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サイクル(横軸)+水平線(縦軸)+斜線を使ってチャートを分析しトレードしています。

最近、YouTubeで名言集的な動画を見ることにはまっています。動画に書かれている言葉も大事ですが、その構成や音楽も物凄く大事なことがわかります。ドラマや映画の演出や心に響く音楽が大事なことと同じですね。

人に何かを伝えようとする時「俺の言ってることがわからんのかい?」ではなく、今一度、謙虚に自分の伝え方を振り返ってみる必要もあるかもしれません。

トレードも然りです「チャートさんよぅ、俺の気持ちがわからんのかい?」ではなく、チャートさんの気持ちを理解できていたかを振り返る必要もあるでしょう「そんなこと思ってるわけねーべが」と思われる方がほとんどだと思いますが、最初は意識していないと、知らず知らずのうちにそうなってしまうものです。

これはタイトルの通りの内容の動画ですが、この動画は構成と音楽が素晴らしいと感じました。これを観て心に深く響かない人は、ある意味幸せな人生を送ってきたのかもしれません。 

あきらめなかった偉人たち めぐり逢い版

永遠の妖精と呼ばれたオードリー・ヘップバーンの名言集です。じっくり読んで、聴いて、観て、感じてください。きっと、心(みぞおちあたり)が何かを感じるはずです。 尊敬する人の名言集~オードリーヘップバーン~

美しい唇である為には、ただただ思いやりのある言葉で語りかけなさい
For beautiful lips, speak only words of kindness

輝く瞳である為には、人々の内にある美点をみつめなさい
For beautiful eyes, look for the good in others

あなたが相場と共に祝福を分かち合おうとしているのであれば、チャートの中にある美点をみつめ、思いやりのある心で耳を傾け、そして優しく語りかけてください・・・するとチャートが語りかけてきてくれます。しかし、一度でも独り占めしようなどと思えば、それらは煙のように消えていくことでしょう。(まんまる語録)

私にとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです。
The greatest victory has been to be able to live with myself,to accept my shortcomings and those of others.


成功は誕生日みたいなもの。誕生日がきても、自分はなにも変わらないでしょ
Success is like reaching an important birthday and finding you’re exactly the same

奇跡を信じていない人は、現実主義者ではありません。
“Anyone who does not believe in miracles is not a realist.”


愛は行動なのよ。 言葉だけではだめなの。
言葉だけですんだことなど一度だってなかったわ。
私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。
それでも筋肉と同じで、その力は鍛えなければ衰えていってしまうの。
-原文不明-

スリムな体のためには、飢えた人々と食べ物を分かち合うこと。
For a slim figure, share your food with the hungry.

美しい身のこなしのためにはあなたは決して一人ではないことを理解し共に歩きなさい

For poise, walk with the knowledge that you never walk alone

物は壊れれば復元できませんが、人は転べば立ち上がり、失敗すればやり直し、挫折すれば再起し、間違えれば矯正し、何度でも再出発することができます。なんびとも決して見捨ててはなりません。
People, even more than things, have to be restored, renewed, revived, reclaimed and redeemed; never throw out anyone

以上、参考 http://estorypost.com/%E5%90%8D%E8%A8%80%E3%83%BB%E6%A0%BC%E8%A8%80/quotes-audrey-hepburn-matome/ & http://www.youtube.com/watch?v=lMhoeEZ9Lw0
今日で「家政婦のミタ」が終わりました。しかし、今までよく泣かせてもらいました。ドラマを見てこれほど涙が出てきたのは初めてです。ドラマがよかったのか、自分が変わったのか定かではありませんが、実にタイミングよくこのドラマを観れたと思います。
この涙が教えてくれたのは、涙(人の心)は、生命の心に反応するのであって、決して物質に反応するのではないということです。


いつも唸らされるミタ語録が今日も炸裂しました。

「奇跡というのは、普通に考えれば絶対起きない出来事が、そうなって欲しいと願う人間の強い意志で起きることです。奇跡は起こるから奇跡と言います。自分には無理だと諦めている人には絶対起きません。

いい内容なのですが、欲しいと願う という心の在り方では奇跡は起きないのではないでしょうか?・・・・・・・・・・・・・一方、そうでなければ、奇跡とは呼ばないとも言えるかもしれませんが、それらが普通に起きればもはや奇跡という言葉も形骸化されるのでしょう。

最後にミタさんの笑顔が見れましたが、釈然としない幕切れでした。そのミタさんに言えるのなら、「他人に適切なことを言えるあなたが、なぜ過去に縛られ、幻想の中で自分を責めるのか。誰もあなたを責めたりなどしていません。全てがあなたがつくりだした幻想だったんですよね。」と言いたいですね。

では、本題です。

よく手法よりメンタルが重要と言われます。多少、相場に関わってきて、ファンダとか手法をかじっていくと、メンタルの重要性に気づきます。気づかない人は相当な強者(つわもの)です。

トレードがなぜ難しいのかということを振り返ったとき、難しいということは何かと比べて初めて難しいかったということが言えると思います。今までの自分の経験から、定期テスト、受験勉強、資格試験、昇格試験、語学習得、スポーツ、習い事などなど、どれもこれもある程度努力をすれば、完全にではないにしろ手に入れることが出来たのではないでしょうか。少なくても努力する前よりも酷いことにはならなかったことが多かったはずです。その常識がトレードでは通用しないことに、あるとき気づき始めます。どんなに努力してもうまくいかないので、そりゃ涙を流したくなる思いもします。もう何をやっていいかも分からず時には無気力になり、また気合を入れ直して検証したりして、実践に望んで、また・・・・・の繰り返しになります。

そもそも、それらと比べること自体がナンセンスなのかと、よりトレードに近い要素のありそうなダイエットと比べてみます。

ダイエットで、一回の食事はご飯一膳、間食はほどほどに、寝る4時間前(夜9時以降)には固形物は食べないとするルールを作ります。これを守っていれば、適切な体重に収束していきます。

では、これをトレードに当てはめたらどうなるでしょうか?夜9時以降に固形物を食べてしまっても翌日体重が増えていない、いや逆に減っていることが普通に起きます。当然混乱します。ルールを破っても感覚、感情に任せても、よい成績が出せる時があるので、自分の感覚やら感情に任せてみたいという気にさせます。当然、目に入るローソク足の動きに感情が反応して、トレードすることになります。

しかし、それをやっていても結局うまくいかないことが分かると同時に、基準が自分のあいまいな感覚やら感情だったがために、検証もできず、改善もできないので、ただ、自分を信じられないという感情だけが残ります。

結局ルールを守っていれば、ダイエットと同じ効果が得られるのに、トレードはルールを守らなくても利益になってしまう、ルールを守らなかったから損失を防げたということがあるから、難しくさせてしまうのだと思います。

内田さんの定型句に「~している時点で終わってる」というフレーズがあり、私はとても好きなんですが、なんていうか、達観しているものからの助言というか、その境地にいるものでないと言えない言葉というか、まあ、短い言葉でニュアンスを伝えるのは難しいのですが、そんな感じで気に入った言い回しだったので、タイトルに使ってみました。

そのタイトルの意味は、メンタルが重要でないと言っているのでは勿論ありません。ただ、普通にトレードで利益をあげられる人は、そんなことは当たり前の事なので、取り立ててメンタル、メタンタルと強調する必要もないのだと思ったのです。テクニカル、テクニカルと言っている時点で終わってるでしょうか?メンタルと言っている時点で終っているでしょうか?

全くそうではなく、全てが当たり前になっていれば、何が特別という発想はなくなるのではないかと思います。

タバコを吸わない人には「タバコを吸わない」ということが当たり前ですし、健康体の人にとって健康的な食事のしかたが、至極当然のことでしょう。ならば、トレードにおいてトータルで利益をあげられる人にとっては、テクニカル、メンタル、ファンダ、検証、売買記録などなどが当たり前のはずです。ことさら、どれを強調するまでもないのだと思います。

特に当たり前にしなければならないことは、まずは自分のルールを徹底的に守ることではないでしょうか。無駄なことをしないというのが、トレードでは大事になりますが、無駄なこととはルール以外のことをちょこちょこすることです。

最も難しいのがこのルールを守るという単純なことです。ダイエットにしても、禁煙にしても、受験勉強にしても何にしても、このルールを守ることが難しいということは想像に難くないと思いますが、このルール、規律、まずは、これを徹底させないことには、前には進めないのだと強く思います。

その意味でメンタルってやはり重要なんですよねぇ。

今朝はクララが枕元に現れました。クララとは、かの不朽の名作アニメ「アルプスの少女ハイジ」にでてくるクララ・ゼーゼマンです。

みなさんもよくご存知のように、クララは「歩くことができる」に対してリミッターをかけていたわけですが、ある時アルプスで、ハイジによってそのリミッターが外されました。

私の「禁煙」も同じかもしれません。「そんなことできっこない」とリミッターをかけていたのですが、それが外れた時、歓喜が訪れました。では、なぜリミッターをかけていたかといえば、自己防衛本能からくるのだと思います。ここでは書きませんが、この自己防衛本能という言葉には、ものすごくいろいろな意味が含まれています。

実際、そのリミッターがなければ、とんでもないことになる場合(生命の危険)もありますので、このリミッターは人間には必要なんですが、取り外しても問題ない場合も多く、そのリミッターを外すというのは、別な言い方をすれば「殻を破る」「壁を超える」という表現になります。つまり本当に外すとやばいリミッターもあれば、そんなのリミッターじゃなく単なる幻想のご都合リミッターという場合もあります。

では、そのリミッターを見分けるにはどうすればいいのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは、そのリミッターにすがっていたほうが「楽ができる、自分にとって都合がいい」場合は幻想リミッターと考えられます。それが判断できるかどうかは、自分と向き合わなければなりません。そもそも、この行為を人間は怖がるんです。自分の醜さだったり、見たくないものだったりとかに向かい合わなければなくなるし、なにか絶望が見えてしまうのではないかという恐怖もありますが、本当の自分はもっと奥にあり、そこには愛と寛容と勇気のみで満ち溢れています(のはずです)。だから、怖がるという心の動きは己のつくりだす幻想を見ているに過ぎないのです。寧ろ、それらを確認できるのだから、自己と向き合うことを積極的にやったほうがよい方向へ向かうのも必然です。トレードで自分と向き合うというのは、売買履歴やトレード時の己の心境と向き合うことで、チャート上でのリミッターはレジ・サポになり、そこで逆張りをするかどうかは、己のつくったルール(規律)によります。それはやらないというのであれば、それはあなたの立派なルールです。

私の成功体験は今のところ「禁煙」だけですが、私にとっての禁煙はとてつもなく不可能に近いと信じて疑わなかったものなので、それだけでも十分証明できていると実感できています。今はダイエットをやっていますが、ダイエットというよりも「健康体維持思考」だけなので、特に何をしなければならないとかというのはありません。あえていうのなら「粗食」でしょうか。ただ、正しい思考で、「自分の理想の健康体」をイメージしているだけです。トレードと同じで、ダイエットにこうしなければならないとか、この器具を使わなければならないと思った時点で、終わってます。じゃあ、この器具の電圧はこうでああで、日に何回やって・・・・・・・・・・・永遠に考えて続けてくださいな。あなたはそういうことをしたいのですから、敢えて止めたりはしません。僕は、優しい人ですし、押し付けがましくもないですからね。おっと、これは失礼、また押し付けがましくなっているようです。


ところで、人はなぜ逆張りをしたがるのか?今まで考えてきたような、こなかったような、そんなことどうでもいいような気がしていました。でもこれって、リミッターをかけたがる人間の本性と深く関わっているもので、これを考えることはすごく重要なことじゃないかと思ったんです。これを説明しなくても、以上の文章を読んできて頂ければお察しがつくと思いますが、チャートもそのリミッターが外れたときは一挙に突き抜けていきますよね。日本人だから逆張り思考があるのではなく、人間である以上、その性から逃れることはできないのだと思います。

つまり、その習性から逃れることができないことを前提にトレードを考えていかなければならないのだと強く思うのです。

また、人間である以上、感情を排除することはできません。感情は、人生を豊かなもの(幸福)にするには欠かせないものです。が、一方で感情は、人生を貧しく(不幸に)させるものにもなります。あらゆるものは、相反する二面性を持ち合わせています。だから、感情や感覚を排除したトレードに徹したければ、完全自動売買か、指値逆指値のチャート見ない売買をするしかないのだと思います。

お金は人生を幸福(豊か)にするものであるが、同時に不幸に(貧しく)させるものにもなる

とも言えます。お金が欲しいと思っても、誰でも同時にお金をいらないと思うはずです。なぜ金持ち思考になれないかと言えば、それは仕方のないことと認識しなければならないと思うのです。つまり、人間は、ブレーキとアクセルを踏まずにはいられないからです。よく、フレーキの外し方ということが言われますが、じゃあ、あなたは車を運転するときにブレーキなしの車に乗りますかってな話ですよ。僕は、できませんし、そんな車に乗るの嫌ですし、そもそもブレーキが自身を守ってくれているありがたい存在なのですから、ブレーキは絶対に外せません。

しかしながら、現実に金持ちは存在するので、その現実を受け入れることも同時にしなければなりません。

より楽な考え方は、楽しんでいたらお金が入ってきた、とか、正しいことをしていたら(規律を守っていたら)お金が増えてきた。つまり、お金は副産物として与えられたもの、お金は後からついてくる的な考え方を持つことも一つの方法だし、引き寄せの法則通り、まさに現在進行形で手にしているイメージを潜在意識に持たせることも効果的だろうと思います。

このお金持ち思考は、お金持ちになったことがない人にとっては、想像上の世界であり、実感として持つというのは難しいとは思うのですが、そのリミッターを外せたなら、クララのように自由にアルプスの山を歩くことを楽しめ、私のようにタバコの支配から解放され、心の自由を得ることもできるのではないかと思います(^O^)

次は、自分像のリミッターの外し方を考えてみたいと思います。

禁煙という言葉は、私の中で単なる言葉に過ぎないと感じられるようになったので、もう禁煙という言葉は私的には解禁できます。しかし、これから禁煙しようとしている人は絶対にこの言葉を使わないでください。

禁煙してから14日目を迎えました。よく言われていることですが、ニコチン禁断症状がなくなる1週間を過ぎたあたりから、苦しさから解放された気がします。ただ、今でも食後に、「たばこを吸わなければ」という一種の条件反射というか強迫観念みたいなものが、頭にぽっと浮かびます。その度に、「いやいや、何考えてんだ」と思うんですが、形だけの幻想に過ぎないので、すぐに消えていきます。

喫煙者当時の記憶があるうちに、非喫煙者になって変わったことを書き留めておきたいと思います。

まず、喫煙者だったときは、吸いたかろうが吸いたくなかろうが、取り敢えずタバコに火をつけるというのが、習慣になっていました。そして、自分の中で最も大きかったのが、コンビニへ行ってタバコを買い、コンビニの外の灰皿のあるところで、左手にコーヒーを持ち、空を見ながら右手でタバコを一服するというのが、この上ないささやかな幸せでした。

どこに出かけるときも、ライターは忘れてないか?と異常に気にかけていました。そして、出かけるとまず、どこでタバコを吸おうか?という思考にロックオンします。イメージは、コンビニへ行ってタバコを買って、タバコをふかしている自分の姿があり、それが現実となります。そして、その繰り返し作業が延々と続くわけです。まるで、たばこをふかしている行為の合間に現実があるかのように。タバコをふかしている行為の合間に仕事をしているかのように。

つまり、タバコに思考も行動も支配されていたのです。喫煙者にとっては、それで幸せならばそれでいいのです。私も敢えて否定はしません。それで幸せであるなら、それでいいじゃありませんか。

独裁者に支配されていて、涙を流すくらいありがたいと思っている弱小核保有国もあれば、そんなの嫌だと一部の人間は言っているものの、その方が安全だし、なにもわざわざ危険を冒してまで支配から逃れなくてもいいし、もう自由は忘れますと言っているお隣の数だけ巨大国家もありますから、その人が幸せと感じているのなら、周りが何を言ってもダメなんです。それに、内から変わっていなければ、また元に逆戻りです。これは禁煙だけではなく、ダイエットにも言えます。一時的に痩せても、正しい健康思考が定着していない限り、何かのきっかけでまたリバウンドしてしまいます。そうなんです、正しい思考があれば、楽なんです。何事も。トレードも。

今では外に出かけても、あれほどの幸福感を得ていた「コンビニ立ち寄り一服」をしようと思いつかなくなったのですから、いかにあの幸福感は幻想であったのかが深く理解できます。行くまいとしているわけではありません、そういう発想が心から消えているんです。自分でも本当に不思議なことです。どんなことをしてもやめられなかったのですから、当たり前の驚きだと思います。禁煙を試みたのは数えきれず(たぶん数十回)、ファイザーの禁煙CMを見て医者にまで行ってもダメでしたから、もう何やってもダメだと諦めていました。だから、禁煙7日目は本当に嬉しかったことを覚えています。でも、14日目の今は、もう当たり前になりつつあるので、それほどの有り難さは感じなくなってきてしまっています。これじゃいかんですたい!何かのお導きでタバコを吸わなくなったことに対して感謝し続けたいと思います。

タバコを吸わなくなったことで、その他感じたことと言えば、









バナナってこんなに美味しかった?

昨日風呂場で気づいて書いたブログの内容ですが、そのことに気づいたのは一瞬の出来事でした。それまでにもどこかで考えていたのでしょうが、脱衣所の鏡の前で瞬間的に画像のようなイメージで考えが見えたのをはっきりと覚えています。よくよく考えてみると、今までの気づきというのは、いつも一瞬だったと思います。だらだらと考えていて、ああそうかというのは、あったかと言われると、自信をもってそういうのもあった、とは言いきれません。

ああでもない、こうでもないなどと理詰めで考えていても、一向にいい考えが浮かばないのに、なにも考えていない時に、一瞬で解決策やらアイデアなどが閃くっていうのはどういうことなんでしょう?

私は以下のように考えました。

勿論、そのことに問題意識を持っていなければ閃くはずもありませんから、まず意識的であれ、無意識的であれ、脳に何らかの事柄がストックされなければ閃きもなにもありません。

意識的にストックしていても忘れてしまう場合もありますが、潜在意識に引っかかっていさえすれば、勝手に潜在意識が考えていてくれるわけです。勿論、寝ていても考えているわけなので、夢などにも影響します。そして、何かをきっかけにしてふと潜在意識で考えていたことの結果が顕在意識に現れるのだと思うんです。そのきっかけが、以前の私ならタバコの一服だったのでしょうが、今はもっと効率のいい方法=目覚めた時の布団思考(ベッド思考)に重点を置いていますが、風呂場だったり、トイレで思いつくこともありますし、きっかけはいろいろあります。

つまり、下手な考え休むに似たりであって、トレードで言えばあれやこれやインディケーターだのラインだの数値を変えてみては、検証をやったところで正解があるわけでもないし、ネットにでも転がっている信頼できそうなどなたかの手法を真似て自分で検証してみて、あとは実践でチューニングしていけばええんちゃうのって感じではないでしょうか?

ただ、実際のトレードの時の感覚的な一瞬の閃きは、どういうことになるのか?と、ずっと考えてるんですが、閃かないんです。というか、そういう感覚を感じたことがないので、一度でいいから感じてみたいと思っていますが、これって絶好調のバッターがボールが止まって見える的なものなのでしょうか?うーん、きっとあると思うんですが・・・

私のトレードにおける感覚での得意技は、逃げ足の速さ=逃げるが勝ち戦法です。かっこよく言えば、三十六計逃げるに如かずですが、これは恐らく恐怖からくるものなので、感覚でなないと思うのですが、大きな利益をよく逃します。ただし、大負けも防げます。

考えるより、逃げとけっ!とか微益でもなくなる前にもらっとけ!という感覚は研ぎ澄まされたのかもしれません(^_^;)
 
家政婦のミタも今日が第10話で、いよいよ大詰めとなってきました。驚いたことに、昨日ブログで書いた「過去の上書き保存」が第10話の最大のテーマとなっていました。架空のドラマなんですが、「うんうん、そうだよなぁ」と思わせてくれるものがあり、涙が流れる場面もあります。

先週youtubeで「スモーキーマウンテンで生活する女の子」「世界がもし100人の村だったら」を観てから、今の生活がいかに幸せなものであり、感謝しなければならないことか、また贅沢であることを感じ続けています。

一方、そんな気持ちになったことで、トレードには正の作用と負の作用が働いています。正の作用欲が減ったこと、お金への執着がなくなったことです。負の作用は、欲が減ったこと、お金への執着がなくなったことです。書き間違えではありません。正の作用も負の作用も、同じなんです。

世界の恵まれない人々の生活や思いを考えた時、今の生活に感謝することは大事なんですが、同時に罪悪感も感じてしまうのです。それが、ずっと続いていました。東日本大震災の時もこれと同じ心境だったと今思うと納得できます。

罪悪感を持ってしまうと、「こういう贅沢な生活をしてはいけない、彼らと同じように質素な暮らしをして、金儲けなどというものからは縁を切らなければならない」と考えてしまう自分がずっといたのです。しかし、一方で彼らの力になれるような自分でもありたいと思っていて、頭の中ではずっと葛藤が起こっていました。

それが先ほど風呂場で瞬間的に考えがまとまりました。

彼らがみんなに同情してもらって、彼らと同じ生活をしてくれることを我々に望んでいるだろうか?そうすることを本当に望んでいるのか?それで彼らは幸せになれるのか?いや、絶対に違う!

病床について苦しんでいる人をお見舞いに行ったとき、同情してその方と同じ病気になって、隣のベッドで共に苦しんでくれることを、その患者が望むだろうか?そして、その患者の病気が治って、健康になるだろうか?絶対に、違う!

こんな簡単な事なんですが、2週間近くも、その問題から遠ざかっていたり、考えたりしていました。

トレード意欲が沸かなかったり、なかなか利益が出せなかったりしたときは、売買履歴のチェックと同時に、貧乏マインドのチェックもする必要があるかもしれませんね。




最近、朝の布団思考が、以前の潜在意識下での思考でなくなってきていると感じています。まるで魔法の杖を失くした魔法使いのようです。理由を考えたのですが、①潜在意識を意識しすぎているから、②慣れてしまったから、③全て順調だから潜在意識からの業務連絡がない が挙げられました。③であってほしいと思っていますが、どうなんでしょうか。

今朝は、顕在意識で考えていたので、時間はかかるは考えたことは少ないはという感じだったのですが、一応、今朝の思考をまとめておきたいと思います。


実は「禁煙」という言葉は禁煙するうえでは、非常にマイナスな効果しか産まないというパラドックスが存在します。なぜなら「禁」というのは「~してはいけない」ということであり、人に行動の制限を課すからです。

例えば、楽しいことをする時の自分の心の中を想像してみてください。好きなゲームをする時、ガンプラの製作に取り掛かかる時、好きな本を読む時、好きな番組を観る時・・・・・・・・ 全てにおいて心の中には「制限」と「苦」の真逆、つまり「自由」と「愉」がそこにあります。これは、個々によって感じ方が違うので、ガンプラを作ることが好きでなければ「苦」がそこにあるわけです。

人間は「制限」と「苦」に対しては抵抗するようにできています。つまり「~してはいけない」ということには、救いようがないくらい異常な反応を示します。

禁煙も例外ではありません。「文字通り死ぬほど好きなこと=喫煙」に対して、「タバコを吸ってはいけません=禁煙」として行動を開始しようとすると、命懸けでそれを阻止しようという心の抵抗が産まれます。だから、「禁~」=「促~」と同義語になります。

これを禁煙でのみでしか考えられない人は、想像力も本質を見る目も、まだ養われていないと言えるでしょう。トレードにおいて、想像してみてください・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・答えは己の中にあります。常に目の前にあります。ただ、じゃまするものがあって見えていないだけです。

4歳になるはとこの子どもがいるのですが、なぜか私になついてくれていて、母親が「世界で一番好きなのは誰?」と聞くと私の名前を言います。そして2番目が母親で、父親はかなり下の方に位置しているようです。自分の自慢話をしているわけではありません。私は子どもが大嫌いです。なぜなら、子どもは人の気持ちを考えずに好き勝手なことを言うからです。それによって傷つけられた経験があることと、泣かれてしまうとどうしていいかわらなくなりパニックになるからです。だから、最初にその子どもを見たときも何も興味がなく可愛いとも思わず、その自分の常識というか観念があったので、どちらかというと避けていました。ちなみに、私は動物は大好きなので、それほど酷い人間でもないと思います。

その子は普通の子どもとは違っていました。自分の子供への見方が一変するくらい全く違っていたのです。最初、私はその子に会って不信感を持った目で見ていましたが、その子はいつも笑顔で応対してくれました。そして、私を怖がらなかったのです。今では怖がるどころか子分にさせられているところもあります(^_^;)

この子の違っているというのは、このことだからではありません。これが誰に対しても警戒心がないため、初めて会ったおじさんにも、すぐにくっついていってしまうし、誰に抱っこされてもいやな表情を見せないのです。だから、母親はよく「この子は簡単に誘拐されちゃうよね」と漏らしています。

普通の子どもは初めて会った人に対して警戒させる本能が備わっていると思います(科学的根拠はありませんが、多くの子供を見てきた経験から)。だらか、不安になるとすぐに母親のところに泣いて抱きつく行動に出るのでしょう。

とにかく変わっている子で今ではとても好きなんですが、ある日、その子がおばあちゃんから「~しちゃダメ!」と言わた時、「ダメって言うな!」と泣いて怒ったことがあったんです。その言葉が私にはかなり衝撃的でした。おばあちゃんは、「なぜかダメっていうと、いつもそれに反応して怒り出すのよねぇ?」と首をかしげていました。私もその時はよくわかりませんでした。恐らく反抗期とかかんしゃくとかそんなものなんだろうと思っていました。

子どもは、幼ければ幼いほど潜在意識の方が強く、顕在意識は弱いはずです。ということは、3、4歳くらいの子どもの反応はほとんどが潜在意識下で起こっていると考えられます。つまり「~しちゃダメ=~してはいけない=制限、禁止」に対して、大人では理解できないくらいの抵抗を示したと言えます。大人から見ればそんな泣いてまで抵抗することないじゃないかと思えることなのですが、その瞬間の子どもの意識の中では生きるか死ぬかの葛藤が起こっているのだと想像できます。

その子は、今では私の潜在意識の師匠です。いつも会えることを楽しみにしているかけがえのない存在です。そんなことを今朝の布団の中でふと考えました。





2012年9月17日~
【ルール】
降水確率が50%以上で雨が降れば400円を貯金し降らなければ貯金箱から410円(たばこ1箱の価格)を引き出してタバコを買う。また降水確率が50%未満で雨が降らなければ400円の貯金し降れば410円を引き出す。(小雨でもにわか雨でも降ったとみなす) また、貯金が10,000円増えるごとに、貯金額に比例させて入出金額を増やしていく。入出金額は貯金額の±4%固定。貯金額は切り上げ=20,010円なら30,000円とみなす。10万円を越えてからは10万円ごとに入出金額を4%に固定する。(10万円を越えたら4,000円入金4,100円出金、20万円を越えたら8,000円入金、8,200円出金・・・)
雨が降ったら雨のち晴れでも雨   降らなければ晴れまたは 雲
※降水確率は日曜日に発表された週間降水確率。
※寝ていたりして自分が気が付かなければ雨が降ったこととしない。
月齢の絵文字は、その日の月齢に近いものを採用(つまり不正確)
ユロ円は日足で陰線↓ 陽線十字線+こげちゃいろ  の3種類

2013年  

                1/1火         2水       3木       4       5      6
降水確率   10%  0%       20%      10%     20%      40%      30%

実際の天気           太陽      太陽       太陽       太陽       太陽       太陽
貯金箱               88520       92120       96120     100120      104120      108120
月齢            月食        月食        月食        月食        月食        月食
ユロ円          -             ↓                -     -

          7月       8火         9水      10木    11     12土    13日
降水確率   20%    10%     20%    30%    40%    30%    40%
実際の天気    太陽      太陽       太陽      太陽      太陽      太陽   太陽
貯金箱          112120  116120   120120   124120   128120   132120 136120
月齢      月食     月食     月食    月食    皆既月食    皆既月食    月食   
ユロ円           ↓      ↓     丸                 -       -

  
  
     14月     15火       16水    17木   18      19土     20日
降水確率   90%    10%    20%    30%   20%    20%    20%
実際の天気   雨      太陽      雨       太陽   太陽     太陽     太陽
貯金箱         140120   144120     140020   144020  148020   152020   156020
月齢     月食       月食       月食       月食       月食       月食       月食
ユロ円           ↓     ↓      ↓       丸      -      -

          21月     22火       23水     24木    25     26土      27日
降水確率   40%    60%    30%    70%   20%    20%    20%
実際の天気  太陽     雨       雨       太陽       太陽      太陽      太陽
貯金箱        160020   164020    159920    155820    159820   163820   167820
月齢      月食      月食      月食       月食       月食      月食      月
ユロ円          ↓     ↓      ↓      丸       -  -

            28    29火       30水     31木   
降水確率   20%    10%    10%    10% 
実際の天気  太陽     太陽      太陽      太陽
貯金箱       171820   175820 181820 185820
月齢         月     月食      月食      月食
ユロ円          ↓    +こげちゃいろ     丸    

          21月    22火 23水    24                2/1     2土      3日
降水確率   40%    60%    30%    70%   30%    50%    30%
実際の天気                                                       太陽       雨       太陽
貯金箱                                                                189820    193820    197820
月齢                                                              月食      月食      月食
ユロ円                                                                        -       -

禁煙成功につき終了します。ありがとうございましたm(_ _)m

昨日ブログで書いた「ビートたけしの超常現象」に関して、youtubeで関連動画を観ていたら、未来人ジョン・タイターなるものの存在を知りました。こういう一見バカげているものも、もしかすると本当かも?と思わせてくれるものは大好きです。お化け屋敷もちゃちな子供だましより、よりリアルなほど楽しくあり嬉しくもありますよね。

彼は2036年の未来からやってきて、最終的に2015年に第3次世界大戦が起こることを予告して未来に帰っていったとされています。

おそらくこのことと、昨日のブログで書いた 予言研究家 浅利幸彦 「時空っていうのは一本のビデオテープの再録画って考えればいいんです。上書き保存ってことで一本のビデオテープが何回も再録画されていってかわっていくという理論です。」 はぁ?理解不能なのでコメントができないおー でもなんとなくまともっぽい感じもしないわけでもないけど胡散臭い。(昨日のブログ記事より) がどこかに引っかかっていたのだと思いますが、今朝目覚めた時の布団思考に影響してきます。もちろん上記のことは、顕在意識では忘れています。

昔からよく考えるんですが、自分の人生でどの時期が一番よかったと言えるかをテーマにして、過去に遡るといつでも答えは決まっていて、10歳までの幼少期になります。他の時期もスポット的には幾つか幸せだったと思える時期もあるのですが、継続的に安定して幸せだったと思えるのは、10歳までの時期しかないんです。その最も大きな理由は、心が自由だったということです。その時期にお金があるほずもありませんし、物質的に恵まれていたなどということも当然ありません。でも、もう一度過去に帰ることを許されるのなら、その時期に戻りたいと思いますし、その時期から人生をやり直したいと思います。恐らく、当時の自分に戻ったなら、お金を自由に使える大人に早くなりたいと思っていたでしょうし、未来の自分が今の自分を羨ましく思ってるなんて考えてもいないでしょう。まあ、いつも思うことで、いくらこんなことを考えても過去は変えられないのだから、くだらない思考を繰り返してもしょうがないと思ってはいるんですが、なぜか今朝はそういう思考をまたしたんです。

その時、ジョン・タイターとビデオテープの上書き保存がイメージとして、その思考に融合してきたのです。現在進行形の事実であっても、その捉え方によってその事実はさまざまな事実となって人々の記憶に残るわけですが、現在から過去を見たときにも同じことが起こるのではないかと感じたのです。つまり、過去に負のイメージを持った事実も捉え方、心の持ち方を変えると過去は書き換えられるのではないか。胡散臭いと思っていた「過去の上書き保存」ができるのではないかと感じたのです。と同時に、次のようなことも頭に浮かびました。

もし、自分が過去の自分を見て働きかけることができたなら、必ず助けたりアドバイスを与えたりしないだろうか?いやきっとするはずだ。

つまり現在もっている未来イメージが未来を作り出すのですが、同時にその未来から現在の自分に働きかけてきて何かを諭すはずです。その諭し方は何か?何を媒体として連絡してくるのか?

そうなんです。潜在意識しかありえないのです。だから潜在意識に忠実に素直であらなければならないんだと。

人はそれを、ご先祖様と言ったり、守護霊と言ったり、神様と言ったり、直感と言ったり、第六感と言ったり、虫の知らせと言ったりするでしょう。それが未来の自分でもいいわけですし、なんでもいいんです。どうせ科学的に証明なんてできないんですから。ただ、大事なことは理由はわからないけど、そうとしか考えられない力が感じられるかどうかであり、己の素直な感覚で感じられるのならそれに反することは愚かなことであり、一生真実を知ることも幸せをつかむことができないのではないかと思うのです。

「目標を持ちその目標から逆算して、現在の立ち位置を知り、目標を見失わずに前進していく。」というようなこともよく言われますが「未来からの俯瞰」という観念から考えると心に素直に入ってくるのではないでしょうか。