原因
これで何度目か。
「あなたは、人の話を聞いていない」
そんなことはないと、俺は言う。
相手のことを、本気で思っていれば、話を聞かないなんて事はないと、妻が言った。
俺は、お前の気持ちを考えているよ。
いつもそう返すが、妻に否定される。
あなたが、私のことを思っているという実感がない。
そう言われた。
返す言葉がない。
相手を思いやるということは、どういうことなのか。
思っているということを、わからせるにはどうすればよいのか。
いつも、話しているうちにわからなくなる。
「朝から晩まで、そうやって怒っていては、何も始まらないじゃないか」
「だから、話を聞いてないと言っているのよ」
「こうなる前に、私は何度も言ったはずよ。それでもあなたは、私の話を聞こうとしてこなかった」
「だから、こういう態度になるわけよ。わかる。いまさら遅いって事よ」
俺は、マシーンのように、心の冷たい男なのかもしれない。
妻の気持ちを、本当のところで理解していないのだろう。
それは、分かろうとしてこなかったからなのか。
もともと、人の気持ちを理解するという、心すら持たないということなのか。
それでも、今回はわかりすぎるくらいよくわかった。
会話が食い違う。
感性の違いと言ってしまえば、それまでだった。
性格や、感性の違う夫婦なんて、いくらでもいるだろう。
それでもうまくやっていけるのは、相手の気持ちを察し、
思いやりをもって接しているからに違いない。
今までの、俺の過ちもはっきりと、わかった。
妻の逆鱗に触れないように、無難なことしか話さない。
そんな俺の話を、つまらないと妻は思う。
怒らせないようにと言葉を選んで話しているうちに、その返答も的外れなものになってしまう。
つまりは、妻の気持ちを考えないで、場当たり的に対応してきたため、こんなことになったのだ。
当然、妻は、あなたは全然わかっていないと言うだろう。
いまさらわかっても、遅いのかもしれない。
落ちるところまで、落ちた。
なるようにしかならない。
そして、選択するのは自分なのだ。
恐れてはいけない。
恐怖のせいで、何も考えられなくなるからだ。