日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -310ページ目

自分を責めるな 「楽観」

「なにも、作れないんでしょ」

「作れるよ」



妻が、腹を空かせて帰宅し、俺は何か作ろうかと言ったのだった。

意地の悪い言い方じゃないか。

炒め物とか、簡単なものは作ることができる。

妻は、それを知っているはずだった。

俺の作ったものを、3人で喰うことだって珍しくない。



「チャーハンかオムライス、どっちにする」

「チャーハンで、いいよ」


俺は、その物言いに苦笑した。

オムライスは、卵が難しい。

中だけ半熟にし、飯の上で切って広げる。

それをいつも失敗するのであった。





チャーハンを喰い終えると、買い物へ出かけた。

妻の車は、エアコンが効いていて快適だ。

俺の車はひどいものだった。

窓を全快にして、通勤する。

今はまだいい。

これからの季節が、思いやられる。



通りに面した、中古車屋を見ながら妻が言った。

「ほらあれ、いいんじゃないの」


俺の気持ちを、察しているのかと刹那、思った。

妻の指差した先は、10万円と札の付いた草臥れた国産車だった。


「まあ、あれでもいいな、俺は」


エアコンも効かない車だぜ、俺の車は。

後の言葉は、飲み込んだまま、口をついて出てくることはなかった。



いちいち、腹は立てない。

いや、屈辱感すらも感じなくなってしまったのか。


要するに、腰抜けか。

認めたくはないが、多分そうなのだと思う。




帰宅し、夜も更けてきて、妻に酒を飲まないかと、誘った。


無下に断られる。

俺が空気を読まずに、酒など誘ったことがいけなかったのか。




結局妻は、一日機嫌が悪かった。





そう思うことにした。

自分を責めても、良い事なんて何も無いのだから。

鳴き声

鳥が鳴いていた。


不如帰。

山鳩。

烏。

わかったのはそれくらいのものだった。

雀はどんな鳴き声だったか。
思い出せない。


いつもは、老犬と歩いている散歩道だった。

それは農道で、左側が小さな森で右側には水田が広がっている。

娘の小さな手を引いて、歩いた。


風も無い、晴れた朝。

農道を、覆い隠す様に生い茂る、木々を見上げた。


そこから覗く空は、蒼かった。



娘が用水路へ歩いていく。

「メダカさん、いるかな」

娘と一緒に、赤錆色の水の中を覗き込んだ。



生き物はいなかった。

娘はそれでも、水の中を見つめている。

呆れたのか、石を拾い上げ、水の中へ投げ込んだ。



子供の頃は、メダカなどいくらでも見ることが出来たはずだ。

うんざりするような、田舎に暮らしてるのにな。

そう、呟きたくなった。


不便でもなく、便利でもない。

自然に囲まれている訳でもなかった。

中途半端な、田舎なのである。

不便でも、本当の田舎がいい。

いつも、そう思う。


水田に沿って立ち並ぶ、住宅の前を通り過ぎ、家へ帰る。


屋根に雀が留まっていた。

その鳴き声は、短く途切れて聞こえた。

華やかではないが、耳に心地好いと、思った。


不機嫌な、朝

忙しい朝だということは、わかっていた。

いつもより、早く起きて手伝おうと思った。

叩き起こされるよりは、ましだろう。

妻は、娘の弁当作りや、身支度で忙しそうだ。

身の置き場が、ない。

逃げるように、犬の散歩へ行った。



晴れた朝だった。

カラスが鳴いている。

生い茂る木々を見上げても、どこにいるのかわからなかった。






帰宅し、顔をあわせるなり、妻はこう言った。

トイレットペーパーが、引き出されたままだ。

かぎを入れる箱の蓋が、開いたままだ。

俺は、寝ぼけていたのかもしれない。

しばし、事の顛末を考えた。



ただ、忘れた。

それ以上でも、以下でもない。



注意力が散漫だ。

妻によく言われることだった。

そうかもしれない。

それでも、注意されることは、減っていた。




娘に、服を着せる。

それで、出かける準備は終わりだった。

そのままチャイルドシートに縛りつけ、娘たちを見送った。

娘が手を振っている。

妻は不機嫌な表情のままだった。

俺はそんな妻の顔を、車が走り去るまで見つめ続けていた。




機嫌の悪いときが、あって当然だ。

それが、一日でも少なくなればいい。

そして、穏やかな気持ちで妻と接していればいい。





空を見上げた。

明日も晴れるだろう。

なんとなく、そう思った。