レコード芸術1974年3月号 1  | geezenstacの森

geezenstacの森

音楽に映画たまに美術、そして読書三昧のブログです

レコード芸術1974年3月号

 1 

 

 

表紙はフルトヴェングラーとモン・サン・ミシェルのコラージュになっています。深読みすれば、この号はモノーラル盤特集ということでステレオ録音を残さなかったフルトヴェングラーがチョイスされたのではないでしょうか。

 

 

 ということで目次の中央には「特集 モノーラル・レコード-音楽の楽しみを語る」がドーンと組まれているのがわかります。そして、特殊ぅの最後に編集部による「モノーラル盤全リスト」が掲載されています。もっとも急遽組んだ企画と見えて欠落が結構あり、その欠落分は次号にひっそりと掲載されているんですけどね。まあ、量的には別冊付録にするほどの量はありません。

 

 さて、この号は前号ことがありますからレコードの発売点数は極端に減っています。月評も交響曲なんか僅か5点しかありません。そんなことでレコード各社の広告もページ数は大幅に削減されています。

 

 

 巻頭のグラビアはロリン・マゼールがトップを飾っています。マゼールはジョージ・セルの後を受けてつなぎのピエール・ブーレーズを挟んで1972年から1982年まで常任指揮者に就任していました。上はその最初のレコーディングとなるプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」の全曲録音の様子です。そして、この年には5月にクリーヴランド管弦楽団を率いて来日し、ベートーヴェン「交響曲第4番」&「交響曲第5番」、ベルリオーズ「幻想交響曲」、ラヴェル「ダフニスとクロエ(全曲)」、ガーシュウィン「パリのアメリカ人」などのプログラムを演奏しています。

 

 

 ヴァーツラフ・スメターチェクはあまりレコードに恵まれていませんが、ここに書いてある通りチェコ・オーケストラ界の重鎮でした。

 

 

 前年に亡くなったパブロ・カザルスは小生らの世代はマールボロ音楽祭の指揮者としての記憶のが鮮明なのですが、没後に発売された「鳥の歌」はモノーラルながら感銘深い演奏であったことは確かです。

 

 

 ナチュラル・ホルンも自在に扱うヘルマン・バウマンがこの年来日しています。彼の演奏するモーツァルトのホルン協奏曲週もどこかに加増しているはずですが、いまだに記事としては取り上げていないようです。こちらこちらで一部彼の録音を取り上げています。

 

 まるでヒッピーのような風貌のラドゥー・ルプーはプレヴィンのような今時の指揮者と馬が合うのでしょうか。当時話題となったグリーグとシューマンの協奏曲の収録時のセッションです。プロデューサーはミハイル・ウールコックでしょうか。とすると、グリーグの協奏曲のセッションスナップでしょう。

 

 

 

 こちらは1973年に来日したヴァーツラフ・フデチェックです。発売はビクターでしたが、レーベルの記載はありません。しかし、調べるとパントン・レーベルだとわかりました。のちにビクターはオーパスレーベルも発売していますからスプラフォンからこぼれたチェコのアーティストを拾っていたのでしょう。このスナップで指揮をしているのはダヴィッド・オイストラフです。伝説的なヴァイオリニストのダヴィド・オイストラフは、フデチェクの有望なる前途を予言し、彼に教育的援助を申し出ることになります。こうして、1970年からオイストラフの亡くなる1974年までの間、フデチェクは生徒として、師でありよき相談相手である偉大なるヴァイオリニストのもとで学んでいます。写真は1972年のプラハの春音楽祭でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を演奏したときのスナップです。下のスナップは日本で録音されたピアノのヨゼフ・ハーラーと組んだベートーヴェンの「春」と同8番を録音したときのものです。この頃ですから、4チャンネルで収録されています。