馬鹿
この時間が、嫌いだった。
なぜあなただけ、遊んでいる。
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
妻は、料理をしている。
風呂も洗った。
雨戸も閉めた。
布団も敷いた。
それだけで、俺のやることは何もなくなった。
仕方なく、ソファーでテレビを見つめていた。
中国産のダイエット食品による健康被害。
嫌でも、興味を引かれた。
被害の原因とされる、薬物の名前を言っているその時、後ろで声が聞こえたような気がした。
弾かれるようにして、後ろへ身を捩り妻を見つめた。
「なぜ人の話を、聞かない訳」
ここで、いつもなら話をする気も失せていた筈だ。
その日は、違っていた。
「TVを見ていて、気がつかなかっただけじゃないか」
「話を聞こうと思っていれば、耳に入るはずでしょ」
そこからは、言い合いになった。
もう飯の時間にテレビなど付けるな。
私は、あんたと違って、この時間しか見ることができない。
洗濯物などを干す都合上、天気予報は見なければならない。
そんな事柄を延々と言っている。
最後に、こう言い放った。
「あんた、本当に馬鹿じゃないの」
「この距離で、声が聞こえないんじゃ、一度頭の中見てもらったほうがいいわ」
心の中で、笑っていた。
そこまで言われて、一緒に生活する義務や責任はないだろう。
家を出ようと思った。
金。
仕事。
娘。
逃げ場所。
頭に浮かんだ。
結局、家を出ることは、なかった。
妻はこれから仕事で、この馬鹿な男が子守をしなくてはならない。
娘がいるから。
そんな理由をつけて、逃げているのか。
それとも、まだ、人間的な感情が残っているということなのか。
あんた、本当に馬鹿じゃないの。
その言葉を、心の中に刻み込んだ。
馬鹿だからわかんねえよ。
今度は、そう言ってしまうかもしれない。
頭の悪い、ガキのように。
なぜあなただけ、遊んでいる。
そんな言葉が聞こえてきそうだった。
妻は、料理をしている。
風呂も洗った。
雨戸も閉めた。
布団も敷いた。
それだけで、俺のやることは何もなくなった。
仕方なく、ソファーでテレビを見つめていた。
中国産のダイエット食品による健康被害。
嫌でも、興味を引かれた。
被害の原因とされる、薬物の名前を言っているその時、後ろで声が聞こえたような気がした。
弾かれるようにして、後ろへ身を捩り妻を見つめた。
「なぜ人の話を、聞かない訳」
ここで、いつもなら話をする気も失せていた筈だ。
その日は、違っていた。
「TVを見ていて、気がつかなかっただけじゃないか」
「話を聞こうと思っていれば、耳に入るはずでしょ」
そこからは、言い合いになった。
もう飯の時間にテレビなど付けるな。
私は、あんたと違って、この時間しか見ることができない。
洗濯物などを干す都合上、天気予報は見なければならない。
そんな事柄を延々と言っている。
最後に、こう言い放った。
「あんた、本当に馬鹿じゃないの」
「この距離で、声が聞こえないんじゃ、一度頭の中見てもらったほうがいいわ」
心の中で、笑っていた。
そこまで言われて、一緒に生活する義務や責任はないだろう。
家を出ようと思った。
金。
仕事。
娘。
逃げ場所。
頭に浮かんだ。
結局、家を出ることは、なかった。
妻はこれから仕事で、この馬鹿な男が子守をしなくてはならない。
娘がいるから。
そんな理由をつけて、逃げているのか。
それとも、まだ、人間的な感情が残っているということなのか。
あんた、本当に馬鹿じゃないの。
その言葉を、心の中に刻み込んだ。
馬鹿だからわかんねえよ。
今度は、そう言ってしまうかもしれない。
頭の悪い、ガキのように。
反駁
怒鳴る者の気持ちを考えていた。
怒鳴って気持ちが晴れる者。
嫌な気持ちになる者。
そもそも、胸糞が悪いから怒鳴るものだろう。
そうも、思う。
人は、人を傷付けたり、打ち負かしたりすることによって、ある種のエネルギーを得られる。
しかし、それは一時的なもので、他者になにかを与える行為で得られるエネルギーは、無限である。
そんな事を、どこかで読んだことがあった。
俺は何故、反駁しない。
論理的に話を組み立てられず、いつも論破されるからか。
下手な事を言って、更にずたずたに傷付けられるなら、黙り込んだ方がましと思っているのかもしれない。
つまりは、頭の回転が悪いのだ。
ディベート能力の欠如。
妻に猛然と論及し、ぐうの音も出ないくらい徹底的に論破する。
そんな日が、果たして来るのだろうか。
想像しただけでも、痛快である。
気付くと片方の口角だけ上げて、薄笑いを浮かべていた。
怒鳴って気持ちが晴れる者。
嫌な気持ちになる者。
そもそも、胸糞が悪いから怒鳴るものだろう。
そうも、思う。
人は、人を傷付けたり、打ち負かしたりすることによって、ある種のエネルギーを得られる。
しかし、それは一時的なもので、他者になにかを与える行為で得られるエネルギーは、無限である。
そんな事を、どこかで読んだことがあった。
俺は何故、反駁しない。
論理的に話を組み立てられず、いつも論破されるからか。
下手な事を言って、更にずたずたに傷付けられるなら、黙り込んだ方がましと思っているのかもしれない。
つまりは、頭の回転が悪いのだ。
ディベート能力の欠如。
妻に猛然と論及し、ぐうの音も出ないくらい徹底的に論破する。
そんな日が、果たして来るのだろうか。
想像しただけでも、痛快である。
気付くと片方の口角だけ上げて、薄笑いを浮かべていた。
機械
朝、妻と顔を合わせ、第一声が俺に対する文句であった。
腹の中を掻き回されるような、溜息。
唸るような、不機嫌な息遣い。
それが寝るまで続いた。
たまらず庭へ出る。
すぐに庭の掃除をしろと、言葉が追ってくる。
トイレに入った。
すかさず、娘の面倒を看ろと怒鳴り声が上がった。
妻は疲れたと何度も呟き、昼飯も食わずに寝室へ消えていった。
俺は手早く飯を作り、それをそっと寝室へ置いた。
結局、妻はそれに、いっさい手を付けなかった。
そして、俺の目の前で飯を作り始めたのだった。
少しずつ、人間的な感情が消えて行く。
泣きもしない。
怒りもしない。
喜びもしない。
それでも、哀しみだけは消えないだろう。
機械になっていく。
そして、廃棄処分される日を、何も感じないまま待ち続けるだけだ。
腹の中を掻き回されるような、溜息。
唸るような、不機嫌な息遣い。
それが寝るまで続いた。
たまらず庭へ出る。
すぐに庭の掃除をしろと、言葉が追ってくる。
トイレに入った。
すかさず、娘の面倒を看ろと怒鳴り声が上がった。
妻は疲れたと何度も呟き、昼飯も食わずに寝室へ消えていった。
俺は手早く飯を作り、それをそっと寝室へ置いた。
結局、妻はそれに、いっさい手を付けなかった。
そして、俺の目の前で飯を作り始めたのだった。
少しずつ、人間的な感情が消えて行く。
泣きもしない。
怒りもしない。
喜びもしない。
それでも、哀しみだけは消えないだろう。
機械になっていく。
そして、廃棄処分される日を、何も感じないまま待ち続けるだけだ。