Greerです。

あけましておめでとうございます。

訪問して読んでくださった方ありがとうございます。

色々迷いましたが、私の希望と彼女の希望をすりあわせ、結局この小説的形態にしました。

個人特定を避けるため創作部分も混ぜていますが、基本的には事実なのがすごい。

おそろしく濃密です。

お手伝いを始めたのは今書いているところから半年後。

 8050問題の難しさは、この問題の複雑さです。

私は現代日本の抱える複数の問題の集大成が8050なんだという気がしてなりません。

8050だけ解決しようと思っても、長ーーい時間をかけて最後に吹き出てくるのが8050問題。

 根っこになる複数の問題が絡まり合って、最後に咲く毒花が8050、だから根っこの問題を一つずつでもいいから解決していく必要がある、そんな気がします。

ただ、それらは複雑に絡み合ってるから、どれ一つとっても、簡単ではないのですが。

 

まだ出てきませんが、行政の役立たず感はすごいです。色々こんな、支援ができますよーと言いますが、実際動く段になると、ほぼ使えません。

最初彼女があまりにも行政に敵意を持って接しているのが、抵抗感があったのですが、

いやいや、行政の酷さたるや想像以上。後に思い知らされることになります。

 

どなたか一人でも、彼女のサバイバルに共感してくれる人がいれば、

そして、そうか、こういう助けの求め方もあるのか、と思ってもらえれば、幸いです。

 莉子をおくったあと自宅に戻ると、夫の遼吾は、着替えてはいたもののまた、布団に横になっていた。相変わらず朝はぎりぎりまで寝ている息子二人は、また寝息を立てている。 

 

「どうだった」

 「うん、意識戻らない。戻るかどうかもわからない。言語野に脳出血があったらしい。運ばれたのは早かったみたいだけど。今日は、私仕事休み取るから」

 「俺も休もうか」

 「いい。今は病院に任せてるし、できることない。状況が、変わってからが修羅場になる。そうなったら休んでもらわなくちゃいけないかもしれないから、それまではちゃんと仕事にいって」 「うん、わかった」

 

 遼吾は、それ以上聞かず、時計をみると息子達を起こはじめた。 父が、亡くなったら、とはコオは言えなかった。たとえ父の意識が戻ったとしても、おそらく介護が必要な体になっているであろうことをコオはこの時点で予想していた。   

 起きてきた二人の息子に簡単に状況を説明した。1キロ程度しかはなれていない実家だが、あまり行き来をしていないのもあってか、簡単に状況を説明しても、息子達はさほどショックを受けたようには見えず、コオはほっとした。

 

 「....そういうわけ。受験で忙しいのはわかってるけど、病院までは車でつれていくから、少しの間だけ、面会時間におじいちゃんに会ってくれるとうれしい。学校のこと、話してあげて。かわいい孫の声はわかるはずだから。」(私の声は届かなくてもね。)

 

 コオの言葉に息子達はもそもそとうなずいた。


「...なー、母さん、今日休むんだろ?学校まで車で送ってくんねぇ?」


長男の遼太が甘えた。普段は家を出るのはコオが一番最初だ。送ってあげられることはない。入院手続きは、莉子がやると言ってたし、受験直前だ。サービスしてやってもいいかもしれない。

 莉子は、コオの3歳年下の妹だ。彼女は3月の早生まれで、同級生たちの中で大概は一番遅い誕生日だった。それは一般的に、成長がある程度頭打ちになるまでは、様々なことを彼女が同級生たちと同じレベルでするのは少し難しい、ということを意味していた。身体的にもさほど丈夫でなかった莉子は、いつも母の視線を独り占めしているようにコオは感じていた。
 だからコオは、莉子がうらやましかった。可愛らしい名前も含めて。他者とのコミュニケーションについてコオは大きな問題を抱えていたが、健康であったし、莉子とは逆に、心身共に、良くも悪くも周りより早熟だった。コオは自分の問題は妹の問題に比べて大したことではないように感じていた。母は、コオが母の手にすがろうとすると、たびたび振り払った。今では、体だけは大きかった赤ん坊の莉子を片手でだっこするのは、母には無理だったのだと理解しているつもりだ。しかし、子供だったコオはそれでも母と手をつなぎたかった。

 いや、莉子の重さは関係なかったのかも知れない。中学か高校の時も、一緒に買物に行ったときコオが腕を組もうとしたら、やはり母は振り払ったのだから。その時振り払われたときの衝撃を今でもコオは覚えている。
 コオが小学校に上がる前から、いや、その時期こそ、まるで心の奥底まで刷り込むように母は繰り返していた。『お姉ちゃんなんだから、莉子ちゃんのことお願いね」『莉子ちゃんとお留守番しててね』『お姉ちゃんでしょ』「あなたはしっかりしてるから、莉子ちゃんの面倒を見ててね』 早熟だった、けれど幼かったコオが、莉子を守ることが自分の使命のように感じたのも、仕方なかったかもしれない。しかし、それはコオが母に愛されるためには、莉子を守らなければならない、というゆがんだ使命感であったのもまた事実だった。
 

 

 少しだけここで二人の幼少期の話をする。ほんの少し。多くの問題の種はこのとき芽生えていたように思えるし、それは、ここから先の物語を理解する助けになると思うからだ。
 コオ、というのは彼女のあだ名だ。コオは自分の本名が嫌いだから、ここではそのままそのあだ名を使う。そもそも本名は響きがかわいくないし、コオの両端がわずかに上を向いた切れ長の目は、そのかわいくないコオの名前にぴったりであるように、彼女には思えた。
 子供の時読んだ、本の主人公の一人と同じ響きの名前。コオと同じ名前を持つそのキャラクタも、目の端がつり上がっていた。不細工で意地悪で、頭が悪くて、嫌われているのに、何故か自分は人気者で、センスがいいと思いこんでいる。コオは自分かわいくはないと思っていたし、友達とうまくやっていくのが苦痛だった。この本の作者は自分をモデルにしたのではないかとさえ思っていた。周りから見ると、自分は、こう見えているのだと思い、それがひどく苦しかった。同時にコオは、自分自身を嫌い、憎んだ。
 そのコオと同名のキャラクタは嫌われるために設定されている(とコオは思った)もので、コオ自身も全く好きになれず、それは翻って自分はこの名前を持った時点で、親を含めた誰からも(自分自身からさえ)愛されることなどないのだという思いを強化した。

 コオは自分自身から逃げ出したかった。もちろんそれがかなわないことも理解はしていたのだけれど。

 

 莉子を車で父の自宅まで送るのは10分ほどもかからなかった。

 莉子は入院手続きは自分でやると言ってたが、それでもコオは仕事はその日は休んで家にいることを決めていた。そしてもう一つ。今までずっと実家を避けていた、ことさらに母を。母が4か月前に亡くなってからも、それは変わらなかった。しかし、今回は感情に蓋をする。妹と父に対して家族として向き合う。コオはこの時点でそう決めていた。
 父が亡くなる。

 それはそう遠くないのはわかっていたが、急だった。なんといっても母がなくなってまだわずか4ヶ月だ。子供たちの受験に、影響がないようにしなければ。いや、息子達はナイーブな質ではないから、大丈夫だ。葬式のことも考えなければならない。母の時に加入した葬式のための互助会の会費はどうなっているんだろう?いや、それよりも問題は、父の口座だ。亡くなると、銀行口座は凍結されてしまうだろう。

 コオは身震いした。

 莉子は確かアルバイトしかしてないはずだ。父の口座が凍結されてしまったら、家賃は、父の自宅だからロハだったろうが、税金、光熱費等を考えると、即、おまんまの食い上げになるはずだ。家?家を売る?売ったとして手に入る金額は...それで何年暮らすつもりなのだ?
 (「お姉ちゃん、莉子ちゃんをお願いね」)

 母の声が、響いた。

 

 


 

  父と莉子の二人が住む家は、コオ達と夫の遼吾、息子たちのマンションからさほど離れていない、けれど歩いていくには遠いくらいの微妙な距離だ。車なら15分あれば、確実にたどり着ける距離。夜中から明け方に向かうその時間の道はもちろんガラ空きで、コオは10分でたどり着き、莉子をひろった。病院までは更に10分ほど。その間に莉子は、父が倒れたときの状況を語った。

 突然大きなものが落ちたような音がしたこと。

 すぐに父の部屋に行ったが、なにか引っかかってドアがすぐには開かなかったこと。

 父にドアの外から声をかけたが、不明瞭な答えしかなく、最終的に救急車を呼んだこと。

 それは、コオに対して莉子が順序立てて筋道の通った話をした、最後だったかも知れない。
 

 父はおそらく脳梗塞か脳出血だ。あるいはその両方、とコオは思った。仕事柄、脳血管系の病気には、素人よりは知識がある。救急搬送が早かったようなので、それはよかった。

 コオは、まだ夜も明けず、がらんとした暗い駐車場に車を止めた。

 病院の救急入り口からはいったコオと莉子は、医者が説明にきてくれるのを待った。莉子とここで何を話したのか、コオはもうあまり覚えてはいない。ただ、二人以外誰もいなくて、ひどく静かだったので、声を出すのがはばかられて、黙っていたようような気がする。病院のスタッフか医者から、入院の手続きをこれからしなければならないことなどもここで聞いたはずだが、これも、はっきりとは覚えていていない。ただ、医者が『お父さんが意識を取り戻すかどうかは、本人の頑張り次第です』といったのだけは、今でもはっきりと思い出せる。
 

 父は脳出血だった。言語野。
 

 ああ、父は死ぬのだな、とそのとき、冷静にコオは思った。
 まるで脊髄反射のように、頭が回りだした。
父が亡くなる。今日はともかく仕事は休みを取ろう。母のお葬式の時と同じようなことをしなければならないのだ。連絡は誰に取るべき?いや、まずはやるべきことをリストアップして、手順を考えなければ。その前に少し眠ろう。次に入院手続きだ。入院は細々したものを入院の手引きに従って、用意しなければならない。
 入院手続きをするまでは、特に今はできることは何もない。コオと莉子は一度家に戻ることにした。


 「入院手続きはお姉ちゃんがやってもいいから、保険証とか、そういうの用意して。いろいろ買わなくちゃいけないものもあるし。」


運転しながらコオが言うと、間髪入れずに莉子は言った。
 

 「私が全部わかってるから、私がやる。」

 「…そう」

 

 

 

 

 

これはコオという女性の、1000日にわたる現代の家族戦争の記録だ。近年日本では8050問題とよばれるものが増加している。「80」代の親が「50」代の子どもの生活を支えるという問題。これはその一つだ。そして、彼女に降り掛かってきた8050問題、その背景には、毒親、精神疾患、未婚かつ無収入の子供、引きこもりなど、驚くほどたくさんの複数の現代日本の問題がすでにあった。更に、多くの、やる気のない役所の人間たちは、支援するどころか問題を複雑化し挙句の果てに手遅れになるまでに悪化させてしまっていた。

 この記録は基本コオの側からのみ語られており、他の家族側からは話は聞けなかった。だからコオ以外の他の家族の考えを、あたかも彼らが考えたかのように主張はしない。例外は役所の人間たちについてだが、できる限り、『コオには、彼らがXXXと考えているように見えた』という風に断りを入れる。つまり、できる限り、事実に基づいて記述していこうと思う。

 

それは、ある年の1月の事だった。

1週間前、この地方では、珍しいくらいの大雪が降ったが、この日は、積もった雪はもうとほとんど解けてしまっていて、日陰にわずかに残っているくらいだった。

 夜中の3時頃だった。電話のベルが鳴った。コオと遼吾の夫婦が寝ている部屋の電話は昭和の黒電話で、ともかく殺人的にけたたましい音がする。

「.・・・嶋崎です・・・?」

「お姉ちゃん、パパが倒れた。救急車で運ばれたの。J大学の医療センター。車で、私を病院まで連れて行ってくれない?」



この一本の電話がすべての始まりだった。