつ楽しめなかった。
とにかくシュートを決めて貰いたい。
ゴールした瞬間の感動を一回でも多く味わいたい。
それがサッカーの試合を見る何よりの楽しみ。
の私にとって、
コートジボワールの本田選手のゴールは感動!
そしてコロンビア戦の岡崎選手のゴールは、少しほっと…
それだけでした。

コートジボワールで、いまひとつ日本選手の活躍ぶりが見られなかったことが、
結果としてやはりすべてになってしまった。
勝てる可能性のある試合を落とすと、次のチャンスはそうそうやってこない。そういう厳しい戦いなのだということがよくわかった。

 
でも、それでもこの四年間努力を続け、海外でも活躍した選手たち。
そして優勝をいつも目標に頑張っていた今の日本代表選手が私は大好きです。

問題は、日本のみならず、
アジア勢が、一勝も出来ず、
次のワールドカップのアジア出場枠が減ってしまいそうなこと

そして、負けても続けて欲しかったザッケローニ監督の退任。
本当にショックでした。

ザックジャパンと呼ばれるほど、
この4年間ザッケローニ監督の日本チームという色がしっかりついた。
思えば4年前のワールドカップ後、監督が決まるまで結構大変だったのを記憶している。そして予想外にいい監督がやってきた。

そしてザックジャパンになって連勝続き。
負けない日本だった。
コンフェデレーションカップで勝てなかったあとも
強化試合で、驚くべき成果をあげ、
そしてワールドカップでまた勝てなかった。

つまりこれが日本の今の実力ということだ。

でも4年間積み上げてきたザッケローニのサッカーを
もう4年やってみたらもっと強いチームが出来上がるのではないかと思うのは、私の素人考えなのだろうか?
ま、とにかく私は彼が好きなのだ。
顔も雰囲気もすべて含めて、とっても好き。
だから日本にいて欲しいなと思うのだ。

さて、一勝も出来なかったザックジャパンを
スポーツ紙は、こぞって一面で叩いたと聞く。

それについて、例えば本田選手や長友選手が
日本を代表して「優勝します!」と発言していたことについて、勝てなかった日本代表に対して責める新聞があったが、最初から勝つ気持ちがなく大会にいくなんて面白くないとサポーターたちはみんなおもっていたはず。

だからあれでいいのだ。
いつも優勝を目指して、世界一を目指して頑張っている選手たちを責められる人は誰もいない。
スポーツ新聞は、販売するためにあんなに選手たちを批判する記事を書く必要があるのだろうか?
でも、サポーターたちは誰も選手を責めていない。
だってこの四年間頑張ってきたのは、彼ら選手であり、
私たち観客は、彼らの努力に単にのっかって
感動だけは一緒にさせてもらっちゃおうっていう横取り作戦だもの。
こんな楽なことはないし、批判する立場にはない!

でもひとつだけ気になったこと。
それは昨日帰国した成田での選手たち。
多くのサポーターが暖かく迎える成田空港に降り立った選手たちの表情に笑顔はひとつもなかった。
それはまあいい。
しかし、黄色い声を上げ、フラッシュをたきまくるファンたちに対して、
ノーリアクションなのだ。
挨拶をすることも、
見ることさえも(テレビの画面上では)
全く見られなかった。
(ザッケローニが最初にファンに向かって挨拶をした表情のみ)
あれはどうだろう? 

「結果がすべて」と発言していた選手たちだが、ファンたちはそうは思っていない。
この4年間の経過も含めて楽しんできた。
だからあれほど多くのファンが、成田に足を運んだのだ。
その人たちに挨拶の表情くらいあった方が、私はいいと思う。
そもそも上記のとおり、これが今の日本の実力なのだから。

いつも思うのだが、スポーツ選手たちは、いつも前回の結果と比較されて批判される。
前回のワールドカップで決勝リーグに行ったから、それ以上の結果を残せなかった彼らを叩く…? 
でも前回決勝リーグに行ったのも今回と同じ本田選手率いる日本チームだ。
5回連続ワールドカップに行ったことのすごさを再確認した方がいい。
ずっと強く居続けることはそれはそれは大変だろうから。
頑張った選手たちに、是非、笑顔を見せて貰いたい。と今の私は思う。

でもワールドカップは終わってしまった。
そして私は来年の女子サッカーワールドカップを
楽しみにしている。
こちらのほうが、元優勝チームなだけにプレッシャーは大変なモノ。
前回以上の成績は存在しないわけだから。

結果がすべてのスポーツかもしれないが、
それは選手たちが一番よく知っていることだから、
私たち、単なる観客は、一生懸命応援して、
勝っても負けても、ずっとファンでいればいい。
楽しみな時間をありがとう!
いつもありがとう!


先日の飛鳥逮捕の時期は、
色々な狙いがあってあの日になったらしい~

権力者は、ある陰謀を通すために、
大きなニュースの時期を計画的に動かしたり出来るらしい。

つまり、いま日本全土がサッカーワールドカップ一色になっている時、
裏で何かが起こる可能性が大きいということだ。
そもそも、ニュースを流すべきチャンネルNHKが
BSを含めてサッカーばかり放映しているのだ。
それ以外のニュースは小さく報道される。

当然、政府が狙っているのは、
この陰で、集団的自衛権行使容認を目論んでいる。
反対していた、目の上のたんこぶ、公明党には、
政教分離を使って、自分たちのいう通りにさせ、
このまま押し通そうとしている。

サッカーに浮かれているのは、
とっても幸せでいいけれど、
終わってみたら、若者は全員戦争に駆り出されることになる。
という危機感を持って、これからは生きていかなければならなくなる。

私たちは、もっと自分の目で見、
自分の頭で考えなければならない。
報道がこれほど規制されているのだから、
ニュースをそのまま鵜呑みにしないように
自分で判断する力が何よりも大切だ。

それにしても、前半ハーフが終わってのニュース速報
ピロピロ~
前半0対0

それをわざわざNHKで速報する意味があるのだろうか?

サッカーワールドカップ
初戦、決勝リーグへ進むためには絶対に勝ちたかった
コートジボワールに負けて、
すっかり盛り下がっています。

他の試合を見るエネルギーもかなり失せました。

それにしてもコートジボワールは素晴らしかったですね。
実力だけではなく、
試合前の、選手間握手の時のあの明るさ!
あんなチーム見たことなかった。

試合終了間近の時間稼ぎはひどかったけど、
それに対して、ドログバ選手が怒ったとか。
サッカー選手としても、人としても素晴らしいドログバ選手の様子が、
試合後ツイッターで流れています。

国の平和のために選挙を呼びかけるドログバ選手。
この国では、選挙権を持っているのに行使しない人がたくさんいるというのに。
やはり日本人は、その幸せをもっと理解して、行動に移さなければいけない。

さて、すっかり盛り下がったとはいえ、
金曜日のギリシャ戦も生で見ます。
ギリシャ戦にもし勝利するようなことがあれば、
一縷の望みが、ちょっと大き目の望みに変わり、
また盛り上がってしまうのでしょう。

もし負けて、決勝リーグへの可能性がついえたとしても
来週水曜日のコロンビア戦も生でテレビで観戦します。

今の日本代表チームは、素敵だから。
その試合を結果ではなく楽しむためにも
一本でも多くのシュートを打って欲しい。
それだけです。

そして、今回ダメでも、OKでも
ザッケローニ監督には、是非あと4年やって貰いたいです。
ネットスーパーで買い物するようになって何年くらいになるだろう?
多分、5年強
当初は西友で買い物をしていた。

わが町に西友が多いから
そして実際に買い物していて商品が安くて、いいモノも多かったから

結局4年以上西友のネットスーパーを利用していた。
しかし今年の初めにトラブルがあり、辞めた。

詳細を書くと長くなるが、
向こうの事務的なミスが何度か続き、
それに対して、こちらに手続きのやり直しを何度も要求されたので、
その一連のことに対して不満、文句を告げた。
後日、少し上の地位の人から謝罪の手紙が届いた。
書留で。
同封のクーポンをご利用下さい。と書かれていて、
クーポンは入っていなかった。
物凄く、初歩的な事務作業のミスなのだと思う。
しかし、これほど人を馬鹿にした話はない。
書留だったので、わざわざ玄関まで取りに行かなければならなかったことも頭にくるし、
書留だったので、まるで私は謝罪のクーポンを受け取った人になってしまっている
そのことにも頭に来た。
文句の電話をすればいいのかもしれないが、
そこまで教えてあげる必要もないだろうと、イライラしていると、
旦那がひとこと「別のネットスーパー利用すればいいじゃない」

そして長年利用していた西友のネットスーパーをやめた。
ネットで人気ランキングをチェックすると
イーオン、イトーヨーカドーと続いていた。
店舗の近さから、イトーヨーカドーを利用することにする。
それから半年が過ぎた。

なあんだ、事務的なことだけではなく、
やはり人気があるのには理由がある。
全然、イトーヨーカドーの方がいいのだ。

西友も配達員さんとは、会話を交わすカンケイなだけに、
いいことばかり見ていたのだが、
問題のある人も実際にいた。
いつも配達に来てくれる2人を除いて、いまひとつ感じが良くなかった。

ところが、イトーヨーカドーの配達の人は
毎回人が変わるので全然覚えられないのだが、
今のところ、はずれが一度もない。
だけではなく、仕事が早い。
商品の梱包も実に無駄がなくしっかりしている。
玄関先に立っていなければならない時間が、
怖ろしいほど短縮した。

こんなことならもっと早く比較していいところを見つけるべきだった。
そう、人は判断するのに比較する材料が必要です。
こちらが消費者でお客様の場合は、
面倒がらずに、いろいろな店を利用してみればいいのだ。
面倒がるから、もっといいモノがあることに気づかずに
ストレスをためてしまっているのかもしれない。
毎月、八ヶ岳に出かけるので、
必ず一度は中央道を往復することになる。
大体、高井戸から小淵沢まで
途中、談合坂で休憩を取る。

その付近、上野原のあたりを走っていると
眼の端に、動くものを発見することがある。
両方とも上り車線を走っている時だったが、
眼の左端に、何か動くもの!!!!
それは、野生のサルたちだ。
一度は、3匹が連なって、登ったり下りたりしていた。

中央道のあの高架まで登ってきて(あるいは山から下りてきてというべきか?)
遊んでいるらしい。
運転している時に目に入ってくる動く物体なので少々びっくりすることもある。

さて、先日の日曜日は、珍しく日帰りで八ヶ岳へ行く用事が出来た。
下り、上野原付近を走っていた時、それは起こった。
私はその時助手席に乗っていた。
そして、気が付いた。
道路の上だった。
「あっ、サルだ!」

次の瞬間、前を走っていた軽自動車に撥ねられた。
サルは、そのまま右側の道路中央のガードレールに飛ばされた。

私は、あまりのショックにしばし呆然。
運転手は、私の言葉でサルを発見し、スピードを落としていたので、
危険なことは何もなく通過した。

ガードレールに跳ね飛ばされたサルは、
お腹のあたりが真っ赤になっていた。
そこで終わり。
(ああ、可哀そうに怪我をしてしまって)

しかし、運転手は、バックミラーで更にそのサルを見ていたら、
もう一度横断して、元来た方へ走って行ったらしい。
またまた後方の車がそのサルを避けるためにフラッとしていたとか。

田舎を走っていると鹿にであることがたびたびある。
先日はカモシカに出逢った。

あのサルたちは、いつも中央道脇で遊んでいたあのサルたちは、
ああやって時々中央道を横断しているのだろう。
そして時々、車に引かれているのだろう。
家族はいるのだろうか?
出血したまま山に帰っても、もう助からないかもしれない。
そんなことをずーっと考えて、
可哀そうで可哀そうで涙が止まらなかった。
それでも自力で元の方向へ帰っていたサルが痛ましくて悲しくて。

撥ねてしまった車が悪いわけではない。
そのサルたちを避けるために、交通事故が起こらなくて良かったと思った方がいい。
しかし、可哀そうで悲しいのだ。
とにかく悲しい。

そして思う。
何かが間違っているのではないか?

この地球上は、人間が生息することで
自然体系のバランスを崩した。
今は地球温暖化、オゾン層の破壊という大変な事態になっている。
野生の動物たちは、山でエサがなくなると人里に下りてきて
悪さをしては殺される。

何かが違うように思うのだ。

何かが……

もっと自然と共存していくことを考えなければならないのだ。

それでなくても想定外の天災など、
すでに人間たちが作り上げたモノのせいで
人間たちが傷つき亡くなっていく。

人も、動物ももっと生き易い世界があったはず。
原発なんかなくて、お金なんか一生懸命稼ぐ必要もなくて、
貧しかったけど、今みたいに社会生活を送れない弱者なんてあまり存在しなかった時代。

何かが違うと感じた。
から、正していかなければいけないのだと思うのだ。