今日は雨、そして今東京地方はみぞれになりました。
この後、雪になる予報です。

午前中にお買い物を済ませて午後はのんびりする予定でした。
月初にシュルツ(我が家の18歳半の雄猫)の体調が思わしくなくなってから、
仕事以外の予定は、基本的に入れないようにしています。
そしてお買い物に行く準備をしているうちに雨が降り始め、
お買い物も中止して家にいます。

朝起きると、床暖房の温度を上げる。
今はシュルツのために夜中も一番低い温度で入れてあるからです。
そして加湿器をつける。
そして台所で動き、ガスを使い始めると
それで十分部屋の中は暖かい。
東京であるゆえんであり、家が狭いゆえんであります。

でも、さすがに今日はちょっと寒くなってきて
エアコンを低めに入れてみた。

部屋は暑すぎず、湿気が十分にあるので快適。
そりゃあそう、外も雨なのだから。

部屋が暖かくなるにしたがって、
窓が曇ってくる。
部屋側に曇りがつく。水滴。
外がその曇りのせいでほとんど見えなくなる。

そんな窓の、そんな部屋の中にいると、
外は酷く寒く、家の中は酷く暖かく感じられてくる。

マッチ売りの少女があの最後の夜窓から覗いた素敵な家庭がイメージできるのだ。

家庭が暖かいと、幸せな気持ちになれる。

だから、冬の寒い、そして冷たい雨の日は、
天気としては最悪だけど、
お休みならば、家の中で結構幸せな気分になれる。

そう、冬と言うのはそういう季節だと思う。

そもそも冬は活動的ではない。
家の中でヌクヌクすべき季節なのだと思う。

こういう日は、集中できる本があれば幸せ。
文字通り「晴耕雨読」(ま、この場合、雨読のみなのだけど)は、幸せの証拠だ。
今は、ケラリーノ・サンドロヴィッチの「ナイスエイジ」を読んでいる。
面白い。
そして寝不足の私は、読書中にうたた寝をする。
部屋が暖かい証拠。

こういう日にのんびりすることを楽しめる環境づくりのために
日々働いているような気もするのだ。

私の趣味はスポーツ観戦だ!

NFL バレーボール、マラソン、駅伝、サッカー、自転車
その他のスポーツも世界大会になるとほとんど見る。

そんな中、最近テレビでしょっちゅう見かけるようになったのが、
テニスとフィギュアスケートだ。

特に昨年に関して言うと、
羽生選手と錦織選手というべきだと思う。
年末年始、2014年を振り返るたびにこの二人が登場した。
つまり昨年のスターと言っていいと思う。
努力して力をつけて、世界でトップクラスの選手になり
日の丸をつけて活躍してくれる選手の姿を応援し、
その元気を分けて貰おうという気持ちはよく分かる。
が、そのことばかりに目が奪われてはいけないと思う。

2011年東日本大震災があった年、
サッカー女子ワールドカップでなでしこジャパンがチャンピオンになった。
あの年、日本はあの震災で意気消沈していた中で、
なでしこの活躍は、それはそれは大きな力になった。
それは素晴らしいことだ。

スポーツと芸術は、
純粋に人々を元気にすることが出来る素晴らしいファクターなのだから。

しかし、例えば今年、今度は男子サッカーのワールドカップがあった。
結果としては、予選ラウンドで敗退。
あまり期待には応えられなかったかもしれない。

しかし、世の中がワールドカップで盛り上がっている背後では、
ちょっと頭の良いずる賢い政治家などによって、
国民の目がそっちに向いていない間に、
都合の悪い法案を通したりしている。

スポーツ選手は純粋に頑張っているが、
オリンピック他、スポーツを振興する団体などには、
当然経済的な思惑がずっとついて回っている。

選手たちが純粋に頑張っている裏側で、
それが利用されることは許せない気がする。

日本国民が、日本の選手を応援することでエネルギーを出し、
選手が世界大会などで活躍して国民に元気を返す。
そのことだけを見れば本当に美しく素晴らしいことだと思うが、
それを政治や経済に利用されるのは、正直厭なのだ。

だから、私たちはもう少し考えなければならない。
新聞の一面を錦織選手が埋める日。
本当に他に重要なニュースがないのかどうか?
本当にその勝利を喜んでいればいいのかどうか?

本当はもっと関心を持つべき重要なことがあるのではないか?

羽生選手が、インタビューで優等生のコメントをするたびに、
何か違うのではないかと感じてしまう私。
スポーツ選手はもっと自分のために喜べばいいといつも感じる私。

私たちは彼らを一生懸命応援することで、
勝った時に、何の努力もしないで「感動」という素晴らしいモノをいただく。
それだけで十分。
それ以上の喜びは、本人のモノだ。
と私は思う。

最近は何のスポーツを見ても東京オリンピックの言葉が出される。
十代の選手は、すべて東京オリンピックで活躍が期待される選手になっている。
東京オリンピックが本当に無事開催されるためには、
まず福島第一原発の解決方法が見られなければならないし、
東京都の再開発にも無駄なお金を掛けないで欲しいと私は思う。

それでなければ、
日本国民みんなが元気になれる素敵なオリンピックにはならないだろうと
心の奥にいつもクエスチョンマークがついているからだ。

12月にあちこち行ったり、買い物をしたりするとカレンダーを戴く。
ポスター形式で一年が記されているモノは、私のデスクのある部屋へ。
一か月ごとで、空きスペースが多いモノは台所へ
文字が大きくて見やすいモノはリビングへ
犬猫が可愛いモノはトイレへ
などなど。
それぞれがいつものように配置され、
今年が始まった。

その中に、風変わりなモノが今年は加わった。
日めくりである。

昨年からお付き合いが発生した
長野県の某会社に戴いた。
A4サイズで、厚さが1.5㎝ほどもある。
戴いた時、「ひめくり~」と語尾が伸びてしまった。
こんな日めくりを戴くのは、
つまりこんな日めくりが我が家にあるのはいつ振りだろう?と考える。

でも、その後考えてみたら、初めてのような気がするのだ。
なんかチャチな日めくりがあったことは記憶にある。
でも、途中から使用不可になった。
つまりこんな本格的な日めくりは初めてなのである。

リビングに掛けてみた。

そして今年から日めくりをめくることにした…………旦那が。

7日から始まった日めくりは、
9日の朝までずっと「7日」だった。
私が気づいて旦那に言う。

めくる。
一枚ごとにその日の言葉が書いてあるので読んでもらうことにしている。

そして「9日」のカレンダーは
そのまま11日までそこに存在していた。

だめだ!スタートから躓いている。
毎朝、旦那の仕事としてめくって貰わなければ!

その後は、大体朝ごはんを食べながら、
その日の日めくりがめくられていないことに私が気づき、
旦那に言う。
そしてめくられる。
その日の言葉を読みながら。

そして今朝、初めて
起きたらすでに19日になっていた。
昨日の夜めくったらしい。

朝、後から起きてきた旦那に言う
「日めくりがもうめくられていた」ことを。
すると、
夕べ寝る時すでに19日になっていたからね。

基本的に、旦那はいつも次の日になってから寝ているから、
今後毎晩こうなるのかもしれない。

どちらにしても、
その日の朝、起きて日めくりをめくって
その日の言葉を読み、
気分新たにその日をスタートする習慣に至るのには
まだまだ時間が掛かりそうだ。


さすがに老いを感じていた我が家の一番にゃんこが、
18歳と半年を経た日、とうとうやばくなってきた。

その数日前から、カリカリを食べなくなったので、
歯が悪いのだろうと、缶詰に切り替えたりいろいろ工夫していた。

この日から、お皿から食事をとらなくなった。

ご飯だと思うと、条件反射なのか?一応、集まってくるのだが(他の猫と一緒に)
食べないでどこかへ行ってしまう。
さすがに食べなくなるとヤバいだろうと、
それからもいろんな工夫をしている。
そして今は、少し食べるし、
お皿を口まで近づけてあげれば、皿からも食べるようになった。

おしっこがトイレで出来なくなった。
トイレに歩いて行って、両前足を入れた時に安心してしまうのか?
そこでやってしまう。
つまりトイレの手前。
そこにペットシーツを敷いて対応して3日。

今朝は、トイレに入った。
なのに、しない。
どうやら大の時は、トイレにきちんと全身入れているようなのだ。
しかし以前から便秘気味なのと、
あまり食べていないので、予定通りには出ない。

トイレと水とご飯の時以外は、
ほとんど床暖で暖まった毛布の上に横たわっている。
時々、身体を起こすが、やっぱりダメだと横たわっている時間が長いし、
寝返りをうつのにひと手ひと足ずつ動かすのでかなり時間が掛かる。

そんなシュルツをずっと見守る日々がそろそろ一週間。

朝、起きると、シュルツが生きていることを確認する。
調子がいい日は、私が起きてくるともうご飯だと思って歩いているので毛布の上にはいない。

そして家にいる時は、シュルツが動くたびにどこへ行くのか?ずっと目で追う。
寝ている時に、時々息をしているかと確認する。
時々体を撫でてやる。

こんなにシュルツの動向をずっと眺めているのはいつぶりだろう?と思い返す。

明からに老人になって、歩く足元がおぼつかない。
そんな老い先短いシュルツのために
私の時間を出来る限り費やそうと思うのだ。

私にとって(あまり慣れる子ではなかったけど)最初に飼った一番にゃんこなのだから。
今日は、日本では決して報道されない、すでに危なくなっている大失敗の経済政策アベノミクスについて、海外ではどのように報道されているかの一部を利用しつつ、私の考えを。
下記引用は、すべてジム・ロジャーズ氏が、アメリカの経済紙などに寄せた記事の引用です。

アベノミクスについて「目先はハッピーだが、将来のツケは深刻なものになる」と指摘しています


「もし私が日本の若者だったら、外国語を習得して日本脱出に備えます。もしくはカラシニコフ銃を手に立ち上がり、革命を起こそうとするかもしれません」

カラシニコフはどうか?と思うし、銃を持っての革命は反対ですが、それほど危機的状況にあるという意味でしょう。

日本の元凶は累積する債務残高だ。
「そもそも、金融緩和もオリンピックも長い目で見れば日本の債務を増やすだけ。債務の積み増しはいつか必ずインフレを起こす」
「国の借金が増えるリスクの方が恐ろしい」
「問題はカットできるコストがあるのに減らそうとする努力をしていないところにある」
「日本はインフラにカネをかけ過ぎている」
「目先はハッピーだが、将来のツケは深刻なものになる」

歳出削減という、家計ではあたりまえのことを全くやっていないで、「資金が足りないから福祉は後回し」「消費税を10%に上げないと福祉予算はでないぞ!」と国民を脅す政権。
おかしいと思いませんか?
消費税を8%にあげて、税収が増えたのに、そのお金はどこへ行ったんでしょうか?
毎日のようにマスコミ各社の会長社長と東京で会食している安倍総理の資金源はどこからでているのでしょうか?(これについては参議院議員山本太郎氏が、すでに意見書を提出しているのでその返答を待ちたいところです)
結局経済がよくなったように言っている今の現状ですが、よくなったのは輸出関連企業、そして東京オリンピックに向けてのインフラ整備。これって私たちの税金使って、お金回しているだけなのですが、私たちの生活豊かになりますか? 東京オリンピックのための競技場作っても、私たちの生活は税金ばかり増えて全く楽にならないですよね。
残念ながら、私には目先のハッピーさえ、無い。

「安倍晋三首相は最後に放った矢が自分の背中に突き刺さって命取りとなり、日本を破綻させた人物として歴史に名を残すことになるでしょう。自国通貨の価値を下げるなんて、狂気の沙汰としか思えません」

円安誘導で、なんだか景気がよくなる、なったかのように報道されて、そう感じている方いませんか? あり得ないですよね。日本円で稼いでいる私たちにとって、その円の価値が下がることが良いわけがないじゃありませんか? 為替は変動するモノだし、そのことによって、得する企業と損する企業がいるのは当然。でも今お財布に入っているお金の価値が世界的に見て下がり続けているのに、それを良いことのように感じることは不思議以外の何物でもありません。
そもそも日経平均が昨年飛躍的に上がったように報じられています。でも、海外の投資家から見ると円安によって、日経は全く上がっていないのです!! ですから、海外投資家にとっては、今も日本の株は安値感があって買われているだけです。
そもそも株価と経済はすでに乖離してしまっているので、株価が上がって喜ぶのは投資家だけです。上がったからと言って、私たちの生活に何かいいことが降りかかってくるわけではありません。

「日本株と外貨を購入すべきです。私だったら米ドル、香港ドル、人民元を買います。そして海外に銀行口座を開設すること。個人も法人も、ある程度の資産を保険として海外で保有したほうがいい。若い人は絶対に中国語を勉強すべきです。日本に骨を埋めるつもりなら、農地を買ってトラクターを運転できるようにもなってください。これからは農業の担い手が不足するので、食糧を生産できる人の将来は安泰です」

一番大切なことは、日本のマスコミでは報道されていないということです!!
今インターネットがある世の中。海外のニュースだってオンタイムで読むことが可能です。
何が大切か?
少なくとも英語を理解する事。
そのことによって、偏った日本のマスコミ報道から抜け出すことが出来ます。

若者は今、仕事があるうちに(非正規労働者は歳を取るほど悲惨です)海外や、海外の報道にもっと目を向けて、今後の自分の人生をどうしていくのか考えるべきです。

最近、日本の若者層で、農業に興味を持つ人が増えたというニュースを聞くことがあります。
彼らは、若くして何らかの危機感をきちんと肌で感じているのだと思います。

経済が良くなればハッピーですか?
そんな時代はもう終わったのだと私は思います。

地に足付けて生きていくために、何が必要か?
よく考えて今から行動して行かないと、
将来は生活保護かホームレスです。
その生活保護だって年金同様、未来の保証はないのです。


前クールは、注目のドラマが少なく(私の判断です)
チェックしなければならないドラマも少なく、
ある意味助かりました。
(結果的に面白いドラマはとても楽しませて貰いました「ごめんね!青春」とか)

そして今月から始まる新ドラマをネットで見ていたら、
どれもこれもチェックしなければならないドラマばかりで、
今見る前から切るのに一苦労です。
(全部見るのは不可能だし、ビデオ録るとハードが一杯になっちゃう?)

どうして同じ期間に、これほど楽しみな作家をぶつけるの?
って感じです。

今回は、
坂元裕二、橋部敦子、井上由美子、そして重松清(原作ですよね)
と、見逃せない作家の作品が目白押し。
実は、前クールには、ベテランの凄い脚本家が一人もいなかったのです!

一応、ビデオ録っても、見るのが追い付かないくらいの生活していますので、
もう少し分散して欲しいというのが私の希望です。

キャストとの絡みで、
井上由美子さんはあきらめるかぁ~
だって、「Doctors3」も見たいし、
上野樹里さんははずせないし……
そもそも同じ時刻に別チャンネルを録画すると、
普通のテレビが視聴できなくなり旦那が機嫌悪くなるし。

そんな訳で現在選び抜いた作品だけで7本。
一日に一本ペースじゃない。
こんなにいつ見るんだ?

そんなドラマを録画しつつ、
サッカーアジアカップは始まるし、
NFLは、プレイオフ真っ最中
Vリーグも始まったし、
春高バレーもあったし、
冬は毎週末のように駅伝かマラソンがあるし、
スポーツ観戦大好き家族としては、
どんだけ時間あっても足りないじゃん。

早く、引退して毎日スポーツとドラマを見まくる生活になったらいいな。

と思ったりします(^▽^;)


50代になって、ちょっと余裕が出てきた。
40歳が不惑とはよく言ったモノで、
それを超えたって感じ。

余裕が出てきた時に、顔のシミをなんとかしたいと感じた。
仕事で無理をした肌が、かなりボロボロになっている。
そして頬にある大きなシミがどんどん大きくはっきりしてくる感じがたまらない。
それさえなくなってくれたら結構素敵だなと。

エステシャンに聞いても、
シミは治らないという。
だから半分も期待はしていなかったのだけど、
ネットで調べて一番効果がありそうなPOLA商品を購入した。

クリアセラムとホワイトショット

使い始めてそろそろ3年くらいかなぁ?

使い始めた頃、少し変化が見られた。
シミが大きく広がった感じ?

ポーラの説明を読むと、それは効果が見えた証拠。と書いてある。
(実際、どのような変化に対しても効果があった証拠。のように書かれている)
ポーラの説明を信じるというよりは、
変化があったということは、なんらかの何かが起きているわけだからと、
それから3年くらい?続けている。
最近はほとんど変化は感じられない。

ただ、ひとつ間違いなくいい変化は、
新たなシミが発生しなくなった。
それまでは、ぷつっと顔に出来たものは、
すべてその後シミ、そばかすになっていったのだけど、
新たに出現したものは、
すべて消えて行った。
でも古いシミはやはりどうにもならないのだと思う。
エステシャンが言ってた通りだと思う。

それでも、毎日クリアセラムを塗るたびに鏡でシミの具合をチェックする。
昨日よりも変化しているかしら?

実際、「あらっ、薄くなってるわ!」
と感じたことが何度もある。
それは光の加減だったりもする。
しかし一番大きな理由は、自分の視力なのだ。

クリアセラムで頑張ったこの3年間の間で、
私の視力は着々と落ちて行った。
つまり私の目に映る顔のシミは着実に薄くなっていったのだ。
だから「あらっ、薄くなってるわ!」と喜ぶ。
そして眼鏡を掛けてみた瞬間、そうではないことに気づかされる。

今使っている化粧品でやめようかな?と考えている。
ただ、生活習慣になってしまっているのでやめられないだけだ。
しかし、効果のないモノに2万も3万も掛けるのは馬鹿らしい。

そもそも人は、年と共に視力が落ちることによって、
配偶者が年老いて美しくなくなっていくその姿を目の当たりにしなくて済むように出来ているのだ。

ただ、時々、眼鏡を掛けて自分の顔を見てしまうからいけない。
いつも仕事などでかかわっている若者たちには
このように見られているのだなぁ~と
心底落ち込むのだ。
でも、それが事実。
事実と実年齢をしっかり受け止めて生きていけるのが
本当の大人の女だ!

ということにしておこう。
ツイッターをやっていても
新年を迎えたにもかかわらず、
いい話が聞こえて来ない。
相変わらず、いえ、それ以上に
この先の暗い話ばかり。
今年2015年に明るい未来はもうないのだろうか?

12月、衆議院選挙が終わり、
この怖ろしい政権があと4年続く。
その間に、悪法が次々と通過し、
その弊害を分かりながら
4年間我慢しなければならないと考えると、
本当に暗い気持ちになる。

みんなが、新たな希望を口に出せなくなっているそんな空気を感じる。

この恐ろしさを感じていない人(選挙に行かなかった人とか)が
たくさんいるから怖くなるのだ。

そしてこの思い空気があるから、
なかなか他の明るい話題に意識がいかない。
問題を見ようとしない人は逆で、
無意識にでも重い空気を感じるから、
その問題を見ないようにして、
下らないエンタメなどに逃げているだけなのかもしれない。

でも逃げることは出来ない。
逃げ続けることは出来ない。
自分の国だから。
なんとかしなければならないのだ。

あけましておめでとうございます。
今年がいい年になりますよう、みんなで頑張りましょう。

私にとって八ヶ岳で迎えた2度目の正月は、かなり寒いです。
古いログハウスなので、
隙間風はもちろんのこと、
足元からシンシンと冷えてくるので、
薪ストーブを炊き続けています。


幸せな炎の灯りを皆様へ。

本年もよろしくお願い申し上げます。

今月も八ヶ岳に来ています。
おせち料理もやめました。
台所がないのです。お雑煮も適当に作ります。

今年を振り返ると、
新しいことは、ほとんどツイッターのせいで発生した気がします。

2011年東日本大震災後に必要に迫られて作ったツイッターのアカウントは、
ほとんどそのまま手付かずで置かれていた。
が、今年の1月、Facebookに替えてやり始め、
その凄さに気づいた。

ニュースは、もうテレビや新聞から得てはダメです。
大手マスメディアは、権力との癒着でほとんど真実を歪曲して報道している。
真実を知りたかったら、ネットで情報を得ること。
そして、その中のどの情報が自分にとって信じるに足るものかは、
誰かと語り合って判断して行く。
その相手が近くにいない人は、
ツイッターで意見を言い合うことも可能です。

世の中で起きていることを知るのは大人として当然のこと。
真実を知りたかったら、ツイッターをおすすめします。

来年もずるい政治家や権力者に好きなようにされないように、
しっかり自分たちの社会のことに向き合って、
大人の人間として、この地球の将来に責任を取れる生き方をして行きたいと思っています。

今年、私のブログを読んで下さった皆様へ、感謝です。
よいお年をお迎えください。