読んだり観たり聴いたりしたもの -47ページ目

教科書に載ってないUSA語録/町山智浩

メモだけ。

いわゆる、流行語大賞のように一時期一世を風靡して、その時期その地域の人たちには広く膾炙しても、他の人たちにはまったく知られず、辞書にも載っていない、という言葉達がある。生きている言葉だろう。
アメリカ在住の著者が、そうした日常を飛び交う言葉をいくつも集め、1ワード(orセンテンス)を4ページ程度の短文で解説したもの。週刊誌の人気コラムの書籍化らしい。

どういった言葉がどのように使われているのか、という事から、アメリカの世相が非常に得心できる。大変面白かった。

難を挙げるなら、基本的には時事ワードなので、数年も経つと言葉自体の価値は無に帰すだろうという点。ただ、どうしてその言葉が流行ったか、という背景はそれほど変わらないと思うので、そこを中心に楽しむべばよいだろう。間違っても、英語の勉強になると思って読んではいけない。そういえば、数カ所、原語が書いてないところがあり残念だった。

本書のトピックの時節は、オバマケア、ペイリン旋風あたりか。映画やスポーツなどの芸能系は疎いのでよく分からない。


町山智浩
教科書に載ってないUSA語録

WiiU/Wii Fit U/任天堂

よくよく考えてみると、FitU自体のエントリは書いてなかった。

メッセージボードでも書いているように、最近、ちょくちょくFitUで遊んでいる。
大体週一30分ペースである。
我が家のメインフィットゲームがFit in 6になる前は、WiiFitがメインとして、300時間以上のプレイをしていた。その後切り替わってからは、ぱったりと遊ばなくなったのだが、最近また復活したというわけだ。フィットゲームもいろいろあると新鮮だし、なによりWiiFit自体やっぱり面白いからである。

セーブデータ自体は、初代WiiFitから、WiiFitPlus、WiiFitUと順々引き継いでいる。上記のように途中、年単位の中断がありはするのだが、先日、画面に、開始365週目、と表示されて感慨深かった。つまりちょうど7年である。初代の登場は2007年12月だったと思うので、そういう計算になる訳だ。早いものである。

WiiFitシリーズを通してもっとも思い出深いのは、やはりジョギングか。妻と一緒に、しょっちゅうウーフーアイランドを走ったなあ。坂を登ったなあと懐かしく思い出す。FitUになってからは走ってないので、一度くらいはHDの景観を眺めに行くかな。

とりあえず、スカイハイジャンプで1km越えが現在の目標。あと、やっぱりダンスは楽しいのでこの辺りを中心にプレイしたい。ヨガと筋トレは他のフィットゲームでやっているので特にWiiFitでプレイしなくても、という感じか。

二人でプレイしていると、ユーザの切替が至極面倒ではあるが、まあ切り替えられるだけまし、と言う事か。Wiiスポリゾートみたいに、各種目メニューで切り替えられると良いのだが、まあ、コケた後の今更に大規模更新は期待薄だろう。
amibo連動は何かやってきそうな気もするが…?

任天堂
Wii Fit U

WiiU/レゴ ムービー ザ・ゲーム/ワーナーエンターテインメント・ジャパン

先日、100%クリア達成した。プレイ22時間。

そこそこ遊べたのかな?等と思ってはいけない。上記プレイ時間の大半は、インターフェイス不備による無益な探索&長ロードが占めている。

エントリでもすでに、今ひとつかな、という評だったが、やり込んでみてさらに評価を下げた印象。
とにかく、できのよくない作業ゲー、といった内容。どうしてもプレイしたいという映画ファンレゴファンなら、つるっとストーリーを追うだけにしておいた方が無難だろう。決して、レゴシティが楽しかったから、という理由でこれを買ってはいけない。

まず、ともかくバグのたぐいが目立つ。22時間中フリーズ1回、オブジェクトにはまり込んで移動不可になる事数回。その他ゲーム進行に影響軽微な表示系バグ(ブロックが浮いたまま、エフェクトが残ったままetc)は数知れず。あーはいはい、デバグ時間が無かったんですね、という事だろう。映画のゲーム化で、発売時期も決まっているなら、当然そういうことになるだろう。バグも取れてないぐらいなので、当然内容も練り込み不足。アクションの感覚も、ギミックの挙動も、心地よい、というレベルからはほど遠いものであった。

同様に、レベルデザインも酷い。というより、そもそも設計がおかしいだろう。

このゲームは様々な能力を持った仲間を集めながら冒険するアクションゲームである。そうした複数の異能キャラを切り替えて操作し、フィールドギミックをクリアしながら、脱出・アイテム取得などの条件達成でステージクリアとなる。3Dワールドマップであるポータルに各アクションステージへの入り口が配置され、4つのポータルに数個ずつ、計15ステージのアクションをこなす事になる(+プロローグとおまけステージ)。初回はストーリー進展に伴ってムービーを挟みつつ、順次ステージを連戦し、一度クリアしたステージはポータルにある入り口から再プレイ可能。再プレイ時には、初回ストーリーと同様の台詞を入れながら、ストーリーのキャラで攻略するストーリーモードと、自由にキャラを選択できるフリープレイモードがある。

と、ここまでは普通だろう。
ステージのアクションギミックには、例えば、高い場所へどうやって登るか?というようなモノがあるわけだ。このゲームでは女性キャラはジャンプ力が強いという設定なので、女性キャラに切替えてジャンプポイントから飛び上がってハシゴを下ろす。すると他のキャラでもそこへ上れるようになる。宇宙飛行士に切り替え、ハシゴを登った先にあるコンピュータをハッキングする。すると閉じていた扉が開いてさらに上に進めるようになる、と言うような繰り返しで進んでいくわけである。ところが、ここへ「空を飛べるスーパーマン」がフリープレイでは使用可能となる訳だ。すると、こうしたギミックを全部すっ飛ばして、最上部の目的地までひとっ飛びできてしまう。すなわちこれまで楽しいギミックだと思っていたものが、単なる邪魔な作業に堕するのである。このような、折角の能力をスポイルするような上位能力は明らかに設計不良だろう。
しかも、さらに酷いことには、アクション的にはひとっ飛びしてパスできるにもかかわらず、それでも途中の要所ギミックだけは作動させておかないとシーンが進展しない、という仕様なのだ。つまり、スーパーマンで最上階まで一気に上がっても、そこで現れるはずの敵ボスが現れない。ボスを出現させてシーンを進めるには、途中のコンピュータハッキングを行っておかなければならない、というような縛りがあるのである。こうしたキーとなるギミックは一部でやらなくても良いギミックもたくさんあるため、攻略順を無視してあれこれつまみ食いのようにやってると、そのうち、シーンを進めるために必要なギミックがどれか、やり残しがどれか分からなくなってくる。しかも、正規の順番で行っていないので、ギミックも見落としやすい。ストーリーモードのように台詞でヒントが出るわけでも無い。こうしてフリープレイでは、あれ、しばしば今何をしてるんだっけ?とハマって時間を無駄にすることが多かった。
このゲームではこうした固有能力を定食のように組み合わせたキャラが100種類規模で出てくるので、好みのキャラを選んで使えるのだが、上記のような理由で、ハイジャンプができて、空が飛べて、グラップルが使えて、投擲武器、というよく使う能力をあつめたワンダー・ウーマンをとりあえず使っておけばOK、という事になってしまう。

次に、赤ブロックのチートがインフレ過ぎ。特にスタッド倍率。
このゲームでは、切り替えて使用したいキャラは、まずストーリーで接触してアンロックしてから、ポータルでスタッドを消費して購入、という流れである。スタッドは辺りに落ちているモノを拾ったり、レゴオブジェクトを破壊したりして入手する。当初は、1ステージクリアで数万スタッドていどの稼ぎで、高価なキャラで数十万、という相場である。が、赤ブロックを取得すると、エクストラモードでチート能力を音にできる。これはレゴシティでも便利だった機能である。そこにあるスタッド×2、×4、×6、×8、×10、のチートを全部オンにすると、取得スタッド価値が3840倍となる。つまり1ステージクリアで数億の稼ぎとなる訳だ。もちろん、全キャラ購入してもおつりがくる。
このシステム自体は別に問題ないと思うが、要は、ポータルが狭くて赤ブロックがあっという間に揃ってしまう点が問題なのだ。レゴシティの時には赤ブロックの収集には難度の高いアクションや探索が必要で、かなり苦労してかけずり回った記憶がある。一方、こちらでは、クリア後、1,2時間もプレイすれば赤ブロックの大半が揃ってしまう。揃ってしまえば、あとは作業となる。

このように、設計とレベルデザインが崩壊しているので、遊んでいてもあんまり楽しくないのだ。折角、ストーリーや台詞は面白く、音楽はサイコーで、世界観もグラフィックスも素晴らしいのに、肝心の所がダメという悲しい作品となっている。

これは口直しが必要である。映画のゲーム化というような枷を外したところで、じっくりとレゴシティ2を開発して欲しいと切に願う。その先行投資という意味でなら、本作分の費用は喜んで出そう。

ワーナーエンターテインメント・ジャパン
レゴ ムービー ザ・ゲーム

先週読んだ漫画 14/11/23-11/29

●ケロロ軍曹 18巻/吉崎観音

久々に続き読む。初っぱな桃華で満足。ただ、回想も良いけど、現在進行形のオカルト部の話をもっと描いて欲しいなあ。アリサも小出しか。夏美の修学旅行の話が意外と良かった。ただ、どうして清水寺を最後にすべきなのかが分からなかった。これって常識?


●オトメン(乙男) 7-8巻/菅野文

こちらもしばらくぶり。最近妻がまとめて読んで、続刊購入したので、自分も集中して読んで妻に追いついた。というか、しばらくぶりすぎて内容さっぱり忘れていたのでやむなく1巻からざっと読み直し。以前も思ったが、パンクバンドの話は、DMCと被りまくりでイマイチかな。目を惹くようなイベントより、本命のラブをほんわりと描いた方が良いと思う。都塚の爺さんの話は良かったな。次巻も期待。


●あの日からのマンガ/しりあがり寿

以前話題になったこともあって、図書館の書架にあったのを何気なく借りた。数年前まで朝日の夕刊も取っていたので、地球防衛家のヒトビトは読んでいた。大して面白くないので別に好きでは無かったが。その後夕刊切ったので、今回、ああ、久しぶりに見たな、という印象がまずあった。
本作については、「たとえ間違っているとしても今描こう」と著者が語っていたのを覚えているが、こうして数年後に読んでみると、間違っていたね、としか掛ける言葉が見つからない。実際の所は、勢いだけの底の浅い表現を無駄に生み出しただけだな、という残念感で一杯になる。
一言で言うと、つまらない。往時の特殊な社会環境にあぶられて上気したような精神状態でもない限り、読み進めるのが苦痛なほどつまらない。
表現は感性だと言うが、感性を生み出すのは知性であって、只の脊髄反射では無い。即興で素晴らしい表現をなしえようと思うなら、その表現にまつわる膨大な知性のストックが必要となるのだ。


その日東京駅五時二十五分発/西川美和

作家であり映画監督でもある著者が、祖父の戦争体験メモを元に創作した、ある少年兵の敗戦の日の物語。
模型飛行機を作るのが大好きな主人公の少年は、乙種で徴兵され、陸軍情報部で通信兵として電信や暗号解読の訓練をみっちり3ヶ月行っているさなかに8月15日を迎える。
部隊は解散。機密保持のため一切を焼却せよとの命に、各自の徽章すら隠滅した後、路銀を配給された主人公は同隊の友人と共に、郷里の広島へ向かう。新型爆弾で壊滅したとの噂に現実感を得られないまま。そうして東京駅五時二十五分、汽車は東海道へ発つ。
つづら折りのように回想を織り込みながら、淡々とした文体で綴る、淡々とした主人公の心情が、どこかに常に明るさを持っているような、そんな一風変わった戦争文学だった。
それは滅びの明るさだけでは無い。新生の明るさでもある。惨めったらしく過去にしがみつくのではなく、負けた負けたとすっぱり切り捨て、次の一歩を踏み出せる若さ。この若さは年齢だけのものではないだろう。
素晴らしい文体にぐいぐいと引き込まれる。青春文学とも言える読後感。


西川美和
その日東京駅五時二十五分発

世にも奇妙な人体実験の歴史/T・ノートン/赤根洋子

時間が無いのでメモだけ。

以前読んだ、「人間はどこまで耐えられるのか」とよく似ていて大変面白い本だった。

他のエントリでも何度も書いているように、人間の体や健康に関する研究は難しい。実際に実験をして確かめる、という事が難しいからだ。そして、科学的真実とは、実験による実証を経て初めて仮説から事実へ昇格する。すなわち、いくら倫理その他の社会規範が妨害しようとも、研究者は実験を渇望するし、そしてまた、人体や健康に関する研究とは、必ず人体実験を経て積み上がってきた尊い知見であるということなのだ。

この本に出てくる人体実験は主に3パターンに分かれる。
1.医師・科学者(主に中世~近代の)による、患者を用いた実験的治療
2.医師・科学者(主に近代の)による、患者や自分自身を使った研究的実験
3.科学者による、自分自身を使った、もしくは自身の危険を顧みない研究的実験

中世では、スラムの貧民や囚人には人権は無く、医師たちは実験材料を只同然でいくらでも集めることができた。往時、医学とは知識では無く技術だった。現代の感覚では、ほとんどでたらめに近いような知識を元に、治療法を編み出し、掻き集めた患者で実験を行う。効果が無いのはまだ良い方で、患者達は悪化したりバタバタと死んだりしていった。奇跡的に見つかった画期的治療法も、当時の医学界の重鎮に一笑に付され、発見者は干されて、折角の知識がその後何十年も日の目を見ない、という事も多かった。
中世では医者はむしろ職人であった。つまり、暴れる患者をがっしりと押さえ込みながら如何に素早く手足をノコギリで切断できるか、という点が重要であった。麻酔はまだ無かった。麻酔の開発も人体実験の歴史である。細君で実験を行った華岡清州の話もちらと出てくる。
麻酔が無いので、切断スピードがまさに患者の命運を分ける。医師は皆この技量をマスターする必要があった。つまり、地道な練習が必要なのである。もちろん、実地は最高の練習であるが、問題点も多い。まずは死体を切り刻んで練習するのがスジだろう。当時の貧民スラム衛生環境では人はコロコロと死んだが、それでも練習に切り刻む量を賄うことはできず、往時の英国では死体泥棒が横行したらしい。死体掘も多く、墓地の棺はあらかた空になったそうだ。それどころか、病死した患者をこっそり棺から抜き取って、重石を入れた空の棺を返す医者も多かったという。

寄生虫も伝染病も、発症の仕組みが分からなければ防ぎようが無い。空気感染か、接触感染か、それとも性行為か。
病気を知るにはまず自分が病気にならねばと、患者の糞尿を塗りたくったシーツにくるまって眠り、痰をすすり、患者の血液を注射し、あまつさえ患者と性行為に及ぼうとさえした。そして発症すると小躍りするのだ。究学的好奇心と人道精神の並々ならぬ迫力に圧倒される。しかし、これから研究しようという病気である。もちろん治療法などは分かっていない。研究者達は望み通りの病気で文字通り体をボロボロにしながら研究を行った。寿命を縮めた者も多かったし、そのままその病気で死亡する研究者も多かった。だがそれでも決して無益な行為では無い。彼らの残した研究データにより、どんな行為では感染しなかったのか、どんな行為で感染したかが、少しずつ明らかになっていったからだ。
現代の素晴らしい医学的知識とその成果は、すべて彼らの情熱の直系の子孫なのである。そして忘れてはならないのは、医学研究のためには、「今後も」、方法はともかくとして必ず人体実験が必要である、と言う事である。例えば、現代では「治験」という名の人体実験が行われており、治験での重大事故の例もいくつか紹介されている。

そのほか、戦時中のガスマスク開発の実験、深海潜水にまつわる潜水病の研究、高高度飛行に際する低気圧と低温、高Gの研究などなど、現代のスタンダードという方法や知識を確立するために、どれだけの情熱を持って人体実験(主に自己の体で行う)が行われたかをいろいろと紹介していて実に興味深い。

やや斜に構えてひねくった文体は、好みによっては読みにくいかも知れないが、私は好きである。


T・ノートン/赤根洋子
世にも奇妙な人体実験の歴史

先週読んだ漫画 14/11/09-11/22

今回もサボったので2週分まとめて。

●パタリロ! 41巻/魔夜峰央

短編5本。内容的には、普通かな。時代を考えれば仕方ないのかも知れないが、パタリロでは同性愛描写は多いものの、あくまで異端として描かれているなあ、と改めて認識した。


●フロイト1/2/川原泉

妻は読んだことがあると言うが、自分は読み逃したみたいだったので、借りて読んだ。デビュー作のたじろぎの因数分解を含む、初期の作品をまとめたもの。さすがに発展途上のタッチなどは見られるものの、初期からすでに川原泉としての確固たる世界を築いていて素晴らしい。表題のフロイト1/2に至っては既に円熟の味わいだ。この話にはゲーム制作会社の話が出てきて、著者のゲーム好きが偲ばれる。ただしファミコンだ。最近でもゲームしてるのかな。最近読んでないし、また「がある」シリーズでも追いかけようか。


●ナルト 56-57巻/岸本斉史

忍界大戦大詰め。いのしかちょうvsアスマ、ダルイvs金角銀角。穢土転生による死者との再会、そして強制戦闘。非常に辛い展開の中、それでも戦わねばならない忍びの宿命。チョウジのようにそれを糧にできる者がいるのが救い。そして57巻ではようようナルト登場。雷影との回想を挟んだ丁々発止。次巻いよいよナルト戦場降臨か。対するは転生ペインの気配。本作はちょうど連載も完結とのことで、残るはあと15,6巻かな?


●泣き虫チエ子さん/益田ミリ

妻が職場で拾ってきた。これまで著者の作品はスーちゃん系をパラパラ読んだことがあるだけだったのだが、それらで主に描かれているように、おひとりさま、結婚しない女、といったテーマの作家だと思っていたので、この作品が一転夫婦物だったのに驚いた。11年連れ添った子無し夫婦の何気ない平凡な日常からすくい取った、互いを思い合うささやかな生活の愛おしさを4ページずつのショートストーリーに織り込んだ作品である。
夫婦二人暮らし(+猫もいるが)の結婚17年、自営共働きという本作の設定とよく似た条件を満たしているからか、なんだこれは我が家のことかというようなエピソードも多く、夫婦のあり方としてもよく似てるなあと共感する部分を多々拾えた。特に妻は余計にそう感じた様子。我が家でも最近しりとりがブームだったので、しりとりの話を読んだときは笑ってしまった。子供がいる夫婦の機微は正直分からないが、仲の良い夫婦二人暮らしなら、結構本作のような感じのパターンも多いのだろうと思う。しかしもちろん夫婦のありようなど百人百様だろうし、本作を読んで、ファンタジーと断ずるしか無いという感想を持つ人もいるだろう。実際、作者の他の著作からの想像では、この作品が、著者の経験の昇華ではなく、完全に著者の空想の産物であるという意味でファンタジーである可能性も多分にあるだろう。しかし、例えファンタジーであったとしても、きれい事、とか、理想論、とか、子供の想像などと切り捨てるのは早計だ。近年、配偶者をレポートする形式の漫画が隆盛である。もちろんリアルなエピソードの持つ力というものもあるだろう。しかし、空想にしか、いや敢えてもっと強く言えば、妄想にしか捉えられないイデア、というものもあるのではないか。その意味で、本作には実録物に負けない力があると言えるし、作品としての価値もそこに集中するだろう。
続刊有るようなので機会があれば読みたい。


●青い花 1-3巻/志村貴子

これも職場で拾ってきた本。作者も初。平たく言えば女子校を舞台とした百合物である。が、そんなワードだけでは捉えきれない普遍性がある。それは、この作品において女の子が女の子を好きになるのは、偶然ではないからだ。人は人に恋い焦がれ求める。特に若者にとっては恋はその精神活動の大部を占める。彼女たちの身の回りにいて、自分に手をさしのべてくれる人、自分の伸ばした手の先に触れる人が女の子であるのは、単に、そこが女子校だから、というに過ぎない。人思う気持ちに男も女も無い。ただ、その表現方法が、時に、社会によって時代によって幾分かの性による定型を暗黙の内に期待されるだけである。あきらとふみを主軸に、複数人の女の子達の間に複雑に張り巡らされた想いの糸。恋と友情、その微妙なグラデーション。
落ち着いたタッチとドライな作画、ばっさりと省略された背景で、透明度高く描かれた世界は品がある。展開もストーリーも面白い。難を言えば、人物が皆、ちょっと恋ばっかりの表層的で人間的な厚みが無いが、まあ、恋愛漫画なら仕方無いだろう。今のところノーマルのあきらと、あきらを初恋の相手と慕うふみの親友関係が今後どう変わってゆくのか。あきらに異常に干渉するあきらの兄が今後ぐぐっとメインストーリーに絡んでくれば、構造として面白くなってくるだろう。ちなみに個人的に一番気になるのは井汲京子かな。こちらも機会があれば続きを読みたい。

WiiU/レゴ ムービー ザ・ゲーム/ワーナーエンターテインメント・ジャパン

時間が無いのでメモだけ。

昨日、ひとまずストーリー1周クリア。累計約8時間で達成率は24%。

あの楽しかったレゴシティとは違うのだ、と言う事は、ちゃんと理解していたつもりであった。
オープンワールドでは無く、ステージクリアのアクションである。映画ありきのストーリーゲームなのである、と。
しかし、どうしても比べてしまうのは仕方ないだろう。

確かに、面白くないことは無い。
が、夢中でプレイ、と言うほどでも無い。

ゲームの展開ベースとして映画ストーリーを敷衍するために、尺の短いストーリーをハイテンポでこなしていく必要があり、必然的に、せわしない、尻を叩かれているようなせっつかれ感が漂う。
様々なレゴアクションギミックにしても、遊んでいる、という感覚より、遊ばされている、という気配が濃厚で、気持ちがついて行かない時があるのだ。
これでは落ち着いてじっくり遊ぶ、というレゴ本来の楽しみからも乖離が甚だしい。
非常に微妙なポイントである。しかし、そうした些細なディティールが創造物を生かしも殺しもするのである。
よく似てはいるが、別物。
動かしているだけで楽しかったレゴシティと異なり、どれだけ派手なアクションを決めても、画面が賑やかでも、敵のロボを破壊しまくっても、なぜか楽しさが湧いてこない感じだ。

まあ、折角なので要素コンプを目指してみようとは思うので、もう少し遊んでからまとめて感想を書こう。

ワーナーエンターテインメント・ジャパン
レゴ ムービー ザ・ゲーム

SS/スナッチャー/コナミ

10月中旬頃からプレイ開始して、昨日クリア。と言っても、途中、まるっと1週間ほどプレイしてない時期もあり、ぎゅっと詰めれば2週間、約10時間ぐらいのプレイ時間だろうか。短くてほどよいボリュームである。内容も、捜査シーンはやや単調で眠くなるものの、緊迫シーンが連続し、飽きさせない。

古典的ADVの名作として名高い本作は、むろん、88版の登場当初より羨望のまなざしで眺めていたし、MSX2版を友人宅で少し遊ばせて貰ったりもしていた。しかし、まるっと通してプレイしたことは無く、ストーリーの行く末も知らないままだった。今回機会を得て中学以来25年ぶりにプレイできたのは楽しかった。まあ、wikipediaによれば、このサターン版はオリジナルとはかなり(原作監督の小島秀夫がタッチしてないことから、彼が不本意とする)内容の改編があると言うことではあるが。

2042年のネオ・コウベ・シティを舞台に繰り広げられる、サイバーパンク・アドベンチャーである。神戸港を埋め立てて造成された人工島ネオ・コウベ・シティ。多数の移民を受け入れたその島は隔離され、人種のるつぼと化し、また世界有数の犯罪都市となっていた。そのネオコウベを中心として、近年特異な事件が続いてた。それは、周りの知らない間に、ひっそりと人が殺され、人工皮膚を纏ったロボットが被害者にうり二つに偽装した上で入れ替わり、あたかも本人のように振る舞いながら人間社会に浸食していく、という事件である。冬の到来と共にやってくる暗殺者が生み出す、隣人への疑心暗鬼。どんな親しい人であっても、その中身がもはや人間では無いのかも知れないという恐怖。人間社会に忍び寄り、知らぬ間に本人と入れ替わる(スナッチ)ロボット暗殺者達は、やがてスナッチャーと呼ばれた。人々はパニックとなり国家間は連携してスナッチャー問題に対応することを迫られた。日本はネオ・コウベ・シティに対策本部JUNKERを設立。主人公ギリアン・シードは本日付でJUNKERへ配属された新米のランナー(スナッチャー処理班)である。しかし、彼には、3年より前の記憶が無かった。3年前、ギリアンは妻と共に、開発中の細菌兵器の爆発によるバイオハザードで50年前に壊滅したシベリアで保護されたのだった。ギリアンの過去には何があったのか。また、スナッチャー処理という危険な任務は上手くこなせるのだろうか。そのとき、ビデオフォンがけたたましく響いた。同僚のランナーがスナッチャーを追い詰めたという。ギリアンは即座に現場向かった…。
と言うようなストーリー。その後の展開もあまり無理な印象は感じさせず、意外性に富み、かつまとまっていると思う。しかし、この冷戦時代の空気感って、多分、今の若い人だと分からないだろうな、とは思った。

オリジナルには無いが、PCエンジン版以降では、多くのイベントシーンに声優によるボイスを採用し、臨場感あふれる演出を実現している。その声優が、屋良有作や塩沢兼人、納谷悟郎など、安定感がありかつ懐かしい印象である。ただ、レベル調整が今ひとつで、BGMに紛れて台詞が聞き取りにくい箇所がしょっちゅうあった。今時のゲームのように、BGMと台詞をおのおのボリューム調整するオプションなどは無いので聞き取りには難儀した。

小島監督の談話として、映画ブレードランナー等のSF映画に非常に影響を受けたとのことであり、それらにちなんだ小ネタがかなり盛り込まれているらしいが、ブレードランナーはもちろん、映画はあまり見ないのでさっぱり分からなかった。ディックの原作なら読んでいるのだが。
ともかく、映画から吸収した演出を存分に活かした、という印象で、かなり魅せるシーンのオンパレードだった。また、シリアスな内容にもかかわらず、重くなりすぎないよう、かなりベタなギャグや展開を入れてくるのが小島流だと思うが、これも良い塩梅だった。
遺体から元の人物の顔面を再現するメタルギアの分析シーンがもっともドキドキしたかな。

wikiによれば、ゲームの構造としては先発のジーザス(エニックス)の影響をかなり受けているとのことである。言われてなるほどだ。ジーザスはそれこそ20年以上前に88でプレイしているが、内容はさっぱり忘れているものの面白かったという印象は強く残っている。あちらは映画エイリアンの影響が強かったように思う。そしてスナッチャーでADVの腕を磨いた監督は、満を持してポリスノーツを制作するわけである。妻とプレイしたが面白かったな。

当時一世を風靡していたコマンド選択式ADVであるので、基本、総当たり選択でクリアできるわけだが、その分うっかり見逃した際のチェックが厳しいのもオールドテイストだ。序盤の工場跡で中々進ませてもらえず苦労したのと、中盤の病院でのスポットライト選択がやや判定がシビアで厳しい印象だった。また、モグラたたきゲームである射撃シーンは、かなりタイミングがシビアで、特に終盤は若干心が折れかけた。名作ADVについては、内容をすっかり忘れた老年期にまたやり直して遊びたいなと考えるのだが、ここで要求される反射神経は相当鍛錬しておかないと対応できないレベルであろう。

コマンドに関してだが、「見る」と「調べる」が重複している印象を受けたので、これを工夫してまとめると、もっとすっきりしたのでは無いか、と思った。

大変面白いゲームだった。やっぱりたまにはオールドタイプのADVも良いものだ。

コナミ
スナッチャー

PS/ブリガンダイン グランドエディション/イースリースタッフ

もうかなり前の話になるが、5月にWiiUのVCでのFEが終わった時、次のSRPG候補としてリストアップしておいたゲーム。
アーカイブスに入っており、しかもplusのフリープレイ対象なので、無料でプレイ出来るとあってチョイス。
そして6月下旬からプレイ開始し、延々とプレイして、先日ようやく終了となった。
開始時に選択できる6カ国と、難易度3段階を、さすがに全ての組合せとは行かないが、一通りずつ選んで、6周プレイで満喫となった。
累計では多分200時間ぐらいかな。イベントやボイスの収集要素であるリコレクションの完成率は55%。

実に面白いゲームだった。
ターン制ヘクスマップでモンスターユニットを駆使して戦う戦術シミュレーションである。大小6カ国が覇を争う大陸フォルセナ。各地に散らばる拠点約40の奪取に攻防を巡らせ、全土を配下に統一すればクリアとなる(一応は)。

年間を12ヶ月×2節の24節とし、各節毎に編成ターンと攻撃ターンをこの順で行う。各ターンでは全ての国が行動選択を決定後、プレイヤー入力を待って一斉に実行される。攻撃ターンでの侵略順は(多分)ランダムで決定。
戦闘は、ターン制ヘクスマップで移動と攻撃のユニット操作を行う。最大12ターンまでとなり、期限切れは防衛。

この世界では、ルーンの加護により、戦闘力・魔法力、そしてモンスター統治力をもった「騎士」と呼ばれる人間がモンスター部隊を率いて戦う。各人の授かる能力の量「マナ」に応じて、召し抱えられるモンスターの数や、モンスター本来の力を発揮できる騎士からの距離(統魔範囲3~5ヘクス)が決まる。強大なモンスターは消費するマナが多く、弱いモンスターは少ない。強大なドラゴン1匹で行くのか、中堅のリザードマン2匹で行くのか、それとも最弱のグール4匹とするのか、状況に応じてプレイヤーの判断が試される。

戦闘マップ上に存在するユニット数は、自軍敵軍最大各3騎士×モンスター0~6の、最大42ユニット。ZOCがあり、また、遠距離魔法が攻撃のキモとなるので戦線管理が重要となるゲームである。

各ユニットを攻撃し、HPがゼロになれば撃破。騎士の場合は本国首都へ強制送還され数ヶ月の療養を余儀なくされる。そしてモンスターの場合は、その場で消滅する。特徴的なのは、騎士を撃破した際には、その騎士の統制モンスターは、すべて騎士と一緒に撤退扱いになる、と言う事だ。騎士が自ら退却した場合も同様。騎士が自らの判断で退却した場合を除き、撃破による撤退を食らうと、一定確率でモンスターを取り残して行ってしまう。取り残されたモンスターはその戦場を制した側の所属モンスターとなる。また、さらに君主だけは特別で、君主を撃破した際には、配下の騎士やモンスターの状態を問わず、その場で勝敗が決する。

攻撃には、直接遠隔の種別の他、物理攻撃、魔法攻撃の区別と、5種の属性による相性、地形効果、状態異常があり、実に多彩な展開を見せる。
力は強いが命中率は低く魔法にてんで弱い巨人系モンスターや、体力はあまりないが盾による防御可能で水辺で強いリザードマン、成長すると強大な白魔法を駆使するようになるエンジェル、状態異常を受けないゴーレムなど個性も強い。そのほかにも、最弱モンスターでありながら上級にレベルアップしてバンパイアになるとドレイン攻撃で中々倒れにくい強モンスターに早変わりするグール、攻撃後の再移動が可能なヘルハウンド系、強力なブレスで遠隔攻撃のドラゴン系、飛行系に強いワイバーン、地上系に強いグリフォンなどなど。

攻撃や魔法は成功時に経験値を得られ、経験値が溜まるとレベルアップする。撃破時には相手のレベルに応じて大量のボーナス経験値を取得。レベルが上がると、上級職、上級モンスターへ転職可能となる。
12ターン経過、君主撃破、もしくは殲滅・撤退でユニットゼロとなれば戦闘終了。勝利側は一律200expの勝利経験値を得る。
こうして戦闘を繰り返し、騎士やモンスターを育成強化し、大陸の統一を目指す、というのがゲームの概要だ。

このゲームの何が面白いかと考えるに、多分、システムを活かすバランス調整の妙だと思う。

例えば、上級レベルのドラゴン系はかなり強く、弱いモンスターならたった1,2回の攻撃で倒してしまう程。しかし、じゃあ無敵かと言うとそうでもなく、いくら強くても、攻撃時には相手の反撃も食らうわけで、2発でやられるような弱モンスターであっても、5,6体が捨て身で取り囲んで決死のタコ殴りを挑んでくれば、じりじり削られて最強のドラゴンであろうとやられてしまうだろう。ZOC(移動時に敵に隣接したら、そのターンはそれ以上移動できないルール)があるので、囲まれたら逃げることも出来ない。上で書いたように騎士を撃破すれば配下モンスターは全て撤退するので、強力なモンスターをかわして、騎士を集中攻撃するのは基本の作戦だ。
強大な軍を率いて弱小砦に攻め込んだ敵国君主の大編成を相手に、捨て身の突撃で君主を倒し、辛くも防衛した、という展開は、このゲーム中何度も体験するだろう。その達成感たるや格別である。
また、基本的に遠隔攻撃や魔法攻撃は反撃を受けないので、防御力の高いゴーレムなどを盾に、安全地帯から弓矢や魔法でちくちく削るもの基本中の基本だ。
ZOCを用いた戦線管理と敵ユニットの行動制御は基本であるが、さらに、相手ユニットのZOCエリアを全て味方のZOCエリアで覆うと、命中率が大幅に上昇するギミックがあり、これを活用する。平たくいうと、敵ユニットを味方ユニットで隣接して両側から挟み込むと発動。つまり、命中率の低いジャイアントと命中率の高いワイバーンがいて敵を攻撃する際、ジャイアント→ワイバーンという順で攻撃するより、ワイバーンで先に攻撃し、ジャイアントで挟み込んで叩けば強攻撃を高命中率で繰り出せるわけである。逆にこのギミックのため、迂闊に単騎で飛び出すと、敵にぐるっと挟まれて手ひどいダメージを受けること必至である。
魔法攻撃は反撃を受けない上に強力かつ複数の敵をたたける範囲攻撃も可能な場合が多く、非常に強力である。が、その分マジックポイントを消費して使用回数に制限がある。これは回復魔法も同様である。そしてこの回数の設定バランスが中々絶妙だと思うのだ。強大なドラゴンのブレス等も魔法扱いで、レベルに応じて使用回数は1~3回。回数が少ないので、今使うべきか、それとも、もう1ターン待つか、という判断が勝敗を分けることもある。
HPに対する被ダメが割と大きめの調整であると思うので、回復や回避などで、如何に「ダメージを食らわないか」に腐心するゲームだろう。そのため、反撃を食らわない遠隔攻撃隊を如何に効率よく配するかが決め手になる。そして、回復魔法を持ったユニットをどう配して、どのタイミングでどのユニットを回復するのか、というのもカギになる。代表的な回復モンスターであるユニコーンでは、モンスターのHPの半分ぐらい回復を、せいぜい2,3回しか行うことが出来ない。したがって、体力が減ったからと端から回復するようなことは出来ず、お前はまだ1,2回耐えられるから頑張れ、お前は回復したところで攻撃力が無いから後方へ退却していろ、お前は盾となって敵を防いで貰わなければならないので回復しておこう、と取捨選択が悩ましい。またこのため逆に、多少無理をしても突っ込んで相手の回復部隊を真っ先に撃破し、それからじっくり残りを料理するという作戦も基本となる訳である。
騎士には統魔範囲という制限があるものの、それを外れてモンスターを移動させることも出来てしまう。モンスターを先に移動したあと、騎士を移動させたらうっかり範囲外になってしまったというミスはよくある。しかし、例えば、あと一撃で敵を倒せるという時、わざと統魔範囲を外れてでも突っ込ませとどめを刺しておく、という手は有効だ。もちろん、統魔範囲を外れたモンスターは攻撃力防御力とも激減するので、よく考えて行わないと非常に危険ではあるが、こうした自由度の高さも素晴らしいと思う。
難易度もほどよい塩梅だったと思う。イージーなら気ままに遊べるし、ハードでもちょっと慎重に遊べば余裕で撃破できる、という印象。ハードでも、君主が単 騎で突っ込んでタコ殴り即撃破、なんてシーンもあったので、AIがもう少し賢いと良かったかな。これはヤバイぞ厳しいぞと思ったのは、ハードでのラスボスの2 戦ぐらいだろう。
こうした、ユニットシミュレーションとしてしっかりと磨かれたプレイフィールが本作の最大の魅力であったと思う。

緻密な世界観とキャラ設定、そしてストーリー展開も魅力の一つで間違いない。各騎士のステータス画面には、その騎士の詳しい説明とキャラ固有のバストアッ プのグラフィクスが掲載される。そして多くのキャラには、ゲーム中にも、ストーリーを補完するイベントがしばしば発生するのだ。
各地の城や砦に配置された騎士達は、移動や攻撃の他に、クエスト、というコマンドを実行できる。クエストというのは文字通り探索の旅で、数ターンを放浪のクエストイベントに費やすことである。クエストでは多数のパターンからランダムで選択され、能力値が上がったり、武具やアイテムをゲットしたり、時にケガをしたり、何も起こらなかったり、他の騎士を勧誘したりするイベントが発生する。また、特定の騎士には、専用のクエストイベントが用意されており、アニメーションやカットインまで用意されている手の込んだものも多い。特定の騎士を同時にクエストに出す、など発生条件が決まっているものあり、上記でも書いたとおり、6周プレイしてもその収集率は5割程度だった。
クエストの他にも、自然発生するイベントシーンも多くある。君主などの主要キャラに関するメインストーリーのイベントも、進行程度などに応じてアニメやイベント画面で展開され、世界観やキャラ達の個々の想いを綴ってゆく。このイベントも、特定の時期に特定の騎士を同じ拠点に置いておくと発生するなど、隠しイベントに近いようなものもかなりの数があるようである。イベントは全く見なくてもクリアには何ら関係してこないが、地味ながら味わい深いものもあり、結局6周もプレイしたのはこうしたイベントを見たかったため、という部分も多少はあるだろう。

ストーリーも良かった。
大陸の雄であったアルメキアを反乱により瓦解させ、エストレガレス帝国を打ち立て皇帝の座についた覇王ゼメキス。ゼメキスにより父王を殺され王位を追われた若き王子ランスは祖国アルメキア再興を誓う。アルメキアにより北に封じられ苦汁をなめてきたノルガルドは、王位を継いだ傍系のヴェイナードが自らの理想を求めて剣を手に立ち上がる。アルメキアの同盟国であったカーレオンの若き賢王カイは、戦火を避けるべく奔走するが掛かる火の粉は振り払わなくてはならない。同様に争いを嫌う宗教国レオニアで予言により田舎娘から突然王位に就いたリオネッセは、ノルガルドの宣戦布告に決意を固める。争いや狂乱が大好物で、大陸を掛けた壮大なゲームの幕開けに鎌を研ぎつつ舌なめずりするのは狂王と恐れられるイスカリオのドリストであった。
こうした6カ国ががっぷり組み合って争うのだが、結局、絶対的な正義も絶対的な悪も無い。どの国も、自らの信念と野望に従って行動するだけなのだ、と言う事が分かる。戦乱を終わらせるためだ、大陸の安定統一のためだと、理由はいろいろあれど、結局戦火というものが如何に人々を巻き込んでいくか、という事を良く表現していると思う。そうした戦火に舞う蛾のように、翻弄されつつもそれぞれの思惑を胸に、精一杯時代を生き抜こうとする騎士達のドラマが、上記のクエストやイベントシーンなどを通してベースのストーリーを彩るのだ。このとき、ストーリーイベントがシステムにも影響してくるのが面白かった。例えば、希有な経験をした騎士は経験値がもらえたり、イベントストーリーで母の形見を受け取った騎士は実際にアイテムを所持していたり、帰郷してしまったり敵に寝返ったりする場合もあった。

不満点を上げるなら、一部の例外を除き、このゲームでは騎士は死なない、と言う点。戦場で撃破してもケガをして数ヶ月の療養(出撃や移動が出来ない)という扱い。撃破で完全消滅するモンスターとは対照的である。このため、折角育てたモンスターが危機に瀕した際には、寧ろ騎士を突っ込ませてわざと撃破を食らい、モンスター総退却を発生させてロストを防ぐ、という作戦もあり得るのである。ゲームのテーマが、騎士達の命を賭けた戦い、というだけに、この違和感は気になった。もちろん誰も死ななければイベント管理がどれだけ楽になるかは分かっているつもりであるが、やはり戦いの重み、という点ではどうしても気持ちの入りが違ってくるだろう。

また、いくら大量の騎士を抱えても、結局1回の戦闘には3人しか出撃しない、という点も不満だった。もちろん、3vs3のバトルとして調整されたバランス、という重要性は理解しているが、例えば、シミュレーションゲームの内政的な要素として、戦力外として余ってしまった騎士達の活躍の場を設けてあげると良かったと思う。

このゲームでは、召喚したモンスターには、1体1体、固有名詞が付くので面白かった。召還時にランダムで生成されるのだ。例えば、ゴーレムなら、ゴーガッツ、など、ゴー○○、○○レム、といった感じで名前が生成されるわけである。まれに少々妙な語感の名前があったりして愛着がわいて面白い。なお名前は手入力で変更も出来る。モンスターにはパラメータの固有値があり、スジの良い個体を選んで育てる、という楽しみも味わえる。

ちょっとレスポンスがトロいもののメニュー等もよく練られており遊びやすかったと思う。ただ、ターン中の騎士の行動順が、何によって決定されるのかよく分からず、しかもコロコロと変わるのは困った。折角開始時に振られた番号が何の意味も無いので、行動順は開始時に計算して固定とし、その順番で通番を振ってくれるとずいぶんと遊びやすかったろう。我が家では、毎回ノートに行動順をメモリながら遊んでいた。

BGMも独特で良かったと思う。グラフィクスもそこそこである。挿入されるアニメーションも良く出来ているが、キャラ造形の、イラストとの乖離と、ムービー間での乖離がやや気になった。大塚明夫のゼメキスを筆頭にボイスも充実していたと思う。

親しみやすく内容もよく練られた名作と言っても過言では無い。万人にお勧めできるゲームだろう。
続編や新作を期待したいところだが、既に開発母体は消滅しているようなので残念である。


イースリースタッフ
ブリガンダイン グランドエディション