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リベラルブログ・生活保護者の色々な記事

腎臓病と不安神経症で生活保護者。社会やニュース、その他、様々なこと、思ったこと、感じたこと色々なことをブログ記事にしていきたいと思っています。

あなたは隣人とのトラブルをどう解決していますか?

また隣人との付き合いで特に気をつけていることがあっら教えて下さい


<隣家の飼い犬>「鳴き声うるさい」と殺す 長野で書類送検 (5月23日 毎日新聞等)

長野県警諏訪署は23日、隣家の飼い犬を殺したとして、諏訪市内の無職の男(62)を動物愛護法違

反(愛護動物殺傷)と器物損壊の疑いで、長野地検諏訪支部に書類送検した。「鳴き声がうるさかった

ので殺した」と容疑を認めている。 調べによると、男は4月15日午前3時ごろ、近所に住む自営業

の男性(40)が飼っていた犬をおりから連れ出し、近くの空き地でビニール製のひもで首を絞めて殺

した疑い。翌16日、男性が「犬を盗まれた」と同署に届け出た直後、男が犬を殺したことを男性に認

めた。犬の死がいは殺した空き地に埋められていた。殺されたのは9歳の雄のラブラドールレトリバー

で、同署が算定した被害額は5万円。2人は面識があり、家は100メートルほど離れている。



ここまで酷くないが、僕もここに(東京市部)引越して来たとき、近所の家と、飼い犬の鳴き声で喧嘩

をした。もめごとは日を置いて2家族と喧嘩をした。一軒目は引越してきた直後。生活が不規則で真夜

中にゴミ出しをしていた時、S家を通ると必ず犬に吠えられたので「うるさい」と言ったら家の人が出

て来てそこの息子達と喧嘩になった。でも段々と誤解が取れて挨拶をするようになり、今は争いは全く

無くない。

もう一軒は後から引越してきた大きな家で、そこの犬が人間ぐらい贅沢に飼われていて手当たり次第に

人を吠えまくるので、喧嘩になってしまった。口論した息子とは挨拶してるが、そこの家主とは挨拶を

していない。でも一時期のように争いはしなくなった。

落ち着いている今振り返ってみると、喧嘩している時はその犬を殺したいぐらい憎いけど、喧嘩するこ

とでその家の人たちのことが分かるようになった。相手も僕に対してそうだと思う。それと、全く関係

ない他の近所の人達も、僕が派手に喧嘩をしたので僕のことが分かったみたいで、おかげで他の近所の

人とも上手く行っている。

僕の体験からすると、近所のトラブルがあった時は正面きって派手に喧嘩した方が良い。それを表に出

さないで内に溜め込んで我慢し続けるから、あるとき突然切れていきなり殺したりするのではないだろ

うか。日本人は不満をすぐに表に出すことが中々出来ない。ずっと我慢して突然切れる。やはり溜め込

むことは良くないのだ。思い切って喧嘩した方が良い。
報道によると

選挙中に現職候補が射殺された長崎市長選では、無効票が異例の1万5435票に上った。大半が、亡く

なった伊藤一長市長への投票や白票とみられる

 市選管によると、無効票は投票総数(20万802票)の7.69%。

 旧長崎市の投票総数(17万8759票)だけをみても、伊藤市長の名前など「候補者ではない氏名」

を記載した投票は7463票、白票は4558票あった。このほか「投票のやり直しを求めます」「伊藤

一長さん、今までありがとうございました」など、氏名以外の内容を記載した票も1095票あった。

伊藤市長が死去したのは告示日から3日後に当たる18日。市選挙管理委員会によると、前日までに有権者

数の約2%に当たる7354人が期日前投票を済ませており、その多くが伊藤氏に投票したとみられる。 

「パン、パーン」。選挙遊説を終えた伊藤一長・長崎市長(61)の背後から乾いた銃声が響いた。「市

長が撃たれた」「早く捕まえて」。悲鳴と怒号が上がる中、うつぶせに倒れたまま動かぬ市長。

最初は頭をわずかに動かしていたが、その後ぴくりとも動かなくなった。

逮捕された指定暴力団山口組系水心会幹部、城尾(しろお)哲弥容疑者(59)は解体業者の関係業者が

市の融資を受けられず経営破たんしたことなどで「市に不満があった」と動機をほのめかしている。


 どんな事情があろうと無防備の人間を後ろから銃で撃つなんて最低だ。ヤクザもここまで落ちたか

 もう仁侠(にんきょう)道なんていうのはヤクザの世界ではないのかな。

阪神大震災のときは物資を用意して配ったりしたんだけどね。これやっちゃ駄目だよ。

それにしても、長崎市民は「粋」だね、殺された後に、その娘婿に入れずに死んだ伊東市長に、

『有難うございました』って投票するとは☆

読売新聞 2001年7月14日(土)国際(6)

【ハーグ(オランダ)13日=三井美奈】

オランダ人元慰安婦問題 78人への「償い」終える

 第二次世界大戦中、日本軍のいわゆる従軍慰安婦にされた女性に償い金や福祉資金を給付してきた「ア

ジア女性基金」が十三日、オランダでの事業を終えた。同基金は韓国や台湾で暗礁に乗り上げているが、

オランダでは好意的に受け止められた。関係者は「初めての成功」と評価してる

 アジア女性基金は、村山内閣(当時)の肝いりで一九九五年七月設立され、翌年から、フィリピン、韓

国、インドネシア、台湾で順次、事業を開始した。

 オランダでは、日本軍占領下のインドネシアで慰安婦にされたオランダ人女性を対象に九十八年七月、

事業が始まり、六十五-九十歳の七十八人が、医療、福祉支援金として、それぞれ約五万ギルダー(約二

百五十万円)を受給。

 オランダ政府の調査によると、ジャワ島の日本軍現地司令部が独自にオランダ民間人拘留所から女性を

強制連行、確認できただけで、六十五人が暴行を受けた。

 基金には、百二十八人の受給申請があり、

①当時、オランダ国籍を保有していた。

②日本軍人に継続的に暴行を受けた

③売春ではなかった

などを基準に審査が行なわれた。受給者のうち四人は、当時未成年で性的暴行を受けた男性だった。

 事業委員会のマルグリット・ハマー委員長は「戦争による貧困で売春を余儀なくされた女性の応募も

あったが、基金の趣旨をくみ、除外した」と言う。

 日本政府の国家補償などを求める声が根強い韓国や台湾では受給を拒むケースが続出し、受給者が「汚

れたを受け取った」などと批判を受けるケースもあった。

 オランダでも四人が受給を拒んだが、その1人のエレン・ファンデプールさんは「あくまで自分の判

断。他人に押し付けるつもりはない」と語るなど、被害者の間の対立に発展することはなかった。十七歳

の時、被害に遭った女性(78)は「日本人の償いの気持を受け止めようと受給を決めた」と話す。

 慰安婦の政府調査を担当したオランダ戦争資料研究所のレムコ・ラーベン調査員は「戦犯裁判の証言は

信ぴょう性に疑問があるため、複数の証言や拘留日記との照合で事実の積み上げに努めた。日本もオラン

ダも、戦争の『被害者』意識は根強いが、客観的な史実掘り起こしの努力が両国関係の強化につながるの

では」と話している。=以上、新聞を丸写しした

男の従軍慰安婦が居たとは驚いた

未だに日本人の中で「従軍慰安婦は存在しなかった」と考える日本人がいるとは、嘆かわしい限りだ。

日本の侵略戦争は中国にどれだけの損害を与えたか 新華社解説
2005/07/07
1931年から45年までの中国侵略戦争で、日本侵略者は中国人民に対し人類史上最も凶悪残忍な虐

殺を行い、中国の物質的財産の狂気じみた略奪と文化遺産のまれにみる破壊を行った。

 「日本の侵略戦争が中国に与えた損害と破壊は多方面に及んでいる」、中国社会科学院近代史研究所の

卞修躍博士は5日、北京で新華社記者のインタビューに、「簡単にいえば、だいたい人的損失と財産の損

失の2つの面およびそれによってもたらされる社会の進歩の停滞に現れている」と語った。

 ◇250余種に及ぶ惨殺手段

 卞博士はこう語った。日本軍は戦場で抗戦に立ち上がった中国の将兵に巨大な人的被害を与えただけで

なく、罪のない無数の民間人をも犠牲にした。北は黒竜江から南は海南島まで、東は海浜から西は重慶ま

で、日本軍の鉄蹄の行くところ人民はひどいめにあい、屠刀の向かうところ死体の山が築かれた。

1937年から45年までの8年間、日本軍は中国で民間人を殺す数万回の事件を起こし、大規模な虐殺

事件だけで4000回を下らず、殺された中国人は数千万人に達した。

 「日本軍による中国での暴挙は、地理的に極めて広範囲に及び、中国国土のほぼ3分の2を占めた。持

続時間も極めて長く、日本が中国侵略戦争を起こしてから、その滅亡までの14年間のほとんど全期間に

わたっている」、卞博士はこう述べた。

 中国人民を惨殺する暴挙の中で、日本軍は考え得るかぎりのあらゆる残忍な手段をとった。卞博士の研

究によると、日本軍がとった惨殺手段は250余種にも達し、その中の大多数は人間の理性では想像もつ

かないものである。「激怒させるのは、これらの惨殺手段が、大多数、女性や子供に対しても使われたこ

とである」=以上引用


これらの最中に従軍慰安婦にするために数十人単位の女性「誘拐」がそこ此処で有っても、大して注目さ

れずに行なわれたことだろう。

それにしても、日本軍人はひどいことをし続けたものだ。

まさに、当時の日本軍人は【虐殺軍人】と呼ぶにふさわしい。

従って【英霊】などという英雄視死した表現を、日本人は止めなければならない 。

男だけでなく、女性、子供、老人に対する虐殺行為は、何があっても「英雄行為」とは真逆の行為だ!
僕の戦争記事の新聞切り抜きの中から従軍慰安婦が日本軍人が行なった戦争犯罪であるという決定的な証

拠資料を見つけた。1998年4月5日の東京新聞24面の記事だ。記事を写すとこうだ。

【軍の命令で慰安婦連行】
1956年、中国の日本人戦犯裁判で有罪判決を受けた45人の旧軍人と満州国官僚らの自筆供述書一部

が4日明らかになり、鈴木啓久中将(終戦当時)は「慰安所の設置を命令し、中国、朝鮮人民婦女を誘拐

して慰安婦とした」と、軍の命令による連行を認めていることが分かった。高級将校が慰安所の設置や連

行を認めた証言はほとんど例がなく、軍医の関与を認めた93年8月の政府調査に関する官房長官談話を

あらためて裏付けた形なった。供述書によると、第117師団長の鈴木中将は連隊長時代の四一年に「巣

県において慰安所を設置することを副官堀尾少将に命令して設置せしめ、中国および朝鮮人民婦女20名

を誘拐して慰安婦になさしめた」のを含め、慰安所の設置を3回命令。慰安婦にする為、中国、朝鮮人女

性計百四十人を「誘拐」したと供述している。

=以上、記事を丸写しした


この記事は731に関する証拠記事もあったが、従軍慰安婦のみの部分だけ取り上げた。ここでは鈴木中

将は1941年に慰安所を設置したと供述している。1941年といえば太平洋戦争が始まったばかり。

この時期で140人もの中国、朝鮮韓国(今は分かれているから)女性を誘拐していたことを考えると、

終戦の1945年までには、どれほどの数の中国、朝鮮韓国女性を誘拐して従軍慰安婦にしたのだろうか

この記事を読んで、いろいろと考えていただきたい。

阿部晋三首相の4月21(土)の従軍慰安婦についての談話は評価したい。

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AZOZブログから転載☆
2005年2月14日
先週アメリカ・ニューメキシコ州で、「こんな生物、今まで見たことがない」と人々が噂する謎の生物の死骸が発見された。

木箱に丁重に保管されたこの死骸は地元ニュース番組で紹介されたが、現在のところ専門家や視聴者からもその正体に関する有力な情報は得られていない。その特徴はハッキリしており、頭の先には角があり、双肩に羽みたいなものが付いていて、細長い尻尾の様なものまであるという。

現在実物は地元住民であるロバート・ウィ-ラー氏によって保管されているが、発見したのは彼の友達だとのこと。この友人の話しによると、最初死骸はウエスト・メサパークで土に埋もれかかっている状態だったとか。とにかく掘り起こしてみたところ、全く分からない生物の死骸だったという。

ウィ-ラー氏は「これってあのチュパカブラではないのかな。ほら、羊の血を吸うとかいう未確認生物だよ」と話している。また実際にこの死体を取材をした記者は「多分、有史以前の生物ではないでしょうか」と、その正体について語る。

その後、地元テレビ局が独自に調査を行い、"おそらくこの死骸はチュパカブラでもエイリアンのものでもない"との結論に至ったとか。かつての海洋生物の一種ではないかと同局は見解を述べているが、確たる証拠もないため、さらに調査を行っていくとのこと



これは2年前の年末の特番でテレ朝が放送した、南米のタクシー運転手が夜に目撃した、不思議な、空中

をものすごい速さで低空で近付いて来て、タクシーの目の前で地上数十センチで浮いたまま止まって、驚

いてタクシーを飛び出して逃げた運転手を浮いて追いかけて来たという、あのチュバカブラとは別の死骸

なのだろうか。。それとも。。。恐ろしい〈>_<〉

世の中には不思議なことがまだまだあるんですね《>_<》

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JN(nietzsche)さんの紹介☆JNさん曰く[ミュンヘンだそうです。“Haus der Kunst”博物館の外

にある川(運河)だそうです。急流なので、サーフィンの練習ができるそうです。]


いくら急流とはいえ川でサーフィンとは(ヘ_ヘ)ちょっと笑えます☆

落ちたら河口まで流れないように紐でつなげてあるね^^;

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桜が満開だ☆僕の近くの桜を朝と夜に見たけど、夜桜の方がきれいだったな☆

それにしても白い桜だ*

都下のこの市に来た時は、まだほんのりピンク色した花びらが見れた☆しかし、今見たら真っ白だった*

桜が年々白くなっているという*

日本中何処も白いのかな。?

もうこんな鮮やかなピンク色の桜は日本では見られなくなるのかな*

寂しいね☆
 子供使った車爆弾テロ 米軍、新戦術と警戒 イラク

米軍の掃討作戦が続くイラクの首都バグダッドで最近、車に子供を乗せて米兵を油断させ、子供もろとも

爆破する車爆弾テロが報告され、米軍は武装勢力の新たな戦術とみて警戒している。

米統合参謀本部のバーベロ地域作戦担当課長が3月20日、記者団に明らかにしたことによると、先ご

ろ、車が検問所に近づいてきたため、警備の米軍兵士が停止を命じたが、複数の大人に加えて子供2人が

後部座席に乗っていたため、米兵は油断して検問所の通過を許可した。すると、車内から大人だけが逃げ

出し、その直後、車は子供を乗せたまま爆発したという。 同課長は「子供をおとりにしたテロ攻撃は初

めてであり、敵はこれほど残忍な手口に訴えている」と述べた。(時事)



とうとう子供の自爆テロが起きてしまった。もうここまで来たら限界だろう。アメリカは撤退しなければ

ならない。もはやどんな言葉を使ってイラク駐留の意味を説いても、全てがむなしく聞こえるだけだ。

イラク戦争に加担した日本も、今のアメリカを支持しようとは思うまい。アメリカにイラク撤退を説得す

べきだ。

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皇居全景

読売等の新聞記事によると、オーストラリア紙の元東京特派員の著書『プリンセス・マサコ』に侮蔑的

な記述などがあるとして政府と宮内庁が著者に抗議していた問題で、日本語版の刊行を準備していた講談

社が出版を中止すると発表したが、これは全く間違った決断だ。同書には少なからぬ事実誤認などが認め

られたため、著者のベン・ヒルズ氏の了解のもと、修正原稿を完成していた。 ところがヒルズ氏は、取

材に対し「謝罪する必要は何もない」などと発言したため、「著者との信頼関係を保つことができない」

と判断し、講談社は出版中止を決めたという。出版社としての信念も理念も誇りもひとかけらもない情け

ない姿。。。もはや出版社を止めたが良い!

そもそも作家がある人物を本にする場合、主に3つのパターンが考えられる。

①その人物の生き様に共鳴し、広く世間に紹介したい。
②伝記など、作家の感情を極力入れず、ただその人物の人生を淡々とありのままに記す。
③政治家など社会的地位や名声のある人物のスキャンダルや問題を暴露し一般社会に告発する

『プリンセス・マサコ』は③に当たる本だと見られる。この場合、本を書いた著者のベン・ヒルズ氏は雅

子妃を取り上げることで日本の皇室の問題点を暴こうとしたことが想像される。それは、著書『プリンセ

ス・マサコ』に対し「侮辱的な記述がある」として、政府と宮内庁が著者ベン・ヒルズ氏に抗議している

ことからから見て間違いないだろう。

それに対し著者ベン・ヒルズ氏は指摘された事実誤認の箇所を了解し修正原稿を完成させていた。そして

講談社も出版を用意していた。ここまで来れば著者には何の問題もない。後は出版社が出版すればいいの

だ。しかし何を血迷ったか講談社は著者ベン・ヒルズ氏に【謝罪しろ】と言ったのだ!

そもそもベン・ヒルズ氏は①や②の為に書いたのではない。おそらく『人として、女性として優秀な雅子

さんが、皇室の入ったとたん、その力をは発揮できないばかりか、心の病を患い公務も出来ないまでにな

ってしまった。何故優秀な雅子妃が病気になってしまったのか、皇室に何か問題があるのではないか。あ

るのなら皇室の問題点を暴き、それを日本人に知ってもらいたい・・・』おそらくこうした動機で『プリ

ンセス・マサコ』を書いたのではないか。だから、政府や宮内庁が抗議をした・・・従ってこの本は皇室

への批判の著書だと言ってよい。ならば批判をしてるのだから、その批判の著書を出しておきながら「謝

罪する」ことは【自分の著書を自分で全否定することになる】*そんなこと出来るはずないではないか!

「謝罪」すれば、【自分の皇室批判は間違いでしたと言ったも同然になる】それは、批判をする為書いた

著者として死んでも出来ないし、ましてや言論の自由を仕事としている講談社が著者にそれを要求し、の

めないなら出版を中止すると言うのは、出版社としてもはや存在する意味はないと言うしかない。宮内庁

や政治家の圧力に屈して言論の自由を守れない講談社には、もはや本を出版する資格はない。

そして、宮内庁や政治家の圧力に屈し、【講談社が出版しないなら我々が出版しよう】と何処の出版社も

名乗りを上げないとは、情けない日本の出版業界よ!