残すところは雨で中止になった数試合だけになりました。

なんだかんだ議論はありましたが、交流戦はなかなかおもしろかったのではないかと思います。

普段見れないユニフォームを見られるというのはなかなか新鮮なものです。

インボイスドームを埋め尽くす阪神ファンとか(笑)


しかし、個人的には二期にわけてくれてもよかったかなぁと思います。

パリーグファンとしては、1ヵ月半もパリーグとの対戦がないと、上位との差が気になってしまいます。

「直接対決」がないですからね。

来期はぜひ検討してほしいものです。


しかし、我がライオンズも、明日のスワローズ戦に勝てば5割、という微妙な成績でしたが、ニューヒーローが生まれたのはよかったです。

おかわりくんこと中村剛也、目下首位打者の石井義人、交流戦単独トップの勝ち星を挙げたベテラン西口などなど…。

まぁ他が微妙でチャンスに弱く、松坂はハーラートップの8敗ですが…。

これから暑い夏、カブレラやフェルナンデスの調子が上がってきてほしいものです。


明日もがんばれ、ライオンズ。

いよいよ、古墳時代から奈良時代へと足を踏み入れていきます。


…ですが、相変わらず授業の構成に頭を悩ませてます(汗)


律令国家への道、つまり中央集権体制への過程として厩戸の政治や大化のクーデター、壬申の乱を扱わねばなりません。

個人的にはそんなにかっちりしたものでもないのでは?とも思っているのですが、教科書に描かれている歴史像は最低限身につけてもらわなければいけないとも思います。


ということで今考えているのは、8Cの律令体制の完成期をはじめに扱ったうえで、そこに至る過程をあとで扱ってみようかな、ということです。

つまり、大宝律令などに規定されている中央集権システムの内容と歴史的意義を簡単に説明したうえで、その過程として厩戸や中大兄皇子の話をしてみようかな、と。

そうした一本のラインで一端歴史を描いておいて、子どもを安心させておきます。

そこから中央集権の限界を描いていくと、子どものなかに歴史に対する驚きと疑いの目が生まれるかな、なんて思っています。


うまくいくかはわかりませんが、少しずつ試みていきたいと思っています。

「チーム マイナス6%」、入ってみました。


政府の宣伝なのでたぶんに胡散臭いところがあるような気もしますが、地球温暖化はやはり取り組んでいかなければならない課題だと思いますので。

6つの取り組みのうち、5つくらいはこなせそうです。


買い物袋をもらなわないことなんかは日ごろわりと意識してます。

昔はカップめんや弁当、ペットボトルも買わないようにしてました。

…経済上の事情からカップめんは手放せなくなってしまいましたが…(汗)


「Think globaly, act localy」じゃありませんが、身近なところから、環境問題についても考えていきたいものです。



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team-6

あと6日で、学内のものとはいえ、雑誌論文の投稿締め切りが迫っています。

修士論文のテーマを軸に、やはり歴史教育と国家とのかかわりについて論じようと思っています。

どうなることやら…。

昨日に引き続き先史時代のお話を。

先史時代にかんして言えば、時間のスケールを捉えさせるのはとても大変なことです。


旧石器時代…人類が列島に移住してから約1万年前まで=数百万年間

縄文時代…約1万年前からB.C.4ないし3C=約8000年間

弥生時代…B.C.4ないし3CからA.D.3ないし4C=約600年間


時間意識の混乱の原因はみっつあります。


ひとつは「今から~年前」という記述と「西暦」とが混在していることです。

今から約1万年前というのは、西暦でいえばB.C.8000年、ということになるわけです。

西暦の概念については授業で説明はしたものの、試験の結果を見る限り、完全に理解している子どもはそんなにいない感じでした。

時間の概念をコントロールするのはずいぶん難しいことのようです。


もうひとつは、時代の区切れ目があいまいなこと。

「奈良時代」や「鎌倉時代」のように政権の所在地で時代区分をしている場合、明確に「~年」というのが境目になるわけですが、「縄文時代」も「弥生時代」も社会の変化を指標にしているため、明確なボーダーラインを引くことができません。

そのうえ地域的による差もあれば、考古学的に年代を特定することの難しさもある。

しかも最新の調査では、弥生時代はB.C.10Cまでさかのぼるという説も出てきているようです。

子どもにとってみれば、このようなあいまいな時間感覚というのはすごく気持ち悪いのではないかと思います。

でも、明確な答えがないようなあいまいな感覚、そういった時間感覚を育てていくこともそれはそれで大切なことのような気がします。


最後に、時代区分の時間の長さがまったくちがうこと。

ゼロの数がひとつもふたつも違えば、当然混乱してしまいます。

時代区分されているひとつの「時代」は、並列されていることから、同じような時間のスケールだと思われてしまうんでしょうね。


そもそも時代区分というものがいかに人為的でいいかげんなものか、ということを理解しなくてはいけません。

いちおうそんなことは口頭では説明したのですが、もっとそういったことが実感できるような授業を考えなくてはいけませんね。

どんぐりんさんの疑問にお答えして、今日は先史時代の時代区分について、私なりの理解をお話ししたいと思います。


「原始時代」というのは、「先史時代」と同じような時代区分だと思います。

「先史時代」とは「書かれた歴史がない時代」、つまり無文字社会のことですね。

何らかの形で文字になった史料が残っている時代とは研究の方法が全く違います。

考古学中心の時代、とでもいいましょうか。


その「原始時代」ないし「先史時代」のなかに、「旧石器時代」「縄文時代」「弥生時代」の3つの区分をイメージしています。


まず、「旧石器時代」から。

旧石器時代は、今から約1万年前よりも昔のこと全般のイメージです。

つまり列島に人間が住みついてから1万年前までですね。

その名の通り、旧石器=打製石器を使っていた時代のことです。

使っている石器による時代区分ですね。

当時は最後の氷河期にあたっていますので、海退の結果大陸とも陸続き、マンモスやオオツノジカなどの狩猟が中心だった時代です。


次に「縄文時代」です。

縄文時代は、旧石器時代との関係で言えば、「新石器時代」ということになります。

つまり、磨製石器を使っていた時代です。

一方で縄文時代という名の語源にもなっているように、縄文土器が使われていたというのも縄文時代の大きな特徴です。

紀元前4C~3Cくらいまでのイメージでしょうか。

温暖化の結果、列島が大陸から独立するとともに、マンモスなどの大型獣が姿を消します。

その代わりに木の実が採れるようになったり、小型の獣(ウサギやシカ)が獲れるようになったり、魚をとる技術が発達したりします。

道具もそれに応じて、矢が発明されたり、木の実を粉にする石皿、それを煮炊きするための土器、丸木船なんかが遺跡から出土します。

つまり、狩猟、採集、漁労を中心にした獲得経済、これが縄文時代のイメージです。

昨日も書いたように、竪穴式住居に住み、小さな村を形成して暮らしていたようです。

一方で抜歯の風習や土偶の出土など、マージナルな文化が根付いていたことが指摘されています。


最後は「弥生時代」。

ひとつは弥生土器が使われるようになったことで縄文時代との時代区分をするもの、もうひとつは稲作の開始をもって縄文時代と区別する考えがあります。

当然時期にややずれがあり、私としては後者の立場のほうがより説得力があると思っています。

縄文時代から原始的な農耕が行われていましたが、渡来人によってある程度完成された稲作文化が移入されたことが大きな変化をもたらしました。

出土する道具がそれに応じて大きく変化していることはもちろんですが、人々のくらしも大きく変わります。

高床式倉庫に代表されるように、余剰生産物の確保ができるようになります。

また、農業を組織的に行うにはある程度の協業が必要になります。

共同体内での協業の必要性と、余剰生産物や水利、耕地をめぐって、争いも起こるようになります。

ムラからクニへ変化していったのがこの時代でしょう。

同時に、共同体のリーダーシップをとる必要から、身分の差が生まれてきたことも指摘されています。

そのなかでもっとも有名なのが、3Cの卑弥呼の邪馬台国でしょう。


おおざっぱに説明しましたが、以上のように、時代区分の基準は必ずしも統一されているものではありません。

本当はもっと機能的に時代区分をしなきゃならないんでしょうが、ある程度共通の物差しとして通用してしまっているので、この言葉を使わざるをえません。

この辺が、子どもの歴史認識を混乱させる原因になるんでしょうね。

一応以上述べたようなことは授業で説明しましたが、子どもにどこまで伝わっていたんでしょうか…?

子どもなりに自分の納得のいくかたちで理解してくれていると良いのですが。


もし以上の歴史認識について、何かおかしいところなどありましたら、教えてください。

試験を採点していて、子どもから学ぶこともたくさんあります。


例えば、昨日の記事にあった問題で、「縄文時代は移住社会、弥生時代は定住社会」というような解答がありました。

授業では、旧石器時代はもっぱらマンモスやオオツノジカなどを獲っていたので、簡単なテント形式の小屋に住む移住社会、縄文時代は「獲得」の対象になるものが増えた(温暖化に伴って、獣の小型化、木の実の採集、海進による漁撈文化の発達など)ため、ひとつの場所に定住できるようになった、というように教えていました。

しかし、縄文時代を移住社会とする解答がけっこう多かったので、自分の授業の仕方に間違いがあったな?と反省してみたりするとともに、縄文時代は本当に移住社会じゃなかったのか?とも考えてみました。


竪穴式住居や共同の墓地の存在、土器の存在などは、おそらくそれほど広範囲には移動していないだろうということが推察できます。

マメ類やエゴマ、クリなどを栽培していたという話もあります。

しかし、狩猟・採集・漁撈中心の生活であるということは、本当に獲るものがなくなってしまえば移動せざるを得なくなります。

また、竪穴式住居は遺跡として残りやすいですが、テント式の小屋は遺跡として残りにくいでしょうから、ひょっとしたら竪穴式住居の村を拠点としながら、ある程度の範囲で移動していたことも考えられます。

この辺は自分の勉強不足を痛感しました。


いずれにせよ、弥生時代になって稲作文化が定着すれば、ある一箇所で定着しなくてはなりませんから、縄文時代よりも弥生時代のほうがより定住的な文化だということはできるでしょう。

(当然生産力は高くないですから、相変わらず狩猟・採集も重要な位置を占めていましたが)

いってみれば、旧石器時代から弥生時代への変化、移住から定住への変化の過渡期にあるのが縄文期の文化といえるのかもしれませんね。

いかに「移住→定住」という図式が単純化されすぎていて、多くの事柄を捨象してしまっているか、ということがわかります。


その一方で、網野善彦の考えなどを借りてくれば、縄文時代から交易に携わっていた人や土器を専門に作る人々がいたとされており、そのように考えると、狩猟・採集だけが縄文時代の特徴ではなくなるわけで、「移住」「定住」の問題自身の構造が問い直されなければいけないのかもしれません。

それに「移住→定住」という図式自体が農耕中心史観だという指摘もありそうです。

そういった意味では、子どもたちに実感のなさそうな遊牧民の生活を取り上げてみるのも面白いのかなぁとも思います。


とまぁ、子どもの解答からいろいろなことを考えてしまいました。

いわゆる「原始時代」も、こんなに考えることがあって面白いんだ!と改めて感じました。


中間試験の採点をしていて気になるのは、社会の問題といえども、国語の問題である、ということです。

つまり、そもそも問題の意味を読み取れていない子どもがたくさんいるのです。


例えば、「思考・判断」を問う問題として、以下のような問題を出題しました。


「別紙の資料は、それぞれ縄文時代と弥生時代についての資料である。資料を用いながら、縄文時代と弥生時代でどのような社会の変化があったのか、説明しなさい。その際、例として道具の名前を挙げ、具体的に説明すること。」
(別紙の資料とは、縄文時代と弥生時代に使われていた道具と村落の復元図をB4版にプリントしたものです)


この問題で書かなければならないことは2点あります。

ひとつは縄文時代と弥生時代の変化を取り上げていること。

もうひとつは「社会」の変化を取り上げていることです。


しかし、例えば「厚くて硬い縄文土器から薄くて丈夫な弥生土器に変わった」というような解答が結構多いのです。

この解答では、社会の変化を説明していることになりません。

道具が変化していることから、社会もこんなふうに変化した、というような記述を求めている問題なんですね。


子どもたちは、知識は結構豊富です。

解答にも、弥生時代の特徴や縄文時代の特徴を列挙してくれていました。

しかし、試験ですから、聞かれていることにきちっとこたえていなくては点数をあげられません。

つまり、資料をもとにじっくり考えるという習慣がまだまだついておらず、とりあえず知ってることを全部言っとけ!みたいな感じなのでしょう。


そういった彼らの思考を、ひとつひとつのものごとを吟味できるように、トレーニングしていかなければと思います。

同じメーカーのチョークでも、書き心地が全然違う。

これが私の持論です。


勤務校でも、2種類のチョークがおいてあるのですが、私は片方のチョークは絶対使いたくありません。

何が違うのかというと、チョークの堅さ。

私は堅い方が好みです。

字がシャープに書けるというのが一点。

あとは書き心地ですね。

柔らかいほうで書くと、なんだかフォークで黒板をひっかいているような、そんな感覚に襲われます。


とはいえ、子どもが準備してくれるのは、そんなことは気にせずランダムでもってきたもの。

柔らかいほうしかないと、それだけで黒板書く気がなくなってしまいます。


以前つとめていた塾でも、確か2種類のチョークがあったなぁ。

塾では堅いほうを自分でもってきて使っていましたが。


道具って大事です。