ワイン | 日々を生きる。~大切なものを失って得たもの。

ワイン

真っ直ぐ家に帰りたくはなかった。


家庭は本来、安らぎの場所ではなかったのか。

帰り道、本屋に立ち寄る。

何をするでもなく、ただ時間を潰すためだった。

コンビニでも、どこでもよかった。

家と会社の間に、ひと呼吸入れられる場所であればいい。

ダイビング雑誌を手にとった。

誌面のほとんどが広告で、若い女性たちが、ダイビング器材を身に纏い、微笑みかけてくる。

これからが、シーズンだろう。

本当に好きな人は、透明度の高い冬に潜ったりする。

携帯が鳴った。

「途中でお酒、買ってきて」

俺はスーパーへ行き、ビールとワインを買った。


帰宅すると、いつもより豪華な夕食だった。

ワインを買ってきてよかった。

肉料理にちょうどいい。

黙って喰った。

会話など出来る状態ではなかった。

揚々とした気分にはなれない。

何とか、言葉を発した。

「旨いよ、これ」

「半額だったの」

妻も、ぼそぼそと話している。


ワインを飲んだ。

ひどく甘い。

それでも、酸味がなく旨い、と思った。

前に飲んだ安ワインは、酸味がきつく、不味く感じたのだった。

もっとも、ワインの味などわかるはずもなかった。


それでも、言っていた。

「甘いけど、旨いね」


妻の返事はない。

妻の指定した銘柄のワインである。


妻と娘が寝室へ行った。


俺はグラスに、ウイスキーを注いだ。

口に含む。

ほんの少し、甘い味がした。