日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。 -309ページ目

変な、夢

悪夢で眼が醒めた。

変な夢だった。


無数の、怪物のようなものに追い掛けられる。

追い詰められると、俺は何故か空を飛んでいた。

そして、上手く飛ぶことが出来ず、また怪物の群れの中に落ちてしまう。

捕らえられる前に、また飛ぶ。

すぐに、落ちてしまう。

そんなことを、三度繰り返し眼を醒ましたのだった。

胃のあたりがむかついていた。

たっぷり時間をかけて、布団から抜け出す。

時間はもう、ない。


弁当は諦めるしかなさそうだった。

コップの水を飲み終えると、妻が起き出してきた。

「これ、詰めて行きなよ」

時間がない。

言う前に、妻は弁当の箱に鍋に入っているものを、詰め始めていた。


朝、妻と顔をあわすのは今日で三度目だった。

そのたびに弁当の心配をしている。

荷物を持ち、玄関へ向かった。

振り返りながら、言っていた。


「行ってきます」

返事は、ない。

もう一度、言った。

「行ってらっしやい」


少し、呆れたような声が返って来た。



車を飛ばした。

雨はすでに上がっている。
雲行きは、怪しいままだった。


更に、アクセルを踏んだ。

不調を思わせる、低い唸り声がエンジンルームから聞こえてきた。

脳をダウンロード

2050年には、脳の情報をコンピュータにダウンロード出来るようになる。
早朝、車のなかでそんなニュースを耳にした。
まさにSFだ。
ブレインストームという、古い映画を思い出していた。
全ての知覚を記録、再生出来る装置が開発されるという話。
つまり、他人の得た経験や記憶、感情までも記録し、まるでテレビを見るかの如く再生、体験できる装置である。
映画の中で、開発者の男がこの装置を使い、妻にたいする愛情を伝えるシーンがあった。
妻は、すれ違ってばかりいる夫の本心を知り、鳴咽しながら夫の胸で肩を震わせていた。


脳の全てがダウンロード出来たとして、その時、機械の中で、意識は芽生えるのだろうか。

「2001年宇宙の旅」の、ハルの様に。

原因

これで何度目か。


「あなたは、人の話を聞いていない」


そんなことはないと、俺は言う。

相手のことを、本気で思っていれば、話を聞かないなんて事はないと、妻が言った。

俺は、お前の気持ちを考えているよ。

いつもそう返すが、妻に否定される。

あなたが、私のことを思っているという実感がない。

そう言われた。


返す言葉がない。




相手を思いやるということは、どういうことなのか。

思っているということを、わからせるにはどうすればよいのか。

いつも、話しているうちにわからなくなる。



「朝から晩まで、そうやって怒っていては、何も始まらないじゃないか」

「だから、話を聞いてないと言っているのよ」

「こうなる前に、私は何度も言ったはずよ。それでもあなたは、私の話を聞こうとしてこなかった」

「だから、こういう態度になるわけよ。わかる。いまさら遅いって事よ」



俺は、マシーンのように、心の冷たい男なのかもしれない。

妻の気持ちを、本当のところで理解していないのだろう。

それは、分かろうとしてこなかったからなのか。

もともと、人の気持ちを理解するという、心すら持たないということなのか。




それでも、今回はわかりすぎるくらいよくわかった。

会話が食い違う。

感性の違いと言ってしまえば、それまでだった。

性格や、感性の違う夫婦なんて、いくらでもいるだろう。

それでもうまくやっていけるのは、相手の気持ちを察し、

思いやりをもって接しているからに違いない。

今までの、俺の過ちもはっきりと、わかった。

妻の逆鱗に触れないように、無難なことしか話さない。

そんな俺の話を、つまらないと妻は思う。

怒らせないようにと言葉を選んで話しているうちに、その返答も的外れなものになってしまう。

つまりは、妻の気持ちを考えないで、場当たり的に対応してきたため、こんなことになったのだ。

当然、妻は、あなたは全然わかっていないと言うだろう。



いまさらわかっても、遅いのかもしれない。

落ちるところまで、落ちた。

なるようにしかならない。



そして、選択するのは自分なのだ。

恐れてはいけない。

恐怖のせいで、何も考えられなくなるからだ。