日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -314ページ目

ワイン

真っ直ぐ家に帰りたくはなかった。


家庭は本来、安らぎの場所ではなかったのか。

帰り道、本屋に立ち寄る。

何をするでもなく、ただ時間を潰すためだった。

コンビニでも、どこでもよかった。

家と会社の間に、ひと呼吸入れられる場所であればいい。

ダイビング雑誌を手にとった。

誌面のほとんどが広告で、若い女性たちが、ダイビング器材を身に纏い、微笑みかけてくる。

これからが、シーズンだろう。

本当に好きな人は、透明度の高い冬に潜ったりする。

携帯が鳴った。

「途中でお酒、買ってきて」

俺はスーパーへ行き、ビールとワインを買った。


帰宅すると、いつもより豪華な夕食だった。

ワインを買ってきてよかった。

肉料理にちょうどいい。

黙って喰った。

会話など出来る状態ではなかった。

揚々とした気分にはなれない。

何とか、言葉を発した。

「旨いよ、これ」

「半額だったの」

妻も、ぼそぼそと話している。


ワインを飲んだ。

ひどく甘い。

それでも、酸味がなく旨い、と思った。

前に飲んだ安ワインは、酸味がきつく、不味く感じたのだった。

もっとも、ワインの味などわかるはずもなかった。


それでも、言っていた。

「甘いけど、旨いね」


妻の返事はない。

妻の指定した銘柄のワインである。


妻と娘が寝室へ行った。


俺はグラスに、ウイスキーを注いだ。

口に含む。

ほんの少し、甘い味がした。

萎縮 後編 「暗闇」

「お風呂洗ってないから」

そう言って、妻は仕事に出掛けていった。

妻が出掛けた後に、娘に飲み物を与える。

遊んでいた娘が、食卓に着き、飲み物を飲み始めた。

甘い父親だな。

いつも、そう思う。

妻がいたら、甘やかすとあんたの様になる、などと言われただろう。



娘は飲み物を一気に飲んだ後、残りの飯を食べ始めた。

「旨いか」

「はい」


返事たげはいい。

「沢山食べろ」

それだけ言い、風呂を洗いに行った。




娘は、すぐ泣く。

風呂に入れても、泣きっぱなしだ。

頭を洗うとき。

身体を洗った後、湯舟に入る時。



おもちゃを指差して、娘が声を上げた。


「あれ、汚れてる」

裏側が黒く変色している。

それは、カビだった。




娘を寝かしつけ、寝室を出た。

もう眠りたい。


布団の中で眠りに落ちそうになった時、妻が帰宅した。

ドアを開け、粗っぽく閉める。

いつもの、不機嫌な息遣い。

近付いて来る。



俺は固く眼を噤じた。

俺は寝てしまった。

そう思えばいい。

一日の終わりを、妻の侮蔑を含んだ言葉で締め括るのは、ごめんだった。

部屋に入ってくる。

クローゼットを開け、閉める時大きな音を立てる。

俺は寝ている。

深い眠り。

このまま、目覚めなくてもいい。


俺のことがそんなに嫌いか。

ならば、このまま二度と目覚めなければいいだろう。

死んだように眠り、起きない者に、罵声を浴びせることなど出来はしない。

ふと、睡眠は死ぬことに近いかもしれない。

そんなことを、なんとなく考えていた。


無。

何もない、ただの闇。

俺は、寝ているときだけ、幸福なのか。

その夜は、夢を見なかった。

沖縄気分に

気分だけ、沖縄を味わう。

俺の昼食、100円なり。