読んだり観たり聴いたりしたもの -61ページ目

新ゲームデザイン TVゲーム制作のための発想法/田尻智

言わずと知れたゲームフリーク代表である著書によるゲーム論。
2002年と結構古い本。
アマゾンでプレ値が付いていたので図書館で借りて読んでみた。

まずびっくりしたのが、伝説のミニコミ誌ゲームフリークを創設し、ゲームライターとして数多くの実績を持つ著者のはずなのに、非常に癖があって読みづらい文章を書くという点だ。
まあ、味と言えないこともないが、ちょっとなじめなかった。

しかし、内容については、独特の視点を踏まえた多数の分析が素晴らしく、実に面白い。
前半の系統的・歴史的な分析もよいが、後半の、自作品の分析もなかなかレアなのでは。

密度が濃いので、手元に置いておいて、腑に落ちるまで繰り返し眺めるのに適していると思う。

個人的には、ゼビウスでの遠藤さんのレジスタの話が、とても印象に残ったかな。

田尻智
新ゲームデザイン TVゲーム制作のための発想法

先週読んだ漫画 13/12/15-12/28

2週分まとめて。
またしてもあまり読めず…。

●紅茶王子 11巻/山田南平

ケビンとアッサムの過去を交えながら。紅茶同好会を存続させるため、存在をアピールするためのイベントに奔走する奈子たち。特に波乱も無く順当な展開。


●ナルト 45巻/岸本斉史

サスケ達は八尾を倒し捕獲。ついに残るターゲットは九尾のナルトだけ。戦場と化した木の葉にそれぞれの想いが渦巻く。急を告げる展開に次巻も期待。

WiiU/ゾンビU/UBIソフト

トゥルーエンドを達成してから書こうと思っていたけど、多分もうプレイしないので書いておく。
だいぶん前にメッセージボードに書いたように、難易度ノーマルでクリアはしたものの、それはバッドエンドであった。
で、前のエントリでも書いたように、このゲームは死んだりしたときにオートセーブなのだが、なんと!ゲームクリアでもオートセーブになり、しかも、クリアデータはもう二度とプレイできないのだ。
おわかりだろうか?つまり、バッドエンドになってしまった~というプレイヤーが、真エンドを目指そうとするなら、クリアデータを削除して、「最初からもう一回プレイしろ」という事なのだ。さすがにちょっとこれはひどいだろう。
しかも、最後だけ、これなのである。このゲームでは死んだらオートセーブとなるが、通常は、アイテムを失って新しいキャラでリスタートするとういペナルティだけで、ゲーム進行度は維持される。何度死のうとじりじりと進めていけるはずなのだ。それが、最後だけは、ある一線を越えたらもう戻れない。つまり、最後の時点でバッドになりそうだったら、即リセットしかないのだ。

それでも、たまたまその1週間ほど前にWiiUセーブデータのバックアップをしたところだったので、HDDからゾンビUのデータを探して書き戻してみた。当然のようにクリア1週間前に戻った。しかたない、ここから真エンド目指すか~、とちょこちょこやっていたが、他にやるべきゲームが溜まってきて時間がとれないので、もう終了にしたわけである。

バッドとはいえ、ノーマルをクリアしての感想を書いておこう。

まず、ストーリー。ゾンビ化するウィルス性疾患のパンデミックからのサバイバルと、希望を託されたワクチンを製造する博士のアシスタント、それを持っての脱出、といった流れは王道的だろう。特に可も不可も無い。

次にアクション。ゾンビモーションがワンパターン。1vs1であれば、あらゆるゾンビがクリケットのバットで撲殺できる。まあ、相手も元一般市民な訳だしやむを得ないが、攻撃にパターンがないと作業感が募る。逆に2体以上だと極端に捌くのが難しくなる。ひょっとするとそこを頑張って楽しむゲームだったのかもしれない。
かまれたら即死の仕様、そして死んだらアイテムを全部失ってリスタートの仕様により、ゲーム終盤までほどよい緊張が持続する。強敵が群れている山場には重装備で赴きたい、しかし、万が一死んだら苦心して集めた重火器が散逸してしまう、というジレンマを楽しめるのだ。
あと、若干バグが多いようだ。ネットで見ても進行不能バグを抱えているようで注意が必要だ。

フルプライスでは若干厳しい印象だが、廉価であれば価格分は十分に楽しめるゲームだと思う。ゲーム仕様的にもロンチの急ごしらえ感を受けるので、じっくり醸造した続編が出るなら是非プレイしたいと思う。


UBIソフト
ゾンビU

Web/Dominion(ドミニオン)/goko

ドミニオンとは、2009年に世界中で各賞を総なめにした米発のカードゲームである。
タイトルにあるのは、そのWeb版アプリケーションがF2Pで遊べる公式サイト(ただし英語とドイツ語のみ)である。もしかすると、今年最も遊んでいるゲームかもしれない。

まず簡単にゲームの説明をしよう。

ドミニオンとは、平たく言えば、買い物カードゲームである。
最大4人で車座になって順に交代でプレイするターン制で、皆同条件の手持ち札からスタートし、順番に手札のお金カードを使って新しいカードを買って手持ちに追加する。買ったカードの効果を有利に使ってさらに良いカードを買う。これを繰り返して、最後にトータルで一番良い買い物ができたプレイヤーが勝利、という簡単なルールのゲームである。

基本パッケージには32種類(多分)のカード、各種数十枚がセットになっており、そのうちの一部をゲームに使用する。
カードの種類の系統をおおざっぱに説明すると、

勝利点カード:
カードに勝利点というスコアが書いてあるカードの事。基本的にはゲーム終了時に手持ちのカードの勝利点を合計して最も点数が多いプレイヤーが勝利となる。基本の勝利点カードは、属州6点、公領3点、屋敷1点である。

財宝カード:
全てのカードには、「コスト」と呼ばれる購入に必要な金額が書いてある。基本的には、手札からコインマークが書いてある財宝カードを場に出して購うことになる。基本の財宝カードは、銅貨=1コイン、銀貨=2コイン、金貨=3コイン、となっている。財宝カードそれ自体も販売しているので、手持ちのコインで購入する。銅貨0コイン、銀貨3コイン、金貨6コインがそれぞれ必要だ。

アクションカード:
ドミニオンの肝となる、多種多様な能力を持ったカード。後述するターンのアクションフェイズに使用する。

このほか、アタックカード・リアクションカードなど細かな種類が少々あるが基本は上記3タイプである。財宝カードであり同時にアクションカードなど、それらの属性を複数持ったカードも存在する。

ゲームは、基本の勝利点カード3種と財宝カード3種そして、基本パックなら25種類からお好みで選んだ10種のアクションカードを使用して行う。中央のサプライに積む枚数は、プレイヤー人数に応じて、勝利点カード8~10枚、アクションカード10枚、財宝カード30枚前後となる。

基本的な初期セットは、屋敷カード×3枚、銅貨カード×7枚の10枚である。この10枚をシャッフルし、裏返して積んだものが各プレイヤーのデッキとなる。そこから毎ターン5枚を引いて手札とする。この手札を元に戦うのである。

順番を決めたら、最初の人から順にプレイヤーターンをこなしてゆく。

プレイヤーターンは大きく3つのフェイズに分かれる。
1.アクションフェイズ:
アクションカードを使用するフェイズ。手持ちのアクションポイントの数字を消費して、手札からアクションカードを場に出して使用してもよい。
アクションポイントはターン開始時に+1される。つまり通常では手札の1枚のアクションカードしか使えない。しかし、アクションポイントを増やすアクションカードなどもあるため、カードによっては連鎖的に複数のアクションカードを使用することも可能(コンボ)。アクションポイントは次ターンには持ち越せない。

2.購入フェイズ:
財宝カードを使用するなどして積み上げたコインを使用してカードを購入する。1枚のカードの購入にはターン開始時に+1される購入ポイントを使用する。購入ポイントが2で、コインを10積み上げていれば、コスト5のカードを2枚購入できるわけである。購入ポイントも、コインも、当然次ターンには持ち越せない。

3.クリーンアップフェイズ:
使用した手札や購入したカードを、捨て札の山に積む。そして次ターン用の手札5枚を自分のデッキから引く。デッキがなくなった場合は、捨て札の山を裏返しシャッフルして積んでデッキとする。

これを繰り返し、最上位の勝利点カード「属州」が全部売り切れるか、もしくはそれ以外のカードが3種類売り切れたらゲーム終了である。

以上がゲームの概要だ。一見複雑そうに見えるが、実際にプレイしてみると、かなりシンプルですぐに構造は把握できるだろう。

ドミニオンというゲームの特徴は、
・事前準備不要で公平なスタート。
よくあるカードゲームのように、たくさんカードを(現実世界で)買い集めて、強いレアカードを持っているプレイヤーが強い、と言うような要素がない。プレイヤーは皆同じ条件でスタートし、しかも、他のゲームでは必須のプレイ前のデッキ構築が不要なので、すぐにゲームを始めることができる。
・バラエティ豊かで複雑な展開。
ゲームに使用する10種のアクションカードは、25種から選ぶ。つまり、約300万通りの組み合わせがある。追加購入できる拡張セットを組み込めば総勢240種類以上のカードが存在し、組み合わせとしては概算でざっと、2×10^16通り以上になるだろう。しかも、アクションカードには個性の強い特殊な物も多く、そうしたカード同士の相互作用が生み出す効果は、計り知れない深さ楽しさをもたらす。
・複雑すぎないゲームルール
240枚のカードの全ての効果、ましてや相互作用を把握するのは難しい。正直、まだ一度も使ったことのないカードもあるし、よくよく効果を理解していて空で効果を正確に思い出せるカードなど、1/4以下の枚数だろう。それでも、ゲームに使用するのは、一度にわずか10枚。ゲーム中はその10枚の効果だけを考えれば良いのだ。これは、もしこのゲームを初めてプレイする人がいたとしても、ちょっと頑張ればなんとかついて行ける程度の難易度だ。この敷居の低さが人気の秘訣だろうと思う。
・プレイヤー間の粗な競争
このゲームには、基本的に、プレイヤー同士の直接的なバトル局面が少ない。アクションカードの一種には、アタックカードと呼ばれる他のプレイヤーに直接影響を与えるタイプもあり、また、アタックを受けた際に発動するリアクションカードという物もある。しかし、それは一部のカードであって、多数のカードは他のプレイヤーに何ら影響を与えない。プレイヤーが相互作用するのは、カードを購入すればサプライのカードが減っていく、という点だけである。つまり、妨害禁止のマラソンのように、基本はお互いの買い物内容をチェックしながら淡々と自分の買い物を続けてゴールを目指す、というゲームなのである。もちろん、麻雀の初心者が河を全く見ずに自分の手牌だけをみてプレイするように、ドミニオンでも、他のプレイヤーの存在を全く無視して買い物を続け、勝利すると言う事も可能だ(運さえ良ければ)。この、敢えて言うなら草食系、とも言うべき相互対決の粗さがポイントである。
・ゲームバランス
ゲーム展開を計算して適切に設定されたゲームシステムと、そのバランスが最大のポイントかもしれない。強いカードがあって、そればっかり買っていれば勝てるかというとそうではない。例えば、このゲームで勝つには、勝利点カードをたくさん買って、勝利点を集めなければいけない。しかし、勝利点カードには、アクションも、コインもつかない。初期デッキを思いだそう。3枚屋敷、7枚銅貨(1コイン)なので、5枚の手札を配ったとき、手札から出せるコインの期待値は3.5コインである。ここから勝利点カードばかり5枚買ったとすると、期待値は2.3コインまで下がってしまう。勝利のためには勝利点カードが必要だが、勝利点カードを買えば買うほどデッキが弱くなる。では金貨など財宝カードを蓄えてから、一気に勝利点カードを買い占める作戦はどうだろうか。期待値3.5の初期デッキなら2回に1回は銀貨が買えるはずだから銀貨ばっかり5枚購入すれば、その時点で期待値は5.7となる。半分ぐらいはコスト6コインの金貨を買えると言うことなので、ここから4枚金貨、4枚銀貨を買い増したとしよう。すると期待値は8を超え、大体2回に1回は属州を買える、と言う事になる。場にある属州をの半分独占、つまり5枚買えば勝利確実として、この作戦では、合計30ターンぐらいで勝利をつかむことができる。ざっくり過ぎる計算なので実際は財宝カード以外のカードを買ったりすれば、期待値が下がり勝利までのターン数はどんどん延びるだろう。要は、この作戦では、遅すぎる、ということだ。大体20ターン前後で終了するのが平均的なゲームである。
つまり、いかにアクションカードを上手く使うか、だ。例えば、カードを3枚引く、という「鍛冶屋」アクションカードを使えば、期待値が一気に6割増しになるわけだ。また、アクション+2、カードを1枚引く、という「村」カードを組み合わせれば、引いたアクションカードをさらにその場で使えるので、どんどん手札が増えて高コインが目指せる。しかし、じゃあ財宝カードの増資は不要かというとそうでもない。いくら追加で引けても安いコインしかなければ弱いからである。
また、アクションカードの中には、「廃棄」という操作ができる物がある。これは、捨て札とは異なり、デッキから恒久的にカードを廃棄する、という操作である。廃棄を行うと捨てたカード分、デッキ枚数が減る。すると期待値が上がる。7枚の銅貨を全て銀貨に置き換え、銅貨は廃棄すれば、単純に期待値は2倍になる。また、通常、購入したカードは一旦捨て札となり、その後シャッフルで初めて手札となり得る。デッキ枚数が少なければ、このサイクルが短縮されるので非常に有利といえる。単純にデッキのカードが多ければ強いと言うことはない。

ドミニオンをやっていて、何が一番楽しいかというと、10枚のアクションカードを把握した時点で、このカードとこのカードの効果を組み合わせて、こう戦ったら強いんじゃないか?と、自分で考えうる作戦の多様さと、その実現を目指し、それが上手く実行できて効果を発揮したときの達成感だろうか。
1プレイもそんなに長く掛からないので、さくっと楽しめる。10枚のアクションカードに不如意が多い場合でのプレイヤー3人の対戦で小一時間、よく知ったカードだけの2人対戦なら10分と掛からない。

さて、タイトルはそんなドミニオンをWeb上でネット対戦できる公式のサイトである。基本パックだけならユーザー登録だけで無料で遊べる。表示が英語だが、操作は非常に快適だ(PCならば。タブレット系ではやや重い)。また、有料だが追加パックも全て対応している。
実は、ドミニオンが遊べるサイトは複数あり、ドミニオンを始めた当初は別のサイト利用していた。公式ではないが日本語で遊べる許可サイトがあるのだ。だが、かなり動作が重くてバグありで時々フリーズするので今はもう使ってない。

上記公式サイトはHTML5アプリなので、プレイ可能・不可能な環境を知っている限り書いておこう。
・Windows:○Firefox20~、×IE8
・iOS:○Safari、○chrome、○Mercury
・Android:△Firefox
・PS3:×
・WiiU:△
・Vita:△
・Wii:×
・3DS:×
×はプレイ不可。△は、一応プレイできるものの、画面レイアウトの関係で操作に支障が出る。

英語とはいえ、そんなに難しいことが書いてあるわけではないので、さっくり意味をつかむだけならそれほどは苦労しないが、こと「ルール」に関してなので、微妙なニュアンスを汲もうとするとなかなか骨が折れる。と言うかゲームの前に読解で疲弊してしまいプレイの敷居が高くなる。
なので、日本語対応されないかな~とずっと期待していた。が、みじんも気配がないので、義弟とアプリをハックしてみた。すると、カードの説明文を定義しているオブジェクトが簡単に見つかったので、試しにドミニオンのカード解説サイトからコピーしてきた日本語のテキストに置換してみたらあっさりと日本語化できた。
あまりに簡単なことだったので拍子抜けした。もっと早く試してみれば良かった。
その後、置換ルーチンをブックマークレットとFirefoxアドオンに仕立てて便利に使っている。日本語化できるのはカード名と説明文のみ。また、Firefoxアドオンには、ゲーム後のログを日本語化する機能も追加した。
一番大変だったのは、解析した制御文字を使ったテキストのレイアウト調整で、文字サイズや行間などを1枚1枚の表示を見ながら調整するのが大変だった。というかまだ継続中。
もちろん、アプリのハックも日本語説明文の流用も共に無許可なので私的利用以外の公開はできないのが残念だ。

と言うわけで、iPadだとMercuryでブックマークレットが動くので、これで快適に日本語化ドミニオンを堪能している。妻はPCでアドベンチャー(上記サイトのストーリーモード)をガリガリ進めている。アドベンチャーで勝利数を稼ぐとレアなプロモカードがもらえるのでそれも目指したい所だ。

カードの種類が多いので、全貌を把握しようとするだけで来年いっぱい楽しめるだろう。そしてその後も何年も遊べることは間違いない。

先週読んだ漫画 13/12/08-12/14

先々週はサボりましたです。

●紅茶王子 10巻/山田南平

代打でやってきた英語の外国人教員ケビンは、なんとアッサムの前の主人。婚約者を巡る確執の記憶にぎくしゃくする中、ケビンは存続が危ぶまれる紅茶同好会の顧問を買って出るが…。深まる謎、次巻に期待だ。


●パタリロ! 22巻/魔夜峰央

番外編と言った趣。地獄の大公アスタロトに使えるパタリロ6世という奇妙な夢を見るパタリロ、という設定で、1巻丸々費やしてさらに次巻に続く。法王の魂を巡る悪魔達の争いに、アスタロトは、そしてパタリロ6世はどう終止符を打つのか。この一連の話は読んだことなかったな。まあ、次巻で片がつくでしょ。

●ナルト 44巻/岸本斉史

兄を失ったサスケ、師自来也を失ったナルト。この先、相まみえた彼らの気持ちが寄り添い合うことはあるのだろうか。木の葉への復讐を誓ったサスケは暁と手を組み八尾を狩る。ナルトはガマにつれられて仙術の修行へ。木の葉へ、ナルトへと危機が迫る。だんだんテンポ良くなってきたのでは。次巻も楽しみだね。

Vita/PlayStation Vita TV購入した

じゃじゃーん。
と言う事で、12月の某教団行事に便乗した祭りということで、妻にプレゼントしてもらったのだ!
64Gメモリとソフト「ダンガンロンパ1・2 リロード」も同時購入。

3点同梱で届いた宅配段ボールの小ささに驚き、開けてVITAの化粧箱の小ささにさらに驚き、本体を取り出してさらにその小ささに驚いた。まあ、先日の試遊会で見ているとはいえ、やっぱり自分の家で現物を手に取ると実感が違う。2.5インチのUSBHDDケースより小さく軽い程。付属のケーブルはまだ柔らかめだからいいが、ゴツいHDMIケーブルに装換したら、ねじれの向きによってはきっと本体が持ち上がるだろう。

64Gメモリを挿し、ACアダプタとHDMIケーブルを挿して起動。初期設定へ進める。

早速残念なお知らせが。VitaTVで使用しようと目論んでいた、例の海外版DualShock3であるが、USBケーブルでつないでペアリングしても、ケーブルを抜くと何故かペアリングが切れてしまうようで、リンクが確立せず使用できないことが判明。もちろん、USBでつないだままなら操作はできる。相変わらずPS3での操作は全く問題ないので、どうもVitaTVとの相性のようだ。
これがこの個体の特性なのか、海外版DS3全般に広く見られる現象なのかは分からないが、VitaTVのコントローラとして安い海外版を当てにしている人は留意した方が良いだろう。

やむなくPS3用のDS3を1個もってきてペアリング。それ以外は全くスムーズに進行。
懸念していたSENアカウントも、PSP/VITA枠が3台に増えたので、無問題ですっと設定終了。試しにさくっとDLテストしてみると、過去の購入ソフトも、あんなに苦労したお詫びソフトも全く問題なくDL&起動した。

さて、そうしておそるおそる起動性能のテスト。と、そのまえに、接続図を書いておく。

[42ZP3]
HDMI1(ARC) - HTP-S353
HDMI2 - PSVitaTV
HDMI3 - 空き
HDMI4 - 空き
D端子1 - JX-D77(以下オールドマシンの接続は略)
コンポジ2 - 空き

[HTP-S353]
出力 - 42ZP3
GAME - WiiU
BD/DVD - PS3
STB - Xbox360

42ZP3のHDMI連動設定では、VitaTVを連動機器として認識させ、「連動機器→テレビ入力切替」「連動機器→テレビ電源」を共にオフからオンに変更した。

すると!目論み通り、すべての機器の電源がオフ(正確にはスタンバイ)になった状態から、DS3のPSボタンを押す → VitaTVがスタンバイ復帰 → 自動で42ZP3の電源オン → 自動で42ZP3の入力がHDMI2に切り替わり → 自動でHTP-S353の電源がオン → 自動でHTP-S353の入力がTV(ARC)に切り替わり、とフルオートでカスケード起動した!ちょっと感動。
radikoなどを常駐させている場合なら、DS3のPSボタンを押すだけでラジオが流れ出す訳である。
肝心の起動時間だが、やはり、デジタルの哀しさ、テレビもホームシアターも切替に時間が掛かる。PSボタン押してから音が鳴るまでが、全オフ状態からなら約20秒、テレビとホームシアターが起動していれば約11秒、という所だ(画面表示だけならも少し短い)。人によっては微妙な数字だろう。個人的には、ぎりぎり何とか許容できる限界、という所だ。希望を言えばもう半分ぐらいなら素晴らしいだろう。
なお、念のために書いておくと、上記の数字はもちろんVitaTVの能力ではなく、あくまでテレビとホームシアターに関する性能である。起動や切替の速いテレビやホームシアターを使いさえすれば、資金の許す限り、何処までも短縮できるだろう。

たしかに携帯機やiPadに比べれば遅い。が、ワンボタンのみで20秒、という性能は、他の据え置き機に比較すれば、ほぼ質的な差異となる。これだけで、「何かゲームをしようかな」という無目的な情熱が倍増すると言っても過言ではない。個人的にもVita熱が非常に高まってきた。Plusに入ってみようかと検討中。

XMBから変更となったUIは、直感的で操作しやすい。
今のところ、いやー、本当にいいもの手に入れたなーという気持ちでいっぱいだ。

現在は、PS3のリッピングCDデータを延々コピー中。
またしばらく使い込んでみてレポートしたい。

資本主義が嫌いな人のための経済学/J・ヒース/栗原百代

時間が無いのでメモだけ。

気鋭の哲学者による経済学本。右派も左派も、こと経済となるとやらかす諸々の誤謬を取り上げ解説する。
それは、経済というとものが原理原則に従わない、ヤヤコシいモノであるからだ。
表面だけを見て判断すると、必ず裏面に足をすくわれる。

経済は人によって動く。人はインセンティブによって動く。
取引には必ず2面性がある。

とりあえずこの2点さえ抑えておけば、誤謬にはまることをかなり防げるのでは。

軽妙な語り口でさくさく読めるが、所々論拠が恣意的な部分があるのが玉に瑕か。

大変面白い本だった。


J・ヒース/栗原百代
資本主義が嫌いな人のための経済学

iPad/たんとくおーれ/Playdek, Inc.

突然だが、2週間ほど前、iPad3(16G)が我が家にきた。
義弟がAirに買い換えたため、お下がりをもらったのである。

正直、あまりガジェット興味がある方ではなかったが、こうして手に取ってみると、やっぱり楽しくないといえば嘘かな。しかし、私よりむしろ妻がうきうきと遊んでいる。ベランダガーデンの写真を撮りまくって、義弟や義母と共有して楽しんでいるようだ。

こうしたコミュニケーションが、お下がりしてくれた義弟の狙いの一つだったようだが、じつは隠された狙いがもう一つあった。
それが、iPadで買ったけどマイナーで過疎り過ぎていて対戦もままならないアプリの、対戦相手を確保することだった。

と言うわけで、早速300円で購入DLして対戦したのが、このゲーム。
一言でいうと、ドミニオン雨後の竹の子の一本であるデッキ構築型カードゲームである。と思って、過去エントリを見てみると、なんとドミニオンのエントリがない。
すっかり書くのを忘れていたようだ。急いで書こう。

閑話休題。
デッキ構築型カードゲームとは、複数人で対戦するカードゲームの一種である。遊戯王などカードゲームによくあるようにプレイヤーが事前に用意しておいたデッキ(手札の組み合わせ)を用いて対戦するのではなく、各プレイヤーは同じ条件からスタートし、プレイ中に、主にカードを増やすことで自分の所有のカード(デッキ)の内容を強化していき、ゲーム終了時に最もポイントの高いデッキを作成できたプレイヤーが勝利となる。

このゲームの売りは、メイドをテーマとした萌イラストのカードである。やや微妙なボイスも入る。
ドミニオンにおいて、コイン → はあと、購入 → 雇用、アクション → ご奉仕、と変換すれば経験者ならすぐにゲーム内容の想像ができるだろう。未経験者は後日のドミニオンのエントリを待たれよ。

ゲームとしての特徴は、主に2つ。1つは、プレイするのに必要なご奉仕ポイントが存在する点(ドミニオンで言い換えると、プレイに2アクション必要とするアクションカードがある、みたいな)。もう1つは、各プレイヤーが「家」と呼ばれるカードマットを持ち、メイドカードの一部をそこに移動できる点である。特に専属メイドは、家にしか配置できず、高コストではあるが個別で特別な能力を持ったゲームメイカーとなるカードである。一般メイドを家に入れることを「そば仕え」と言い、そば仕えしたメイドカードは手札に入らなくなるのでプレイできなくなるが、そば仕えによって発揮されるメリットもあり、どのタイミングでそば仕えに移行させるかが勝利の鍵となる。

バランスやプレイフィールは、まあ、普通な感じ。キャラ性能をロックアウトできる「病気」と、その防御をどうするか、という点が攻防の鍵か。そば仕えにするとデッキ圧縮した上に追加勝利点ボーナスも大きいため、例えば初期所有のコレットの処理などが重要だ。とにかく、ゲームの流れは専属メイドの能力でがらっと変わるので、そうしたドラスティックな展開が楽しめるのは売りだろう。

Trash = 解雇、という操作が無い、という点が、ゲーム作者のある種のポリシーを体現しているのだろうと思った。


Playdek, Inc.
たんとくおーれ

Panasonic 全自動洗濯機 7.0kg NA-FS70H6 購入した

洗濯機を買った。
別に今まで使っていたものが壊れたわけではないが、いろいろ調べて考えている内に買い換えがベストと判断した。

これまで使用していたのは、三洋の4.2kgの全自動洗濯機。大学生の時に下宿のために親に買ってもらった機種であるので、20年前の製品だ。私が4年使い、結婚してからは(主に)妻が16年使った。一度も故障することなく動き続けた点には素直に敬意を表したい。

買い換えを必要とする理由は下記となる。

・4.2kgというのが我が家の洗濯量(家庭:夫婦二人(+猫)+仕事場)に対して、やや小さい。そのため洗濯回数が増え、手間と時間を浪費しているのではないかと、(今更ながら)思い当たった。
・単身用のシンプル設計なので、予約機能が無い。夜に妻が仕込み、私が早起きしてスイッチを入れているが、うっかり入れ忘れることもあり、すると2回戦が遅れてしまう。
・経年数を考えればいつ壊れてもおかしくない。もし突然壊れると、代替品を購入するにも選定や購入に数日は要し、その間の洗濯物が溜まり続けてしまう。
・経年数を考えれば絶縁劣化などによる発火等の恐れも想定される。

選定に際しては、希望順に
・容量は大きめ(できれば現状の倍ほど)
・予約機能あり(時間単位で指定できること)
・洗浄力がある
・節水型

と言った点を考慮してPanasonicのNA-FS70H6(2013型7.0kg)に決定した。我が家は旧公団系の設計のため、洗濯パンのサイズはMAXサイズで、その点は問題なし。

最初は上記機種の先代を型落ち処分か展示処分で安く買おうとあちこち見て回るつもりだったが、ネットで見る限りは、結構人気だったためあまり在庫が残ってなさそうで、1日つぶすよりはと、新型に決めた。

さて、購入して2週間弱使用した感想である。

とにもかくにも、20年という年月になされた技術の進歩に驚愕した。
そもそも、標準洗濯において
衣類重量 4.2kg → 7.0kg
使用水量 120L → 95L
消費電力 315W → 250W
時間 37分 → 40分
と、スペック上でこれだけの違いがある。ほぼ倍の違いである。

さらに新型を実際に使ってみた印象として、
・たっぷり7kgにして良かった。これまで常時洗濯かご3つに溜まっていた洗濯物が、毎日1回の洗濯でみるみる減って、とうとう2週を待たず消滅した。もうこれからはかご1つでOKだろう。
・モータ音がほぼ無音。洗いではほぼ水音のみ、脱水でやや回転音がする程度。別室に居ると稼働に気づかない。深夜早朝でも隣家に気兼ねなく洗濯できる。逆にアラームは大音量で気が利いている。
・同じ洗剤を使っても、洗剤使用量が減り、汚れ落ちは飛躍的向上(旧型はなかなか落ちないので規定より多めに入れていた)。
・標準装備の風呂水ポンプが便利。ホースを伸ばして風呂桶に入れておくだけで、自動で洗いとすすぎの1回目までを残り湯でまかなう。水道代の請求が楽しみだ。
・糸くずフィルタがすごく掃除しやすく、しかも毎回驚くほどゴミを捕る。
・簡易乾燥機能は使ったことがないので分からない。

まあ、比較元が20年前の機種では感激して当たり前だろう。ここ数年のトレンド上でどうか、とうい点は分からないが、少なくとも不満はない。

もっと早くに買い換えておけば、とそれが残念である。
たしかに古い物を大事に使い続けることも必要な事ではある。が、俯瞰してメリットデメリットをきちんと秤に掛けるべきだったろう。ランニングコスト、環境負荷、人的リソースのこれだけのメリットを考えれば、古い洗濯機の廃棄と購入資金を補って余りある。
今後は肝に銘じることにしよう。



Panasonic
全自動洗濯機 7.0kg NA-FS70H6

ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観/D・エヴェレット/屋代通子

時間がないのでメモだけ。

大変すばらしい本だった。今年読んだ本の中では屈指。

内容は一言で言うと、人類学に新たな地平を切り開く知見の宝庫だろうか。
若きキリスト系伝道師だった著者は、篤き使命を胸にアマゾン奥地の少数部族の集落にやってきた。30数年前の話である。ピダハンと呼ばれるかの部族は、きわめて特殊な言語を話し、かつ周囲の部族ともほとんど交流がないためその詳細は謎に包まれていた。各地の少数部族への長き伝道活動の歴史においても、何代にもわたって200年以上もの間、伝道師たちの青雲の志を挫き続け、彼らを失意のどん底へ叩き込んできていたという、曰くのある部族であった。攻撃を受けるとか交流を拒否されるとかいう訳ではない。伝道師個人は友好的に受け入れられるものの、伝道自体の受け入れは頑なに固辞されるのだった。
著者の所属する教会会派では、伝道において説教や対人コミュニケーションを重視しない特徴があった。すべての真実は聖書に書かれている。よって、聖書を読め、というのが彼らのスタンスのようである。従って、著者のなすべき仕事とは、文字通りゼロからピダハンの言語を習得し、しかる後に、聖書の内容を一字一句誤ることなくピダハン語に翻訳し、それを読み聞かせ、広く人口に膾炙するをもって伝道となし、彼らと共に福音の門をくぐることであった。
まずこれが難渋を極めた。既知の言語とピダハン語を共に操れる者は皆無である。よって発音をただ真似る、という一からのスタート(前任者達がわずかに残した単語メモがあった)となるうえに、世界でも最も音素の少ない言語であるピダハン語は聞き取りも難しい。ましてや文法や慣用句の理解などは雲をつかむが如しである。
しかし著者はそれをやり遂げる。ピダハンの村に飛び込み、受け入れられ、共に暮らしながら言葉を学び、しばしば籍を置いている大学に戻って平行して言語学を修めながら、著者はそれをやり遂げた。そして、著者の関心は、伝道よりも言語学やピダハンの社会そのものへ傾いていったようである。
長年を経て、ようやくにひとまずの言語の習得を確信した著者はいよいよ伝道を開始する。たき火を囲んだ広場での夜語りでイエスの話をし、ピダハン語で吹き込んだ聖書のテープを流し、立派なビデオ教材さえ作った。しかし彼らはやんわりと、時にはきっぱりと話を拒否し、あまつさえビデオ鑑賞後には大爆笑が起こったという。彼らはこれっぽっちもキリストの話を信じようとはしなかった。
そして、ここからが真骨頂なのだが、ピダハンの村に暮らし、彼らと友人として接し、その社会をつぶさに見て感じた著者は、ピダハンの生き方を理解し、そして尊敬し、自らの信仰に見過ごせない亀裂が入ったことを知る。そして日々打ち込まれていく理性という名のくさび。
ピダハンは幸福な社会を築いていた。
彼らは彼らの欲する物を知り、そしてそれを得ていた。キリストは、地獄のような苦難の現世から幸福に満ちた天国へ導く者だ。だが、すでに幸せな者に、それが必要だろうか。著者の周囲の者達のように、ピダハンの幸福は本当の幸福ではないと盲信するには、著者には知性がありすぎた。
著者は、決心し、自身の信仰を捨てる。共に伝道の道に心血を注いできた妻と決別することとなってでも、彼は自身の目で見て心で感じ頭で考えた結論から目を背けることができなかったのだ。

このように本書は、ミイラ取りがミイラになる程のことを通じて得られる経験こそが、言語社会学的に極めて重要な知見をもたらしうる、と言う事を、著者の30年にわたるフィールドワークの活き活きとした描写と共にまとめ上げた労作である。もちろんその魅力の大半は、文明諸国の平均的な感性には奇異に映るピダハンという部族社会の詳述であるが、上記に書いたような著者の逡巡や、アマゾンのジャングルに暮らすという冒険譚風味の章も実に面白い。

紙幅と筆力からピダハンの特異性をまとめるのは難しいが、主だったところを箇条書きにしてみよう。

・原始的な狩猟採集生活を行う。核家族を基本として川のそばに集落を作り、川と共に生きる。主食は魚と獣、そしてイモ。ピダハン以外の者とはあまり交流しない。
・思想の根底にあるのは、直接経験主義。自分が直接経験したことでないと信じない。信頼している友人が直接経験したことは信じる。著者は伝道の際にしばしばこう訊かれた「で、おまえはそのイエスに会ったことがあるのか?」
・その帰結として、抽象概念が発達しない。目の前の2匹の魚を表す言葉はあっても、「2」という概念がない。もちろん算術という概念もなく、誰も四則算をできない。言語上も、抽象的な思考を必要とする関係節や再帰的な構造は存在しない(例:「昨日俺がのっていたカヌーを持ってこい」という言い方は存在しない。「昨日乗っていたカヌー」という抽象的な仮定が無いためだ。この台詞をピダハン語の構造で表現するなら「カヌーを持ってこい。昨日俺はカヌーに乗った。同じカヌーだ」となる)。これは言語における再帰構造を知性の源泉とし、生得的な「普遍文法」を説いたチョムスキーの理論に真っ向反するケースとなり興味深い。
・直接経験の原則から、自身の祖父母ぐらいまでの伝承しか存在しない。民族に不可欠とされていた創世神話が存在しない。と言うかそれ以前に、そもそも宗教さえ存在しない。(ジャングルに存在する不可思議な現象の経験などを射影するアニミズムのような「精霊」という概念はある。精霊は抽象概念でなく実体験である。なぜなら例えば幻覚とは直接自身が経験した事象であり紛れもない現実だからだ)。
・原始社会には存在するとされてきた、リーダー「族長」が存在しない。法律も存在しない。社会規範も存在しない。そもそもピダハンは個人主義的であって、他人の行動に口出ししない。口出しされるのも嫌う。基本的に専制もそのための暴力も存在しない。子供のしつけもない。というか、子供という概念がない。乳離れしたピダハンは小さな大人として扱われる。何かを強制されることはない代わり、親の干渉による庇護も失う(もちろんその後も親と一緒に暮らし親愛のこもった密な交流は続く。例えば、3,4歳の子供が刃物で遊んでいても周囲の大人は誰も注意しない。むしろ注意して刃物を取り上げた著者を責める。過干渉だし、ケガしたならしたで折角刃物について学ぶ機会を取り上げた、と言って)。
・仲間意識が強く、弱者には優しいが、その弱者や優しさ、の基準がジャングルの厳しさを反映している。働けるくせに甘えるような者には厳しいし、もはや死を待つだけの病人を看病しようとする者は居ない。
・ピダハンとしての集団の帰属意識は祖にして強固な仲間意識と村八分のシステムが担っているようだ。悪人は追放されることもある。
・一夫一婦の核家族が基本で、婚姻の儀礼はない。乱交は禁忌とされておらず、一緒に暮らしたくなった男女が一緒に暮らし始めれば結婚と見なされ、どちらかが出て行って別の相手と暮らし始めれば離婚と見なされる。
・自分たちの生活の形、に沿う物でないと一切受け入れない。例えば、ピダハンはカヌーで漁をするが、彼らのカヌー製造技術は極めてつたないので、皆こぞって近隣の部族が作った上質のカヌーをほしがる。かといって、誰も、自分が学んでそのカヌー技術を学ぼうとか、大々的にカヌーを交易しようなどとは考えない。良いカヌーがなければ、別に自分で作ったつたないカヌーを使うだけだ、と考える。ピダハンは弓矢で魚を獲る。著者がいくら釣りの利便性を実演して釣り竿を勧めても、誰一人釣りをしなかった。著者の持ち込んだ薬やマッチは大人気で、皆いつも欲しがる。しかし快適さを求めているだけではない。例えば、母親が産後死んだ病気の乳飲み子を救おうと投薬を続ける著者をピダハンは諫めた。その子はもう助からない、苦しみを長引かせるだけだと言って、とうとう著者が目を離した隙に毒物で安楽死させてしまった。ピダハンには頑としたピダハンの基準があり、それに合致しないものは一切受け入れない。
・ジャングルの暮らしは厳しい。平均寿命は35歳ぐらい。マラリアがはびこり死亡率も高い。それでも、文字も法もなくとも、平等に幸福に暮らす穏やかな日々。
・世界的にも、少数部族は散逸し、少数言語は失われつつある。ピダハンの環境が安泰というわけではないが、それでも上記のような彼らの特質は、外界からの浸食を強固にはねのけ、独自の社会性を保っている。

面白いところを書こうと思っても面白いところばかりなのでとても書ききれないが、とにかく、人類学や言語学の常識に反するような特殊で、極めて興味深い民族なのである。
特に感銘を受けたのが、以前「ちょっと江戸まで」のエントリで述べたような、変革と社会の幸福についての関係性が浮彫になったかのような実例としての著述で、まさに鳥肌が立つ思いだった。
人類が作りうる社会システムは、もっと柔軟性がある。我々は我々が考えもしなかった形態の社会で暮らすことができる可能性がある。しかも幸福に。

そして、言語というものの成立と理解には文化が必須である、という観測である。

すばらしい知見を得たという幸福で胸をいっぱいにできる本である。


D・エヴェレット/屋代通子
ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観