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これまでの話

 

Battle Day0-Day135 のあらすじは、以下のリンクをご覧ください、

登場人物は右サイドに紹介があります、

1. あらすじ BattleDay0-Day86

2, あらすじ BattleDau87-Day135

3. あらすじ BattleDay136-Day169

Day170- あらすじ

コオの父は、紅病院から北寿老人保健施設(通称北寿老健)に移った。大部屋に入った父は、前回の個室より、いいと漏らす。

父は、コオにノートを買ってきてくれるよう頼み、コオは父の回復ポテンシャルを感じる。

妹・莉子との考え方は違うが、父に長生きしてもらいたい、というのは同じなのだ、とコオは思う。北寿老健での週末に時折訪問してくるカラオケサークルのボランティアイベントで、コオは音楽療法の有効性を感じる。文字を書くことに問題がある父に買っていった、般若心経の写経セットもまた、別の形で父の意欲を引き出し、父は般若心経の本を読みたい、と、コオに頼む。また、父の趣味だった囲碁の簡易セットを、コオは父に持っていき、相手になろうとする。

離婚後の一人暮らしは孤独であったコオだが、息子たちと訪れた父の施設での夏祭りなど、ひと時、穏やかな時を過ごしていた。1ヶ月がたち、父は自宅にもう戻らず、施設にはいるつもりであることを話し、永住型の施設を探してくれるようにコオに頼む。

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  永住型の老人ホームを父は探してくれ、といった。

 

  さて、どうしよう?

 

     父が老健を出た後に老人ホームに入ること自体はコオは賛成だ。自宅に帰ってもまた莉子に軟禁状態にされることは目に見えているし、それをコオはどうすることもできないことはわかっていた。だからこそコオは父が今入っている北寿老健に入所してからは毎週末欠かさず父に面会に来ている。父が自宅に戻ったが最後、莉子は決して父をコオに会わせることはないだろう、きっとこの老健に居るときしか父にはもう会えない。だから、会えるうちにあっておこう、と思っていたからだ。

  もっともそこまで父を好きなのか、と言われると、正直コオはよくわからない。ただ、はっきりしていたのは、もう85歳を過ぎた父には穏やかに最後の時を過ごしていてほしい、ということだけだった。

 

 コオは久しぶりに、父がお世話になっていたケアマネージャー・立石に連絡を取ることにした。そして、友人、邑木響子(人物紹介参照)にも。

 

「立石さん、お久しぶりです。島崎…深谷はじめの娘です。」

「まぁ、ご無沙汰しております。お元気ですか?お父様。」

「ええ、おかげさまで。父は順調に回復してます。今また、前と同じ老健に居るんですけど、妹から、自宅に戻る話とか、聞いていますか?」

 

 莉子が父が帰ってきたときの準備をしてる可能性もゼロではない、だから、コオは初めにそんな聞き方をした。いや、それはコオのただの願望だったのかもしれない。

 

 「いいえ。全くないですね。」

 「そうですか。いえ、父の回復が順調だから… もともと老健の性質上ずっと居るってわけには行かないし、もしかしたら妹がもう自宅に戻ることを考えてたら、と思っただけです。それで…ご相談したいのですけど…」

 

 コオは立石に、父が妹と暮らすのは難しいと考えている、といったこと、コオに永住型の施設を探してくれないかと言ったことを知らせた。 

 

 「それで、まぁ、一応ネットでざっとは見てみたのですけど、なんていうか、情報が…あることはありますけど・・・・つまり、どういう手順で探していったらいいのか、何を基準にしていけばいいのかとか、ここから私がやるべき作業の流れがよくわからないんです。それで、立石さんにもし教えていただければと思ったんです。もちろん、自宅に戻る可能性もまだ、妹次第であるわけですから、それも伺いたかったんですけど。」

 「ああ、そうですよね、最初はわかりませんよねぇ。」

 

 立石は、メモを用意してください、とコオに言った。

 

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2, あらすじ BattleDau87-Day135

3. あらすじ BattleDay136-Day169

Day170- あらすじ

コオの父は、紅病院から北寿老人保健施設(通称北寿老健)に移った。大部屋に入った父は、前回の個室より、いいと漏らす。

父は、コオにノートを買ってきてくれるよう頼み、コオは父の回復ポテンシャルを感じる。

妹・莉子との考え方は違うが、父に長生きしてもらいたい、というのは同じなのだ、とコオは思う。北寿老健での週末に時折訪問してくるカラオケサークルのボランティアイベントで、コオは音楽療法の有効性を感じる。文字を書くことに問題がある父に買っていった、般若心経の写経セットもまた、別の形で父の意欲を引き出し、父は般若心経の本を読みたい、と、コオに頼む。また、父の趣味だった囲碁の簡易セットを、コオは父に持っていき、相手になろうとする。

離婚後の一人暮らしは孤独であったコオだが、息子たちと訪れた父の施設での夏祭りなど、ひと時、穏やかな時を過ごしていた。

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  「それで、僕は、いつまでここにいられるのかな?」

 

 父が再びコオに尋ねたのは、北寿老健に入所してもう1か月以上過ぎたころだった。コオは前と同じく答えた。

 

 「3か月が目安。そこでいったん見直しだって。」

 「ずっとはいられないんだな?」

 「うん、そういう施設なんだって、老健って。病院から自宅に戻るまでの準備でリハビリするところだから、いずれは自宅に戻るのが前提らしい。」

 「でも、佐々木さんは何回も来てるぞ。退院したなぁ、と思ってると、また来る。」

 

 父が言った。佐々木さんは数少ない父と会話を交わせる人で、かつては剣道を教えていた、という人だ。コオも話したことがある。しかも、次男健弥の友人の先生だったことも分かって、あの時は盛り上がったのだ。佐々木さんは車いすだが2週間くらいの短期で入って、また自宅に戻り、再び入所する、といういわゆる”ショートでつなぐ”というのを繰り返している人だ。 

 

 「そういうやり方はあるみたいね。どっちにしても、自宅には戻ってるでしょ?ずっと戻らずにここにいるのはダメなんだよ。ずっといられるのは老健じゃなくて、いわゆるホーム、ってやつだね。」

 

 コオは、”老人ホーム”の老人、というところを言わないように気を付けて、そういった。3か月。

 

「3か月たって見直しが入って、もうパパが帰れるくらい元気!ってなったら、ここは出なくちゃいけないんだけど、もうちょっとリハビリしながらここにいたほうがいい、ってなる可能性はあるよ。職場の人のお母さんは骨折って入院した後、老健に入って、結局2年近くいるらしいし.…それはともかく、パパの状態をみて施設が決めることだから何とも言えない。まぁ、永住型じゃないから、結局は出なくちゃいけないけど。」

 「・・・お姉ちゃん、俺は、もう家には戻らないで、ホームにいようと思うんだ。莉子ちゃんは料理もあんまりできないし、俺の面倒見られないだろう。ここなら、介護士さんたちはいるし、3食決まった時間に食べられる。排泄の面倒も見てもらえる。空調も聞いている。俺がずっといられるホーム、探してくれないかな?」

 

 父さほど悲壮感もなく、さらり、といった。

 それが、コオをさらに追い込み、苦しめることになるとは、この時はコオは思いもしなかった。

 

 

 

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Day170- あらすじ

コオの父は、紅病院から北寿老人保健施設(通称北寿老健)に移った。大部屋に入った父は、前回の個室より、いいと漏らす。

父は、コオにノートを買ってきてくれるよう頼み、コオは父の回復ポテンシャルを感じる。

妹・莉子との考え方は違うが、父に長生きしてもらいたい、というのは同じなのだ、とコオは思う。北寿老健での週末に時折訪問してくるカラオケサークルのボランティアイベントで、コオは音楽療法の有効性を感じる。文字を書くことに問題がある父に買っていった、般若心経の写経セットもまた、別の形で父の意欲を引き出し、父は般若心経の本を読みたい、と、コオに頼む。また、父の趣味だった囲碁の簡易セットを、コオは父に持っていき、相手になろうとする

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 コオは、父の相手をするために、ネットで囲碁を始めた。10級くらいまではとんとん拍子だったが、そこからはなかなか進まなくなった。

 父は最初は相手をしてくれたが、流石に下手すぎるコオの相手が面倒くさくなったのか、あるいはコオの持ってくるお菓子を食べたい方が優先になったのか、あまり碁に熱中はしなくなった。もっとも、所内の看護師を相手にしたりもしていたようなので、やはりコオが相手にならなかっただけかもしれない。


 この時期、この暑い夏は、ある意味本当に穏やかな時期だった。夏休みになったコオの息子達、遼太と健弥が、北寿老健の夏祭りに来た日もあった.コオの父ー彼らにとっては祖父ーと一緒に施設でご飯を食べ、祭りのイベントを見たり写真を撮ったりした。

 コオが離婚したことは父は知らない。知らせない。それでも、「お孫さんも来てくれて深谷さんは幸せね」と言われて嬉しそうな父と、息子達と一緒にいると、コオは一時孤独なワンルームの暮らしを忘れた。


 コオはその時はまだ、離婚した実感が完全になかった。ワンルームの暮らしは不自由で孤独だった。暑い夏、薄い壁のアパートでは隣の部屋のいびきまで聞こえた。エアコンをかけないと暑くて部屋にいられないし、日が昇ってから職場に自転車で行くのは暑くて地獄だった。しかも未だにガス開栓をしていないから職場のシャワーを始業前に使いたいので、コオはいつもまだ薄暗い5時には職場に出かけた。

 また、コオは、女性の一人暮らしだというのに、夜鍵もかけずに眠っていた。


 自分から出て行ったのに、と人は言うだろう。


 でも、コオはその頃、いつか遼吾が迎えに来てくれることを夢見てることをやめられなかったのだ。

『ごめん、辛い思いをさせて、ひどいことを言ってごめん、また一緒にやっていこう』

そう言って、ドアから遼吾が迎えに来てくれることを。

 

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Day170- あらすじ

コオの父は、紅病院から北寿老人保健施設(通称北寿老健)に移った。大部屋に入った父は、前回の個室より、いいと漏らす。

父は、コオにノートを買ってきてくれるよう頼み、コオは父の回復ポテンシャルを感じる。

妹・莉子との考え方は違うが、父に長生きしてもらいたい、というのは同じなのだ、とコオは思う。北寿老健での週末に時折訪問してくるカラオケサークルのボランティアイベントで、コオは音楽療法の有効性を感じる。文字を書くことに問題がある父に買っていった、般若心経の写経セットもまた、別の形で父の意欲を引き出し、父は般若心経の本を読みたい、と、コオに頼む。その後、本について生き生きと語る父をコオは喜びを持って見つめる

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 コオは、父が大好きだったもう一つのもの、囲碁の相手ができたらいいな、と思った。かんたんな囲碁セットはいくらでも手に入るが、問題は相手がいないことだ。

 自宅に戻れるのが前提での入所、というが、実際のところ、本当にこの人は自宅に戻れるのだろうか、と思うような人のほうが大半で、自分で歩いてトイレに行き、自分で食堂に行ってご飯を食べる父は、むしろ北寿老健の入所者のなかでも、一番、症状的には軽かった。このままだと3ヶ月後は、自宅に帰れると認定されて、老健にいられなくなるのではないか、とコオは思った。

 いや、症状は軽いほうがいい。しかし、自宅に戻るのは、父のためにいいのだろうか?

 

 コオは葛藤していたが、ともかく、父の回復が先だ、と割り切ることにした。

 父は街の囲碁センターに、退職後毎日のように通っていた。そこでできた友達の話をすることもあった。実家で暇さえあれば囲碁の棋譜の本を読み、一時期はネット対戦にまで手を出していたくらいの囲碁キチだったのだ。囲碁は頭を使うから、父の脳のリハビリにもいいだろう。そして楽しみのためにも。

 

 コオは折り畳める囲碁盤、碁石のセットを買った。父がしまいやすいように、碁石の入るプラスチックのタッパーと一緒に持っていくと、父は目を細めた。

 

 「お前...できるのか?」

 「ネットでちょっとやり始めたところ。だから教えて。」

 「おれは、一応二段だぞ。」

 「私はまだ、ネットでも10級だよ。全然勝てない。」

 

 父は笑った。

 

 「それじゃ、ちょっと並べてみるか。」

 

 

 

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Day170- あらすじ

コオの父は、紅病院から北寿老人保健施設(通称北寿老健)に移った。大部屋に入った父は、前回の個室より、いいと漏らす。

父は、コオにノートを買ってきてくれるよう頼み、コオは父の回復ポテンシャルを感じる。

妹・莉子との考え方は違うが、父に長生きしてもらいたい、というのは同じなのだ、とコオは思う。北寿老健での週末に時折訪問してくるカラオケサークルのボランティアイベントで、コオは音楽療法の有効性を感じる。文字を書くことに問題がある父に買っていった、般若心経の写経セットに触発されたのか、父は般若心経の解説書を読みたいという。

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 父に頼まれてた般若心経の解説書はネットでレビューを見て、一番初心者にわかりやすそうなものを選んだ。少し文字が小さいのが心配だったが、買っていった次の週から,父は、生き生きと本の中身を語った。

 

 「いやぁ、難しい、本当に難しい!」

 

 それは、紅病院に入院していた頃に、文章を読んでも文と文がつながらない、と嘆いていたときとは全く違う明るい口調だった

 「少しずつ、少しずつ、読んでるんだがな…読んでちょっと考えて、また時には戻るんだ。それでまた考えて、ふっと、ああ、そうかって思う時があるんだよ!!」

 

 父が勢いよく語った内容自体は、をコオは殆ど覚えていない。哲学も宗教も、コオは実は全くり興味はなかったし、いつも父の面会に行くときは疲れてもいたから。ただ、ただ、コオは嬉しかったのだ。買ってきた本を父が喜んでくれたこと、そして、父が本を読めるようになったことも。だから、父の話をニコニコしながら、うん、うんと聞いていた。

 父は、実家にいた頃は、一番早くベッドに入る人だった。寝室に行くとベッドでいつも本を開いていたのをコオは覚えている。コオは、父が好きだったことを思い出してくれたようで嬉しかった。

 もともと歴史小説が好きだった父は、コオに般若心経の歴史を語った。

 

 暑い夏だった。

 話の中身はろくに覚えていないけれど、お菓子をつまみながら、般若心経の本について語るときの父の笑顔、少しずつうす暗くなっていく、窓からの景色、そして夕日の差し込む大食堂を、今もコオは思い出す。