変な、夢
変な夢だった。
無数の、怪物のようなものに追い掛けられる。
追い詰められると、俺は何故か空を飛んでいた。
そして、上手く飛ぶことが出来ず、また怪物の群れの中に落ちてしまう。
捕らえられる前に、また飛ぶ。
すぐに、落ちてしまう。
そんなことを、三度繰り返し眼を醒ましたのだった。
胃のあたりがむかついていた。
たっぷり時間をかけて、布団から抜け出す。
時間はもう、ない。
弁当は諦めるしかなさそうだった。
コップの水を飲み終えると、妻が起き出してきた。
「これ、詰めて行きなよ」
時間がない。
言う前に、妻は弁当の箱に鍋に入っているものを、詰め始めていた。
朝、妻と顔をあわすのは今日で三度目だった。
そのたびに弁当の心配をしている。
荷物を持ち、玄関へ向かった。
振り返りながら、言っていた。
「行ってきます」
返事は、ない。
もう一度、言った。
「行ってらっしやい」
少し、呆れたような声が返って来た。
車を飛ばした。
雨はすでに上がっている。
雲行きは、怪しいままだった。
更に、アクセルを踏んだ。
不調を思わせる、低い唸り声がエンジンルームから聞こえてきた。
脳をダウンロード
早朝、車のなかでそんなニュースを耳にした。
まさにSFだ。
ブレインストームという、古い映画を思い出していた。
全ての知覚を記録、再生出来る装置が開発されるという話。
つまり、他人の得た経験や記憶、感情までも記録し、まるでテレビを見るかの如く再生、体験できる装置である。
映画の中で、開発者の男がこの装置を使い、妻にたいする愛情を伝えるシーンがあった。
妻は、すれ違ってばかりいる夫の本心を知り、鳴咽しながら夫の胸で肩を震わせていた。
脳の全てがダウンロード出来たとして、その時、機械の中で、意識は芽生えるのだろうか。
「2001年宇宙の旅」の、ハルの様に。
原因
これで何度目か。
「あなたは、人の話を聞いていない」
そんなことはないと、俺は言う。
相手のことを、本気で思っていれば、話を聞かないなんて事はないと、妻が言った。
俺は、お前の気持ちを考えているよ。
いつもそう返すが、妻に否定される。
あなたが、私のことを思っているという実感がない。
そう言われた。
返す言葉がない。
相手を思いやるということは、どういうことなのか。
思っているということを、わからせるにはどうすればよいのか。
いつも、話しているうちにわからなくなる。
「朝から晩まで、そうやって怒っていては、何も始まらないじゃないか」
「だから、話を聞いてないと言っているのよ」
「こうなる前に、私は何度も言ったはずよ。それでもあなたは、私の話を聞こうとしてこなかった」
「だから、こういう態度になるわけよ。わかる。いまさら遅いって事よ」
俺は、マシーンのように、心の冷たい男なのかもしれない。
妻の気持ちを、本当のところで理解していないのだろう。
それは、分かろうとしてこなかったからなのか。
もともと、人の気持ちを理解するという、心すら持たないということなのか。
それでも、今回はわかりすぎるくらいよくわかった。
会話が食い違う。
感性の違いと言ってしまえば、それまでだった。
性格や、感性の違う夫婦なんて、いくらでもいるだろう。
それでもうまくやっていけるのは、相手の気持ちを察し、
思いやりをもって接しているからに違いない。
今までの、俺の過ちもはっきりと、わかった。
妻の逆鱗に触れないように、無難なことしか話さない。
そんな俺の話を、つまらないと妻は思う。
怒らせないようにと言葉を選んで話しているうちに、その返答も的外れなものになってしまう。
つまりは、妻の気持ちを考えないで、場当たり的に対応してきたため、こんなことになったのだ。
当然、妻は、あなたは全然わかっていないと言うだろう。
いまさらわかっても、遅いのかもしれない。
落ちるところまで、落ちた。
なるようにしかならない。
そして、選択するのは自分なのだ。
恐れてはいけない。
恐怖のせいで、何も考えられなくなるからだ。