日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -329ページ目

やけに月が大きい。

満月。

夜空を、青白く照らし出している。

遠くの山まで、はっきりと見えた。



「観てみろよ。月だ。わかるか。」



犬に話しかけていた。

ちょっと遅い、犬の散歩。

犬は首を傾げて、不思議そうに俺を見つめてくる。



風呂を洗い、夕食をとった。

娘が、椅子に据付られた小さなテーブルに、派手に食べ物を散らしている。



「今日、帰宅途中に知人と会ったよ。」

「ちょっと話し込んだんだ。」


そんな話を妻にした。

ちゃんと聞いている。

剣呑なものは、なかった。


とつとつとした、妻との会話。


少しずつ。


心の中で、呟いていた。



娘が、童謡か何かを歌っている。

スプーンにごはんを掬い、口へもっていく。

顔をそらした。

「自分でやる。」

娘がそう言った。




穏やかな夜だった。

俺は汚れた食器を洗い終えると、外に出て夜空を見上げた。


満月は、心なしか小さくなって、ずうっと上の方で白く輝いていた。

コミュニケーション

機嫌を、とろうとしているのか。

そうだとしたら、やりたくないことだった。

こちらの弱気を表すようなものだ。

そして、そんな気持ちを敏感に感じ取るだろう。



何よ。こんな時だけ、気使って。


そう言われるのが嫌で、コミュニケーションを避けてしまう。



ただ、このままでは何の解決にもならないことも、明らかだった。

現状を変えるには、何か違うアクションを起こす必要がある。



理屈ではそうだ。



夜、一緒に酒でも飲めないものか。

考えていた。


晩酌である。

誘いにのってくれるか。

嫌だと一蹴されるか。


やってみよう。


そんな気になっていた。


缶酎ハイでも買って帰るか。


そして、もし拒否されれば、ふた缶飲んでしまえばいい。


スーパーで、88円の缶酎ハイを二つ買った。





玄関で、ただいまの挨拶。




返事はなかった。

生きがい

仕事場と家の往復。


喰うために、働く。


公共料金の支払い、家賃、食費。

この生活を維持するため、一日の三分の一は経済活動にあてられる。


蛇口を捻れば水が出て、いつでも風呂に入れる。

洗濯物も、機械がやってくれる。

当たり前のことだ。




以前、遊牧民の暮らしについて、読んだことがある。

電気も水道もない生活。

羊を追って生計を立てている。


不便な生活に思えるが、実際は動物の世話を終えれば、

自分の時間がたっぷりあるという。

俺より、豊かな生活かもしれない。

そう思った。



家族と触れ合う。

ゆったりとした時間の中で、物思いにふける。

生きた時間、というやつだ。



ものが溢れる世界。

金さえあれば、人の気持ち意外、何でも手に入る世界。


これって、幸せか。


銭がないから、こんなこと考えるんだなとも、思う。



金がなくても、家族がいるじゃないか。

そう、心の底から、言えない。


妻と、心が通じていないから。



それでも、言うよ。


妻よ。


俺は、君を愛している。