失業〜そして、キャンプ
そこは無料のキャンプ場だった。
山の中の広いスペースに、キャンパーは俺一人だった。
夜。
完璧な静寂が訪れた。
俺はこれを欲していたのかもしれない。
キャンプ場を抜けて、山の奥へ歩いていきたい欲求に抗しがたく、
俺は山の中へ入っていった。
ライト片手に。
山の中の広いスペースに、キャンパーは俺一人だった。
夜。
完璧な静寂が訪れた。
俺はこれを欲していたのかもしれない。
キャンプ場を抜けて、山の奥へ歩いていきたい欲求に抗しがたく、
俺は山の中へ入っていった。
ライト片手に。
頭痛
「人生は、わからない」
映画 ベンジャミンバトン数奇な人生より
その日。
俺は頭痛で起き上がる事が出来ずに、しばらく布団の上でのたうち回っていた。
のたうち回りながら一度、友人になんとなくメールした。
~頭痛がひどくて、たまらんよ~
友人からの返信を読んで、俺はだた笑うしかなかった。
~酒の飲み過ぎかい?~
会社をクビになってから、職安で紹介状を発行してもらった二社に、
履歴書と職務経歴書を郵送した以外に、俺は何もしていなかった。
飯を作る気力も、なかった。
腹が減ると、家の外へでて、適当なところで飯を食った。
それだけで、ひどく疲れてしまうのだった。
頭痛薬を飲んで、ぼんやりと天井を眺めていると、色々な考えが頭の中に浮かんでは消えて行った。
ふと、とんでもない事実に俺は愕然となった。
今の俺を必要としている人間は、この世に一人もいない。
最悪な考えだったが、それ以外、何も思い至らなかった。
眼を閉じても眠れなかった。
外は晴れていて、掃除機をかける音が聞こえてきた。
母親が子供を叱る声も。
猫の鳴き声が聞こえた。
鳴き声は家の中からだった。
俺は起き上がり、猫に餌と水を与えると、ある事に思い至った。
俺を必要とするものは、ここにいた。
猫。
俺は猫を抱き上げ、胸に抱きしめた。
なんだか、泣きたい気分だった。
この世に俺を必要とする生き物は、この胸に抱いた猫一匹だ。
それは救いなのか。
それとも、絶望か。
腕に力を込めた。
猫の呼吸が止まるのがわかった。
俺は腕の力を緩めた。
それから、優しく頭を撫でてやった。
猫はグルグルと喉を鳴らし、俺を見つめていた。
映画 ベンジャミンバトン数奇な人生より
その日。
俺は頭痛で起き上がる事が出来ずに、しばらく布団の上でのたうち回っていた。
のたうち回りながら一度、友人になんとなくメールした。
~頭痛がひどくて、たまらんよ~
友人からの返信を読んで、俺はだた笑うしかなかった。
~酒の飲み過ぎかい?~
会社をクビになってから、職安で紹介状を発行してもらった二社に、
履歴書と職務経歴書を郵送した以外に、俺は何もしていなかった。
飯を作る気力も、なかった。
腹が減ると、家の外へでて、適当なところで飯を食った。
それだけで、ひどく疲れてしまうのだった。
頭痛薬を飲んで、ぼんやりと天井を眺めていると、色々な考えが頭の中に浮かんでは消えて行った。
ふと、とんでもない事実に俺は愕然となった。
今の俺を必要としている人間は、この世に一人もいない。
最悪な考えだったが、それ以外、何も思い至らなかった。
眼を閉じても眠れなかった。
外は晴れていて、掃除機をかける音が聞こえてきた。
母親が子供を叱る声も。
猫の鳴き声が聞こえた。
鳴き声は家の中からだった。
俺は起き上がり、猫に餌と水を与えると、ある事に思い至った。
俺を必要とするものは、ここにいた。
猫。
俺は猫を抱き上げ、胸に抱きしめた。
なんだか、泣きたい気分だった。
この世に俺を必要とする生き物は、この胸に抱いた猫一匹だ。
それは救いなのか。
それとも、絶望か。
腕に力を込めた。
猫の呼吸が止まるのがわかった。
俺は腕の力を緩めた。
それから、優しく頭を撫でてやった。
猫はグルグルと喉を鳴らし、俺を見つめていた。
チナスキー
昨晩。
職安の帰りに友人へ電話し、ショッピングモールで落ち合った。
車でショッピングモールへ向かう途中、車の中でずっと友人と携帯で話し続けた。
「落ち込んでるかと思って、心配したよ」
「まあ、最悪な状況には違いないが」
雨はだいぶ弱まっていたが、路上はすべての光を吸い込んで、どす黒く、排気ガスの余臭を放っていた。
「職安で、おもしろい求人があったよ。植木職人さ」
友人はおもしろがって、こう言った。
「おお。それいいんじゃないか。俺もそういう外で働くような仕事が良いかもしれん」
「なんか俺も落ち込んでいてね。最悪さ、今の仕事には夢が無いぜ」
俺は友人の苦悩がよくわかった。
俺たちは、どこか似ている。
「とにかく、楽しそうな仕事だろう?植木職人は。それに、俺が持ってる数少ない資格も役に立ちそうだし」
俺はいつも、そんな風にして仕事を決めていた。
面白そうだとか、楽しそうだとか、うんざりしなさそうだとか。
「お前の話きいていると、なんだか救われるよ。クビになったばかりの零に、俺が元気づけられてるなんて、逆だな」
「俺は落ち込まないんだよ。すべてを受け入れられるようになってから、そうなったんだ」
それは嘘だった。
職安へ向かうときは、最悪な気分だったし、今も不安は心の奥底で小さく燻っていた。
俺はそれに眼を向ける事を、やめているに過ぎなかった。
それでも友人と話をしていると、俺も元気が出て、話している間だけ、不安は消え去っていた。
「まったく、チナスキーじゃんか」
友人はそういって、笑った。
チナスキーとは、チャールズブコウスキーの小説に出てくるブコウスキー自身の分身で、
いつも酒を飲んでいて、いつも仕事をクビになる男のことだった。
「クビになった理由は、酒かい?」
「違うよ。俺をクビにする材料は見つからなかったようだ。だから、売り上げの低迷のせいにし、景気のせいにして、ちゃんと金も払ったんだろうよ」
俺は、仕事中に隠れて酒を飲んだ事が何度かあった。
それを友人に話したことを、俺は思い出した。
俺や友人は、小さな建物の中で働く人間ではなかった。
友人には、ファーマーの血が流れていたし、俺には荒くれ者の血が流れていた。
狭い箱の中では、息が詰まるのだ。
「夕飯、食うよな?」
「いや、無理だな。女房がうるさい。今度機会があったら、食おうぜ」
俺たち二人は、ショッピングモールを歩き、iPadなんかをいじり、友人に缶コーヒーをおごってもらい、二人でしゃべりながら飲んだ。
俺は、失業中だという事を、完全に忘れていた。
俺はふと思った。
その日職安で発行してもらった紹介状。
その二つに、俺は採用されるに決まっている。
そう思った。
無理だ、などとは決して思わないことだ。
そして、無理をしないことだ。
ブコウスキーの小説の中で、今でも頭に焼き付いている一説を、頭の中で読み上げた。
~人生は、流れに逆らわないほど、優しくなるものだ~
今の日本は、チナスキーのような飲んだくれが生きて行けるような、優しい時代ではなかった。
吐き気のするような、狡猾で薄汚いドブネズミが幅を利かせる世の中だった。
ドブネズミどもは、自分がどれくらい意地が悪く、悪知恵が働くか、悪臭を放つどぶの中に寄り集まり、自慢して興に入っているのだ。
友人と別れた俺は、ショッピングモールの中の本屋に寄った。
ビレッジバンガード。
棚の上に、目的の本があった。
ブコウスキーの文庫本だ。
二冊取り出し、どちらを買うか悩んだ挙げ句、俺は薄い方の一冊を手に取った。
死をポケットに入れて。
失業中に読む本としては、最高のチョイスではないか。
俺は申し分ない心持ちで、家路についた。
職安の帰りに友人へ電話し、ショッピングモールで落ち合った。
車でショッピングモールへ向かう途中、車の中でずっと友人と携帯で話し続けた。
「落ち込んでるかと思って、心配したよ」
「まあ、最悪な状況には違いないが」
雨はだいぶ弱まっていたが、路上はすべての光を吸い込んで、どす黒く、排気ガスの余臭を放っていた。
「職安で、おもしろい求人があったよ。植木職人さ」
友人はおもしろがって、こう言った。
「おお。それいいんじゃないか。俺もそういう外で働くような仕事が良いかもしれん」
「なんか俺も落ち込んでいてね。最悪さ、今の仕事には夢が無いぜ」
俺は友人の苦悩がよくわかった。
俺たちは、どこか似ている。
「とにかく、楽しそうな仕事だろう?植木職人は。それに、俺が持ってる数少ない資格も役に立ちそうだし」
俺はいつも、そんな風にして仕事を決めていた。
面白そうだとか、楽しそうだとか、うんざりしなさそうだとか。
「お前の話きいていると、なんだか救われるよ。クビになったばかりの零に、俺が元気づけられてるなんて、逆だな」
「俺は落ち込まないんだよ。すべてを受け入れられるようになってから、そうなったんだ」
それは嘘だった。
職安へ向かうときは、最悪な気分だったし、今も不安は心の奥底で小さく燻っていた。
俺はそれに眼を向ける事を、やめているに過ぎなかった。
それでも友人と話をしていると、俺も元気が出て、話している間だけ、不安は消え去っていた。
「まったく、チナスキーじゃんか」
友人はそういって、笑った。
チナスキーとは、チャールズブコウスキーの小説に出てくるブコウスキー自身の分身で、
いつも酒を飲んでいて、いつも仕事をクビになる男のことだった。
「クビになった理由は、酒かい?」
「違うよ。俺をクビにする材料は見つからなかったようだ。だから、売り上げの低迷のせいにし、景気のせいにして、ちゃんと金も払ったんだろうよ」
俺は、仕事中に隠れて酒を飲んだ事が何度かあった。
それを友人に話したことを、俺は思い出した。
俺や友人は、小さな建物の中で働く人間ではなかった。
友人には、ファーマーの血が流れていたし、俺には荒くれ者の血が流れていた。
狭い箱の中では、息が詰まるのだ。
「夕飯、食うよな?」
「いや、無理だな。女房がうるさい。今度機会があったら、食おうぜ」
俺たち二人は、ショッピングモールを歩き、iPadなんかをいじり、友人に缶コーヒーをおごってもらい、二人でしゃべりながら飲んだ。
俺は、失業中だという事を、完全に忘れていた。
俺はふと思った。
その日職安で発行してもらった紹介状。
その二つに、俺は採用されるに決まっている。
そう思った。
無理だ、などとは決して思わないことだ。
そして、無理をしないことだ。
ブコウスキーの小説の中で、今でも頭に焼き付いている一説を、頭の中で読み上げた。
~人生は、流れに逆らわないほど、優しくなるものだ~
今の日本は、チナスキーのような飲んだくれが生きて行けるような、優しい時代ではなかった。
吐き気のするような、狡猾で薄汚いドブネズミが幅を利かせる世の中だった。
ドブネズミどもは、自分がどれくらい意地が悪く、悪知恵が働くか、悪臭を放つどぶの中に寄り集まり、自慢して興に入っているのだ。
友人と別れた俺は、ショッピングモールの中の本屋に寄った。
ビレッジバンガード。
棚の上に、目的の本があった。
ブコウスキーの文庫本だ。
二冊取り出し、どちらを買うか悩んだ挙げ句、俺は薄い方の一冊を手に取った。
死をポケットに入れて。
失業中に読む本としては、最高のチョイスではないか。
俺は申し分ない心持ちで、家路についた。