チナスキー | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

チナスキー

昨晩。

職安の帰りに友人へ電話し、ショッピングモールで落ち合った。

車でショッピングモールへ向かう途中、車の中でずっと友人と携帯で話し続けた。

「落ち込んでるかと思って、心配したよ」

「まあ、最悪な状況には違いないが」

雨はだいぶ弱まっていたが、路上はすべての光を吸い込んで、どす黒く、排気ガスの余臭を放っていた。

「職安で、おもしろい求人があったよ。植木職人さ」

友人はおもしろがって、こう言った。

「おお。それいいんじゃないか。俺もそういう外で働くような仕事が良いかもしれん」

「なんか俺も落ち込んでいてね。最悪さ、今の仕事には夢が無いぜ」

俺は友人の苦悩がよくわかった。

俺たちは、どこか似ている。

「とにかく、楽しそうな仕事だろう?植木職人は。それに、俺が持ってる数少ない資格も役に立ちそうだし」

俺はいつも、そんな風にして仕事を決めていた。


面白そうだとか、楽しそうだとか、うんざりしなさそうだとか。


「お前の話きいていると、なんだか救われるよ。クビになったばかりの零に、俺が元気づけられてるなんて、逆だな」

「俺は落ち込まないんだよ。すべてを受け入れられるようになってから、そうなったんだ」

それは嘘だった。

職安へ向かうときは、最悪な気分だったし、今も不安は心の奥底で小さく燻っていた。

俺はそれに眼を向ける事を、やめているに過ぎなかった。

それでも友人と話をしていると、俺も元気が出て、話している間だけ、不安は消え去っていた。

「まったく、チナスキーじゃんか」

友人はそういって、笑った。

チナスキーとは、チャールズブコウスキーの小説に出てくるブコウスキー自身の分身で、

いつも酒を飲んでいて、いつも仕事をクビになる男のことだった。

「クビになった理由は、酒かい?」

「違うよ。俺をクビにする材料は見つからなかったようだ。だから、売り上げの低迷のせいにし、景気のせいにして、ちゃんと金も払ったんだろうよ」

俺は、仕事中に隠れて酒を飲んだ事が何度かあった。

それを友人に話したことを、俺は思い出した。


俺や友人は、小さな建物の中で働く人間ではなかった。


友人には、ファーマーの血が流れていたし、俺には荒くれ者の血が流れていた。

狭い箱の中では、息が詰まるのだ。

「夕飯、食うよな?」

「いや、無理だな。女房がうるさい。今度機会があったら、食おうぜ」

俺たち二人は、ショッピングモールを歩き、iPadなんかをいじり、友人に缶コーヒーをおごってもらい、二人でしゃべりながら飲んだ。

俺は、失業中だという事を、完全に忘れていた。


俺はふと思った。


その日職安で発行してもらった紹介状。


その二つに、俺は採用されるに決まっている。

そう思った。

無理だ、などとは決して思わないことだ。


そして、無理をしないことだ。


ブコウスキーの小説の中で、今でも頭に焼き付いている一説を、頭の中で読み上げた。



~人生は、流れに逆らわないほど、優しくなるものだ~



今の日本は、チナスキーのような飲んだくれが生きて行けるような、優しい時代ではなかった。


吐き気のするような、狡猾で薄汚いドブネズミが幅を利かせる世の中だった。


ドブネズミどもは、自分がどれくらい意地が悪く、悪知恵が働くか、悪臭を放つどぶの中に寄り集まり、自慢して興に入っているのだ。



友人と別れた俺は、ショッピングモールの中の本屋に寄った。

ビレッジバンガード。

棚の上に、目的の本があった。

ブコウスキーの文庫本だ。

二冊取り出し、どちらを買うか悩んだ挙げ句、俺は薄い方の一冊を手に取った。


死をポケットに入れて。


失業中に読む本としては、最高のチョイスではないか。



俺は申し分ない心持ちで、家路についた。