ほこ×たて 2/5放送分/フジテレビ
という事で、ようやく1時間の通常進行を観た。
この日の対決は、写真のような絵を描く画家 vs 本物の写真を見分ける写真技術者。
ゲストも言っていたが、自分も写真と絵画では粒子が全然違うので見分けるのは簡単だろうと思っていたが、実際はそれで判定するのは案外難しいようだった。
ただ、あくまでこれは写真のような絵画であって、写真のコピーではない。だから、写真にしか見えないような技法を用いてそっくりに描いてはいるが、例えば透かして重ねたら完全に一致する、というようなモノではない。
デッサンの段階で既に微妙なズレが出ているし、完成した絵画は、精度良くオリジナルを写しているが、微妙に異なっている事も分かるはずだ。コピーではなく、画家のセンスが出る、という事である。
それは絵画である以上当然であるし、むしろそれがあるから写真でなくて絵画なのである。これもまたゲストも言っていたが、完全に写真と同一なら別にわざわざ描く必要はないのである。全く写真そのものに見えて、微妙に異なる風合いが現れるからこそ、絵画としての作品に価値がある訳である。
だから、いくら寄って見ても、ダメだろう。むしろ、ちょっと引いて、遠くから全体のバランスを見れば良かっただろう。実際、当初から最も絵画的なバランスが出ているな、出来すぎているなと思っていた8番がやっぱり絵画だった。
写真技術者は、写真の事は何でも分かるだろうが、逆に絵の事はあまり知らないのではないだろうか。そこが弱点であり、それ故に敗れたのだと思った。木を見て森を見ずである。
次は、シイタケ嫌い vs 誰でも食べられるシイタケ。
前にも書いたが、嫌いな食品シリーズは無意味なのでやめて欲しい。
勝村とかいう俳優も言っていたが、彼は、シイタケはシイタケ故に嫌いなのである。
シイタケのもっとも美味しい要素が、彼には最悪の要素なのである。
シイタケの短所を改善してもダメなのである。シイタケの長所をスポイルし、もはやキノコかどうかも分からないというような状態にでもしなければ、彼は美味しいとは思わないだろう。そして果たしてそれはシイタケと呼べるものだろうか?そんな対決に意味があるだろうか。
前回のシイタケも、今回のも、非常に美味しいシイタケだろう。
そんな素晴らしいシイタケを一生懸命作った人を落ち込ませるだけの企画はやめるべきだ。
もしどうしても食のほこたてをやりたいのであれば、シイタケ嫌い100人を集め、何人が食べられるようになったかで判定するような感じにすべきだろう。
この日の対決は、写真のような絵を描く画家 vs 本物の写真を見分ける写真技術者。
ゲストも言っていたが、自分も写真と絵画では粒子が全然違うので見分けるのは簡単だろうと思っていたが、実際はそれで判定するのは案外難しいようだった。
ただ、あくまでこれは写真のような絵画であって、写真のコピーではない。だから、写真にしか見えないような技法を用いてそっくりに描いてはいるが、例えば透かして重ねたら完全に一致する、というようなモノではない。
デッサンの段階で既に微妙なズレが出ているし、完成した絵画は、精度良くオリジナルを写しているが、微妙に異なっている事も分かるはずだ。コピーではなく、画家のセンスが出る、という事である。
それは絵画である以上当然であるし、むしろそれがあるから写真でなくて絵画なのである。これもまたゲストも言っていたが、完全に写真と同一なら別にわざわざ描く必要はないのである。全く写真そのものに見えて、微妙に異なる風合いが現れるからこそ、絵画としての作品に価値がある訳である。
だから、いくら寄って見ても、ダメだろう。むしろ、ちょっと引いて、遠くから全体のバランスを見れば良かっただろう。実際、当初から最も絵画的なバランスが出ているな、出来すぎているなと思っていた8番がやっぱり絵画だった。
写真技術者は、写真の事は何でも分かるだろうが、逆に絵の事はあまり知らないのではないだろうか。そこが弱点であり、それ故に敗れたのだと思った。木を見て森を見ずである。
次は、シイタケ嫌い vs 誰でも食べられるシイタケ。
前にも書いたが、嫌いな食品シリーズは無意味なのでやめて欲しい。
勝村とかいう俳優も言っていたが、彼は、シイタケはシイタケ故に嫌いなのである。
シイタケのもっとも美味しい要素が、彼には最悪の要素なのである。
シイタケの短所を改善してもダメなのである。シイタケの長所をスポイルし、もはやキノコかどうかも分からないというような状態にでもしなければ、彼は美味しいとは思わないだろう。そして果たしてそれはシイタケと呼べるものだろうか?そんな対決に意味があるだろうか。
前回のシイタケも、今回のも、非常に美味しいシイタケだろう。
そんな素晴らしいシイタケを一生懸命作った人を落ち込ませるだけの企画はやめるべきだ。
もしどうしても食のほこたてをやりたいのであれば、シイタケ嫌い100人を集め、何人が食べられるようになったかで判定するような感じにすべきだろう。
花より男子 6巻/神尾葉子
道明寺の気持ちとキスを受け入れてしまったつくし。
前に進みたいのか、進みたくないのか、自分でも分からない。
ただ、意識せずにはいられない事は確かだ。
そんな微妙なところへ、なんと類が戻ってきてしまう。しかも、ナンパなキャラとなって。
なんでえ、結局は腰抜けのおぼっちゃんかい、という所だが、それでも類から目が離せないつくし。
皆で出かけた、道明寺所有の離島の別荘でも、一人傷心する類を夜中の浜で抱き寄せ、慰めずにはいられないつくしだった。つくしの揺れる心にうすうす気づく道明寺。そしてとうとう類ともキスを…。
恋は思案の外ですね。次巻三角関係に発展するのか、ドロドロバトルか。男っぷりを上げてきた道明寺の真価が問われる。


神尾葉子 花より男子 6巻
前に進みたいのか、進みたくないのか、自分でも分からない。
ただ、意識せずにはいられない事は確かだ。
そんな微妙なところへ、なんと類が戻ってきてしまう。しかも、ナンパなキャラとなって。
なんでえ、結局は腰抜けのおぼっちゃんかい、という所だが、それでも類から目が離せないつくし。
皆で出かけた、道明寺所有の離島の別荘でも、一人傷心する類を夜中の浜で抱き寄せ、慰めずにはいられないつくしだった。つくしの揺れる心にうすうす気づく道明寺。そしてとうとう類ともキスを…。
恋は思案の外ですね。次巻三角関係に発展するのか、ドロドロバトルか。男っぷりを上げてきた道明寺の真価が問われる。
38億年 生物進化の旅/池田清彦
生物誕生から人類まで、時代を追って生物の進化をザッと辿る生物通史の一般向け書籍。
コンパクトにまとめた一般向け通史はたしかに珍しいかも。
ただし、著者が池田清彦であるので、そもそもマイルドな書籍にはなり得ない。標榜する構造主義生物学的視点の解説が挟まり、ネオダーウイニズムへの糾弾が飛び交う。
もちろん、それはそれで面白くて良いのだが、生物進化のガイド的書籍を求めたシロウトはさぞや面食らうだろう。
また、本文中のべらんめえは、まだ池田らしくて良いのだが、あとがきはやや品が無くてガッカリである。
個人的には構造主義生物学は非常に腑に落ちる仮説だと思っている。
いずれにせよ、生命進化の歴史は、飛躍と絶滅の繰り返しである事がよく分かる。進化について高校程度の基本的知識があれば、読んでいて非常に楽しめる本だろう。

池田清彦
38億年 生物進化の旅
コンパクトにまとめた一般向け通史はたしかに珍しいかも。
ただし、著者が池田清彦であるので、そもそもマイルドな書籍にはなり得ない。標榜する構造主義生物学的視点の解説が挟まり、ネオダーウイニズムへの糾弾が飛び交う。
もちろん、それはそれで面白くて良いのだが、生物進化のガイド的書籍を求めたシロウトはさぞや面食らうだろう。
また、本文中のべらんめえは、まだ池田らしくて良いのだが、あとがきはやや品が無くてガッカリである。
個人的には構造主義生物学は非常に腑に落ちる仮説だと思っている。
いずれにせよ、生命進化の歴史は、飛躍と絶滅の繰り返しである事がよく分かる。進化について高校程度の基本的知識があれば、読んでいて非常に楽しめる本だろう。
ステーキ&ハンバーグ ハッピーコング 玉出店
最近何度か行った店。また行ってきたので書いておく。
もともと10年以上ファミレスのフレンドリーがあった場所が、昨年夏頃か、ふと見ると、このお店に変わっていた。内装工事をしていた様子もないし、看板など外観も文字以外変化なし。中も居抜き状態で、これは開店費を安く上げたなと思ったら、何の事はないフレンドリーの別チェーンで、業態変更(?)という事だった。
売りは、低価格ステーキ&ハンバーグ。全メニューサラダバー付きで、味はそこそこで安く多く食べたいという層向けで、まさに自分にうってつけ。
最安値でかつ定番メニューと思われるコングステーキ150g980円税別は、値段の割に肉も大きく、結構満足感がある。サラダバーと合わせ、量だけは不満に思う事はない。
ただし肉質は価格相応で、筋も多く固め。私のように噛み切りが得意で固い肉が全然苦にならない人は問題ないが、そうでなければハンバーグか高めのもっと柔らかそうな肉にした方が良いだろう。
肉は固めだが、その代わり中はほぼレアで嬉しい。レアが苦手な人は、鉄板に付いている灼けたペレットで焼き直して食べればよいというシステムらしい。
サラダバーは、内容的には、フレンドリー時代と全く同様かと。まあバックのシステムは同じなので当然か。
ただ、これは後でも述べるが、新装開店後の、しかもスタッフも一新された事による初心感みたいなもののためか、料理の状態がきちんとこまめに管理されており、マメに補給されたり、こぼれを拭いたりと、フレンドリー時代の酷い放置感はない。そのため若干上質に見える。
パンの所には日によって米粉ドーナツや豆腐ドーナツがあって、これが割と美味しくて結構食べてしまう。
居抜き店舗の業態変更で、これが同じ店か、と思うほど変わったのが、スタッフの接客。
新規採用か配転かは知らないが、表に見えるスタッフは一新されており、接客サービスの質が凄まじく上昇した。
フレンドリー時代には、お通夜のようにニコリともしないスタッフで、当人は当然それなりに頑張ってはいたろうが、気配りやサービスという言葉からはかなり遠い状態だった。業界でも底辺クラスだったろう。
それが今では、まず笑顔で挨拶、呼ばれたらすぐ返事、テキパキ移動、チームワークと、チラチラ見ているだけで、職場全体としてかなり努力している事が分かる。もちろん一流レストランの接客とまではいかないだろうが、ファミレスにしては100%以上の内容だろう。とりあえず、その店の客層に、また来たいと思わせるに足る内容だ。
スタッフの質の向上は業績向上にも好循環を生むはずなので、ぜひ絶やさないように続けて欲しい。
もともと10年以上ファミレスのフレンドリーがあった場所が、昨年夏頃か、ふと見ると、このお店に変わっていた。内装工事をしていた様子もないし、看板など外観も文字以外変化なし。中も居抜き状態で、これは開店費を安く上げたなと思ったら、何の事はないフレンドリーの別チェーンで、業態変更(?)という事だった。
売りは、低価格ステーキ&ハンバーグ。全メニューサラダバー付きで、味はそこそこで安く多く食べたいという層向けで、まさに自分にうってつけ。
最安値でかつ定番メニューと思われるコングステーキ150g980円税別は、値段の割に肉も大きく、結構満足感がある。サラダバーと合わせ、量だけは不満に思う事はない。
ただし肉質は価格相応で、筋も多く固め。私のように噛み切りが得意で固い肉が全然苦にならない人は問題ないが、そうでなければハンバーグか高めのもっと柔らかそうな肉にした方が良いだろう。
肉は固めだが、その代わり中はほぼレアで嬉しい。レアが苦手な人は、鉄板に付いている灼けたペレットで焼き直して食べればよいというシステムらしい。
サラダバーは、内容的には、フレンドリー時代と全く同様かと。まあバックのシステムは同じなので当然か。
ただ、これは後でも述べるが、新装開店後の、しかもスタッフも一新された事による初心感みたいなもののためか、料理の状態がきちんとこまめに管理されており、マメに補給されたり、こぼれを拭いたりと、フレンドリー時代の酷い放置感はない。そのため若干上質に見える。
パンの所には日によって米粉ドーナツや豆腐ドーナツがあって、これが割と美味しくて結構食べてしまう。
居抜き店舗の業態変更で、これが同じ店か、と思うほど変わったのが、スタッフの接客。
新規採用か配転かは知らないが、表に見えるスタッフは一新されており、接客サービスの質が凄まじく上昇した。
フレンドリー時代には、お通夜のようにニコリともしないスタッフで、当人は当然それなりに頑張ってはいたろうが、気配りやサービスという言葉からはかなり遠い状態だった。業界でも底辺クラスだったろう。
それが今では、まず笑顔で挨拶、呼ばれたらすぐ返事、テキパキ移動、チームワークと、チラチラ見ているだけで、職場全体としてかなり努力している事が分かる。もちろん一流レストランの接客とまではいかないだろうが、ファミレスにしては100%以上の内容だろう。とりあえず、その店の客層に、また来たいと思わせるに足る内容だ。
スタッフの質の向上は業績向上にも好循環を生むはずなので、ぜひ絶やさないように続けて欲しい。
ほこ×たて 12/18放送分/フジテレビ
つづいて積み録画消化。こちらもかなり前の回の放送内容。
ちなみにこれを観ていなかったので、その後の放送予定の告知をしらず、この次の回は見逃した。結局、月1回放送で固定になったのだろうか?と思って調べてみると、先週から毎週ペースに復帰したようである。
さて内容であるが、
・最強の補正下着 vs 世界一の美女を育てた美のカリスマ(?) … 補正下着で矯正した体型を見破れるか
・最強のカッター vs 最強のワイヤロープ … 何でも切断する巨大カッター重機にワイヤロープが挑む
・酒職人 vs 最強浄水器 … 浄水器を通した水道水を利き水で見破れるのか
・おまけ 折り込みポスター修復
補正下着対決では下着メーカーサイドに分が悪いのでは。補正下着はボディースーツであるのに、対照の普通下着はセパレートであるので、微かな下着のラインで分かってしまう可能性が。さらに、補正下着は白、普通下着は黒であるので、うっすらと透けた場合、また、サイドからチラチラ見えていたブラヒモなどから判断する事も、やろうと思えば可能だったはず。
浄水器は、完全に酒職人が有利だろう。というのは、そもそも酒職人は水が命という事で、水に対する味覚・嗅覚が鋭いのはもちろん、さらにそうした鋭敏な感覚で積極的に賞味した各地の名水、水道水、駄目な水、などを膨大な記憶に蓄えているはずである。だから、もし東京都の水道水を味わい、それを憶えていたとしたら、そこからカルキ臭や雑味を取ったもの、という形でパターン判定すれば分かってしまうだろうと思うからだ。
ところで、大阪市の水道水はとても旨い。もちろん蛇口から出る水は塩素臭がするが、沸かして臭いを飛ばし、湯冷ましにすると、市販のミネラルウォーターなど裸足で逃げ出す旨さである。それでも頑迷に水道水は不味いと思いこんでいる人はいるようで、スーパーでミネラルウォーターを買う人を見るたびに何でかなと不思議に思っている。
カッターとワイヤは、どちらに転ぶかやってみないと分からないという点では名勝負かも知れない。ただ、ワイヤの方が作戦負けというか、もっと径の太いヨリ線のワイヤを用意したら切断できていたかどうか分からないと思った。
おまけの修復系はいつ見ても思うが、請求書の金額はTVという事でかなり勉強してるね。安すぎるよ。
という事で早速次回分のビデオ予約しておかないと。
ちなみにこれを観ていなかったので、その後の放送予定の告知をしらず、この次の回は見逃した。結局、月1回放送で固定になったのだろうか?と思って調べてみると、先週から毎週ペースに復帰したようである。
さて内容であるが、
・最強の補正下着 vs 世界一の美女を育てた美のカリスマ(?) … 補正下着で矯正した体型を見破れるか
・最強のカッター vs 最強のワイヤロープ … 何でも切断する巨大カッター重機にワイヤロープが挑む
・酒職人 vs 最強浄水器 … 浄水器を通した水道水を利き水で見破れるのか
・おまけ 折り込みポスター修復
補正下着対決では下着メーカーサイドに分が悪いのでは。補正下着はボディースーツであるのに、対照の普通下着はセパレートであるので、微かな下着のラインで分かってしまう可能性が。さらに、補正下着は白、普通下着は黒であるので、うっすらと透けた場合、また、サイドからチラチラ見えていたブラヒモなどから判断する事も、やろうと思えば可能だったはず。
浄水器は、完全に酒職人が有利だろう。というのは、そもそも酒職人は水が命という事で、水に対する味覚・嗅覚が鋭いのはもちろん、さらにそうした鋭敏な感覚で積極的に賞味した各地の名水、水道水、駄目な水、などを膨大な記憶に蓄えているはずである。だから、もし東京都の水道水を味わい、それを憶えていたとしたら、そこからカルキ臭や雑味を取ったもの、という形でパターン判定すれば分かってしまうだろうと思うからだ。
ところで、大阪市の水道水はとても旨い。もちろん蛇口から出る水は塩素臭がするが、沸かして臭いを飛ばし、湯冷ましにすると、市販のミネラルウォーターなど裸足で逃げ出す旨さである。それでも頑迷に水道水は不味いと思いこんでいる人はいるようで、スーパーでミネラルウォーターを買う人を見るたびに何でかなと不思議に思っている。
カッターとワイヤは、どちらに転ぶかやってみないと分からないという点では名勝負かも知れない。ただ、ワイヤの方が作戦負けというか、もっと径の太いヨリ線のワイヤを用意したら切断できていたかどうか分からないと思った。
おまけの修復系はいつ見ても思うが、請求書の金額はTVという事でかなり勉強してるね。安すぎるよ。
という事で早速次回分のビデオ予約しておかないと。
探偵コナン 漆黒の追跡者
積み録画を消化第2弾。かなり前に録画したはず。
今作は、黒の組織のとの対決を全面に出したストーリーが売りらしいが、結局何も進展しない事は最初から分かっているので、期待も落胆もない。コナンの進む進む詐欺にはもう引っかからないです。
さて、劇場アニメ映画としては、普通の作りだろうか。
裏で暗躍する黒の組織に対するカウンターウェイトか、警視庁を初め多数の県警から動員されたおなじみの刑事たちが一堂に会して捜査に当たるシーンが描かれる。その割りには、ラスト、簡単にやられすぎていて拍子抜け。
ヘリとの銃撃戦は迫力があるが、あのシーンを経てなおコナンの正体が全くばれていないと考えるのは無理があるのではないか。少なくともあの子供は誰だ?という事になるはずだ。
起こっている事件の内容の割には演出のメリハリが薄いように思う。こだまさんのときはもっとヤマを感じた気がする。

探偵コナン 漆黒の追跡者
今作は、黒の組織のとの対決を全面に出したストーリーが売りらしいが、結局何も進展しない事は最初から分かっているので、期待も落胆もない。コナンの進む進む詐欺にはもう引っかからないです。
さて、劇場アニメ映画としては、普通の作りだろうか。
裏で暗躍する黒の組織に対するカウンターウェイトか、警視庁を初め多数の県警から動員されたおなじみの刑事たちが一堂に会して捜査に当たるシーンが描かれる。その割りには、ラスト、簡単にやられすぎていて拍子抜け。
ヘリとの銃撃戦は迫力があるが、あのシーンを経てなおコナンの正体が全くばれていないと考えるのは無理があるのではないか。少なくともあの子供は誰だ?という事になるはずだ。
起こっている事件の内容の割には演出のメリハリが薄いように思う。こだまさんのときはもっとヤマを感じた気がする。
島人の台所 えなっく/沖縄料理
ネットで見かけて気になっており、先日心斎橋に行ったついでに寄った。
目当ては、唐揚げマウンテン定食。中サイズの唐揚10個程度が盛られ、文字通りボリュームはある。これにご飯と沖縄そばが付く。ライスはお代わり自由。沖縄そばは+100円でミニから普通サイズに変更可能。
モモ肉を使った唐揚げは、味が濃いめの衣で、柔らかく揚がっており、美味しかった。
沖縄そば、というのは初めて食べたが、細めのうどん、と言う感じか。濃いめの醤油系の出汁のようで、やや塩辛い。小麦粉なのになんでそばって言うのだろう。まあ、中華そばも小麦粉だが。
飛び上がるほど旨い、というほどのモノではなく、普通の感じ。紅ショウガがのって、独特の風味がある。
妻と一緒にミミガーの天ぷらも食べてみた。美味しいが、細切れミミガーは衣率が高いので、油が多くて高カロリーだな。おかずというよりアテですな。
素朴で味のある沖縄民芸調の内装は雰囲気があってよい。切り株のイスはちょっと尻が痛くなるので、長居には向かないかも知れない。レジが無く、無造作に置かれた木のお櫃が、お金入れだったのにはびっくりした。
今回は鶏だったが、沖縄ならやはり豚でしょ。ここはもつ鍋も売りみたいだし、また行って色々メニューを食べてみたい。
目当ては、唐揚げマウンテン定食。中サイズの唐揚10個程度が盛られ、文字通りボリュームはある。これにご飯と沖縄そばが付く。ライスはお代わり自由。沖縄そばは+100円でミニから普通サイズに変更可能。
モモ肉を使った唐揚げは、味が濃いめの衣で、柔らかく揚がっており、美味しかった。
沖縄そば、というのは初めて食べたが、細めのうどん、と言う感じか。濃いめの醤油系の出汁のようで、やや塩辛い。小麦粉なのになんでそばって言うのだろう。まあ、中華そばも小麦粉だが。
飛び上がるほど旨い、というほどのモノではなく、普通の感じ。紅ショウガがのって、独特の風味がある。
妻と一緒にミミガーの天ぷらも食べてみた。美味しいが、細切れミミガーは衣率が高いので、油が多くて高カロリーだな。おかずというよりアテですな。
素朴で味のある沖縄民芸調の内装は雰囲気があってよい。切り株のイスはちょっと尻が痛くなるので、長居には向かないかも知れない。レジが無く、無造作に置かれた木のお櫃が、お金入れだったのにはびっくりした。
今回は鶏だったが、沖縄ならやはり豚でしょ。ここはもつ鍋も売りみたいだし、また行って色々メニューを食べてみたい。
鋼鉄の華っ柱 3巻/西森博之
とりあえずの根城を確保した真道たち。3巻は一転、学園物に戻る。
元より学校など行くつもりの無かった真道だったが、夏野の力強いプッシュにより高校生活を送る事となった。学費のない彼らには特待生入学しか許されていなかったが、ひとり学力の落ちる夏野が足を引っ張り、やむなく底辺高へ。しかし未知の世界に興味津々の真道であった。
没落王子が来ると知ってちょっかいを出してくる生徒達を、一人だけ上手く捌けない夏野は悩む。そんな中、相変わらずの立ち回りで、真道は早速「家来」をゲット。
今巻は、この家来志願の新キャラ達の話が半分で結構読み応えあり。鬱屈した日常の破壊者として真道にリーダーを期待する彼らの行動は、天使な小生意気のめぐ団を彷彿とさせる展開だ。とりわけ、真道に淡い恋心を抱くルー子のキャラは出色だ。
真道に甘言で転がされてバイトさせられて、それでも喜んでいる彼らの今後の活躍が非常に楽しみである。
隣接するハイソ高との、公園の占有を巡る諍いに、悪玉らしき新キャラも登場して次巻も目が離せない。

西森博之
鋼鉄の華っ柱 3巻
元より学校など行くつもりの無かった真道だったが、夏野の力強いプッシュにより高校生活を送る事となった。学費のない彼らには特待生入学しか許されていなかったが、ひとり学力の落ちる夏野が足を引っ張り、やむなく底辺高へ。しかし未知の世界に興味津々の真道であった。
没落王子が来ると知ってちょっかいを出してくる生徒達を、一人だけ上手く捌けない夏野は悩む。そんな中、相変わらずの立ち回りで、真道は早速「家来」をゲット。
今巻は、この家来志願の新キャラ達の話が半分で結構読み応えあり。鬱屈した日常の破壊者として真道にリーダーを期待する彼らの行動は、天使な小生意気のめぐ団を彷彿とさせる展開だ。とりわけ、真道に淡い恋心を抱くルー子のキャラは出色だ。
真道に甘言で転がされてバイトさせられて、それでも喜んでいる彼らの今後の活躍が非常に楽しみである。
隣接するハイソ高との、公園の占有を巡る諍いに、悪玉らしき新キャラも登場して次巻も目が離せない。
借りぐらしのアリエッティ
またボチボチとブログ再開します。
たまたま時間があったので、積み録画を消化。まずは、昨年末放映の金曜ロードショーでのジブリアニメについて。
総合的にみて、アニメ映画としてそこそこの作品ではないだろうか。
壮大な物語背景やドラマ性の表現に乏しいので地味な印象を受けるが、それでも前半の冒険感は結構なものだし、なにより丁寧に描かれた「小さな世界」の手触りが好印象である。こびと、という存在を完全にリアルに追求する事はこの映画の趣旨ではないしそもそも不可能だ。しかし、水滴の表面張力の表現などで上手くスケール感を出している点は多くの人が楽しめたろう。他にも、まち針の剣や、釘の階段、豆電球とボタン電池のランタンなど、道具類をちりばめた楽しい工夫があった。個人的にはもう少し重力低減感を出すと良かったと思うが、やりすぎると世界観を損ねるのでこの程度がよしだろう。
表面的にこびとの冒険映画として観ても十分楽しめる作りだ。
アリエッティと翔の描かれ方については、感銘を受け、深く納得した印象。
映画の惹句として、アリエッティと翔を指して、「恋」の印象を語るものがあった。テレビ版の案内だけかも知れないが、これは解せない解釈だと思う。
二人の関係に、恋は存在しえないと思う。なぜなら、二人は異種族であるから。こびとというものは人に似ていても人ではない。人とこびとの間には、厳然とした種族の隔絶が存在するのだ。だからこびと達は人間との接触を避け、見つかれば直ちに引っ越す事を余儀なくされる。
アニメでファンタジーとして描かれるから分かりにくいだけで、これは、未知との遭遇のようなファーストコンタクトものと底は同じである。圧倒的な異種族は、一方を簡単に葬り去る事ができる。
そんな存在にいきなり恋するというのはかなり異端かつ倒錯的だろう(愛・憶えていますかのシーンを彷彿とした向きもあるかも知れないが)。
同様に、なぜ引越などせずに理解のある翔に頼らないのか、というような疑問も、それは種族の違いを考えれば当然あり得ないものである事が分かるだろう。
しかし、アニメなど物語での擬人化に慣れ親しみすぎた日本人にはこの隔絶感は逆に伝わりにくい可能性がある。
アリエッティと翔がポピーの揺れる野原で会話をするシーンには特に感銘を受けた。
静かな微笑みを湛えて、「君たちは滅び行く種族だ」と語る翔。
まず上記のように、会話の通じる異種族間での互いの存亡に関するコミュニケーションという意味でのインパクト。
そして、心臓の病を抱え、自らの余命幾ばくもない事を悟った少年が、自らの命の灯し火と目前のか弱き種族の命運を重ね合わせ、同じ境遇にある者として、種族を越えた共感と親近を寄せる表現なのである。
そして素晴らしいのは、それが見事なまでに小児的自己愛的で一方的である事だ。
翔は自らのこの世に残せる行為として、こびとの救済を願う。しかし、それが全く無用のお節介であるばかりか、最終的にはアリエッティ一家の生活を破壊し、引越を余儀なくしてしまう。
相手の意見も聞かず、良い物だからといきなり家を破壊してキッチンを入れ替える暴挙に、相手を思いやる配慮は微塵もない。しかも相手が気に入ってくれたものとばかり思っている始末。善意ほど怖い物はないのだ。
最初は様子を見ようとしていたアリエッティの父が、この時点で引越を即断したのは、家長として的確な判断であっただろう。
翔の純粋な気持ちに嘘偽りはない。それゆえ、返って手に負えないのだ。
人が恐ろしいのは決して悪意からではない。その事を十分に彼は理解していたのだろう。
まだそこまでの理解のないアリエッティは、好奇心溢れる知性として翔の気持ちを汲み、その交友に惹かれながら、同時に生活者としての存亡の危機を招く翔に困惑している。その戸惑いの気持ちが良く描けていたと思う。
所詮、理解できないのである。理解し得ないのである。
会話が通じ感情が分かっても尚理解し得ないモノの象徴が翔であり、意思の疎通すらなく全く理解の外である存在の象徴が、お手伝いのハルなのであろう。
こうした異種族間のすれ違いつつの交友を描きながら、それは同時に、人間社会の真理をも描いている。何の事はない、同種族間であってもそもそも理解など覚束ないのである。
部族の争い、国家の諍い、地域の対立、家族の不和。なべて人の世は、無理解による隔絶と摩擦に溢れる。
このアニメ、そしてその原作が、こうした人の世の哀しきすれ違いをファンタジーの形で投影した物である事は間違いないだろう。借り暮らしという境遇で好奇心一杯に強く生きるアリエッティの姿に、屋根裏のアンネを思い起こした人は多いはずである。
無理解により翔の善意は迷惑にしかならなかった。しかし、自己中心的な物であったとしても、こびとたちの、アリエッティの役に立ちたいという翔の気持ちは届いた。そして翔を頼ったアリエッティに応える事ができた。
そうした僅かな自負が翔に生きる気力を持たせ、手術に挑む勇気を与えた。
ラストシーン、「守ってくれて嬉しかった」というアリエッティに、「君は僕の心臓の一部だ。忘れないよ」と告げる翔。
翔の心臓は、早ければあさってには止まるかも知れない。病のために滅び行く事を運命づけられている。しかし、同じ境遇であるアリエッティは、力の限り生きようとした。そんなアリエッティの力に僅かなりともなれた自分は、同じように力の限り生きる事ができるかもしれない。この広い空の下、どこかの家の隅で、借り暮らしをしながら懸命に生きてゆく種族を想いながら、自分も一緒に生きる事に頑張れるかも知れない。こうした想いが止まりそうな翔の心臓を動かしてくれる。アリエッティが一緒に鼓動を刻んでくれるのだ。
翔の心臓も、アリエッティも、ともに滅び行く定めの者として、種族を越えた連帯を通わせ、そしてともにその宿命に挑む朋友である事を知ったのだ。たとえ手を携える事が無くとも。もう二度と会う事はなくとも。
こうした感慨が、映画を見終わった後に、じわりと沁みてくる、そんな作品だった。
正直、子供にはちょっと難しいかも知れない。まあ、分かり易く作れなかったという制作側の力量の問題なのではあるが。

借りぐらしのアリエッティ
たまたま時間があったので、積み録画を消化。まずは、昨年末放映の金曜ロードショーでのジブリアニメについて。
総合的にみて、アニメ映画としてそこそこの作品ではないだろうか。
壮大な物語背景やドラマ性の表現に乏しいので地味な印象を受けるが、それでも前半の冒険感は結構なものだし、なにより丁寧に描かれた「小さな世界」の手触りが好印象である。こびと、という存在を完全にリアルに追求する事はこの映画の趣旨ではないしそもそも不可能だ。しかし、水滴の表面張力の表現などで上手くスケール感を出している点は多くの人が楽しめたろう。他にも、まち針の剣や、釘の階段、豆電球とボタン電池のランタンなど、道具類をちりばめた楽しい工夫があった。個人的にはもう少し重力低減感を出すと良かったと思うが、やりすぎると世界観を損ねるのでこの程度がよしだろう。
表面的にこびとの冒険映画として観ても十分楽しめる作りだ。
アリエッティと翔の描かれ方については、感銘を受け、深く納得した印象。
映画の惹句として、アリエッティと翔を指して、「恋」の印象を語るものがあった。テレビ版の案内だけかも知れないが、これは解せない解釈だと思う。
二人の関係に、恋は存在しえないと思う。なぜなら、二人は異種族であるから。こびとというものは人に似ていても人ではない。人とこびとの間には、厳然とした種族の隔絶が存在するのだ。だからこびと達は人間との接触を避け、見つかれば直ちに引っ越す事を余儀なくされる。
アニメでファンタジーとして描かれるから分かりにくいだけで、これは、未知との遭遇のようなファーストコンタクトものと底は同じである。圧倒的な異種族は、一方を簡単に葬り去る事ができる。
そんな存在にいきなり恋するというのはかなり異端かつ倒錯的だろう(愛・憶えていますかのシーンを彷彿とした向きもあるかも知れないが)。
同様に、なぜ引越などせずに理解のある翔に頼らないのか、というような疑問も、それは種族の違いを考えれば当然あり得ないものである事が分かるだろう。
しかし、アニメなど物語での擬人化に慣れ親しみすぎた日本人にはこの隔絶感は逆に伝わりにくい可能性がある。
アリエッティと翔がポピーの揺れる野原で会話をするシーンには特に感銘を受けた。
静かな微笑みを湛えて、「君たちは滅び行く種族だ」と語る翔。
まず上記のように、会話の通じる異種族間での互いの存亡に関するコミュニケーションという意味でのインパクト。
そして、心臓の病を抱え、自らの余命幾ばくもない事を悟った少年が、自らの命の灯し火と目前のか弱き種族の命運を重ね合わせ、同じ境遇にある者として、種族を越えた共感と親近を寄せる表現なのである。
そして素晴らしいのは、それが見事なまでに小児的自己愛的で一方的である事だ。
翔は自らのこの世に残せる行為として、こびとの救済を願う。しかし、それが全く無用のお節介であるばかりか、最終的にはアリエッティ一家の生活を破壊し、引越を余儀なくしてしまう。
相手の意見も聞かず、良い物だからといきなり家を破壊してキッチンを入れ替える暴挙に、相手を思いやる配慮は微塵もない。しかも相手が気に入ってくれたものとばかり思っている始末。善意ほど怖い物はないのだ。
最初は様子を見ようとしていたアリエッティの父が、この時点で引越を即断したのは、家長として的確な判断であっただろう。
翔の純粋な気持ちに嘘偽りはない。それゆえ、返って手に負えないのだ。
人が恐ろしいのは決して悪意からではない。その事を十分に彼は理解していたのだろう。
まだそこまでの理解のないアリエッティは、好奇心溢れる知性として翔の気持ちを汲み、その交友に惹かれながら、同時に生活者としての存亡の危機を招く翔に困惑している。その戸惑いの気持ちが良く描けていたと思う。
所詮、理解できないのである。理解し得ないのである。
会話が通じ感情が分かっても尚理解し得ないモノの象徴が翔であり、意思の疎通すらなく全く理解の外である存在の象徴が、お手伝いのハルなのであろう。
こうした異種族間のすれ違いつつの交友を描きながら、それは同時に、人間社会の真理をも描いている。何の事はない、同種族間であってもそもそも理解など覚束ないのである。
部族の争い、国家の諍い、地域の対立、家族の不和。なべて人の世は、無理解による隔絶と摩擦に溢れる。
このアニメ、そしてその原作が、こうした人の世の哀しきすれ違いをファンタジーの形で投影した物である事は間違いないだろう。借り暮らしという境遇で好奇心一杯に強く生きるアリエッティの姿に、屋根裏のアンネを思い起こした人は多いはずである。
無理解により翔の善意は迷惑にしかならなかった。しかし、自己中心的な物であったとしても、こびとたちの、アリエッティの役に立ちたいという翔の気持ちは届いた。そして翔を頼ったアリエッティに応える事ができた。
そうした僅かな自負が翔に生きる気力を持たせ、手術に挑む勇気を与えた。
ラストシーン、「守ってくれて嬉しかった」というアリエッティに、「君は僕の心臓の一部だ。忘れないよ」と告げる翔。
翔の心臓は、早ければあさってには止まるかも知れない。病のために滅び行く事を運命づけられている。しかし、同じ境遇であるアリエッティは、力の限り生きようとした。そんなアリエッティの力に僅かなりともなれた自分は、同じように力の限り生きる事ができるかもしれない。この広い空の下、どこかの家の隅で、借り暮らしをしながら懸命に生きてゆく種族を想いながら、自分も一緒に生きる事に頑張れるかも知れない。こうした想いが止まりそうな翔の心臓を動かしてくれる。アリエッティが一緒に鼓動を刻んでくれるのだ。
翔の心臓も、アリエッティも、ともに滅び行く定めの者として、種族を越えた連帯を通わせ、そしてともにその宿命に挑む朋友である事を知ったのだ。たとえ手を携える事が無くとも。もう二度と会う事はなくとも。
こうした感慨が、映画を見終わった後に、じわりと沁みてくる、そんな作品だった。
正直、子供にはちょっと難しいかも知れない。まあ、分かり易く作れなかったという制作側の力量の問題なのではあるが。
大河ドラマ「平清盛」/NHK
今年のこの大河は、最初全く観る気はなかったが、色々物議を醸しているのを聞いて気になり、再放送を録画しておいた。
ようやく第一回を観た。
割合面白いのではないか。しばらく続けてみてみようと思った。
スケール感には乏しいが、粒子が粗くコントラストの若干とんだ画面は味がある。
演出と音声がやや平板なのは気になったが、ダメという程でもない。
導入としても背景の解説など分かり易く作ってある。
効果として「血」にこだわった作りは賛否が分かれるだろうけど、個人的にはヨシとしたい。
ま、トータル違和感もないし、及第なのでは無いだろうか。
ただ、まだ主人公が出ていない訳で、判断は時期尚早も知れないが。
ようやく第一回を観た。
割合面白いのではないか。しばらく続けてみてみようと思った。
スケール感には乏しいが、粒子が粗くコントラストの若干とんだ画面は味がある。
演出と音声がやや平板なのは気になったが、ダメという程でもない。
導入としても背景の解説など分かり易く作ってある。
効果として「血」にこだわった作りは賛否が分かれるだろうけど、個人的にはヨシとしたい。
ま、トータル違和感もないし、及第なのでは無いだろうか。
ただ、まだ主人公が出ていない訳で、判断は時期尚早も知れないが。