最愛の夫を亡くして 白い花を手向ける日々 -9ページ目

最愛の夫を亡くして 白い花を手向ける日々

2020年4月のことでした。歳の離れた大切な夫と、アラフィフの私。
いつまでも一緒。きっと死ぬまで、彼のことを想う。

15年ほど前、アメリカ北東部の老人ホームへ、知人を訪ねて行ったことがある。

 

大学並みの広大な土地の真ん中に大きな池があって、その上を、建物から続きの、屋根のある歩道橋が交差してかかっている、ものすごく素晴らしい場所だった。


毎日日帰りバスツアーがあり、行きたい人はただ掲示板に自分の名前を書き、朝集まればいい。
ダイニングは、驚くほど天井が高くて、富士屋ホテルや奈良ホテルのような、クラッシックな雰囲気だった。


池は緑色で、亀や水鳥が泳いでいた。歩道橋が交差しているところは少し広くなっていて、ベンチに腰掛け、外を眺めることができる。

 


以前、ふと思い出して考えたことがある。あんなベンチで、昼寝のままポックリいくのもいいなあ。

 


「私、アメリカの老人ホームに入りたいな」

と言ったら、主人がどこがいいか一緒に見て周ってやろうと言った。
友だちできないだろうし、時々、会いに来てくれるって。


…今じゃないよっ(−_−#)!

まだ入らねえよ!

 
 
「イッヒッヒーー」

と彼は嬉しそうに逃げていく。

 

彼はよく、私だけを年寄り扱いして、からかって遊んでいた。

 

彼はいつまでも少年のような心を持ち続けていた。

 

 

今は本当に、私の方が年寄りみたいな気がする。

 

 

 

 

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生まれる時を選べなかったように、死ぬ時もきっと選べない。

それは自然の摂理。

だから、その日一日一日を精一杯、全力で生きること。

その積み重ねがあれば、

最後に物理的にどうであったかを超えることができるはず。

 

彼がどう思っていたか答え合わせはしていないが、私は時々、自分に言い聞かせて来た。

 

そうやって、結構長年、二人で生きてきた。

 

でも、3月に、私が目を背けたくなったことは、誰も責めないが、

私だけが知っている。

(きっと今度も大丈夫)、目をつぶろうとした。

何もかもが後手後手にまわっていて、

私は失敗した。

まわりは、私はよくやったというが、

私が失敗したことに変わりはない。

 

21世紀になって医師が神にでもなったのなら別だが、同じ人間である以上、明治時代とやっていることは大して変わっていないと思っている。不老不死の薬なんてないのだから。

 

だからこそ、私が気がついてあげなければならなかった。

 

 

彼には、私の心の動きがすぐにわかる。電話でしか話せなかったが、

いつもトーンの端々で、正確に読み取る。

 

「僕に家に帰って来て欲しくないんだ!」

 

なんであんな気持ちにさせてしまったのか。

不安でいっぱいだったのだろう。

一人でさみしかったのだろう。

 

彼は、私が彼に隠そうとした、なにか躊躇のようなものを、感じ取った。

 

そうじゃないということを、それでも私は全力で介護するつもりだったということを、実際に家に受け入れるという形で証明してあげたかった。

 

彼の本物の危機感。私は答えてあげられなかった。

 

もうすぐ退院ということだけは伝えられたけれど。

 

肝心のところで、全力を尽くせなかった。

 

力が及ばなかった。

 

 

今ならわかる。

全力で生きるということは、できるだけ、することではない。

もうだめ、本当にもうだめだ、という時に、その時にこそ、立ち上がること。

絶対、立ち上がれるから。へんな力、出るから。立てっちゅうねん。

全力で生きてきたつもり、なんですけど、力が及ばなくて、ってか?

なんやねんそれ。

そんなんで高齢の夫が守れるか。

 

 

誰が何と言おうと、私はこのことを、うやむやにしたくはない。

 

 

 

 

 

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歳の差があるから、いつかは必ず来るXデー。

 

夫は、たくさん大病をして、何度も入院したから、

若い時ほど、膝がガクガク震えるときがあった。

病室では泣かないようにして、病院の帰り道、涙が出ることもあった。

 

中年に差し掛かったあるとき、気がついて、自分に言い聞かせた。

 

これほど愛されている自分が、彼がいなくなったくらいで、その後、ただ不幸になるとは

 

どうしても思えない。

 

これほどの幸せが、ただ一瞬に消滅するとは思えない。

 

 

そう、なにか、私たちが一生懸命築いてきたものが、

 

なにか、あるはず。

 

私たちが追い求めたのは、物質的な幸せではなかったはず。

 

 

今は、悲しいけれども、涙は出るけれども、

 

不思議だけれど、不幸ではない。

 

暖かいものを心に感じる。

 

 

まだ日が浅いからかな。そうではありませんように。

 

 

日にちなんかに負けない。

 

この感じを、死ぬまで大切にしたい。

 

 

 

 

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「ラスト オブ モヒカン」はダニエル デイ=ルイスを主演に据えた、フレンチ・インディアン戦争の時代の話で、1992年のアメリカ映画である。

時代は、18世紀半ば、原住民のインディアンが巻き込まれた英仏植民地戦争で、アメリカ独立戦争やフランス革命の直前に当たる。

 

原作は、1826年の小説で、今はよく知らないが、昔はアメリカの学校で必読書であった。

 

イギリス軍の司令官の令嬢二人を、ダニエル デイ=ルイス演じるホークアイと、モヒカン族の首長である父親、それからその息子、ウンカスの三人が、襲ってくる別の部族から守ろうとする。

 

(ラストのネタバレあります。ご注意ください。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで注目したいのは、下の娘、アリスとウンカスの淡い恋である。

 

 

ほとんど言葉もかわしていたかどうか定かではないが、しかし何度も命を救われて、アリスはウンカスに恋をしていたのだろう。

 

ラストで、敵マグアの嫁にとさらわれるアリスを救うため、若きウンカスは勇敢に立ち向かっていくが、

マグアの刃を受け、無念にも谷底へ落ちていく。

 

それまでずっとか弱いままであったアリスは、最初で最後の勇気を奮い立たせ、ウンカスの落ちた谷へ身を投げる。

 

 

ここのところの演出と音楽が非常に美しい。

 

 

まねの出来ない行為だからこそ、美しく悲しく、はかなく散っていく若い二人に、胸がしめつけられる。

 

 

私もアリスのように、谷底へ身を投じることができるか、昔から時々考えてみることがある。

だがそれにはあまりにも歳を取り過ぎてしまった。

時代も違うし、あれは映画や小説の話だし。

いくら私が夢見る夢子ちゃんでも、

あまりにもしがらみが多くて、

社会通念上の定義や、そういうものがこの身に刷り込まれていて、邪魔をして、

映画のようなわけにはいかない。

 

どうしてもというなら、長期戦になるが、女を武器にマグアを骨抜きにし、(今や!!)いうときに、本懐を遂げるか?でもこれも時代劇的な発想だし、話変わるし。

 

「ラスト オブ モヒカン」を見るたび、なんとかならなかったのか、ぼんやり考えたものだ。

 

 

さて、後追いを考察すると書いたので、ここから180度転換したことを書く。

 

歴史的に、長い間、女性は処女性を守らなければならなかった。

存在価値がそこにあったといってもいいだろう。

それは、例え良家の令嬢であっても政略結婚をさせられたり、貧乏であれば借金を肩に嫁に行かされたり、しいては売られたりしたことだろう。

また、若くして夫を亡くしたら、その後一人で安全に生きていける保証などなかっただろう。

 

だから、「後追いした方がまし」な人生が待っていると容易に想像したと考えられる。

 

したがって、後追いの映画を観て、美しいなどと言うのは、現代に生きる私の勝手な感想に過ぎないと思うし、この映画の背景はそうではないが、地域や文化によっては、無理にでも後追いさせられた時代もある。

しっかり見極めなければ、それこそ、大昔の死者に対するセカンドハラスメントにもなり得る、慎重を要する題材であると思う。

 

そして、21世紀を生きる私には、選択肢がある。自由がある。一般的にかけられそうな声に従い、「私が元気に生きていくことが、夫がなによりも喜ぶことだろう」と生きていくもよし、だらだらヒマつぶしをするもよし。後を追って、みじめな最後だった、かわいそうな二人、と憐れまれようとも、100年経てば、誰一人、覚えている人はいない。

 

 

 

 

 

 

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彼は光り輝いていた。

 

まだ若かったはずの私は、この人だ!と直感した。

 

見つけた!

 

運命の人がいましたよ!ここに!

 

 

のちに、彼は、まず最初、お父さんはどう思うか聞いたと言うが、私は全く覚えていない。

 

(頭のおかしい母親ととうとう離婚して若いオバサンと再婚した、あのどこにでもいる煩悩のオッサンのことですかい?気にすることはありませんや。)

(私にしてみたら、45リットルの袋がいっぱいになるときには入れようと思っている、家の中のどこかそこら辺に置いてある、小さめの燃えないゴミの方が、頭のどこかには、ある。)

 

 

それから彼は言った。「僕の方が先に死ぬよ。」

 

「一緒に死んであげるから」

 

彼は少し笑って、私を受け入れた。

 

時々、「かわいそうに。こんなじいさんに惚れて」

と頭をぽんぽんされた。

暖かい大きな手でぽんぽんされるの、嬉しかったな。

 

 

私は、この人生に悔いはない。

(機能不全家庭の子としては、よくここまで来ました。)

 

 

一緒に死んであげなかったけれど、あれは口説き文句だったから。

ごめんね。調子のいいこと言って。わかってると思うけれど、一応、言っておきます。

 

 

 

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