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地震があった一日の出来事

今日の夕方、都心を襲った強めの地震は、ものの見事に首都機能を麻痺させた。

その様はもう、お祭り、状態。


そのとき僕はいつものように喫茶店にいた。

突然の大きな揺れ、そして、俄かにあがる悲鳴。

まず僕は、「この人たちが何を抱えて生きているんだ。」と不思議に思った。

煙草に火をつけて一息、コーヒーに口をつけ、再び小説に目を落とした。

次に僕は、「震源地が宮城でなければそれで良い。」と思った。

(仮に宮城が震源地でここがこれだけ揺れるならそれは相当の惨劇だろう。)


それ以外には興味がない。

他人事。
傍観者。


それが、ああ、怖い怖い。
つくづく現代っ子なんだな。


新宿に飲みに行ったときに事の大きさが分かった。


電車はあんまり機能していなかった。
タクシー乗り場はとても混雑していた。
飲み屋のエレベーターが停まっていたら会計は30%オフにしてくれた。

10年前の恋人

10年前の~と書けば少し大袈裟かな。でも、大体10年くらい前の話だから、許容範囲でしょう。

高校のときから大学に入って少しの間、16歳から19歳の頃に付き合っていた女性と食事をした。


第一印象は「うわー、茶髪だ。」
でも、第一印象とは違うのかも?


半年から1年に1度の頻度で会っているし、今さら特別な感情も旧知の感慨もないが、
考えてみると、付き合った女性で-そもそもそんなに数はないが-今も連絡をとっているのは彼女だけか。


話をしていると、俺のことをよく知っているなあと思う。
過去から推測しているであろう現状に大した差異はない。
しかし、彼女の今日は俺が推量するそれとちょっと違う。


最近は何とか公園(吉祥寺とかにあるところ?)でストリートミュージシャンとかもやっているらしい。

男性は女性よりも過去に拘泥する傾向があるとは思う。

あるいは、成長または加齢の過程でとられるベクトルにおいても同じなのかもしれない。

男性は昔の方向性を継続するのに対して、女性はそれすらも大いに変化させ得る。


焼酎をロックで飲みながらぼんやりそんなことを考えていた。


次は忘年会か新年会かね?

やっぱりストリートミュージシャンの話を書いちゃったよ(笑)

ゴメンな。

ヴィド・フランス

ヴィド・フランス(VIE DE FRANCE)というパン屋がある。
(SELVAにあるから仙台か東北のお店かと思っていたら、全国展開しているらしい。)


今週はそこで昼食をとっている。
サンドイッチと惣菜パン、そして、アイスコーヒー、500円前後というところ。

煙草を吸いながらひとりで小説に目を通す。そういうのも悪くない。

個人的にちょっとした思い入れがあって、それが終わってからもう行くことはないだろうと思っていた。

だから何だと聞かれれば困るのだが、
ちょっとしたきっかけで人生は変わるのだと思った。
そういうこと。


食欲がなくて軽いパン屋に入ったということ。
そこに何の障壁も感慨もなかったということ。


今日の感傷もいつかの贖罪もそのうち消えるのかな。

中学生みたいな帰り道

病院に行こうと思って早めに退社した。4階から乗ったエレベーターは、始め無人だったが、すぐに3階で停まった。
そこに、件の彼女がいた。
「お疲れ様です。」というだけの、会話にもなれない挨拶のみの微妙な声と音、そして、沈黙。隣では歩けない僅かな距離と躊躇う歩幅。


自分にほとほと嫌気が差した。

「こういうとき、俺、どうするんだっけ?」なんて思って、記憶を引っ張り出してきても、アクセスに時間がかかるし、アップデートもされていない。

困ったものだ。

どうやら俺は数年も石の上で胡坐をかいていたらしいな。


それでもタイミングを見計らって言葉を投げ掛け、調整を試みて、一緒の帰り道と相成った。


先週より緊張はだいぶ解れて、

そのときの会話の記憶が細かいことに嬉しくなって、
しかし女性はそういうものだったかと冷静になって、
有体に酒や歌や本の話をして、
そのくせ肝心なことはもうほとんど聞き出せなくて、

それでもちょっと幸せだった。




病院?
そんなの行く訳ないじゃん!

食欲をめぐる考察

昨日の梅雨明け宣言から後の暑さもあって、食欲が、ない。


まず、昨日の梅雨明け前後のこの暑さ。これではもたないとは思うけれどもちょっと厳しい。

夏はどうして食べなくなるのだろう?
冬はいっぱい食べたような気がする。


次に、歳をとるごとに食事の量は落ち続けているという事実。昔取った杵柄や三つ子の魂云々とはいかない。いつか脂っこいものが苦手になったり肉を避けたりするのであれば、それは、とても寂しく哀しいこと。

とはいえ、去年~今年の健康診断を振り返ると、一年で体脂肪や肝機能を戻せたのだから、嗜好の自然な変化は良い側面もあるかも知れない。


でも、最大の原因は意志の欠如。GW明けのあの夜(どの夜でしょう?)以来、大袈裟に言えば、生きることそのものに対する意志が薄く弱い。両親や人様に迷惑をかけたくないために生きているという感じかしら?畢竟、食事なんてわりとどうでも良くなることが多い。事実、2~3日モノを食べなくたって人は生きていけるのだし。


とか何とか言っているけれど、
本心は、恋人とおしゃれでおいしくて高級なお店で食事とかしたいなあなんて思う。
う~ん、矛盾かねえ?

連休終わりの厭世観

連休の終わりはいつも物悲しかった。日常回帰の憂鬱と、晴れの舞台を終えたときに覚える虚無に似た儚さをいつも想った。僕が読書にのめりこむようになったきっかけは、あるいは、新幹線の中で文字や言葉や活字に集中することによって、ともすればしつこくまとわりついてくる雑多な感傷から逃避するためだったのかもしれない。時期的には、そう、ちょうど重なっていた。


しかし、それももう過去形。

徐々に距離が、開いてきた。


仙台に帰らない休みがあった。
彼女に会わない休みがあった。
ひとりで過ごす休みになった。


何をしていただろうか。街頭の雑踏にあてられた。友人と会った。お酒を呑んだ。でも僕の中のその記憶に何を残しただろうか。


安寧の休息は、精神の孤独を蝕む。




孤独死という言葉が脳裏を過ぎる。

うぅ、そんな生活は、嫌だ。。。

ラーメン食べ過ぎ

昨夜、昼食に近所のぽっぽっ屋でつけ麺を食べ、夕食に品達でなんつっ亭弐でラーメンを食べ、品川ATREの焼酎バーで飲んで、
今日、胃がもたれている。


こういう日は必ずと言って良い程、憎たらしいくらい、青空が見える。


たまってしまった新聞を消化したいし、
ストックしている小説も増えてきたし、
予定も特にないし、
煙草を吸いながらコーヒーを飲んで涼もうと思って、人形町のエクセルシオールへ。

途中ふらふらと吸い寄せられるようにまたラーメンを食ってしまってちょっと後悔。


昼下がり、少しだけ薄暗く涼しい喫茶店で、とにかく新聞の項を手繰る。
疲れたら大崎善生のアジアンタム・ブルーに目を通す。


あっという間に夕方になって帰り道にまたラーメンを食ってしまってちょっと(略。
夜は[義経]と[いま、会いにゆきます。]を観て、I love youというアンソロジーを読む。


3連休とは素晴らしい。まだ1日休みが残っているではないか。

はじめにいきたい本屋さん新宿編

数は少ないけれど、東京に来て良かったことのひとつが、本屋さんがいっぱいあるということ。


そりゃ、仙台にだって本屋さんはいっぱいあるさ。
仙台駅前にはAERの丸善とLOFTの上のジュンク堂、長町MALLの紀伊国屋、泉ダイエー向かいの八文字、とかね。


でも、多岐に渡る選択肢、品揃え、雰囲気、そういうことを総合して考えると、
ごめん、やはり、東京の方が良いかな。


まあ、書店に限らず、大概のことに同じことが言えるのだろうけれど。


で「はじめにいきたい本屋さん」と謳うブックファーストの話。


初めて行ったのは銀座。
きっかけはよく覚えていないけれど、ひとめで好きになった。
一目惚れ?


それから月に1度以上は行くようになってもう1年以上。
今さらながら新宿にもあることを知った。


件の彼女が読んでいた小説のペーパーカバーがブックファーストのそれだったため、
あれ?京王線沿線にあったっけ?というのがそのきっかけ。
そこであたりをつけたのがルミネ新宿1店とルミネ新宿2店。

やはりここも、ひとめで好きになった。

何も買わないのに数時間も居座ってしまうくらい好きになった。


雑誌のバックナンバーとかもいっぱいあって、

たまに宮崎あおいが出ているらしいHという雑誌の存在も知った。


当然、件の彼女を見かけることはなかったが(って、あったら、ストーカーじゃんw)

またひとつ好きな場所をみつけることができた。

One Team

「One Teamとしてやりましょう」というPMの掛け声から、
同じお客様先に常駐するプロパー、つまり、社内の人間のみを集めた、インターナルな飲み会。
いろいろなプロジェクトが並行して走っているために、思いの外、参加対象となる人間は多い。
が、それぞれの所属する部署が違ったりしているので、顔と名前が一致していなかったりする。


若人は好き勝手に食べまくる。
おじさん達は好き勝手に飲みまくる。


アルコールの効用で座は徐々に盛り上がる。
幹事業に精を出しつつその様を傍観していると実に興味深い。


幹事としては成功と言えそう。

合格点だよ。>俺


時代錯誤かも知れないが、なるほど、
ノミュニケーションとはこうやってこの先も存続していくのかね。


本当ならば酒の力なんか借りたくはないけれど
意味はなくもないのか。



俺も社会の灰色に染まっちまったなあ。

期待の虚構の無限ループ

一体何を期待しているんだ。
都会の朝なんてほんの少しのことですれ違うさ。
ちょっと偶然が続いたからっていい気になってんじゃないよ。


いくら刺激だって慣れてしまえば日常に埋没するだろう?
ささやかな幸福は偶然だからこそ味わい深いものだろう?


そう言い聞かせろ。

自分くらい誤魔化せよ。


今読んでいるところだと彼女が教えてくれた作家の、別の小説を2年振りに買って2時間で読み切ってみたけれど、やっぱり退屈だった。

でもそんなことは言えないよなあ。

嘘を吐くのも嫌だし、困ったなあ。


ても恋愛なんて相手に妥協するところがあるもので、結局のところ、虚構だろう?


なんて無意識に次を想う。
だからさあ…。
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