日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -316ページ目

化粧

夜中に妻を駅まで迎えに行った。

結婚式の帰りである。

娘はチャイルドシートで不機嫌に泣いていたが、

いつの間にか寝てしまっていた。




同窓会なんか、恥ずかしくていけない。

今の私は、惨め過ぎるから。

そんなことを、言われたことがあった。

友人と比べると、どうしようもない位

さもしい暮らしなのだろう。

俺が、妻を不幸にしたのだろうか。




駅に人影はなく、青白い光がホームを照らし出している。


暖かい、家庭。

築けると思っていた。

ルームミラーに映った、娘の寝顔。

これ以上の幸せは望めないのかもしれない。

妻がいて、娘がいる。

週末には、家族3人で出かけたりもする。

それで十分幸せじゃないか。




妻が、大きな紙袋をぶら下げて、駅から歩いてきた。

小走りに、車に乗り込んでくる。



はっとした。

きちんと、結い上げられた髪。

目元に薄い化粧。

赤い紅。

綺麗だよ。

言葉にはならなかった。

心の中で、呟いただけだ。



ちょっと明るい表情。

いつも、こんな妻を見ていたいと思った。


娘を起こさないように、小声でしゃべっている。

何を話していいのか、つかの間考えていた。



考える時間の分だけ、妻を遠く感じた。

想像という自由

友人からの一通のメール。

陶芸、いいぞ。

陶芸の町へ行き、刺激を受けたようだった。

感動が直に、伝わってくる。

陶芸で生きるなどという文面。

友人らしい。



頭の中に、ひとつの物語が浮かんできた。

それをまとめ、メールを返信した。






以下は、友人に当てたメール




偶然に良いものが焼けた。

3年前である。

一人の著名な陶芸家が、私の作品を高く評価してくれた。

生きる悲しみのようなものが焼き込まれている。

そんなことを言っていた。

私は会社を辞め、その年老いた陶芸家の勧められるまま、

この町へ移り住んだのだった。






こんな俺のメールを、友人は面白がっているようだった。


この続きも、書こうか。

考えて、自嘲する。

まるで、メールマガジンだな。



携帯を握り締めながら、片手はハンドルを握っている。

信号で止まっている間に、メールを書く。

そんなことを、時々するのだった。

止まっている時に、携帯を使うことは違反ではないらしい。

どこかで聞いた話だった。



次々に、頭の中に浮かぶアイデアを誰かに伝えたい。

言わば、無理やり友人に読ませているようなものだ。

話のあらすじを考えていた。


思い浮かんだラストシーンは、ちょっと切ないものだった。

物差し

娘に言った何気ない冗談。

透かさず、妻に罵られた。


「嘘は教えないでよね」


語気を荒げた言い方だった。

「なんでそんな言い方する訳」

「だってヘンなこと言うからよ。普通の人は言わないから」




物差しが違っている。

俺が考える冗談は、とんでもないナンセンスなものなのか。




そして妻が、なぜ笑っているのかわからない時もある。





俺が言った冗談で、妻がキレたことがあった。

友人や同僚は、その冗談で普通に笑っていた。

どうなってるんだ。

そう思って、狼狽したものだった。





買い物の帰り。

妻がいきなり笑った。

「ああ、可笑しい」


一瞬考えた。

可笑しい理由は、思い当たらない。

強いて言うならば、妻が音を立てて飲み物を飲んだことだった。

「何が可笑しい」



返事は無かった。



そして、確信した。

飲み物を、音を立てて飲んだことが、どうしようもなく可笑しかった、と。





信号で、止まった。

とっておきの冗談。

急に思い出していた。

思わず、口をついて出そうになったが、

俺は必死で、それを飲み込んだ。

気付いたら、口元だけで笑っていた。

妻には見られずにすんだようだった。