日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -331ページ目

絵本

その絵本は、娘の寝室の本棚の一番端に、あった。


一度も読み聞かせたことがなかった、絵本である。


猫の話である。


たくさんの、飼い主に飼われ、死に、また生まれ変わる猫。

どんなに立派な、飼い主であっても、好きになれない。

自分が一番、好きなのであった。


あるとき、一匹のメス猫に出会う。

何度でも、生まれ変われる自分を、すごいと思わない。

そんな、メス猫を愛するようになった。

初めて、自分以外のものを好きになったのである。

そして、子供も生まれる。


そして、別れ。


一度も泣いたことのないその猫は、号泣するのであった。

そして、もう生まれ変わることはなかった。


俺は、泣いていた。

絵本で、泣いていた。




俺は、自分が大嫌いなんだよ。

呟いていた。



居場所

居場所は、どこにもなかった。

部屋に入ると、うつるからと追い出される。


仕方なく、妻と娘の布団を引いた。






食卓に行くと、妻が娘に食事をさせている。


俺はそれを遠巻きに観ていた。



娘が遊び始める。

そして、皿を落とす。

いつものことだった。



しかし、妻の対応は違った。


「うちはみんな変な人ばかりだ。おとうさんもOOちゃんも」



さすがに、怒りがこみ上げてきた。



2歳の娘に、言う言葉か。


そして、本気で顔をあわせるのも嫌だと思っていた。


俺は、娘のこぼした夕食を片付け、食器を洗った。





俺は自室に戻って、窓の外を眺めていた。


一戸一戸の家に、明かりが灯っている。

きっと、楽しい夕食をとっているのだろう。

なんとなく、考えていた。





それから、食卓に戻った。


妻が、食器を洗っている。


「俺が洗うよ」

「うつるから、近寄らないでって言っているでしょ」



また、追い出された。





自室にもどり、ふと気が付いた。


妻と娘二人は、免疫があるから、うつらないよな。


お互い、顔を突き合せないほうが、幸せってわけか。


卑屈になっている、自分を笑った。

限界

帰宅した。

妻は、出かけている。

俺は一人、何を待っているのか。




いつものように、言葉の暴力でズタズタにされることか。

それとも、春の訪れか。


春の訪れなんてないよな。氷河期なんだ。


呟いていた。


それでも、暖かい春は、確かにあった。




テレビを、ぼんやり見つめていた。


恋人だった人の記憶を消すと言う、映画のCM。


俺は、楽しかったころの、妻との思い出を、全て消したいと思った。

そうすれば、こんなに苦しまなくてもすむはずだ。

最初から、楽しい思いもせず、つらい思いばかりしていれば、それが普通になる。



心身ともに、疲れてた。


ひどく、年をとったような気分だ。



妻が帰宅した。


目の前にあった、穏やかなときの流れが、一瞬にして凍りついた。


俺の体も、硬直した。


もう気持ちは、萎えていた。