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リベラルブログ・生活保護者の色々な記事

腎臓病と不安神経症で生活保護者。社会やニュース、その他、様々なこと、思ったこと、感じたこと色々なことをブログ記事にしていきたいと思っています。

先ほど姉が携帯で撮った兄の臨終の顔が送られてきた☆




想像以上にびっくりするぐらい良い顔だった!





兄は脳梗塞で死亡したが、危篤の時姉が駆けつけたときは、脳梗塞のせいか顔が引きつっていたそうだ。





兄の死んだ顔をみたら引きつっていたのが直った、と姉が電話で僕に話していたが、今写真を見たら本当に完全に普通の顔になっている。引きつっていたとは全く思えない!






そして安らかな寝顔をしている!目は閉じているが、口はわずかに開いている。






顔がとても白くなっているので、姉に「おしろいでも塗ったのか?」と聞いたら、「化粧はしたけど、通常の死に化粧で、おしろいは塗っていない、光の加減じゃないの?」と言っていたが、随分白い顔になっている!






それに、姉が兄の手を触ったとき、柔らかくてくにゃくにゃしていて、死後硬直は全くないどころか、兄が所属していた沖縄の創価学会の人たちもあまりにも身体が柔らかいので皆驚いていたと言っていた。







沖縄では、死んだ人が変な体制で死後硬直すると困るので、死んだ後は手足を縛るんだそうだ。でも兄は柔らかいのでその必要ななかったそうだ。





それに姉も電話で言っていたけれど随分顔が若返っていたので、僕は写真を見て驚いている。





実は、兄とは3年ぐらい前に、最後に家族旅行をしたときに会ったのだが、50歳前だと言うのに、白髪が増えて、随分老けたような顔に変わっていて、「苦労しているのかな。」と少し驚いたものだった。






ところが今写真を見ると、髪の毛が黒くなっている!不思議なので、姉に「髪を染めたのか?」と電話で聞いたら、「危篤入院していたのにそんなことしない。」と言っていた。姉も驚いているようだ☆






それが写真を見ると、髪が黒々として20年ぐらい若くなっていて驚いた!





死んだ顔を見て、兄があらためてこういう顔をしていたのかと、初めて分かった☆






そして、兄が本当にこの世から居なくなったんだということが、現実に起きたのだということが、はっきりと分かった。
つい先ほど、姉から電話があり、兄が死亡したということだ。





姉は兄の住居等、身辺を綺麗にしてから東京に戻っていたらしいが、先ほど病院から、
『兄が死亡した』という電話があったそうだ。







戻って来たばかりでまた沖縄に行く、と言うので、俺は姉をねぎらって、沖縄に行ったら、兄の姿を教えてほしいと伝えた。







姉は『良い顔していたから大丈夫だと思うよ』と言っていたが。








我々家族は、僕は創価学会を脱会したが、皆、日蓮大聖人の仏法を信仰しており、兄が成仏してくれたかどうか確認したいのだ。








実はここ1、2日で、兄が死亡する、と言うことは、姉から電話が来る前から僕には知らせというか、兆候と思われることがあって、僕はなんとなく事前に感じていた。








医師が家族を呼ぶほど危篤だから、近々死亡することは想像できるが、兄が倒れて危篤状態になってからけっこう日が経っており、家族が呼ばれても、目を開けたりしていたから、いつ兄が死亡するか実際は全然分からなかった。








だから、「兄が倒れて重篤」と姉から電話があって以来、僕は兄に題目を送っていた。
:南無妙法蓮華経を兄を思って唱えること:






そして姉が医師に危ないと呼ばれてからは、なるべく多く兄に題目を送っていた。






ところが、昨日の晩から今日にかけて、どうしても題目が唱えられなくなってしまったのだ。







唱えると頭が重くなったり、気分がすぐれなくなったりして、兄へ題目を唱えることが困難になってしまったのだ。






「おかしいな~、どうして題目が上がらなくなってしまったんだろう?。」
:題目を唱えるのを“題目をあげる”と言う:






急に兄への題目が上がらなくなってしまってので、「兄に何かあったのではないか?」と感じて、







「もしかしたら、もう兄へ題目を上げる必要はない、と言うことなのかもしれない。」と、そんなことを考えていつもの散歩から帰ってきたら、つい先ほど、姉から、兄が死んだようだ、という電話があったのだ。







だから、兄が死亡したのは、たぶん時間的に、丁度、僕が散歩に行っていた時だと言うことになる。






雨以外は毎日する散歩は、2、3コースがあって、今日はどうしてもあまり行かない、隣町の綺麗な夜景が見える貯水池に行こうと決めてそこへ行ってきた。








その貯水池は耐震のために綺麗で広い橋に造り変える工事が今年終わって、昼は橋から見える綺麗な貯水池と広々とした景色が見事で多くの市民が毎日散歩している。







しかし夜は、橋は綺麗なライトに照らされてはいるが、橋を散歩する人はたまにしかいなくなる寂しい場所になる。







だから、綺麗なんだけど、冬は高台で夜風が冷たいこともあり、あまり行かないコースになっている。







だけど今日はどうしても貯水池に行きたくて行った。







案の定、橋を通る人は数えるほどしかいなくて、風も冷たかったが、橋に上から、昼間は絵画のように美しいが、夜は寂しく暗い貯水に向かって、手を合わせ、兄のことを心から祈った。








だけど、その橋の左の暗い貯水池よりは、橋の反対側の右から見える隣町の綺麗な夜景と広大な夜空に向かって祈った方が良いな、と思い、場所を移して、兄を思って祈った。






『兄が成仏できますように』『兄をお守りください』と。







これまでは題目を唱えながら、そう祈っていたが、題目が上がらないため、綺麗な夜景と夜空に向かって手を合わせて、祈った。






兄は、丁度その時、死亡したのだ。





だからほんとうに良かったと思っている。






こんなことを書くと変に思うかも知れないが、今はすっきりとした気持ち、と言うか、悲しい気分ではない。






会うことはできなかったが、最後は良い形で兄をおくることができて、ほんとに良かったと思っている☆






そういえば兄の誕生日は7月8日。死亡した日は3月8日。偶然なのかな?






8とは仏法では8葉の蓮華の華を意味し、蓮華が開くのを比喩として『開く』、という意味がある。




開くとは、表面の意味は心を開く。深い意味は仏性を開く。ということを意味する☆
先ほど姉から連絡があった。



姉の1人息子と一緒に兄の病室にいるという。




兄は危篤で意識不明の状態だ。





姉は危篤の兄の耳元で、僕から頼まれたことを、『兄へ僕が謝っていた、』と言うことを改めて言ったそうだ。







すると、意識不明の兄がうっすらと目を開けた。






そして、目から涙が流れた。






姉は驚いたのかも知れない。病室から今起きたことを僕に話してくれた。






僕は、『ほんとに目を開けたの?ほんとに涙を流したの?』と2度、3度同じことを聞いた。





姉は『はっきりと聞こえているのよ。』と言っていた。





僕の謝罪は兄に届いた。僕は今、その確信がある。





何故なら、今なら、喧嘩する前のように、電話を、会話をすることができる気がするからだ。





どうやら僕と兄は関係は修復したらしい。





涙を流したということは、兄は、僕の謝罪を喜んでくれたんだ。





お互い大変な状況だから、また電話や会ったりして励まし合うことができるはずだ。





しかし、もう2度と兄とは会うことも会話もできない。





深い、深い亀裂が修復したのに。





人生と言うのはこういうものなのか。





だけどほんとに良かった☆




僕も兄へのわだかまりがなくなった☆




兄が涙を流していたことを思うと、俺も泣けてくる。




僕の固まっている心を、兄の涙が溶かしているようだ☆
先ほど姉から電話が入り、病院の方から、いよいよ兄が危篤に陥ったから来てくれ、という連絡があり、今から沖縄の病院へ行くそうだ。





姉の話によると、兄の意識が戻ったときに、携帯で兄と電話したそうだが、意識が混乱していて、普通に話せなかったようだ。





その時、姉は兄に、僕が謝っていたと伝えてくれたそうだが、その時兄は何か理解できない言葉を発したそうだ。だから伝わったかどうか分からないようだ。






だけど姉は、『そのことは大丈夫だから気にしなくていい』と言ってくれた。






姉からいよいよ危ないから沖縄に行く、と連絡を受け、とうとう兄が死ぬのか、とまだ信じられない気持ちだ。






兄とは昨年喧嘩別れしたが、いつもどおりの兄で、弱っているとかそういうことは全く無かったので、年明けて、いきなり「倒れて重篤となっている」と姉から電話を受けて気持ちの整理も付かないまま、今に至っている。






なんだか急に兄がいなくなる、と言うことで、未だに何か長い悪い夢を見ているんじゃないか、と思うほどだ。
兄が倒れたという姉からの電話を受けて、それから何も連絡が無いので10日程前、兄がどうなっているのか、姉に電話をした。





沖縄に行って忙しくて連絡ができないとばかり思っていた姉は、なんと自宅にいた。





姉は辛そうに、「帯状疱疹(たいじょうほうしん)になってしまった。」と、激しい痛みで電話も辛そう
だった。






僕は「兄はどうなっているのか、」と聞いたところ、兄は、重篤危篤状態だが、たまに意識を取り戻しては又意識を失う、という状態らしい。






意識を取り戻す、と聞いて、「もしかしたら回復するんじゃないか?」と姉に聞いたら
「それはない。」と言うことだ。





よく分からないが、重要な血管が切れてしまってやはりもう無理、と言うことだ。





では、「このまま植物状態で生きて行くのか」、と聞いたら、「それも無理だ」という。やはり、兄は無理なようだ。





だが、姉の最初の話だと、すぐ死ぬような状態だと聞いたが、たまに一瞬、意識を取り戻すらしく、驚いている。







不思議だな、と姉からそのことを聞いてから、僕はあれこれ考えている。







Yahoo!トピックスの時事通信の2月5日の記事で、
『植物状態でも「意思疎通」=脳の活動で質問に「回答」-英紙』という記事があった。





記事によると、
『【 ロンドン時事 】4 日付のタイムズなど英有力各紙は、植物状態にあると診断された男性患者の脳の働きを科学者チームが脳スキャナーを使って解析したところ、患者に意識があるばかりでなく、質問に「 Yes 」ないし「 No 」を意味する反応もできることが明らかになったと報じた。英メディアは「植物状態とされる患者と 『 会話 』 を交わしたのは世界初」(デーリー・メール紙)などと大きく伝えた。』







ということで、危篤の兄も、意識はあるのではないかと思われる。何時死んでもおかしくないのにまだ生きて未だに頑張っているのは、もしかしたら、兄は、姉が来るのを待っているのではないか。そんなことを今思っている。







姉には沖縄には身体がよくなるまで仕方がないと話した。だから間に合わないかもしれない。






そして沖縄に言ったら連絡をくれるように言っておいている。

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AP
大地震が直撃したハイチでは、生き埋め被災者の「生存の限界」とされる発生後72時間が、15日夕(日本時間16日早朝)に迫った。海外からのレスキュー隊が救出活動を本格化させたものの、被害は甚大な上、ハイチ政府による初動の救援活動がほとんど機能しなかったため救出は難航している。


 首都ポルトープランスでは、発生直後から現地警察や消防による組織的な救援活動はほとんどみられない。職員自身も被災したからとみられるが、政情不安のハイチでは、警察は普段から正常に機能していない。現地に駐留する国連ハイチ安定化派遣団の広報官は14日、「現地に警察官の姿がまったくない。消えてしまったかのようだ」と懸念を表明した。(毎日新聞)

大地震で今のハイチは無政府状態で、国連職員も1人を除いて全員死んだもようだ。


各国の救援の指揮を取るはずのハイチ政府が壊滅して全然機能していない。


このままでは食料を巡って暴動・殺し合い等、何が起こるか分からない可能性があり、大変危険だ。


しかしそれより重要なのは、地震後、各国の救援隊、物資が届いているのに、それを国内へ導くハイチ政府が壊滅しているのだ。




このまま放置していくことは出来ない。国連は速やかに、臨時的措置としてアメリカをハイチの臨時統治国に任命し、オバマ大統領にハイチの全権を委ねるべきである。



この臨時統治は、政治混乱の無政府状態の国に適用すると、政治混乱に乗じた侵略が正当化されると悪用されかねないので、革命・暴動等の【政治混乱時には適用できない】こととし、あくまでも今回のような大災害で政府が壊滅した時しか適用できない、とする。



とにかく、どこかが誰かが、ハイチ政府の代わりをしなけば何時まで経っても救援できない。



もう埋まった人たちの生存限界の72時間は過ぎたし、生き残った大地震被災者は水が飲めない状態が続いている。もう限界だ。



だからアメリカ辺りにハイチ全権を臨時承認し、例えばアメリカで道路を整備し、救援物資と診療・手術などの医療活動を早く行わなければいけない!


だが今は、道路を整備するまで待つ時間がない。ヘリから物資を落とす行動を早くしなければいけない。


ほんとにもう時間がない。

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AP


ハイチで大地震が起きて死者は10万人を超えるとの報道が出ている。


地震はスピードが命だ。生き埋めの生命も1週間が限度だ。


だがハイチは大統領の建物も壊れる状態で救出どころでない。


日本政府は重機と水、食料、簡易トイレ、下着や古着など、すばやい対応をしなければいけない。


特に水、食料、簡易トイレはすぐ動かなければいけない。


日本政府は遅い!!
今日、姉から電話があり、沖縄で1人暮らしの兄が脳溢血で倒れ、危篤でもう助からないと言う電話がいきなり入った。




(悪いことに悪いことが重なるものだ)と、姉の電話を聞きながら俺はそんなことを考えていた。





今日、1月11日は俺の人生最悪の日になってしまった。





5歳上のその兄とは仲が良かったが、昨年暮れ、始めて決定的な亀裂が生じた大喧嘩をしてしまい、事実上縁が切れたような関係になったままだ。




俺は厳しい状態の兄に対し、冷たく厳しい言葉で罵倒し、関係を切ったのだ。その状態で兄が死んで行くことになり、俺としては修復の機会を失い、兄に申し分けない気持ちだ。





姉の話では、兄はもう意識不明の危篤で助からないと言うことだ。俺は病気で沖縄に行けないから、姉に「俺が謝っていた」ことを死んだ後でも、兄に語りかけてくれるように伝えた。




兄へはもう謝れないが、「今回受けた苦しみで、俺の罪を許して欲しい」と。




そういうことで、より厳しい状況になってしまったが、それでも俺は、生きていかなくてはいけない。




それは、生きて、志途上で無念で死んで行く兄を供養して行かなくてはいけないからだ。




それが日蓮仏法を持つ俺の役目だ。

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2010年明けましておめでとうございます☆


今年が皆様にとって良い年でありますように☆


2010年が現在の世界の大不況が終わる年であることを願いたい☆


また、全ての、困難な境遇におかれている人が少しでも良い境涯になりますように祈ります☆
オバマ大統領と明仁天皇の会見で、オバマ大統領は深くお辞儀をした。これは明らかに卑屈な態度である。


米大統領は日本の首相と天皇の両方を備えており、大統領は天皇と対等。従ってどちらが頭を相手に下げてもおかしい。


オバマは卑屈であり、黒人の現時点での限界を示した。もう俺はオバマは尊敬しない。


戦争責任を取らない天皇に頭を下げるなど卑屈この上ない。このような卑屈な人間をもはや尊敬することは出来ない。


天皇明仁も傲慢無礼と言える。対等な相手が頭を下げたのだからこちらも頭を下げて答えるべきだろう。


明仁が頭を下げなかったことで明仁の方がオバマより上の人間のような錯覚を世界に与えたのは傲慢以外の何者でもない。



とにかく突っ立ったままの明仁を見て、いかに明仁天皇が無能で愚かな人間かという事が良く分かった。