正気の沙汰~夢の中のおっさん。
バイト先のおっさんが、昨晩の夢に出てきた。
夢の中のおっさんが普段とは正反対に、やけに明るく何かを言いながら、俺の頭をつかんで、ガシガシやった。
いい加減にしなよ。
俺は笑いながら言う。
俺は、おっさんが嫌いではなかった。
おっさんはいつも仲間内から蔑まれ、揶揄されていた。
それでも、おっさんはいつもマイペースで仕事をこなす。
一度仕事帰りに、おっさんが一人寂しくファーストフードで食事をしているのを見たことがあった。
おれも、いっしょだわな。
そのとき俺は思ったのだった。
俺たち、三人でどこかに行く。
三人。
いつの間にか一人増えていた。
もう一人も、おっさんだった。
誰だったか、忘れた。知ってるおっさんだということはわかった。しかし、名前はわからない。
何処へ行くのか?俺たち三人は、ふらふらと歩き続けた。
居酒屋らしき軒先からは灯りが漏れていた。
俺はおっさん二人に挟まれ、得体の知れない町並みを歩いている。
薄暗い、物音一つ無い古びた町並み。
ジメジメとしていて、腐臭が漂ってきそうな猥雑な裏路地。
おっさん、飲んでるな。
おっさんの常軌を逸した明るさに、おれはそう結論づけた。
もう一人のおっさんは、静かだった。
今日はバイトなのか?
おっさんたちと一緒にいる理由が、わからなかった。バイト以外では会うことはない。だからバイトなのだろう、か?
疑問がわき上がり、虚構なのだと悟った瞬間に、目が覚めた。
おれは、不吉なものを感じだ。
おっさんは、死んだかもしれない。
俺に、最後の別れを告げにきたのだ。
俺は何故かそう思った。
おっさんは、体調が良くなかった。ぼろぼろの体で、最近はよく休んでいた。
おっさん………。
大丈夫かな?
くそったれ!!
無視した。しかしその音は止まなかった。いつまでもノブをガチャガチャ。
ん? 馬鹿じゃねえのか?カギがかかってるだろうが!入ってるんだよ!
さらに、ノブを執拗にガチャガチャ。
クソッタレの馬鹿ヤロウが!
俺は振り返らずに、おもいっきり後ろのドアをけり飛ばした。
ドン!
それで静かになった。
すぐにトイレを出て、ばか者の姿を探した。
それらしき、男の姿はどこにも無かった。
今日は妻に話さなければならないことがある。
ここ一週間、話すに話せなかった。
妻の利害とも一致する、もともと、妻が言い出したことだった。
あんた、このままでいいの?
無理だと決め付けずに、やってみるという気概は無いの。
そんなことを、言われた気がする。
しかし、気になることもあった。
事を始めるには、まず金が必要なのだった。
そして、その金はどこにも無い。
そのまま、ハンバーガーショップへ直行した。
妻と対峙する事を、少しでも遅らせたいのかもしれなかった。
自然と足は、家から遠のく。
本を読もうという気も起きなかった。
二つ。バーガーを腹に詰め込んだ。
包み紙を丸め、ナプキンで口を拭うと、何もすることが無くなった。
主婦らしき4人組が、それぞれ携帯を弄びながら会話をしている。
気分を取り戻さなくては。
こんな気分では、手強い相手を説き伏せることはできないだろう。
いや、そもそも、説き伏せるほどのことなのだろうか。
案外、あっさりと承諾するかもしれない。
問題は、その後だった。
ふと思いたって、ノートを取り出す。
そして俺は書き始めた。
金、金、金。
朝、寝床から這い出すのと同時に、金を出せと妻に言われた。
昨晩は、深夜のバイト終えて4時に帰宅し、風呂やその他の雑事で、布団に入ったのが5
時、睡眠時間は2時間弱だった。
7時に起きて、15分後には家を出なければならない。
バイト代は、前回働いた分が支給されるシステムだった。
妻が言っているのは、その金を出せということだった。
悲しくなるほど、僅かな金だった。
それでも、無いよりはましなのだ。
あなたとは、生活のためだけに一緒にいる。
妻は臆することなく、平然と言ってのける。
俺は思った。
もしも、経済的に余裕があったなら、妻との関係性はどのような形になっていただろうか?
おそらくは、何も変わりはしなかっただろう。
今度は、さらに上の家庭と比べ、うちに無いものを並べ立てられるだけだ。
俺は鞄から、二つ折りにされた封筒を、テーブルの上に置いた。
そのまま弁当を持って、家を出た。