今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。
「好きな作曲家100選」シリーズの第24回である。
前回の第23回では、17世紀の中期バロックのイタリアの作曲家、アレッサンドロ・ストラデッラのことを書いた。
さて、今回はイタリア中期バロック最大の作曲家とされるアルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)を取り上げたい。
彼は自己に厳しい人だったようで、12曲の合奏協奏曲(2つのヴァイオリンと1つのチェロを独奏楽器とした協奏曲)、48曲のトリオ・ソナタ(2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ)、12曲のヴァイオリン・ソナタ(1つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ)を出版した以外には、数点の遺作を残して全て破棄してしまった。
その分、残された曲は完成度が高く、バロック器楽の規範とされた。
コレッリが得意とした楽器、ヴァイオリン。
8世紀初頭よりイスラム圏で奏されたラバーブという擦弦楽器(弦をはじくのでなく弓でこする楽器)が、9世紀にビザンツ帝国に伝わりビザンティン・リラとなって11、12世紀に西ヨーロッパへ伝播、またイベリア半島経由でもラバーブが伝わり、13~16世紀には西ヨーロッパでレベックと呼ばれるリュートとヴァイオリンの間のような楽器が流行した。
レベックから進化し16世紀初頭に生まれたヴァイオリンは、バロック期の17、18世紀に最盛期を迎え、ニコロ・アマティ(1596-1684)、アントニオ・ストラディヴァリ(1644/49-1737)、グァルネリ・デル・ジェズ(1698-1744)らによって良質のヴァイオリンが盛んに制作された。
ところで、16世紀にクレマン・ジャヌカン(1485頃-1558)らによって、パリ風シャンソンと呼ばれる、ポリフォニック(多声的)なフランドル楽派に比べややホモフォニック(和声的)に書かれた歌曲が誕生する。
その後、このパリ風シャンソンを器楽合奏に移し替えた「カンツォーネ・ダ・ソナーレ」と呼ばれる室内楽がイタリアで流行した(フレスコバルディもカンツォーナ集を作曲している)。
「ソナーレ」がもとになって「ソナタ」という器楽形式が生まれ、バロック期の17、18世紀にはヴァイオリン・ソナタやトリオ・ソナタといった多楽章形式の室内楽曲が盛んに書かれるようになる。
この頃にヴァイオリン奏者兼作曲家が出現し、イタリア系のジョヴァンニ・パオロ・チーマ(1570頃-1622以降)、ビアージョ・マリーニ(1594-1663)、マルコ・ウッチェリーニ(1603/10-1680)、マウリツィオ・カッツァーティ(1616-1678)、ジョヴァンニ・アントニオ・パンドルフィ(1624-1687頃)、ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィターリ(1632-1692)、またドイツ・オーストリア系のヨハン・ハインリヒ・シュメルツァー(1620/23-1680)、ハインリヒ・ビーバー(1644-1704)といった名手たちがこぞってヴァイオリン・ソナタやトリオ・ソナタを書いた(前回取り上げたストラデッラも作曲した)。
これらの集大成といえるのが、コレッリのヴァイオリン・ソナタおよびトリオ・ソナタである。
また、前回の記事にも書いたように(その記事はこちら)、コレッリはストラデッラがオラトリオやカンタータの序曲で用いたコンチェルトの形式を独立させ、合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)を確立した。
現ラヴェンナ県のフジニャーノで生まれたコレッリは、10歳代にボローニャやパリに滞在した後、20歳代にはローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会でヴァイオリン奏者の地位を得ており、その頃にローマ時代のストラデッラから影響を受けたのかもしれない。
コレッリの合奏協奏曲集op.6の作曲年代は不明だが、おそらく20~30歳代だろうと言われている。
また、20歳代の末にはトリオ・ソナタ集op.1(1681)を出版している。
これら前期作品には、すでに彼の個性が十分に表れている。
30歳代には、トリオ・ソナタ集op.2(1685)、トリオ・ソナタ集op.3(1689)の中期作品を出版し、1687年にはスウェーデン女王クリスティーナ主催の大規模な音楽祭の指揮者を務めるなど、名声が高まった。
40歳代にはピエトロ・オットボーニ枢機卿の庇護を受けるようになり、トリオ・ソナタ集op.4(1694)、ヴァイオリン・ソナタ集op.5(1700)の後期作品が彼の最後の出版となった。
50歳代には押しも押されもせぬ巨匠として知られ、色々な機会に呼ばれて演奏や指揮を行ったが、作曲はもうしなくなったか、あるいはしたとしても現在残されていない。
1713年、彼は59歳で生涯を閉じた。
ヴァイオリン・ソナタ op.5 第9番 イ長調 より 第1楽章 プレリュード。
なお第2楽章ジーグはこちら、第3楽章アダージョはこちら、第4楽章テンポ・ディ・ガヴォットはこちら。
若い頃の合奏協奏曲集op.6の溌剌とした魅力も捨てがたいし(特に第8番「クリスマス協奏曲」)、各トリオ・ソナタ集も良いが、やはり後期のヴァイオリン・ソナタ集op.5の味わいは格別である。
この曲集はどの曲も完成度が高く、第12番「ラ・フォリア」など大変な充実作だが、ここではより牧歌的な第9番を選んだ。
卓越した技巧を持っていたコレッリだが、技巧以上に芸術性を重んじたという。
「ラ・フォリア」で発揮されたあれほどの技巧が、この第9番では用いられることなく、それでいて他の誰にも真似できない上品で格調高い音楽となっていることに、感嘆せずにはいられない。
コレッリ以後もヴァイオリンの隆盛は続き、ジュゼッペ・トレッリ(1658-1709)、トマソ・アントニオ・ヴィターリ(1663-1745)、トマゾ・アルビノーニ(1671-1751)、アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)、フランチェスコ・ジェミニアーニ(1687-1762)、フランチェスコ・マリア・ヴェラチーニ(1690-1768)、ジュゼッペ・タルティーニ(1692-1770)、ピエトロ・ロカテッリ(1695-1764)など、イタリアの多くの作曲家たちがヴァイオリンのためのソナタや協奏曲を書いた。
しかし、コレッリの曲より華やかなものこそあれ、コレッリほどの格調を持つものが書かれることはなかった。
コレッリは、J.S.バッハ以前最大かつイタリア音楽史上最大の室内楽・協奏曲作曲家と言えるだろう。
なお、好きな作曲家100選シリーズのこれまでの記事はこちら。
11~20のまとめ 1501~1600年(ルネサンスとその周辺)
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