遠藤雅伸のゲームデザイン講義実況中継/株式会社モバイル&ゲームスタジオ
大変面白い本だった。
ゼビウスやドルアーガの塔などで名高いゲームデザイナー遠藤氏が、大学講義やゲームスタジオ向けに行っているレクチャーを全15講にまとめたものである。受講生を想定した実際の講義公式の会話調で大変読みやすい。
決して、ゲームの面白さを学術的に分析した書ではない。もちろんそうした側面も当然ながら存在するが、それよりも、「能書きはいいから、実際にゲームを作るときに面白くなるのは何だ?」というプラグマティックな実践の手引きである点がポイントだろう。面白いゲームを作るために、現代の現役のゲームデザイナーは何を考えているか?という事がよく分かって非常に興味深い。
特に、メカニクスデザインとレベルデザインの内、レベルデザインの微妙なコントロールについて力説されており、非常に読みでがあった。
ゲーム製作を志す人はもちろんだが、一般のゲーマーにも読んで楽しいのでオススメである。
ただ、例示される過去の名作などについては簡素な説明しかないので、「こういうパターンは、○○とかが近いね」と言われてそのゲームシーンをイメージできない人は若干辛いかも。

株式会社モバイル&ゲームスタジオ
遠藤雅伸のゲームデザイン講義実況中継
ゼビウスやドルアーガの塔などで名高いゲームデザイナー遠藤氏が、大学講義やゲームスタジオ向けに行っているレクチャーを全15講にまとめたものである。受講生を想定した実際の講義公式の会話調で大変読みやすい。
決して、ゲームの面白さを学術的に分析した書ではない。もちろんそうした側面も当然ながら存在するが、それよりも、「能書きはいいから、実際にゲームを作るときに面白くなるのは何だ?」というプラグマティックな実践の手引きである点がポイントだろう。面白いゲームを作るために、現代の現役のゲームデザイナーは何を考えているか?という事がよく分かって非常に興味深い。
特に、メカニクスデザインとレベルデザインの内、レベルデザインの微妙なコントロールについて力説されており、非常に読みでがあった。
ゲーム製作を志す人はもちろんだが、一般のゲーマーにも読んで楽しいのでオススメである。
ただ、例示される過去の名作などについては簡素な説明しかないので、「こういうパターンは、○○とかが近いね」と言われてそのゲームシーンをイメージできない人は若干辛いかも。
ANOTHER BEST/いとうかなこ
と言う事で、すっかりファンになってしまったいとうかなこ
のアルバム。
シュタゲ曲は入ってないが、アニメ・ゲーム曲で、これまでアルバム未収録のものを収録した盤らしい。これまで聴いた2枚と被っているのはFriendの一曲のみ。
最近はずっとリピートしている。
名曲揃い。改めて歌唱力に舌を巻く。上記のようなアルバムの由来を考えれば当然だが、本当に、ジャンルも雰囲気もバラッバラの曲が集まっている訳だが、よくもこれだけ表情を変えた楽曲を歌いこなせるな。
単純な性格なので、「神の摂理に挑む者達」や「From the Place」などので分かり易い所が、やっぱりまず好きかな。「TRIGGER IN MY HEART」「Heartbreaking Romance」なんかも良いね。

いとうかなこ
ANOTHER BEST
シュタゲ曲は入ってないが、アニメ・ゲーム曲で、これまでアルバム未収録のものを収録した盤らしい。これまで聴いた2枚と被っているのはFriendの一曲のみ。
最近はずっとリピートしている。
名曲揃い。改めて歌唱力に舌を巻く。上記のようなアルバムの由来を考えれば当然だが、本当に、ジャンルも雰囲気もバラッバラの曲が集まっている訳だが、よくもこれだけ表情を変えた楽曲を歌いこなせるな。
単純な性格なので、「神の摂理に挑む者達」や「From the Place」などので分かり易い所が、やっぱりまず好きかな。「TRIGGER IN MY HEART」「Heartbreaking Romance」なんかも良いね。
科学と人間の不協和音/池内了
本来科学的事実のみに依拠し自律自尊を旨とすべき科学者が、昔であればイデオロギー、現在なら市場主義経済など、科学者を取り巻く環境に影響を受けるさまを批判した章がメインか。
科学と技術が科学技術と一括して扱われる現状を踏まえ、有益な技術に偏重し、文化としての科学を蔑ろにする風潮を憂えている。
内容的には至って普通で、特に目新しいようなものは無かった。

池内了
科学と人間の不協和音
科学と技術が科学技術と一括して扱われる現状を踏まえ、有益な技術に偏重し、文化としての科学を蔑ろにする風潮を憂えている。
内容的には至って普通で、特に目新しいようなものは無かった。
先週読んだ漫画 13/5/5-5/11
●パタリロ! 11巻/魔夜峰央

ヤマトブームは去ってガンダム登場と、文献から紐解く歴史の塩梅。黒タマとプララ初登場。ミーちゃんネタ頻発。まあ好き好きだろうけど。ギャグ、ラブコメ、シリアス、涙と、緩急自在の筆致が冴える。パロディや本歌取りなどの細かいネタも見逃せない。次巻いよいよ初期の集大成12巻。楽しみである。
●仁義なき家政夫パタリロ!/魔夜峰央

本編とは別に妻が番外編の、しかも最新の所を借りてきたので読んだ。上記の初期本編コミックスとは、30年の間隙がある訳で、当然、作風や画風に変化があってもおかしくない。が、それを初見で一気に受け止めるには、30年という歳月の重みは流石に堪える。まあ、その内には慣れてくるのだろうが。内容的にはあまり楽しめなかった。前提となる前作があってそれを読んでないからと言うのも大きいだろう。ネーミングやギャグのセンスは相変わらず凄いな。違和感を感じなければもっと素直に楽しめたのかも。
●ぼく、オタリーマン。3/よしたに

図書館の枠が空いていたので何となくで借りて読んだ。内容は前巻等に比べるとパワーダウンか。共感できる部分が減った感じで、あまり読む意味を見いだせなくなった。中途半端。源さんの編集方針にも疑問。
ヤマトブームは去ってガンダム登場と、文献から紐解く歴史の塩梅。黒タマとプララ初登場。ミーちゃんネタ頻発。まあ好き好きだろうけど。ギャグ、ラブコメ、シリアス、涙と、緩急自在の筆致が冴える。パロディや本歌取りなどの細かいネタも見逃せない。次巻いよいよ初期の集大成12巻。楽しみである。
●仁義なき家政夫パタリロ!/魔夜峰央
本編とは別に妻が番外編の、しかも最新の所を借りてきたので読んだ。上記の初期本編コミックスとは、30年の間隙がある訳で、当然、作風や画風に変化があってもおかしくない。が、それを初見で一気に受け止めるには、30年という歳月の重みは流石に堪える。まあ、その内には慣れてくるのだろうが。内容的にはあまり楽しめなかった。前提となる前作があってそれを読んでないからと言うのも大きいだろう。ネーミングやギャグのセンスは相変わらず凄いな。違和感を感じなければもっと素直に楽しめたのかも。
●ぼく、オタリーマン。3/よしたに
図書館の枠が空いていたので何となくで借りて読んだ。内容は前巻等に比べるとパワーダウンか。共感できる部分が減った感じで、あまり読む意味を見いだせなくなった。中途半端。源さんの編集方針にも疑問。
DVD/魔法少女まどか☆マギカ 3~6
と言う事で、DVDでテレビシリーズ全12話を見終わったので感想を書こう。
もちろんネタバレしてるので注意。
トータルでの評としては、大変素晴らしいアニメだったと思う。
前評判通りだろう。僅か12回にぎゅっと詰まった物語の密度と、それに反するような伸びやかに描かれた世界観のバランスが秀逸だった。脚本、演出、美術、音楽、とどれを取っても見るべき内容があり感嘆した。
魔法少女ものの固定概念を破壊するテーマ、プロット、などについては、誰が観ても大きな感銘を受ける所でありここで論じるまでもないだろう。だから、ここでは敢えてそうしたメイン部分をはずして、個人的に気になった視点を中心に語ろう。
まず、ポイントとしては既視感があるだろう。え、また過去改変救済リピートネタですか、と、最近シュタインズ・ゲートにハマっていた者としては、食傷とまでは行かなくても、インパクトが割り引かれてしまう事は避けられない。妻などは、それまでワクワクと観ていたのに、ほむらの過去エピソードの回でがっくり来て投げ出しそうな勢いだった。
しかも、それは視聴者の作品チョイスの順番の問題であって制作者に非はない、とは、制作年と制作者グループの関連性を見る限りでは言えないな、という点がより一層もやもやした印象をもたらす。
だから、後半のキーパーソンであるほむらのオカリン的な秘めた苦悩にも、もちろんうるっとはするものの、滂沱の涙とまでは行かなかった。
そして、ラスト。ほむらの想いに触れ、決意を固めたまどかは、非業の宿命を背負った全ての魔法少女の救済を願いとして魔法少女の契約を結ぶ。まどかの願いは、全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を生まれる前に消し去りたい、というものだった。ほむらが何度も繰り返した過去改変の因果が積み重なり、とてつもない魔力を宿す身となっていたまどかには、代価としてその願いが実現可能だったのだ。こうしてまどかはあらゆる宇宙あらゆる時間に偏在し、穢れきったソウルジェムを抱え今まさに魔女にならんとする魔法少女から、その希望と絶望の枷を解き放つ存在になった。ひとつの宇宙を生まれ変わらせるほどの願いの代価に生み出された、ひとつの宇宙を破壊する程強大なまどか自身の呪いさえ、まどかの願いは救済を果たした。こうしてあらゆる時空間に魔女が存在し得ない宇宙を生み出したまどかは、「神」となった。魔女の存在を、誰も(キュウべえすら)知らないのと同じく、まどかの存在も、人々の記憶から失われた。ただひとり、奇跡によってまどかを想い続けるほむらをのぞいて。
魔女という存在は消えても、呪いは生み出され続ける。その呪いが具現化された魔獣を狩るという変更を受け、ダークな精神エネルギーを回収するというシステムは相変わらず存在し、キュウべえは、相変わらず地球で魔法少女をスカウトしていた。魔女が「存在しなかった」世界になったため、魔女に倒されたマミや杏子は、死んでいなかった事となり、魔法少女を続けていた。さやかは、恭介の腕の怪我を治すという願いのために、魔法少女にならなかった事にする、という選択肢を捨てて死を受け入れた。そして、ほむらは、まどかを忘れない、という自身の願いのために、そしてまどかが生み出したこの世界を守るために戦い続けた。まどからから譲り受けた、強大な魔法少女の力が、真っ黒に穢れきる、その時まで。
さて、このストーリー、ハッピーエンドなのだろうか。
エイリアンであるキュウべえは、どことも知れない宇宙の文明が必要とするエネルギーのために、少女が魔女に堕ちる際の、希望が絶望に変わる感情のエネルギーを回収する「インキュベーター」であった。彼自身が明言するように、魔法少女は牧場の家畜である。つまりまどかが行った事は、自身の飼育管理体制について改善を実現した牛、と同じだろう。飼育自体を否定はしなかった。何故か。例えキュウべえが居なくても、人の心に呪いは生まれ続けるし、そうして集まった呪いは災禍を生む。そうした穢れを浄化できる者は魔法少女だけであるからである。そして、もちろんキュウべえが語るように、魔法少女の願いが人類を進歩させてきた、という事実もあるからだろう。まどかには人類全体を救済するような事はできないし、しない。希望が必ず絶望になるというキュウべえの騙しを排除しただけであって、魂を引換に願いを叶えるという魔法少女の仕組み自体は肯定している。もちろんそれ自身を否定するとタイムパラドクスとなる、という理由もあるだろう。しかし、それよりも個人の意思を、魔法少女としての命を賭けた願いと決意を尊重していると思える。
だから、願いの本質の軸が揺らいでしまっていたさやかは、魔法少女として延命させず、あっさり殺している。それは、まどかを勧誘するための餌として魔法少女にさせられただけ、という魔法少女としての資質が極端に少ないさやかに対する慈悲でもあったと思う。
一方で、エネルギー収支的に見ると、これまでキュウべえが回収していた魔女化した感情という莫大なエネルギーを、キュウべえが手に入れる前に全てピンハネする、という事で、まどかはあらゆる時空間にあまねく偏在するためのエネルギーを入手していると言える。つまり、まどかの願いが実現し続けるためには、常に魔法少女が生まれそして死に続けなければいけないと言う事だ。見方を変えれば、まどかは自身の願いのために魔法少女を生み出し続ける必要があり、その為にキュウべえを使役しているとさえ言える。
そして、こうした莫大なエネルギーを消費して行っている事、それは単に魔法少女の救済、それだけである。もちろん、旧魔法少女のシステムでは、呪いの連鎖がやがては人類そのものを脅かすような強大な魔女を生み出してしまう(それこそがキュウべえの狙いである)から、その意味では人類への貢献でもあるし、何より日常的な魔獣の駆除は社会の平和を生み出している。
しかし、これらのワンクッションおいた魔法少女と非魔法少女との関係性は、物語のトータルでの感銘に影響を与えずにはいられないだろう。世界平和を願う無垢な少女という仮想は霧散し、極個人的な願望の成就を願う魔法少女が仲間と構成する狭い業界コミュニティでの活躍という冷めた現実が露呈するからである。しかも、それすら、労働環境の改善を掲げた労組のトップが、その実現のためとは言え、ある日突然、経営トップに転身してしまったような、曰く言い難い寂しさと隔絶感にまみれている。
美しい旋律のように構成されたこの作品のもたらす感動が、それでいてどこか磨りガラスのような不透明な領域を持つのは、こうした理由によるものであろう。
同様に登場する魔法少女達も、無邪気ではあっても、無垢な聖女という描かれ方は決してしない。
悪に染まる事を意に介さない杏子や自らの呪いに屈したさやかはもちろんの事、例えばほむらの描かれ方にしても極めて個人主義的だ。
唯一の友達と慕うまどかを救うため、ほむらは能力を使って何度も過去改変に挑む。しかし、まどか以外の魔法少女が死のうと、一切それを過去改変で助けようとはしない。まどかの親友であるさやかの死であっても淡々と受け止め、むしろまどかの魔法少女勧誘からの防衛材料として冷徹に利用する。穿って見るなら、そこには嫉妬も透けて見えるだろう。
たった一言、「最高の友達」という評を得る事で、ほむらはその生涯を、まどかが生み出した「魔法少女の存在する世界」を守るための戦いに捧げるのだ。
今秋には、まどかが神になった後の物語が劇場版として公開されるらしい。
むう、やはり気になるところである。観に行くしかないか。
ところで、このアニメでは音楽が飛び抜けて素晴らしいと思う。OPやEDはもちろん、挿入曲にもかなり心惹かれるものが多い。だが、何とした事か、サントラが出ていないのだ。厳密にはあるのだが、3分割されて、DVD初回版の特典になっているのである。なんとかまとめて販売してくれないものか。

魔法少女まどか☆マギカ 6
もちろんネタバレしてるので注意。
トータルでの評としては、大変素晴らしいアニメだったと思う。
前評判通りだろう。僅か12回にぎゅっと詰まった物語の密度と、それに反するような伸びやかに描かれた世界観のバランスが秀逸だった。脚本、演出、美術、音楽、とどれを取っても見るべき内容があり感嘆した。
魔法少女ものの固定概念を破壊するテーマ、プロット、などについては、誰が観ても大きな感銘を受ける所でありここで論じるまでもないだろう。だから、ここでは敢えてそうしたメイン部分をはずして、個人的に気になった視点を中心に語ろう。
まず、ポイントとしては既視感があるだろう。え、また過去改変救済リピートネタですか、と、最近シュタインズ・ゲートにハマっていた者としては、食傷とまでは行かなくても、インパクトが割り引かれてしまう事は避けられない。妻などは、それまでワクワクと観ていたのに、ほむらの過去エピソードの回でがっくり来て投げ出しそうな勢いだった。
しかも、それは視聴者の作品チョイスの順番の問題であって制作者に非はない、とは、制作年と制作者グループの関連性を見る限りでは言えないな、という点がより一層もやもやした印象をもたらす。
だから、後半のキーパーソンであるほむらのオカリン的な秘めた苦悩にも、もちろんうるっとはするものの、滂沱の涙とまでは行かなかった。
そして、ラスト。ほむらの想いに触れ、決意を固めたまどかは、非業の宿命を背負った全ての魔法少女の救済を願いとして魔法少女の契約を結ぶ。まどかの願いは、全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を生まれる前に消し去りたい、というものだった。ほむらが何度も繰り返した過去改変の因果が積み重なり、とてつもない魔力を宿す身となっていたまどかには、代価としてその願いが実現可能だったのだ。こうしてまどかはあらゆる宇宙あらゆる時間に偏在し、穢れきったソウルジェムを抱え今まさに魔女にならんとする魔法少女から、その希望と絶望の枷を解き放つ存在になった。ひとつの宇宙を生まれ変わらせるほどの願いの代価に生み出された、ひとつの宇宙を破壊する程強大なまどか自身の呪いさえ、まどかの願いは救済を果たした。こうしてあらゆる時空間に魔女が存在し得ない宇宙を生み出したまどかは、「神」となった。魔女の存在を、誰も(キュウべえすら)知らないのと同じく、まどかの存在も、人々の記憶から失われた。ただひとり、奇跡によってまどかを想い続けるほむらをのぞいて。
魔女という存在は消えても、呪いは生み出され続ける。その呪いが具現化された魔獣を狩るという変更を受け、ダークな精神エネルギーを回収するというシステムは相変わらず存在し、キュウべえは、相変わらず地球で魔法少女をスカウトしていた。魔女が「存在しなかった」世界になったため、魔女に倒されたマミや杏子は、死んでいなかった事となり、魔法少女を続けていた。さやかは、恭介の腕の怪我を治すという願いのために、魔法少女にならなかった事にする、という選択肢を捨てて死を受け入れた。そして、ほむらは、まどかを忘れない、という自身の願いのために、そしてまどかが生み出したこの世界を守るために戦い続けた。まどからから譲り受けた、強大な魔法少女の力が、真っ黒に穢れきる、その時まで。
さて、このストーリー、ハッピーエンドなのだろうか。
エイリアンであるキュウべえは、どことも知れない宇宙の文明が必要とするエネルギーのために、少女が魔女に堕ちる際の、希望が絶望に変わる感情のエネルギーを回収する「インキュベーター」であった。彼自身が明言するように、魔法少女は牧場の家畜である。つまりまどかが行った事は、自身の飼育管理体制について改善を実現した牛、と同じだろう。飼育自体を否定はしなかった。何故か。例えキュウべえが居なくても、人の心に呪いは生まれ続けるし、そうして集まった呪いは災禍を生む。そうした穢れを浄化できる者は魔法少女だけであるからである。そして、もちろんキュウべえが語るように、魔法少女の願いが人類を進歩させてきた、という事実もあるからだろう。まどかには人類全体を救済するような事はできないし、しない。希望が必ず絶望になるというキュウべえの騙しを排除しただけであって、魂を引換に願いを叶えるという魔法少女の仕組み自体は肯定している。もちろんそれ自身を否定するとタイムパラドクスとなる、という理由もあるだろう。しかし、それよりも個人の意思を、魔法少女としての命を賭けた願いと決意を尊重していると思える。
だから、願いの本質の軸が揺らいでしまっていたさやかは、魔法少女として延命させず、あっさり殺している。それは、まどかを勧誘するための餌として魔法少女にさせられただけ、という魔法少女としての資質が極端に少ないさやかに対する慈悲でもあったと思う。
一方で、エネルギー収支的に見ると、これまでキュウべえが回収していた魔女化した感情という莫大なエネルギーを、キュウべえが手に入れる前に全てピンハネする、という事で、まどかはあらゆる時空間にあまねく偏在するためのエネルギーを入手していると言える。つまり、まどかの願いが実現し続けるためには、常に魔法少女が生まれそして死に続けなければいけないと言う事だ。見方を変えれば、まどかは自身の願いのために魔法少女を生み出し続ける必要があり、その為にキュウべえを使役しているとさえ言える。
そして、こうした莫大なエネルギーを消費して行っている事、それは単に魔法少女の救済、それだけである。もちろん、旧魔法少女のシステムでは、呪いの連鎖がやがては人類そのものを脅かすような強大な魔女を生み出してしまう(それこそがキュウべえの狙いである)から、その意味では人類への貢献でもあるし、何より日常的な魔獣の駆除は社会の平和を生み出している。
しかし、これらのワンクッションおいた魔法少女と非魔法少女との関係性は、物語のトータルでの感銘に影響を与えずにはいられないだろう。世界平和を願う無垢な少女という仮想は霧散し、極個人的な願望の成就を願う魔法少女が仲間と構成する狭い業界コミュニティでの活躍という冷めた現実が露呈するからである。しかも、それすら、労働環境の改善を掲げた労組のトップが、その実現のためとは言え、ある日突然、経営トップに転身してしまったような、曰く言い難い寂しさと隔絶感にまみれている。
美しい旋律のように構成されたこの作品のもたらす感動が、それでいてどこか磨りガラスのような不透明な領域を持つのは、こうした理由によるものであろう。
同様に登場する魔法少女達も、無邪気ではあっても、無垢な聖女という描かれ方は決してしない。
悪に染まる事を意に介さない杏子や自らの呪いに屈したさやかはもちろんの事、例えばほむらの描かれ方にしても極めて個人主義的だ。
唯一の友達と慕うまどかを救うため、ほむらは能力を使って何度も過去改変に挑む。しかし、まどか以外の魔法少女が死のうと、一切それを過去改変で助けようとはしない。まどかの親友であるさやかの死であっても淡々と受け止め、むしろまどかの魔法少女勧誘からの防衛材料として冷徹に利用する。穿って見るなら、そこには嫉妬も透けて見えるだろう。
たった一言、「最高の友達」という評を得る事で、ほむらはその生涯を、まどかが生み出した「魔法少女の存在する世界」を守るための戦いに捧げるのだ。
今秋には、まどかが神になった後の物語が劇場版として公開されるらしい。
むう、やはり気になるところである。観に行くしかないか。
ところで、このアニメでは音楽が飛び抜けて素晴らしいと思う。OPやEDはもちろん、挿入曲にもかなり心惹かれるものが多い。だが、何とした事か、サントラが出ていないのだ。厳密にはあるのだが、3分割されて、DVD初回版の特典になっているのである。なんとかまとめて販売してくれないものか。
WiiU本体更新/3.0.0Jへの更新による主な変更点以外の変更点
先ほどWiiを使用していて先の更新によるアンドキュメンテッドな変更点に気づいたのでメモ。
・WiiUに接続したセンサーバーには、Wiiリモコンの接続を認識している間だけ給電するように変更
これまでは、WiiUの電源が入っている間はずっとセンサーバーに給電してた仕様を上記のように変更したようだ。消費電力の低減のための改善と思われる。
ただし、我が家のように、
・WiiUとWiiを並行使用している
・センサーバーはWiiUに接続し、Wii使用時はWiiUも電源を入れっぱなしにする運用で対応
という利用方法をしていると、ちょっとめんどくさい事になる。
Wiiの使用中は、定期的にWiiUにペアリングしたリモコンのボタンを押して、無操作によるリモコン電源オフが発生しないように気を付ける必要があるからだ。
しかし、そもそも、なぜWiiをWiiUと並行使用しているかという理由を思い返してみる。それは、WiiからWiiUのWiiメニューには引っ越しされない、投票チャンネル等のWii固有のネットワークサービスを遊ぶためであった。
だが、それらのサービスも、6月28日をもって終了となる。
なれば、いよいよWiiUへの引越の日が来たという事だろうか。
引越後のWii本体の処遇についても考えておく必要がある。
現状の我が家のゲーム環境にて引越を行ったとすると、Wiiの役目としては、GCゲームのプレイしか残らない。
厳密に言うと、GCコンポートへ接続するWiiのマット系ゲーム(DDRやファミトレ)をプレイするためには、WiiUではなくWiiが必要、という状況はあるが、まあ、この際無視しても構わないだろう。
また、スマブラやマリカなどのWiiゲームやVCタイトルでGCコンを使用したい場合もあるが、それはクラコンでの代用で操作感的にも問題無いと言う事で確認済みだ。
つまり、GCを遊びたいなら、Wiiでなく、GCでOKと言う事だ。そしてWiiをGCに置き換えた場合のメリットは、言うまでもなく、GBプレイヤーを装着して、GB系ゲームをテレビでプレイできる、という点である。
デメリットについては、接続関係でクリアすべき課題が多数発生する事だ。まず、どうせなら初期のGC本体を使用してD端子出力したい。その為には、GC用のD端子ケーブルが必要である。さらに、現在、WiiとPS2で使用しているコレだけD端子ケーブルが使用できなくなり、ひいてはD端子セレクタの入力ポートも新たに一つ消費してしまう事になる。なお現状の接続はこちら 。
何より問題のが、このGC用D端子ケーブルが異様にプレミア価格となっている点である。流石に1万近い出費は痛い。
と言う事で、GCのD端子接続が安価に実現できる方策を探す事にした。といっても、ジャンクを探すぐらいしか手がない。ただ、取り敢えずは現状で不都合はないので、まあ、年単位でゆっくり探せばよいだろう。
・WiiUに接続したセンサーバーには、Wiiリモコンの接続を認識している間だけ給電するように変更
これまでは、WiiUの電源が入っている間はずっとセンサーバーに給電してた仕様を上記のように変更したようだ。消費電力の低減のための改善と思われる。
ただし、我が家のように、
・WiiUとWiiを並行使用している
・センサーバーはWiiUに接続し、Wii使用時はWiiUも電源を入れっぱなしにする運用で対応
という利用方法をしていると、ちょっとめんどくさい事になる。
Wiiの使用中は、定期的にWiiUにペアリングしたリモコンのボタンを押して、無操作によるリモコン電源オフが発生しないように気を付ける必要があるからだ。
しかし、そもそも、なぜWiiをWiiUと並行使用しているかという理由を思い返してみる。それは、WiiからWiiUのWiiメニューには引っ越しされない、投票チャンネル等のWii固有のネットワークサービスを遊ぶためであった。
だが、それらのサービスも、6月28日をもって終了となる。
なれば、いよいよWiiUへの引越の日が来たという事だろうか。
引越後のWii本体の処遇についても考えておく必要がある。
現状の我が家のゲーム環境にて引越を行ったとすると、Wiiの役目としては、GCゲームのプレイしか残らない。
厳密に言うと、GCコンポートへ接続するWiiのマット系ゲーム(DDRやファミトレ)をプレイするためには、WiiUではなくWiiが必要、という状況はあるが、まあ、この際無視しても構わないだろう。
また、スマブラやマリカなどのWiiゲームやVCタイトルでGCコンを使用したい場合もあるが、それはクラコンでの代用で操作感的にも問題無いと言う事で確認済みだ。
つまり、GCを遊びたいなら、Wiiでなく、GCでOKと言う事だ。そしてWiiをGCに置き換えた場合のメリットは、言うまでもなく、GBプレイヤーを装着して、GB系ゲームをテレビでプレイできる、という点である。
デメリットについては、接続関係でクリアすべき課題が多数発生する事だ。まず、どうせなら初期のGC本体を使用してD端子出力したい。その為には、GC用のD端子ケーブルが必要である。さらに、現在、WiiとPS2で使用しているコレだけD端子ケーブルが使用できなくなり、ひいてはD端子セレクタの入力ポートも新たに一つ消費してしまう事になる。なお現状の接続はこちら 。
何より問題のが、このGC用D端子ケーブルが異様にプレミア価格となっている点である。流石に1万近い出費は痛い。
と言う事で、GCのD端子接続が安価に実現できる方策を探す事にした。といっても、ジャンクを探すぐらいしか手がない。ただ、取り敢えずは現状で不都合はないので、まあ、年単位でゆっくり探せばよいだろう。
WiiU/ポケモンスクランブルU/任天堂
おもちゃのポケモンが入り乱れてのガチャバトルシリーズ第3弾。
WiiUのDL専売タイトルだ。既に結構遊んでいて、本編ボスまで到達した所。
スティック(or十字)で移動、ABで攻撃。以上!と社長訊くでも高らかに宣言していた通り、特徴は至って操作の簡単なアクション。AB2つの技を駆使して、画面上に数十体以上現れる敵をなぎ払ってゆく。ある意味ポケモン無双か。ポケモンと技の相性があるが、基本、ガチャプレイでOKだろう。
キャラの成長要素はないが、敵を倒すと一定確率でモンスターボールとなってゲットできるので、どんどん強いキャラに乗り換えてゆけば基本的に順順とクリアできるだろう。
ただ単にクリアするだけでなく、各ステージには、コンボ(途切れず連続で敵を撃破)をいくつ以上とか、Pをいくつ以上とか、何秒以内とかいったチャレンジ目標が設定されており、これを全て満たしてクリアすると特別なポケモンを入手できる。また、そのステージに登場するポケモンを全て入手するのもプレイヤーに課された目標の一つだろう。
こうしたチャレンジにむけてマルチ協力プレイでちまちま遊ぶのが非常に楽しい。
協力でありながら、ゲットしたポイントはプレイヤー毎に累計して表彰されるので、競争的な楽しみ方もできる。
さて、このゲームではWiiU初のNFC対応ゲームと言う事で、全国のポケモンセンターで販売しているカプセルトイのフィギュアからポケモンデータを読みとり、また成長させて書き戻す、という遊びができる。
と言う事で、GWの帰省の際に寄り道して、梅田のポケモンセンターオオサカで、フィギュアをゲットしてきた。
まず妻がガチャを回す。緑のボール、フシギダネだ。次に自分が回す。フシギダネ。被ったのでもう一回回す。今度はアチャモ。こうして計3個のフィギュアをゲットして帰宅。
フィギュアキャラの強化は稼いだPを消費して行うのだが、これまでのプレイでちまちま貯めた十数万のPをフシギダネとアチャモに均等に分けて強化。あっと言う間に無くなった。これまで使用していた最強キャラの1.5倍ほどの強さのキャラが誕生。しかし、見えている選択肢だけを考えても、最強にするには、まだまだ数十万単位のPが必要だ。コツコツと貯めよう。
NFCなんて、フィギュア商法なんて、なんだかな~とこれまで思っていたが、やってみると結構楽しい。メモリカードをキャラ個別に管理しているような感じと言おうか、モンスターファームのような感じというか。
ちなみに、カプセルトイのフィギュアは、未開封のままで通信できる。
また遊び込んだら報告しよう。
WiiUのDL専売タイトルだ。既に結構遊んでいて、本編ボスまで到達した所。
スティック(or十字)で移動、ABで攻撃。以上!と社長訊くでも高らかに宣言していた通り、特徴は至って操作の簡単なアクション。AB2つの技を駆使して、画面上に数十体以上現れる敵をなぎ払ってゆく。ある意味ポケモン無双か。ポケモンと技の相性があるが、基本、ガチャプレイでOKだろう。
キャラの成長要素はないが、敵を倒すと一定確率でモンスターボールとなってゲットできるので、どんどん強いキャラに乗り換えてゆけば基本的に順順とクリアできるだろう。
ただ単にクリアするだけでなく、各ステージには、コンボ(途切れず連続で敵を撃破)をいくつ以上とか、Pをいくつ以上とか、何秒以内とかいったチャレンジ目標が設定されており、これを全て満たしてクリアすると特別なポケモンを入手できる。また、そのステージに登場するポケモンを全て入手するのもプレイヤーに課された目標の一つだろう。
こうしたチャレンジにむけてマルチ協力プレイでちまちま遊ぶのが非常に楽しい。
協力でありながら、ゲットしたポイントはプレイヤー毎に累計して表彰されるので、競争的な楽しみ方もできる。
さて、このゲームではWiiU初のNFC対応ゲームと言う事で、全国のポケモンセンターで販売しているカプセルトイのフィギュアからポケモンデータを読みとり、また成長させて書き戻す、という遊びができる。
と言う事で、GWの帰省の際に寄り道して、梅田のポケモンセンターオオサカで、フィギュアをゲットしてきた。
まず妻がガチャを回す。緑のボール、フシギダネだ。次に自分が回す。フシギダネ。被ったのでもう一回回す。今度はアチャモ。こうして計3個のフィギュアをゲットして帰宅。
フィギュアキャラの強化は稼いだPを消費して行うのだが、これまでのプレイでちまちま貯めた十数万のPをフシギダネとアチャモに均等に分けて強化。あっと言う間に無くなった。これまで使用していた最強キャラの1.5倍ほどの強さのキャラが誕生。しかし、見えている選択肢だけを考えても、最強にするには、まだまだ数十万単位のPが必要だ。コツコツと貯めよう。
NFCなんて、フィギュア商法なんて、なんだかな~とこれまで思っていたが、やってみると結構楽しい。メモリカードをキャラ個別に管理しているような感じと言おうか、モンスターファームのような感じというか。
ちなみに、カプセルトイのフィギュアは、未開封のままで通信できる。
また遊び込んだら報告しよう。
先週読んだ漫画 13/4/28-5/4
●魔法少女まどか☆マギカ 1巻/ハノカゲ

原作アニメをDVDで見終わったので、職場で拾って積んであった漫画版を消化。読んでまず思ったのは、最初にこっちを見なくて本当に良かった、という安堵。自重した自分を褒めたい。内容は典型的な線でなぞっただけの凡コミカライズで、まどマギと名の付くものなら何でも収集するというマニア以外は読む価値は無いだろう。
●桜蘭高校ホスト部 6巻/葉鳥ビスコ

やったらダメだと思っていたシリアス展開が割合マッチするのでビックリ。その割りにギャグがおざなりという訳でもない。脂が乗ってきたと言う事だろう、紙面に充実感がある。鏡夜や環の背景がポツポツと語られ出す。
●ポケットモンスター SPECIAL 4巻/日下秀憲/真斗

今巻から新主人公のイエロー登場。3巻までの主人公レッドを探すという設定。相変わらず面白い。キャラもバトル描写も素晴らしい筆致。強大な四天王が登場して展開も風雲急を告げる。次巻も楽しみだ。
●銀魂 37巻/空知英秋

積み漫画消化。割合面白かった。さっちゃん強いな。2年後の話が意外と良かった。カニは作者の得意な心理バトルものだけどイマイチか。惰性で次巻も読むか。
原作アニメをDVDで見終わったので、職場で拾って積んであった漫画版を消化。読んでまず思ったのは、最初にこっちを見なくて本当に良かった、という安堵。自重した自分を褒めたい。内容は典型的な線でなぞっただけの凡コミカライズで、まどマギと名の付くものなら何でも収集するというマニア以外は読む価値は無いだろう。
●桜蘭高校ホスト部 6巻/葉鳥ビスコ
やったらダメだと思っていたシリアス展開が割合マッチするのでビックリ。その割りにギャグがおざなりという訳でもない。脂が乗ってきたと言う事だろう、紙面に充実感がある。鏡夜や環の背景がポツポツと語られ出す。
●ポケットモンスター SPECIAL 4巻/日下秀憲/真斗
今巻から新主人公のイエロー登場。3巻までの主人公レッドを探すという設定。相変わらず面白い。キャラもバトル描写も素晴らしい筆致。強大な四天王が登場して展開も風雲急を告げる。次巻も楽しみだ。
●銀魂 37巻/空知英秋
積み漫画消化。割合面白かった。さっちゃん強いな。2年後の話が意外と良かった。カニは作者の得意な心理バトルものだけどイマイチか。惰性で次巻も読むか。
テングザル 河と生きるサル/松田一希
書評で見かけて面白そうだったので読んでみた。
大変面白い本だった。
若き博士課程研究者がボルネオの密林でテングザルの生態を追うフィールドワークの記録である。
つまびらかにされて行く主テーマであるテングザルの生態そのものも大変興味深いのはもちろんだが、特筆すべきなのは、著者が「フィールドワーク」とがっぷり四つに組み合って悪戦苦闘する様を通し、その素晴らしさを余すところ無く紹介している点である。科学研究の醍醐味である、発見の興奮、推論の陶酔、挫折と失意、トラブルによる苦悩などが溢れ、新人研究者の弾けるような心理の瑞々しさが伝わってくる。そして、突然飛び込んだ異国の地で言語の習得から始め、現地社会と交渉し、生活の活動基盤を築き、生活様式の違いに戸惑いながらも楽しみ、テングザルと川辺の密林にただただ浸る、という生活の描写も多く、観光ガイド冒険ガイド的な楽しさも詰まっている。
巻末の、絶滅危惧種としてのテングザルとその環境の保全、そして、絶滅危惧種としてのフィールドワーカー及びポスドクの保全と、研究を支えるこの二面の危機についての啓蒙は大変興味深い点だ。
あとがきにある、ボルネオ入りした時には恋人だった著者の妻への謝辞にはじーんとくる。

松田一希
テングザル 河と生きるサル
大変面白い本だった。
若き博士課程研究者がボルネオの密林でテングザルの生態を追うフィールドワークの記録である。
つまびらかにされて行く主テーマであるテングザルの生態そのものも大変興味深いのはもちろんだが、特筆すべきなのは、著者が「フィールドワーク」とがっぷり四つに組み合って悪戦苦闘する様を通し、その素晴らしさを余すところ無く紹介している点である。科学研究の醍醐味である、発見の興奮、推論の陶酔、挫折と失意、トラブルによる苦悩などが溢れ、新人研究者の弾けるような心理の瑞々しさが伝わってくる。そして、突然飛び込んだ異国の地で言語の習得から始め、現地社会と交渉し、生活の活動基盤を築き、生活様式の違いに戸惑いながらも楽しみ、テングザルと川辺の密林にただただ浸る、という生活の描写も多く、観光ガイド冒険ガイド的な楽しさも詰まっている。
巻末の、絶滅危惧種としてのテングザルとその環境の保全、そして、絶滅危惧種としてのフィールドワーカー及びポスドクの保全と、研究を支えるこの二面の危機についての啓蒙は大変興味深い点だ。
あとがきにある、ボルネオ入りした時には恋人だった著者の妻への謝辞にはじーんとくる。
VECTOR/いとうかなこ
こちらも前作であるChaosAttractorと一緒にレンタル。最近ずっと掛けっぱなしである。
ゲーム・アニメのOPEDを中心に構成されたアルバム。
シュタインズ・ゲートからは5曲。アニメ版のOP「Hacking to the Gate」、だーりんED「永遠のベクトル」、PSP版OP「宇宙エンジニア」、Win版イメージソング「A.R.」、そして「スカイクラッドの観測者」のリミックス版。
その他、カオスヘッドから4曲、StarrySkyから2曲、オリジナル3曲。
こちらも名曲揃いだが、一番好きなのは、「この空の彼方に」。どっちかというと、ChaosAttractorに比べスローな曲が多いかも。相変わらず幅広い歌い方で魅せてくれる。

いとうかなこ
VECTOR
ゲーム・アニメのOPEDを中心に構成されたアルバム。
シュタインズ・ゲートからは5曲。アニメ版のOP「Hacking to the Gate」、だーりんED「永遠のベクトル」、PSP版OP「宇宙エンジニア」、Win版イメージソング「A.R.」、そして「スカイクラッドの観測者」のリミックス版。
その他、カオスヘッドから4曲、StarrySkyから2曲、オリジナル3曲。
こちらも名曲揃いだが、一番好きなのは、「この空の彼方に」。どっちかというと、ChaosAttractorに比べスローな曲が多いかも。相変わらず幅広い歌い方で魅せてくれる。