********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、翌日に病院に迎えに来るように、病院側に頼まれる。不便な場所にある病院とけが人のため、コオは別れた夫遼吾に車を借り, ソフィのもとに向かい、彼女の大けがを目の当たりにする。検査結果が出るまで4時間待たされることになり、コオは、一度職場に戻り、ソフィの着替えを購入し、上司に事故の報告をした。ソフィのところに戻るが、彼女は朝コオに会ったことを覚えていなかった。コオは記憶が抜け落ちていくソフィに不安を感じながらも退院を手伝い、車で帰路に就いた。

*********************

 

 ソフィの事故は、その後もコオの生活にしばらく後を引いた。 

 警察との現場検証や、病院の再診。病院は遠すぎたので、近くの病院への転院手続き。折れた歯のための病院探し、予約。付き添い。ともかく、どこに連絡しても、彼女は英語は自在、日本語は聞く方は問題ないが喋る方は片言だ、と伝えると日本人に付き添ってもらってくれ、といわれた。

 事故の経緯、救急車で搬送されたときの話は、コオが最初に関わったので、どうしてもコオが付き添わざるを得ないことが多かった。しかし、様々なソフィの事故処理をを、自分だけが引き受けるのもおかしな話だ、と思ったので、コオは少しずつ、同じ部署の同僚たちに仕事を振りわけていった。

 大概が面倒くさい、という顔をしつつも引き受けてくれた。もっとも、そんな顔をされると、それだけでコオは罪悪感を感じてしまい、それがストレスになるので自分でやってしまう、というのが今までのパターンだった。しかし今回はともかくソフィの労災手続きだけでも仕事量があまりにも多かったので、心に蓋をするように努めた。

 コオが、労災関係の書類を病院に届けるように頼んだとき、露骨に面倒くさいので嫌だ、といった男性社員もいた。その時は危うく、『もういいです、私がやります』と言いそうになったのは本当だ。けれど、今回ばかりはそうもいかない。

 

 「ええ、大変ですよね。実際病院も遠いですし。来週は私は彼女の付きそいで行きますが、再来週は私はどうしても無理なので江古田君が行ってくれます。転院できれば、もっと楽に行けるようになると思いますが、今は送迎だけで往復3時間はかかります。みんな仕事がありますから、分担しないと、仕事時間が削られる一方になってしまいますから、今回の書類を届けるのは、すみませんけどよろしくお願いします。ああ、その書類ですが書類がこちらにもどってきたらその時の処理は咲田さんが全部引き受けてくださるそうです。」

 

 コオはぶっきらぼうに言った。私が、申し訳ない、と思う必要はないのだ。これはソフィの仕事だ。それが彼女が言葉の問題でできないから、同僚としてボランティアで手伝っているだけ。それは私自身に割り当てられた義務ではない。私以外の同僚に手伝ってもらったからといって私が罪悪感を覚える必要はない。めんどくさい、とやらない奴が罪悪感を持てばいい。こいつがどうしてもやらないというなら、上司に言ってやる。めんどうくさがってんじゃねーよ!!そもそも、この大学病院、あんたの自宅方向じゃない!

 

 「・・・わかりました。」

 「ええ、よろしくお願いします。遠いけど、気を付けて行ってくださいね。ちょっと道が分かりにくかったから。」

 

 思えば、いつだってその男性社員に対しコオは苦手で強く出られなかった。それをこれだけコオが強く出られたのはこのときが初めてだった。コオが無駄に罪悪感を持ちがちで、ついつい自分で引き受けてしまう。コオはいつもそれを利用されているような気がしていたので、この時、少々気分がよくなったのも本当だった。

 父の老人ホーム

 莉子とのトラブル

 遼吾との離婚

 この3つの事がずっとコオにのしかかっており、そこにソフィの事故処理が加わり、仕事以外でコオの日常は膨れ上がり精神的には限界だ、とコオは感じていた。

 

 

 

********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、翌日に病院に迎えに来るように、病院側に頼まれる。不便な場所にある病院とけが人のため、コオは別れた夫遼吾に車を借り, ソフィのもとに向かい、彼女の大けがを目の当たりにする。検査結果が出るまで4時間待たされることになり、コオは、一度職場に戻り、ソフィの着替えを購入し、上司に事故の報告をした。ソフィのところに戻るが、彼女は朝コオに会ったことを覚えていなかった。

*********************

 

 「自転車で転んで…顔から突っ込んだようですね。歯が折れています。鼻と、口の部分を大きく怪我していたので縫ってあります。24時間は、ゼリー状の物とかだけにして、固形物を食べて口を動かしたりはしないようにしてください。しゃべるくらいはかまいませんが。検査の結果ですが、一応頭部に今現在は明らかな障害はみとめられません。時間がたつとまた何か出てくるかもしれないので、脳外科と、口腔外科を予約してください。お大事に。」

 

 ソフィが着替えている間に、医者はコオを相手に状況を説明した。

 大学病院なんだから、そういう説明は本人に英語でしてくれればいいのに、とコオはまた思った。医者が忙しそうに去っていくと入れ替わりに、看護師らしき男性がコオに、クリップボードに書類を挟んたものを差し出した。

 

 「それで、救急搬送されたのでね、李さんに、書類に書いてサインをお願いしたいんです。」

 

 名前・住所・状況。また日本語だ。

 

 「あの、英語版とかないんですか?」

 「ないです。李さんから聞いて翻訳して書いてくれますか?」

 

 コオはため息をついた。

 これが日本の、私立とはいえ、古くからある大きな大学病院だ。

 今回はコオがいるけれど、いなかったら外国人はどうしたらいいのだろう?7か国語で、とは言わないが、せめて英語の書類くらいは用意してないのだろうか。日本はほんとに先進国、なのだろうか?

 

 「職場からの帰りなので、労災を適用したいんですが、書類の件は…」

 「それは職場によって違うと思います。必要な診断書等は、出しますが様式を届けてください。」

 

 それは、書類のためにまたここに来なければいけないということか?

 コオはうんざりしながらいつも持ち歩いている手帳に、『労災・様式が必要』と書き込んだ。

 

 病院の中についている売店で、ゼリー状の栄養ドリンクをいくつか購入し、次の検査の予約をし、コオはようやくソフィと一緒に車に乗った。

 ソフィのために、少しゆっくり目に運転をしたが、ソフィは途中で気持ちが悪いと言って、少し吐いた。

 「めまいがする。」

 「頭を打ったからね。少し車止めて休む?」

 「大丈夫。吐いたら楽になった。」

 「家に帰っても続くようだったら、また私に電話して。酷かったら救急車でもう一度病院に行こう。・・・あ、ちょっとまって。あ、森山部長。嶋崎です。今帰る途中です。ソフィに代わります。」

 

 コオは自分の携帯を差し出した。

 

 「ボスとつながってる。心配してた。」

 

 ソフィはうなずいて上司と話し始めた。

 

 

 

 

 

********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、翌日に病院に迎えに来るように、病院側に頼まれる。不便な場所にある病院とけが人のため、コオは別れた夫遼吾に車を借り, ソフィのもとに向かい、彼女の大けがを目の当たりにする。検査結果が出るまで4時間待たされることになり、コオは、一度職場に戻り、ソフィの着替えを購入した。

*********************

 

 結局、コオは職場までもどり、近場でソフィの着替えを購入し、そのまま大学病院にとんぼ返りしただけになる。

 2往復目だというのに、またもやコオはスムースに到着できなかった。

 1回目に散々迷ったせいで、どれが正解なのかわからなかったからだ。

 車での道と設定しているにもかかわらず、スマートフォンに示される道は、驚くほど細かったりして、時にはバックで戻らざるをえなかった。

 

 病院についたときは職場を出てから、結局またも2時間近くが経過していた。病院ではスムースに通してもらえるかと思いきや、またもやERの入り口で待たされることになった。コオは疲労でどうにかなりそうだ、と思った。

 それでも、しばらく待ったのち、ERにようやく入りコオは再びソフィの寝ているベッドにたどり着いた。

 

 「コオ、来てくれたの」

 「ソフィ、朝も来たでしょ?」

 「・・・え・・・?」

 

 ソフィは朝コオと話したことを覚えていなかった。コオは、その時彼女の記憶が、ぽろぽろと欠けていく恐怖を感じていた。

 朝と同じ内容を繰り返し、コオは着替えを差し出した。

 

 「サイズが分からなかったから、大体、で買ってきたの。ちょっとくらいサイズ違ってても、着られると思う。」

 「ありがとう。」

 「ちょっとスタッフと話してくるから、着替えていて。着替えられる?」

 「うん、手足は・・・擦り傷はあるけど、大丈夫。」

 

 ソフィの傷は折れた歯も含めて、頭部・顔面に集中していた。

 脳にダメージがないといいけど、とコオは考えながら、ソフィのベッドを囲むカーテンを閉めた。

 これから労災の話をしなければならない。

 

 

 

********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、翌日に病院に迎えに来るように、病院側に頼まれる。不便な場所にある病院とけが人のため、コオは別れた夫遼吾に車を借り, ソフィのもとに向かう。ソフィの大けがにコオは言葉を失うが、検査

*********************

 

 コオがいらいらしのは、ソフィにではない。

 昨日の夜、T大学病院はコオに、通訳を頼み、そして、すぐ迎えに来てほしいといった。もう夜11時を回っていたので、すぐは無理だというと、翌日(つまり今日)できるだけ早く迎えに来るように、といった。

 いざ急いで来てみたら、散々待たされた上に、検査結果が出るまで4時間。それまで帰れない、という。しかも着替えをもってきてほしい?

 それは昨日の電話でいうべきだろう。そしたら、着替えを買ってから、ゆっくり迎えに行けたのに。時間を無駄にしないで済んだのに。

 コオはソフィの身内ではない。デスクが隣の同僚で、しかも今回たまたま彼女の携帯に入っていた唯一の日本人の電話番号がコオだったというだけだ。そのコオに、大学病院は要求しすぎだ。

 コオはT大学病院に、はげしくイライラしていたのだ。

 

  東京は、少なくともこの大学病院までの道は単純に来るときの道をたどればいいわけではなかった。一方通行も多かったし、なるべく大きい道を通ったが、それでも思った以上に時間はかかった。

 その足でソフィの着替えを購入し、職場にもどりのボスに報告を入れた。病院にいる間も数回連絡を入れていたので、ボスは細かいことは聞かなかった。

 

 「大変でしたね。それで、迎えは、お願いできますか?彼女、職場帰りだったのでしょう?労災の書類が必要かもしれません。嶋崎さん、病院にきいてきてください。」

 「・・・ええ。わかりました。もう時間なので、行きます。道の込み具合が分からないので早めに出たいので。」

 

 助けてほしいのは、私も、同じなのに。

 コオはその言葉を飲み込んだ。

 ソフィを、純粋に助けたいわけではない自分にコオは気が付いていた。

 助けてほしい、手を差し出してほしい、支えてほしい、それは自分だ。

 その自分の想いを補うために他人を助けようとしているだけだ

 誰か、助けて。苦しい。誰か助けて

 この時、コオは静かな悲鳴を上げ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、翌日に病院に迎えに来るように、病院側に頼まれる。不便な場所にある病院とけが人のため、コオは別れた夫遼吾に車を借り, ソフィのもとに向かう

*********************

 

 「・・・ソフィ!?」

 

 思わずコオは小さく叫んだ。

 自転車での事故、と聞いていたが、まるで袋叩きにあったような状態だった。顔面が腫れあがり、口元の傷がすさまじい。目元もはれ上がっている。

 

 「コオ?きてくれたの?」

 「ひどいね・・・いったい何があったの?」

 「全然・・・覚えてないの・・・なんにも。いつ職場を出たのかも覚えてない。私、怪我酷いの?」

 

 ここに入る前、簡単に彼女の様子をコオは聞いていたが、ともかく思っていたよりもずっとひどい。ともかくそれを今知らせるわけにはいかない。本来は歳よりもずっと幼い感じのする、かわいらしい李ソフィの顔は、今見る影もない。前歯が数本折れている。

 

 「うん、歯が、折れたって。でも骨折はどこもしてないって。」

 「歯!私の歯!?歯は・・・大事なのに・・・!」

 「それでも生きててよかったよ。」

 

 ベットで横になったままソフィは嘆いたが、コオは言った。

 病院のスタッフらしき人が入ってきた。

 

 「ソフィさんは、まだ退院できないです。頭の検査結果が出てないので。退院は検査結果が出てからになります。治療時に服をはさみで切ってしまったので、着替えを持ってきてください。検査結果が出るのはお昼過ぎになります。15時くらい。」

 「・・・・」

 「点滴を、します。伝えてください。」 

 

 コオはイライラが湧き上がってくるのを抑えて、ソフィに向き直った。

 

 「ソフィ、これから薬を、入れるって。それから、脳の検査結果を待たないと帰れないんだって。またあと4時間以上待たなければいけないそうだよ。それに、服。昨日の服はもう使えない。はさみでカットしてしまったから。検査結果を待つ間、着替えを買ってくるから、がんばって。」

 

 ソフィはまだ、半分眠りにおちていくようで生返事をした。あるいはコオのブロークンな英語があまり聞き取りにくかったのかもしれない。

 ソフィの検査結果が出るまで、4時間。ここで待っているには駐車料金もバカにならないし、彼女の服を買うにも、町から少し外れているから店らしきものを探すのが大変だ。ましてやここは東京。知らない街で、地図を頼りに駐車場のある店を探して・・・と思っただけでコオは面倒になり、一度職場に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、翌日に病院に迎えに来るように、病院側に頼まれる。不便な場所にある病院とけが人のため、コオは別れた夫遼吾に車を借りることにする

*********************

 

 また、暑い日が続いていた。コオはいつもの通り夜明け前に職場にゆき、遼吾からの連絡を待った。

 電話があり次第、コオの最寄りの駅まで行くとこになっている。

 離婚する前は、帰りの時間が会えば、いつも待ち合わせをしていた場所だ。

 ちくちくと胸が痛む。

 上司がいつもより早く出勤してきた。電車が混むのが嫌で、始発で帰ってきたのだという。

 

 「実は昨日の晩、電話がありまして。ソフィが事故にあったそうです。命に別状はありません。詳細は不明ですが、病院に迎えに来るように言われました。」

 「それは・・・!!私も行った方がいいですか?」

 

 コオは少し考えて断ることにした。

 コオは疲れていた。ずっとずっと、疲れていた。ソフィの入院している病院まで慣れていない道を行くことを考えると2時間は見ておいた方がいいだろう。その間、上司に気を遣うのはごめんだった。

 

 「いいえ。今、出勤されたばかりではないですか。私が行ってきます。今回は結構です。いずれ出番があるかもしれませんが・・・状況は逐次お知らせします・。」

 

 実際、その選択は正解だった。

 東京の、端。幹線道路から一本入ると入り組んだ道。細い行き止まりの道、携帯のナビを使ったにもかかわらず、コオは散々迷い、ようやくT大学病院にたどり着いたときは疲労困憊だった。上司なんか隣に載せていたら倍は疲れていたろう。

 T大学病院は、まだ建てて間もない・・・おそらく移転してきたのだろう。なんとなく、あちこちの土が掘り返した後が周辺にあり、いまだ大きな大学病院の建物は土地に馴染んだ感じはしなかった。救急の窓口でソフィの名前を言って、しばらくしてからコオは完全にロックされているエリアに入場を許された。

 

 「・・・ソフィ!?」

 

 思わずコオは小さく叫んだ。

 

********************* 

Battle Day0-Day231までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 

Day232-これまでのあらすじ

 ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが、期待に反して電話は、T大学病院。コオの同僚ソフィ李が事故を起こし、救急車で運ばれた連絡だった。命に別状はなかったが、怪我の手当についてコオは通訳を頼まれた。

*********************

 

 「明日の朝、早いうちに迎えに来てください」

 

 コオは同僚ではある。デスクも隣だ。

 ただ、その病院に過ぎたことを背負わされているような気もした。

 それでも、迎えを引き受けたのは、自分が一人で海外で事故にあったとしたら、と思ったからだった。心細くて、欲しい物も必要なものも気軽に頼めるような人もいなかったら。

 私は多分適任だ。

 コオはそう思った。学生時代初めての入院したときから、コオは計算すると平均して4年に1度は入院している計算になるのだ。病院で何が必要なのか、どんなものが欲しくなるのか、自分ほどわかっている人間は今の職場にはいないはずだ。

 

 ソフィの入院したT大学病院は地図で調べると思ったよりも不便で遠かった。夜間の救急だったことと、彼女の事故現場が、丁度東京都との境界にあったことも理由かもしれない。いずれにしても車でなければ、けが人の彼女を迎えに行くのはひどく大変そうだった。

 

 (私は結局、覚悟も足りないのかもしれない)

 

 コオは、自分にうんざりしながら遼吾に電話をかけた。ソフィの事故、車を貸してほしいことなどを矢継ぎ早に語った。遼吾の声からは感情は伝わってこなかった。いつものことではあったのだが、《面倒くさい》という事以外は。

 今になって思うのは、遼吾もある週の発達障害の、あるいは自閉症スペクトラム的な部分を大きく持っているようだ、ということだ。専門職であること、またその中でも人と関わりが最小限で済むような職種であったことで、問題が浮き彫りになることはなかったのだろう。学生の頃から、両親には《お前は会社づとめはできない》と冗談交じりに言われていたというのもそういうことだったのかもしれない。

 どんな人でも、欠点は裏を返せば長所にもなるる。遼吾の《人の感情を理解しない》という欠点は、裏を返せば《人の感情に振り回されない》ともいえる。そして、ある意味冷たく、逆から見れば非常に冷静に、物事に対処する。

 

 良くも悪くもコオの感情に振り回されず、しかし、だからこそコオの苦しみは、遼吾は理解することはずっとなく、それがさらにコオの苦しみを深くした。そしてそれは、決して改善されることはない。なぜなら、遼吾はそれで不便を感じていなかったのだから。遼吾はコオではなく、だから遼吾が変わりたい、と思わない限り、永遠に遼吾はコオの苦しみを理解することはない。

 それがわかったときにコオは絶望し、離婚を選んだ。

 

 ソフィの事故のことを話したとき、遼吾は言った。

 

 「必要なことはわかった。朝、近くの駅まで車に乗っていくから受け取って。」

 

 人が事故を起こした。面倒くさいが迎えに行くには車が必要だ。頼まれたから、貸す。それが必要なことだから。それが遼吾だった。

 感謝しなかったわけではない。

 ただ、とても、苦しかった。コオの頼みだから聞いてくれてわけではない、コオにまだ愛情があるわけではない、必要だから。

 

 それが、コオは苦しかった。