日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -312ページ目

怯懦

風が心地よかった。



晴れてはいるが、雲が空を覆い、灰色に見える。

それでも、日差しは強かった。

遠くに見える、黒い山の稜線を、目を細めて眺めていた。



俺は、俺だ。

何故言えない。

いつもそう思い、そして自分を責める。

怯懦な性格を、情けないとも思う。

認めたくないものも含めて、俺なのだと思うしかないのか。



犬と散歩に出かけた。

苛立ちを、押さえ切れない。

つい、紐を強く引いてしまう。

眉根を寄せた、悲しげな視線を俺に向けてくる。

目を閉じながら、大きく息を吸って、細く、長く吐きだした。


すべてを受け入れる。

そして、自分を好きなる。

そこから、やさしい気持ちに、なれはしないか。

家に帰ると、妻と娘が出かける準備をしている。


娘を抱き上げた。

いつものように、ママがいいと首を振って泣いる。

妻から家事について、いくつか頼まれた。

なぜか、腹は立たなかった。

いつものように、心がざわついたりは、しない。



「じゃあね」

妻が言った。


「気を付けて」

俺は、言葉を返していた。



だめだなんて、考えないことだ。

そう思いながら、玄関を開けた。

音楽

頭が痛い。



朝目覚めて、最初に思ったことだった。

いつものように、不機嫌な妻がそこにいた。


「娘、看ていてよ」


苛立ちをぶつけているんだな。

なんとなく、そう思った。



吐き気を堪えながら、娘を看た。

いつものように、ママ、と言いながら泣き、妻のほうへ駆け寄っていく。

しばらくして、妻たちが出かけて行った。

俺はたまらず、トイレへ行き、吐いた。

水のようなものが、出ただけだった。



涙を拭いながら、頭痛薬を口へ放りこむ。

しばらく、じっとしていた。

肩から首、そして頭痛だった。



外は、呆れるくらいの晴天だった。

少しだけ、気分が良くなったような気がした。




雑用を済ませるため外出し、レンタル屋へ寄る。

音楽が聞きたかった。

一人の時は、ひと月に2枚くらいはCDを買っていた。

今は、レンタルである。

それも、毎月ではない。


「アンダー・ワールド」


車で聴いた。

心地よかった。

数年前までは、聴いていてすぐに飽きたものだ。

普通すぎると思っていた。

以前は、エイフェックス・ツインやスクエア・プッシャーのような、

複雑でとらえ様のない物に陶酔していた。

今は逆で、2,3曲で疲れてくる。

歳なのかもしれない。

いや、この歳でテクノというのもなかなかのものじゃないか。



一度だけ、ライブハウスへ行ったことがある。

ドラムンベース全盛で、行ったのものも、それだった。

酒を飲みながら、一晩中、体を揺すった。

踊ったと言うよりも、揺すったと言ったほうがいいような感じだった。

踊ること自体、初めてなのだった。



もう一度、行きたい。

思いながら、アクセルを踏んだ。



思っただけで、車の中で体を揺することは、なかった。


話さない訳 後編「写真」

朝起きると、部屋の掃除をはじめた。

部屋が、 心の状態を表すように、ひどく荒れていたのだ。

妻に呼ばれた。

妻たちの寝室である。

押入れを指差して、こう言った。


「まず、ここにあるものを、あんたの部屋に片付けて

それから、部屋の掃除してよ。ちゃんと順番を考えて」


俺は、その押入れの中身を、見つめていた。

親父やお袋の遺品がほとんどだった。

俺の子供のころの写真や、親父たちのものもあった。



とにかく、押入れの物を俺の部屋へ押し込んだ。

山のようになった段ボール箱や、アルバムなどに囲まれながら、途方にくれる。


アルバムを開いた。

娘と同じくらいの年齢の、俺がいた。

顔も娘に似ている。

何年ぶりに、この写真を観たのだろうか。

お袋が、俺を抱いて笑っている。

今ならわかる。

このとき、お袋はどんな気持ちで俺を抱き、笑っていたのかを。

荷物を押しのけ、辛うじて寝るスペースを作った。

明日、片付けよう。

布団の中で、すぐに寝たようだった。

夢を観た。

親父が俺に会いにくる。

忘れ物か何かを、届けてくれるようだ。

俺の目の前まで来ると、そのまま通り過ぎて行く。

親父を追った。

何故、素通りするのだ。

すぐに追いついた。

死んだ筈だ、そんなことは夢の中では考えもしない。

何か喋ろうとしたら、親父から金色の鍵を渡された。

そこで、目が覚めた。

夢などに、意味などあるのか。

親父たちの写真を観たから、そんな夢をみたのだろう。

足音が近づいてくる。

妻の声が、まどろんでいた俺を覚醒させた。


また今日も、言い訳という名の自己主張はしないだろうと思った。