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確定申告終了

ようやく帳簿がまとまり、申告書を作成完了したので、税務署に申告に行って来た。
今年から消費税の申告もしなくてはならず、ちょいと面倒だったが、簡易課税で単業種なので、案外大したことは無かった。震災の関係で、寄付金控除という項目を今回初めて使用した。

しかし、国税庁の申告書作成webは年々進化しているね。
去年のデータを読み込ませて、今年の数字だけ入力すれば、一発作成。今年からは決算と申告でデータも共通化でさらに便利。良い時代になったもんだ。
ただ、とある減価償却費の計算が、なぜか、うちの青色申告10(ソリマチ)とは、1円だけずれるのが不思議。切り捨て切り上げの関係だろうが、面倒なので、国税局の計算を信用して、帳簿ソフトの金額は毎年手で修正している。

所得税額は知れているが、4月までに消費税の納付が、ドン、とあるので大変だ。納税協会の会報で奨励されているように、毎月こつこつ貯めておかないと、いきなり払えといわれても結構難しい金額である。消費税率が10%になったら、この倍だからさらにキビシイだろう。法人の設立と解散を繰り返す消費税逃れの不正が話題になったが、税率が上がればきっと増えるだろう。これは簡単に説明すると、消費税の免税制度は2期前の売上高を基準に判定するから、できたばかりで前年以前の売上げがない企業は免税となる、という仕組みを悪用し、2年ごとに会社をつぶしてまた作る、を繰り返せば消費税を払わなくて済む、という手口だ。
ただし、免税の基準期間については法改正により25年から変更されるので、大口事業者による悪質な税逃れは減るだろう。
うちでも税率が上がった時点での法人成りも検討している。いくら個人で何年営業していて業態や実態が全く同じだったとしても、法人化すれば、税法上、法人としての売上は形式的に新規スタートだからである。10%で2年間分の消費税額と比べれば、法人登記費用など安いものだ。

あと、税務署で非常に良い事を教えてもらったので書いておく。

「納付した消費税は租税公課で損金処理できますよ」

これは結構忘れている人が多いポイントらしい。実際全く意識してなかったので教えてもらって助かった。
23年分の消費税を24年に納付するから、24年の損金で処理する方法が簡単だろう。

君に届け 15巻/椎名軽穂

すっかり書くのを忘れていた。当然の事ながら発売すぐ購入している。今回は楽天ブックス。発売日当日に届いたので驚喜した。

今巻は、表紙を見ても分かる通り、ちづと龍の話がメイン。
過去エピソードを振り返りながら、龍の揺るがないちづへの想いを描く。
「やっと 始まるんだ」
寡黙な男の熱い言葉は届くのか。

前半ではあやねを見守るケントもクローズアップ。ピンも気になるしどうなるのか。

作者的には、三人そろってハッピーエンドって感じですかね。
その為に足踏みしているなら爽子がちょっと可哀想かも。こっちの二人は進展無くてガッカリ。肩を落としたファンも多いだろう。

小さなちづと龍が泣くシーンには、ちょっともらった。
次巻春頃でしょうか。早く読みたいな。

椎名軽穂
君に届け 15巻

スイーツパラダイス 心斎橋店

今回、タイミングが良かったので、以前から妻が一度行ってみたいと言っていた店に行ってきた。

ケーキバイキングが基本の店である。70分1480円と大変リーズナブルで、ちょうど昼時だった事もあり、予想通り店内は若い女性でごった返していた。とは言え、彼女と一緒に来た若い男性や、家族を連れてきたお父さんなど、男性もチラホラいて、もちろんの事、男性スタッフはあたりを闊歩しているので、男性だから入り辛い、居辛い、という雰囲気は皆無だった。まあ、私が鈍感なだけかも知れないが、別段、一人でも入って気後れする事は無さそうだ。

売りは当然スイーツであるが、甘くない料理も十分そろっている。特にパスタは種類も多く、乾麺の他一部では生麺を使っており、価格帯から評すればかなり美味しい部類だ。そして供給される量が少ないため、あっと言う間に取りきられてしまうのでタイミングをよく見て取りに行かねばならないが、その為に返って、常に出来立てに近い物が食べられるという利点もある。他にも、サラダバーやスープは勿論の事、炊き込みご飯やカレー、たこ焼きに、サンドイッチなど、タンパク質が少ないという点に目をつぶれば食事目的でも十分に利用可能だろう。実際、次回はパスタ目的で来ようかと思っているぐらいだ。パスタ置き場には3種のパスタ盛り皿が常備してあったが、見に行くたびに種類が変わっており、70分の間には種類が周回しなかったようであるので、少なくとも十数種類は用意されているものと思われる。

さて、そしてメインの甘い系の内容である。とにかく種類多く並んでいて壮観である。通常、こうしたバイキングでは、全種目制覇を狙うのが基本だが、初見で、あ、ここは無理、と降参した。
ところがである、甘い物は別腹、というように、意外と食べられるものである。上記のような料理系を一通り食べ終わった後でも、パクパクとかなりのペースでその大部分を攻略できた。
内容的にはケーキ類が多い訳だが、スポンジの大部分は空気であるので、食べるとかなり圧縮されるという事だろう。もちろんカロリーは圧縮されないので、そこは要注意だ。
料金から見れば当然ながら、繊細な食感を持つ高級なスイーツではあり得ない訳で、相応の、どちらかというと庶民的な味わいのものが多かった。種類も多いが、くっきりと分かり易くテイストが分けられているので、いろんな甘味を楽しむ、という目的には合致しているだろう。甘さも割合しっかり目に付けてあった。妻は甘い物が好きな癖に、甘味の許容量が低く、すぐに甘さで胸が一杯になって食べられなくなってしまっていた。妻には甘すぎる、という訳だ。
ケーキはどんとホールで並べてあり、カットしてある物もあるが、自分で好きなサイズにカットして取り分けるものある。しかし、もうすこし小さいサイズでカットしてくれてあると、もっと色々食べられるのにな、という気もした。
ケーキ類の他にも、わらび餅などの和菓子系や、ゼリー、アイスクリーム数種にチョコファウンテンまであり、甘い物好きな人なら、よほど舌が肥えた人でなければ大満足であろう。私はチョコ系が結構好きなので、ベイクドチョコやチョコスフレ、洋酒ケーキなどが美味しかった。また、チーズ系の、ティラミスやチーズスフレ、ベイクドチーズなども良かった。

ぜひまた行きたいと思う。ただ、妻は、もう甘い物は1年は要らないと言っていたが。

ステーキハンバーグ&サラダバー けん 住之江店

またしても、低価格ステーキ&サラダバーである。
近所に新しい店がオープンしたので行ってみた。朝刊のチラシにお得なクーポンが入っていたのだ。
先のエントリで書いたハッピーコングとは地下鉄で一駅離れているので、がっぷり四つでは無いだろうが、それでもある程度は競合だろう。

元焼き肉屋を改装した店舗は、オープン半月という事で、当然新しくきれいで、食器やカトラリもピカピカであった。
もっとも、スタッフもピカピカ1年生と言う感じで、愛想は良いものの、忘れていてお冷やが出てこないなど、まごつき手慣れてない者もチラホラいた。

さて、料理である。
メインメニューのけんステーキ150gは税込み1050円と、コングと同価格の真っ向勝負。ちなみにクーポンは780円だった。
けんの特徴は焼き加減にウェルダンが無い事らしい。肉自体を味わって欲しいという事から、ミディアムかレアしかない。ソースは3種類。こちらもオープンで慣れてないためか、ミディアムの妻とレアの私の肉を逆に持ってきた。肉はかなりボリューム感がある。意外と柔らかく、赤身主体で食べやすい。どうもロースらしく、味も良かった。

サラダバーは、サラダメニューがファミレス系サラダバーと比して品数も内容もワンランク上という感じ。カレーも業務用だが、でかい肉と野菜がゴロゴロ入っていてびっくりした。上手くよそえば、ステーキ並の100g程度の肉をここでも摂れそうだ。パン二種はイマイチか。デザートもプラスαなランク。今回はパスしたが、プラス200円でのアイスバーも夏場は良さそうだ。

という事で、不慣れなスタッフのバタバタを除けば概ね好印象だった。ぜひまた行きたいと思う。
ただし、オープン当初は良かった料理やサービス内容が、営業の現実を経て落ちてゆくのは、どんな店でもある事だから、これらをどこまで維持できるか、という心配はある。
次回、果たして妻は綿菓子を食べられるのか?乞うご期待。

科学的とはどういう意味か/森博嗣

森さんの新書版エッセイである。夏頃新聞広告で見かけて気になっておりようやく読んでみた。
ちょっと想像していたものとテーマが異なっていたが、内容的には割と良い本だと思った。
3日間12時間で書き上げたとあとがきにあるが、別にそれほど急ぐ必要はないだろう。もう一手間かけて、じっくり推敲したら、よりよい本になったであろうに、と思われるような表現が散見されて、少々残念な気分になった。

さて、内容であるが、「科学」というものに馴染みがないという人、そして「科学」を嫌い避けているという人に対し、現代社会で科学的な存在や思考を避けて生きる事の不利益を説くものである。
ここで特筆すべきなのは、良くある科学啓蒙本のように、「科学は面白いよ楽しいよ」というスタンスを取っていないという点だ。いい大人に対して興味がないものを無理に勧めても迷惑がられるだけで届く訳がない、という判断である。確かにその通りだろう。かといって、科学嫌いを叱責し不見識による不利益でことさらに恐怖を煽るのも問題だ。という事で、穏当に、粛々と科学的な思考というものの道理を説明し、その効用、そしてそれがない場合の悪影響を淡々と書きつづる。

著者の目的は、著者の幸福にある。文明社会で暮らす以上、その社会の方向性は、マスの影響が避けられない。科学を嫌い、非科学的な判断や感情に支配された人々が増えると、社会全体もそうした方向へ向かってしまう。
そうしたマスの力の恐ろしさは歴史を見ればよく分かる。現代でも絵空事ではない。
進化論を教えると罰せられたり、宗教書を焼くと死刑になったり、教員の政治的信条を強制収集する首長がいたり、血液型占いが流行したり、マイナスイオンを発生しないと家電として格が落ちたり、そうした事がまかり通る国や地域は実際に存在する訳である。
だから、そうした好ましくない社会にならないように、自分自身のために、その一助として本書を書いた、という著者の意志はすごく良く理解できるし、共感を覚えた。

内容は極めて平易に綴られ、構成も整理され、読みやすいだろう。ただ、やはり、本当の科学嫌いは、ほとんど手に取らないだろう、実際に読むのは、むしろ科学好きか、森ファンぐらいだろうと思われるのが残念ではある。

科学や科学者について、理想化典型化しすぎている点が気になったが、本書の目的を思えば、やむを得ないところか。科学者集団の社会性や、パラダイムシフトの話など、敢えて目をつぶった、という事だろう。

ベッドから一歩も起きることなく生活する人々、という設定はSF短編などによくある。身の回りの世話は機械がやってくれ、学校も仕事も通信を使ってベッドの上でこなせるのだ。完全に保護され、世話される人々。やがて脳を直接ネットに繋ぎ、静脈点滴で栄養を摂れば起きている必要すらなくなる。果たしてこれは人間だろうか?

携帯電話を使いながらその仕組みを全く知らない、という人は、言わば、そのような状態に一歩足を踏み入れているのだ、という警告である。
原発事故で報道される多種の測定値。基準値の設定と判断を政府に一任し、そこに責任を求めるだけでよいのか?基準値ではなく、測定値を、自分自身で判断する事が、自立した市民として重要な事ではないだろうか?実際にできる出来ないはともかく、やろうとする事、できると思う事が重要なのだ。

食べる事は生きる事だ。食べ物が腐っているか、安全か、栄養があるかどうかは、自分の舌で判断できる事が動物としての基本だろう。
ならば、科学技術の時代に生きる人間には、科学を判断できる「舌」が必須ではないだろうか。腹を下す程度ならまだよいが、判断力がなければ、運悪く毒物を食べて死ぬ事だってあるだろう。
社会として毒物を排除せよ、という考え方は上記のSF社会に繋がる。
今ちょうどFF13をプレイしているが、社会に飼われている人間、というテーマは共通しそうだ。
科学を知らず科学技術社会に飼われて生きるのか、自立し自分で判断して生きるのか。すでに科学技術が網の目のように組み込まれた社会に生きている以上、科学の及ばない原初の社会へ移住する以外には、他に選択の余地はないだろう。

森さんの本はここまできつくは書いてないので、取り敢えず気になる人は本書を読んでみたらよいだろう。


森博嗣
科学的とはどういう意味か

愛猫みけぼんが亡くなって1年

個人的には心霊的な関心というものをあまり持って無いので、みけぼんが亡くなった2/23という日付に特別な思い入れを持って何かアクションをしようというつもりはなかった。
ただ、5年日記の、一つ上の段を見ると、去年のその日の出来事が書いてあり、読めばまざまざと去年の記憶がよみがえる。臨終の間際に、みけぼんと窓を開けて外を眺めた折り、その頬を撫でる風の、冷ややかでそして少し柔らかい、その感触を思い出す。去年は暖かかった。みけぼんとの別れを経験した同じ季節の些細な違いに色々と思いを馳せる。

もう1年が過ぎたという気もするし、それなりに色々な事があって長かったという気もする。
たとえみけぼんがいなくても、容赦なく時間は刻々と過ぎるという当たり前の事を実感する。

1年も経てば、愛猫を失った寂しさも和らぎ、落ち着いて、安定した心持ちになっているだろうと思っていた。
確かに毎日泣き暮らしている訳ではない。
他のエントリを読めば分かるように、楽しい事も嬉しい事も、日々たくさんある。
それでも、みけぼんの事を微塵も考えない、という日はない。そして獅子脅しが音を打つように、ぽたぽたと溜まった寂しさが涙と溢れることも、月に1、2度は未だにある。

「錯覚の科学」で見たように、人間の記憶というのは、不安定で曖昧なものである。それは事実の記録ではなく、私が生きてゆくために、そうとは気づかないまま私自身の手によって、ある部分は薄め、ある部分は強調し、または全く架空の情報を追加し、あるいは削除を行い、改変され、そして忘却してゆく、言わば鉛筆書きのノートであるのだ。
密かに告白すると、私は記憶力にはめっぽう自信がない。特に細かいデータ類の記憶は下手だし、感情の記憶も苦手だ。○○が起こったのは何年何月とすらすら出てくる人がいるが、私は去年か一昨年かの区別も難しい程だ。辛かった事なども、喉元過ぎればすぐに忘れてしまう。

みけぼんに関しても、1年経つと、死んだんだ、という哀しき衝撃の記憶はかなり薄れてきている。
平たく言うと、みけぼんが死んでしまった事自体を、時々忘れている事があった。打ち寄せる時の波が、記憶の巌をも砕いたのだろう。
何かの拍子にふと、あれ?みけぼんがいないな、と思ってしまう事があったのだ。そして、すぐ、ああ、そうだ、いないんだ、と思い知らされる。

みけぼんの死の印象そして記憶はこれからもどんどん薄れていくだろう。しかし、みけぼんがいない寂しさは、今この時この瞬間の私の精神状態の一部であるようだ。だから、その寂しさが薄れてゆくには、より長い時間が必要なのだろうと思う。
しかし、みけぼんがいない寂しさを、ずっと抱えて生きてゆくのは辛い。
病的なポジティブシンキングは論外であるが、どうにもならない事、終わってしまった事に、いつまでも囚われ、くよくよと引きずって生きていくのは、本来、自分の望まない生き方だ。
できるだけ早くこの寂しさと決別し、強い心で現実を受け入れて、愛猫の死を乗り越えて行きたいと願う。

みけぼんを忘れ去るのではなく、いつまでも寂しく思う私の弱い心を立て直したいのだ。

みけぼんと過ごした日々の、キラキラと輝くような楽しい思い出は、宝石箱に仕舞うように心の隅に残して、時々取り出しては眺めていたいと思う。それがたとえ過分に装飾されたクロッキーであったとしても、私の人生の宝物である事に間違いはないのであるから。

Nintendo Direct 2012.2.22

ゲーム情報を岩田社長自らユーザーに直接届ける、ニンテンドーダイレクトの第3回目。

今回も濃い内容でじっくり楽しめた。最初の練習風景が良い味。

まず、個人的に最も期待していた点。祝発売日決定!
カルドセプト 6/28 発売(4800円)。そしてカルチョビットも7月発売予定(4800円)。意外に早い。そして連続だ!
そして映像からチラチラ見える最新情報に期待大。

まずカルド。
調整にかなり膨大な時間をかけた事が明かされる。これは期待大。公式で大宮の「幸運なことに、通常のゲーム開発期間よりも、はるかに長い期間をかけて、細部にまでチューニングを施すことができました。」というコメントも出た。しかし期待しすぎると足を掬われるので、ほどほどにしておいた方が無難か。ゼルダバグの例もある。
また今回強調していたのは、これもコメントで「初めてカルドセプトにふれる方にも解りやすいように、おともだちをカルドセプトに誘いやすいように、いろいろなアシスト機能も作り込むことができました。」とあるように、ユーザー拡大のための補助機能の充実のようだ。ムービーを見た限りでは、ドロー時のカードの補助説明(ドローポーズ)や、ダイスモードやスペルモードなどにマップ情報モードでセレクトしたマスへの移動歩数表示、そこで何をすべきかのヒントアシスト機能などがあるようだ。ムービーの他の部分を見れば、これらのヒント機能は当然ながらOFFにできるようで一安心。あとは発売前後に上手く体験版を作れると相乗効果が見込めるだろう。
印象として前回のムービーよりさらにキビキビ動いてないだろうか。移動もバトルも快適そうで素晴らしい。メニュー構成などムービーをよく見ると、十字キーとボタンだけで操作できるように作ってある事が分かり、これは当然の事なので大宮がそこを外す訳がないが、安心した。
ネット対戦が充実との事だが、詳細はまだ不明。ブック周りやAI、ルールあたりも不明なので、またしばらくヤキモキの生活が始まる。しかしあと4ヶ月。指折り数えて待とう。そしてそれまでにカルドDSをフィニッシュしておこう。
しかし、ブック編集画面でのブック名が「只今追込中」だったのは笑った。

つぎにカルチョ。
まずGBA版でもっとも直して欲しいと思っていた点が改良されているのを発見して歓喜。選手の疲労度が選手リスト上では分からず、いちいちリストから個人情報を開かないと確認できなかった点が改良され、リスト項目に疲労度アイコンが追加されているではないか!
これだよ、これを待ってたんだよ。まあ、GBAでは解像度の問題もあって入らなかったのかも知れないが、これがあれば作業時間が半減するだろう。
新パラメータとして、利き足、というものがある。また、ポジションをマス単位で微調整できるみたいで、かなり内部的な動作が細かくなっている気配だ。
特訓時の、パラメータ上昇の祭に、棒グラフ表示が無くなった。これは地味に痛いかも知れない。
そして驚きの全国ネット対戦。まず、市町村を選んでそこの代表権を奪え、と熱い指令が。ネット上で過疎地の情報が飛び交うんだろうな。リアル生活に関連した市町村を選ぶのか、怜悧に層の薄い過疎市町村を狙うのか、悩ましいところだ。都市部は層厚いだろうが、敢えてそこで勝つのは格好良い。

そしてパルテナ追加情報。もう発売まで1ヶ月を切った。
内容的にはwebや雑誌で既出のものばかりだが、対戦のムービーを通して見ると、やはり白熱して面白そうだった。神器の生成に無駄なゴミが出ないエコなシステムはさすがの一言だろう。良い神器を求めてのやり込みが熱そうだ。

脳トレの続編が来るとは思ってなかった。鬼トレである。任天堂が出すと判断した以上、半端なものではないのだろうが、またしてもヒットするかどうかは、正直疑問な所もある。脳トレ経験者は、またか、と思ってしまうだろう。

妻がミクの体験版を希望していたら、その通り来た。早速DLしよう。

数日前に発表があった通り、Wiiの間終了のお知らせも。残念だがやむを得ないだろう。トップメニューとやや距離のあるサブシステムはやはり活用しにくい、という事だろうか。この経験を生かしてWiiUではNFCを使ったまた新しい試みを打ち出してくるのだろう。しかし、3年間は長いようで短いようで。結構楽しませてもらったと思う。

課長、久しぶりっすね!挑戦は後でゆっくり見るとしよう。

2ヶ月おきぐらいで開催、次回は4月頃という頻度だろうか。次回も楽しみである。

花より男子 8巻/神尾葉子

道明寺司の逆鱗に触れた類とつくしは、学園追放宣言をうける。司の姉の助けにより、なんとかスポーツ勝負に持ち込むが、あわや絶体絶命のピンチに、司が突然試合を投げ出してノーゲーム。追放の危機からは逃れた形に。

つくしへのどうにもならない想いに翻弄され、しかし何とか吹っ切ろうとする司。一方で至って天然の類。
その間に立って、振り回されつつも類への気持ちを大切に愛しむつくし。

結局どうなんねん、という興味は強いが、何か歯がゆくて見ていられない。つくしの心の弱い部分と強い部分が、アンバランスで、つくしが揺れると作品の構造全体が一緒に揺れてしまって乗り物酔いを起こしそうだ。
道明寺姉ではないがもっとしっかりしろと言いたくなる。
もちろんそこがモチーフなんだろうけど、ちょっと趣味じゃないかも。

結局、こうしたキャラ配置完成を受けて後はだらだら進むのだとしたら、ちょっと飽きた感じかも。
次巻の展開を見て読むかどうか判断しよう。

神尾葉子の絵は、最初から何か既視感があったのだが、ちょっと青池保子に似ているのかな、と今思った。



神尾葉子
花より男子 8巻

ごくせん 8巻/森本梢子

ストーリーマンガとしても、ギャグマンガとしても、前巻あたりから非常に構成が洗練されてきた感じ。
悔しいが、面白い。
ヤンクミのはっちゃけ振りはやや行きすぎ感もあるが、全体の構成からはこれぐらいがカウンターバランスかもしれない。
ヤンクミへの想いという、十字架を背負ってしまった慎。それを自覚し周りにも知られてしまい、お節介やら何やらで周囲に巻き込まれてゆく。
激しく困惑しながらも、また、そうした人間関係をしっかりと胸に抱いている裸の慎も、心の奥底には確かにうずくまっている。無表情な瞳の奥に、そうした彼のささやかな幸福と人間形成を描く手腕は素晴らしい筆致だ。

ヤンクミの実父話もなかなか良かった。
チョロチョロとヤンクミに(というか慎に)まとわりつくスパイ教師、次巻いよいよ牙をむくか。


森本梢子
ごくせん 8巻

鋼鉄の華っ柱 5巻/西森博之

しかし前巻の引きは強烈だった。
驚いていたルー子や夏野が見たものは?

それは、うっかり計算違いで余計に殴られまくり、予想以上に敗北の痕跡を残してしまった真道が、それを隠そうと地べたに寝そべる姿だった。
あの真道がやられたのか?!という衝撃。いや、彼の事だから裏があるに違いない、と思いつつ、読み進むと展開は悪くなるばかり。大河に退学を余儀なくされた先輩とまったく同じコースを辿っているように事態は展開し、わざとなのかと勘繰る。しかし真道はオウムのように無実だと繰り返すのみで、機転や才覚で切り抜けようとはしない。
ついには校長から自宅謹慎まで言い渡された真道。
落ちるところまで落ちた。

が、もちろん、真道である。ここからが彼の真骨頂。怒濤の展開で事態を巻き返していくカタルシスは素晴らしい味わいだ。
そして巻き返すだけではない。
威圧的な大河をギャフンと言わせ、先輩の名誉を回復し、剣道部を復活させ、公園における並高の地位を向上させ、特松女子の朝涼に対する嫌がらせを廃し、校長から篤い信頼を得、学園の人気と尊敬を一手に集め、ツテのある資産家には手腕を披露して自分を印象づけた。
おまけに、その後復讐にきた大河をグーの根も出ないほどにたたきつぶした後、アメを与えて完全に手中にした。そしてビジネスに協力するよう迫り、近所への競合店の出店をやめさせ、ボロイ仕事を回させる。根が真面目と見込んだ先輩は自社に勧誘し、先輩とルー子の引力でなぜか早苗も便利屋を手伝うようになる。そして、最後にはさらっと、「ケンカをしたのは君の悪口を言われて我慢できなくてね、と品川に語り、その忠誠心を倍せしめる。
夏野をして、「あれ程 手に入るなら 俺だって やるかも」と言わしめる計算鬼ぶりである。

真道のすごい所は、この全てを、真実で固めている事だ。
品川の悪口が発端とういうのも、巧妙に誘導したかどうかは別にして事実だ。先輩や、身内や、そして大河に語る言葉すら、そこには意図的な省略はあっても、嘘はない。多少の計算違いはあれど、全て計算し尽くしての行動に、私心は無いのである。というより、むしろ全て私心である。この全て私心であって私心でない、というスケール感の大きさが、このマンガの真骨頂であり、真道の人物的魅力、爽快感に繋がっているのは間違いない。朝涼の言葉で言うなら「あいつには… 本音と 建て前が あるでしょ。 時々さ… 普通と 逆さまに なってる 気がしない?」という事だ。ただの卑しい策士の活躍というだけではこうした読後感は得られないだろう。

後半は一転して中断していた便利屋の繁盛記。
夏野vsオレオレ詐欺。
そして大河の紹介で、とんでもない仕事がやってくる。
資産家の息子を1日預かる20万の仕事だ。しかしこの小悪魔に、夏野は早々にギブアップ。後任の品川もタジタジで、次巻どうなる事やら非常に楽しみである。
が、単行本発行ペースに追いついてしまったので、次巻は4月頃の発売と言った感じでもどかしい。

早苗や先輩など、脇役が立って良い感じになってきた。しかし、やはりルー子だろう。彼女にはかなり注目している。真道とのロマンスエンドもひょっとして、と内心思っているほどだ。まあ、次巻で元婚約者登場らしいので、その辺りの展開も見物である。


西森博之
鋼鉄の華っ柱 5巻