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サイクル(横軸)+水平線(縦軸)+斜線を使ってチャートを分析しトレードしています。

ちゃららら ちゃららら・・・・・・・チャラ男君のテーマ曲ではありません。トワイライトゾーンのテーマ曲です。

このブログはFXの気づきがテーマなんですが、いつの間にかスピリチュアル系のブログになってしまった感があると思います。しかし、これがトレードにとって非常に重要なんです。ファンダ系よりもテクニカル系よりもはるかに重要だと思ってます。比率で言えばファンダ系ほぼ0:テクニカル系2:スピ系8でしょうか。私の基準ですから適当に聞き流してくれて結構です。 ※スピ系とはメンタル系とも言えます。

私が最も忌み嫌う、科学では証明できないスピリチュアルになぜこうも夢中になってしまうのか?それは嫌いには好き(好きには嫌い)が同居しているからだと思います。この時点でもうスピ系ムンムンですよね。でも、これらを科学的に説明することもできるんです。それは物質と反物質が存在することからなんですが、だいたい言わんとしていることはわかると思います。反物質をご存知ない方は「反物質」でググってみてください。そして、スピ系の見方を決定的に変えてくれたのが量子力学でした。こう考えると、何も科学を無視しているわけでもないんですね、僕は。

今朝も目覚めてから自己対話を1時間ほどしたんですが、どうもそれが潜在意識との対話なのかどうかよくわからなくなってきました。1週間前には確かにそれが感じられていました。慣れてきてしまったので、それが普通の感覚になっているのならいいのですが。

あと潜在意識下での思考ではっきりと言えることは、その思考速度が恐ろしく速いということです。ひとつ考える(閃くという表現の方があってる)と、それがすごくいい考えであったとしても、あっという間に過ぎ去ってしまい、次の思考に移っていってしまうんです。だから、その思考を記憶にとどめておくことが非常に難しいんです。何言ってるんだと思われる方もいらっしゃると思いますが、このことをあなたの経験上で説明することはできます。

例えば、交差点で発進しようとしたら右から車が勢いよくこちらに向かってきた時、追突するまでの時間は僅かに1秒なんですが、その間に[こちらに向かってくる車がこの車の右ドアにぶつかって、自分が左席へ押しやられて、右大腿骨を骨折して、そのまま車は横転して、救急車に運ばれ、下手すると意識不明のまま、帰らぬ人となり、葬式は・・・・]と正に走馬灯のように状景が浮かんできます。実は、これは私の実体験なんですが、あなたにも似たような経験があったと思います。車がボールであっても構いませんし、プールへの飛び込みであっても構いません。

この結末はどうなったかというと、右から勢いよく走ってきた車が避けてくれて、その車がブロックに突っ込んで終わったんです。幸い、その方に怪我はありませんでした。結局、私の過失ということで保険を使わずに示談しました。


また、絶好調のバッターはボールが止まって見えるというのも、これと同じ原理ではないでしょうか?

まあ、とりあえず今日もいろいろな気づきとブログタイトルまで考えられましたが、本題に行く前に長くなってしまいましたので、次にしたいと思います。・・・・・(2)につづく

私は科学で証明されないものや誰もが納得できる証拠がないものは、信じないことにしていますし、ことごとく毛嫌いしてきました。科学万能主義ではないですが、そうでないものには騙されることが多かったという経験が積み重なって出来上がった思考です。普通に生活していればそれで全く問題ないですし、その思考が自身を守ってくれると思います。その思考はとても優秀であり、信頼ができ幸せをもたらすものであるかのように思えました・・・・・・・・相場に関わるまでは。

「ビートたけしの超常現象」という番組を毎年欠かさず見ていますが、大槻教授を代表とする理性派グループと韮澤潤一郎を代表とする妄想系グループのバトルがいつも行われ、毎年、バカバカしいお笑い番組として楽しませてもらっています。テレ朝ホームページにネット限定動画がありますが、妄想系グループの発言検証していきます。

オカルト研究家 山口敏太郎
「マヤ暦は循環の暦なんで、僕としては5番目の時代が終わっても1番目に戻ると思ってるんですよ。」
「僕としては」って何?別にあんたの意見を聞きたいんじゃないの。
「思ってるんですよ」って、だから思うとか思わないとかじゃなくて、納得できる説明をしてくれないんかな~まったく。

「オカルト業界を担ぐ連中がいて定期的にこういう滅亡論を煽ってですね、それで本を売る、DVDを売るっていうビジネスモデルがある限りは、こういう類のものはなくならない」
この人は妄想系の中でも割と理性的でまともな発言が多い。確かにこういうものはあります。映画のアルマゲドンやディープインパクトは、あきらかにノストラダムスの予言を意識した時期の制作で興行収益的にも大成功を収めています。人の不安に目をつけた商売(不安を煽る、よくいえば不安を解消してあげる商売)や肉体的疲れや病を癒す商売というのは、人間が存在する限りなくならないでしょう。

たま出版社長 韮澤潤一郎
バカバカしくて書くまでのこともないので割愛

国際気能法研究所 所長 秋山眞人
「この論争を見ると、我々がバカの塊みたいに見えるんだけど、例えばマヤ暦の問題にしてもね・・・マヤの人たちが一旦文明を放棄しちゃった時期があるんですね。それで放棄した時に何が起きたかというと、スペイン人が侵略してきて全部奴隷にされて宝物が持ち出されたんですよ。」

最初の前置きがあるから、話を聞いてみようかという気にさせる。確かにスペイン人に侵略されたが、マヤ人が文明を放棄したという事実の証拠が示されていないので、安易にこの説を信じる訳にはいかない。そもそもマヤ文明が滅ぼされた原因は、キリスト教を利用したスペイン人の狡猾さと武力だったのではないのか?

予言研究家 浅利幸彦
「時空っていうのは一本のビデオテープの再録画って考えればいいんです。上書き保存ってことで一本のビデオテープが何回も再録画されていってかわっていくという理論です。」

はぁ?理解不能なのでコメントができないおー でもなんとなくまともっぽい感じもしないわけでもないけど胡散臭い。

UFOコンタクティ トパーズ・ルアール
「プレアデス星団というのがあるんですが、そちらからテレパシーといいますか、念動波動って言うんですが、送ってきまして(ここは笑いながらの発言)・・・人間誰しも宇宙名がついているんです・・・」

プレアデス星団は実在するので、権威に弱い人はこの名前だけで引き込まれてしまい、一種の催眠状態に誘導されてしまうでしょうね。テレパシーや念動波動も同じなんですが、それを送ってくるっていう発言をしているときに笑いながらなんですね。これは自分が嘘をついているからか、こんなことを言うと相手にバカにされるだろうから自分で自分を笑って先に自分に罰を与えとけというシグナルです。どうせお前らには何言ってもわからないというような嘲笑ではないはずです。そのあとの宇宙名だかなんだか--------あー時間の無駄

科学問題研究家 竹本良
「宇宙人というのは57種いるって言われてるんですね。・・・・」

ふーん宇宙人が57種いるって誰が言ってんの?その他の発言はブログに書くのも耐えられないレベルのため割愛

どうもこういうものは、真贋が入り混じっている気がします。でも、こういうのは私は大好きです。バカらしいと思っていてもそれを見たがる心理、怖いもの見たさで肝試しをする心理などと同じじゃないでしょうか。

今日部屋の片付けをしている時に、なぜか部屋の中に置いてあった体重計がじゃまだったので廊下に持っていき、おもむろに体重計に乗ってみました。服を着ていたのですが、73.5kgもあり少し驚きました。いくら冬物の服を着ていると言っても3kgもあるわけはないので、実際70kgを超えてることになります。この2年間はとにかく利益を出せるようになるためと思って、運動不足も太ることも当然と思ってやってきていたので、体重計も使うことがなかったんです。自分で楽と言い切ったダイエットもやらなければならない時が来たのかとその時ふと思いました。しばらくして、2階の自分の部屋から1階のダイニングに行くと、1年半ぶりに会う姉が昼食をとっていました。あまりにも久しぶりだったので、一瞬誰だかわからないくらいでした。すると姉は開口一番「太ったねーーーー 顔なんかすごいじゃん」 私は平静を装っていましたが、[うわぁ(>_<)やっぱりそう見えるのか]と思い、かなりショックでした。いつも会っている人はやはり気がつかないのか、その人たちから言われることはないのですが、久しぶりに会う人は最後に会った時のイメージをもっているので、そのイメージと違えばすぐに反応するわけです。

その時、考えました。これってもしかしたら「引き寄せの法則」なのでは?と。体重計にたまたま乗って体重を気にした→ちょうどその日、1年半ぶりに姉がやってきて太ったと言った。なんか出来過ぎてないかと思えたんですが、こんなことで納得するような僕ちゃんではありません。なら、パチンコに行きたいと思っていた時、ちょうどテレビをつけたらパチンコ屋のコマーシャルが流れた。これって引き寄せの法則じゃねぇ?と納得してパチンコ屋に行って、大損こいて帰ってきた(>_<)なんてこともあるわけです。つまり都合のいいようになんでも解釈しようとすればできてしまうんです何事も。ただ、ダイエットはいいことだし、ニコチン禁断症状もなくなってきたので、そのようにしたいと思ってます。

今はとにかく知りたくてしょうがない病とでも言うのでしょうか、色々な本や情報を貪るように集め、本当のことを知りたいと思っていますが、自分の都合のいいように曲解するという習性のあることには注意を払っているつもりです。

ただひとつ言えることがあるんです・・・・・・・・・・・・・・・・・説明できないけど何かの法則に沿って起こっているとしか思えないような出来事が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あなたのまわににもありませんか?  ちゃららら ちゃららら・・・・・・・・・・・・・・・

貴重なお時間を使ってご訪問いただき誠にありがとうございます。

非喫煙者に復帰して丸1週間が経とうとしています。一度危ない場面もありましたが、こうやって無事に2週間目を迎えられている今に慶びを感じ感謝しています。

昨夜寝る前に、胸のあたりの重りがとれて、胸が軽やかになったと同時に、「タバコの奴隷から解放される」という慶び感じました。

世の中のことは、考え方・捉え方・感じ方つまり己の意思や意識によって、いくらでも変えることができるのだと感じます。例えばビッグマックを夢にまで見る憧れの食べ物と見ることもできますし、太るばかりで栄養価の低いジャンクフードとして見ることもできます。ガンプラをこよなく愛し、その製作と鑑賞を生きがいの1つにしている人もいれば、そんなものにお金をかける気の知れない人もいます。タバコをこよなく愛しタバコなしでは生きていけないし自分でなくなると信じて疑わない人もいれば、自分の貴重な金と時間を使って自身の身体を悪くさせている人の気が知れない人もいます。

喫煙者に言わせてください。
喫煙者にとってはこのタバコに使ってきた時間も大切な人と共に過ごしてきた時間と同じなので、全く無駄な時間でもなかったし、むしろ色々な思い出を共有してくれたありがたい親友との貴重な時間であったのです。また喫煙者にとって、お金なんてどうでもいいのです。タバコにそれだけの価値があると思えば、一箱1,000円でも2,000円でもそれ以上でも払うでしょう。麻薬(タバコも悪質な麻薬)は高くても欲しい人は買いますし、高級ブランド品信奉者は高いお金を払ってそれらを買い求めます。今まで300万円は使ってきたって?それだけの価値はあったのですから払ってきて当然です。健康に悪いって?逆です。健康に悪いと聞かされれば余計に不安を募らせ、ますますタバコを吸いたくさせます。

喫煙者の苦悩もわかってあげてください。本当は、喫煙者もやめられるのなら今すぐにでもやめたいんです。心の底では「助けてー」と叫んでいるんです。彼らもある意味被害者でもあるんです。

では煙者に言わせてください。上記のことは承知しています。私がずっとそうでしたから。まだ非喫煙者に戻って1週間なので、喫煙者の気持ちが痛いほどよーくわかる立場で、敢えて言わせてもらいたいのです。だから言わせてください。

タバコに関しては今の私からはっきり言えること-------------------------それは、タバコは幻想を作り出すそのものであり、本質にベールをかける厄介なものです。

タバコを吸うことによって中毒症状を発症させますが、その症状を緩和させることができるのは、中毒を起こす原因となったタバコを吸うことです。問題の原因を作っておきながら、自らその原因を取り除くかのように見せかけて、実は問題をさらに深刻化させていく。しかもその時間的速度がわからないほどゆっくりと進行していき、問題を悪化させていくのですから質が悪いわけです。さらに、多くの人が「わかっちゃいるけどやめられない」となり、自分の都合のいいようにタバコを見てしまいます。タバコ(タバコ産業、税収)にとっては有り難く貴重な存在です。ただ、病気が増えるので税収にとっていいか悪いかといえば、悪いんじゃないでしょうか。

喫煙者は巧妙な罠にはまった被害者でもあるのですが、その問題をつくりだしたのは他でもない喫煙中毒者本人なのです。誰も強制的にタバコを吸えなどと命令したわけではありません。吸わない人は最初から吸っていません。

読み終えた「禁煙セラピー」に非喫煙者復帰を成功させる秘訣が書かれています。
①決心(吸わないことが間違いなく正しい判断であること)に疑いを持たない 
②もう二度と吸う必要のないことに慶びを感じ続ける

そして、成功しない方法は「精神力禁煙法」と説いています。私はずっとこれで失敗し続けてきました。「なんか健康にもよくないし」と思いつきで始めるものの、根本が分かっていないし動機も曖昧なため、精神力でそれをなんとかしようとするのですが、そんなものでは己の中にいる小悪魔を退治することはできなかったんです。結局、失敗に終わるわけですが、その度に自己嫌悪に陥ります。「自分はなんて精神力の弱い奴なんだ。何やってもダメなんじゃないか?こんな思いをするなら、もう禁煙なんて考えないようにしよう」ということになり、心の中に小悪魔の心地よい居場所を与えてしまうことになります。この悪魔のロジックを理解することがとても大事なんです。

本当に気の遠くなるほどの長い間、どれだけの時間をこのタバコというものに使ってきたんでしょう。

では、タバコという忌々しい存在に使ってきた時間が無駄だったかといえば、全くの逆で、その時間が長ければ長かったほど、今から壮大な実験ができ、壮大な気づきに出会えるのです。それも成功するとわかっている実験です。想像してみてください。想像しているだけでワクワクしてきませんか?

これほど難しいとされるニコチン離脱を克服していく過程は、ニコチン中毒者しか体験できない貴重な経験になります。禁煙が自分には無理だと思っている人ほど、その効果は計り知れないと思います。非喫煙者にはこんな貴重な体験は生涯できないんです。彼らに出来ることは、それよりもはるかに楽なダイエットくらいなものでしょう。あなたがたばこを吸ってきたのは、これに気づくためだったのです。なんて素晴らしいことではないでしょうか!

この言わば人間の本能に反することに立ち向かって、それを克服できたなら、あなたは他でも成功できるはずです。セドナメソッドを使い、まずは非喫煙者への仲間入りをする過程を体験することを大いに楽しもうではありませんか。きっとすごいことに出会えると確信してます。できないと思っているそこのアナタほど、きっと大きいモノをつかめるはずです。私は正に今そのワクワク感の中で体験しているところなのです。

もう何も怖がらなくてもいいんです。意地を張らなくてもいいんです。本当の意味で楽になってください。大いに楽しんでください。

世の中から麻薬がなくなり、本当の慶びに溢れることを願ってやみません。 

                 ~1週間前までタバコをこよなく愛した非喫煙者より~

長文にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。何か感じていただけるものがありましたら幸いです。

気がつけばタバコのことしか書いていないような気がします。1日の中でタバコのことを考えない時間がないくらいです。正直・・・きつい。きついものはきつい。何十年も続けてきた習慣をやめるわけなので、きつくない方がおかしい。 ←でもこれも幻想に過ぎません。

やはりどうしても「自分に負けて、たばこを吸ってしまうのではないか」という恐怖が襲ってくる。恐怖があるということは、「そのほうが楽だから、そうなって欲しいという願望」も同時に持ち合わせているので、恐怖を手放さなければ、無意識の反作用願望が消えていかない。

昨日書いたダイエット時の空腹感とたばこを吸いたい気持ちから負のイメージを抜き取り、プラスイメージにつくりかえるというのが、その前の段階で、言い換えると負のイメージの形骸化作業+イメージ転換作業になる。それだけで大丈夫かと思っていましたが、何かのストレスがかかると、そんなものふっ飛んでしまうほど、タバコを吸ってストレスから解放されたいという欲望が出てくる。ただ、これでタバコを吸ってしまうと、今までと同じく、ストレスを感じるたびにタバコを吸わなければならなくなるし、タバコを吸うことでストレス(負の存在)を認めてしまい、己が作り出す幻想のストレスを脳裏に焼き付け続けることになってしまう。

昔、麻雀をしていて、緊張してくる(=ストレスを感じる)とタバコを吸いたくなったものです。リーチをかけた時は、タバコに火をつけたことが多かったことを思い出します。もうこの悪癖パターンが身体に染み込んでいるはずです。当然、ポジションを持った時がそうです。こんなマインドでトレードをしていてはいけないことはわかっていますが、染み込んだ悪癖をそう簡単に追い出すことはできません。しかし出来ると思わなければできないのも事実です。

何かに気づいたり、何かの言葉に出会って納得したりすることは日常よくあることですが、本当に身体に染み込ませるには、何らかのアクションを起こさなければならない。でもそれをしないのであれば、本当にそれを欲していないのではないかと思えてきました。

例えば、「失敗は成功のもと」という誰でも知っていて納得している格言があります。しかし、どれだけの人が、その格言通りに物事を捉え行動に移すことができるでしょうか?ほとんどの人はできないと思います。理解はできるが、その行動ができない、またはやろうとしない。なぜ、しないのかというと、しないほうが楽だからです。楽というのは、楽をしたいという意味ではありません。防衛本能が自分を守ってくれている(=楽な)のです。しんどいことから自分の身を守ってくれている有難い存在です。ダイエット時の空腹感は自分の体を飢餓から守ってくれます。タバコを吸いたいという気持ちは中毒症状の苦痛から守るために「タバコを吸って楽になりなさい」と優しく囁いてくれる。誰かがいじめられているのを見て見ぬ振りをするのは、自分に危害が加えられないように自分の身を守ってくれています。

昨日は正にそんな恐れていたことが起こりました。東京時間のトレードで3連敗した後、建値撤退をはさんで、また損切りをした時、たばこの吸いたい度がピークに達します。ついに、灰皿のタバコの吸殻を手に取り鼻のところまで持っていき、タバコの匂いを嗅ぎました・・・・・・当然、頭の中ではものすごい葛藤が起こってますが・・・・・・・・もうだめだと観念した瞬間、手からタバコの吸殻を捨て、ハッと気がついたのです(不思議なことにハッと気がついて、タバコを捨てたのではありません 「俺って、まだ連敗でストレスを感じている」
たばこを吸いたいと思ってくじけそうになったことよりも、正直こっちのショックの方が強かったのです。ルール通り淡々とトレードをすることが善い行いであることを痛いほど分かっていても、それに抵抗する自分を発見した時、「やっぱり本当には分かっていなかったんだ」と身体の力が抜ける思いがしました。

その後、タバコのことしか考えられなくなっている自分の思考から目を背けるのを止め、たばこを吸いたいという気持ちに向き合うために、パソコンの電源を落とし、3年前に買って最初の20ページほどしか読んでいなかった「禁煙セラピー(アレン・カー著)」を引っ張り出してきて、ベッドで寝転んで読み始めました。(終)


今まで私は食べないことは我慢できても、たばこを吸わないことは我慢できてこなかった。よく考えてみると、ダイエットの時の食べたいという欲求もだばこを吸いたいという欲求も本質は同じであることがわかります。

それは、ともに己がつくりだす幻想であることが多いのですが、そのものに目を背けずによく見ると真実が見えてきます。

ダイエット時での、空腹感は最初は不快であってもそのうち慣れてきます。そして、その空腹を感じている時に、脂肪を燃焼させていることが理解できているので、特に辛いと感じることがない。というよりも、逆にそう感じなければダイエットできないと思っています。

では、たばこの場合はどうでしょう。なぜ、今まで気がつかなかったのかと思うのですが、「たばこを吸いたい、ニコチン中毒、身体の細胞がニコチンを欲する、鼓動が高鳴る、頚動脈の血流が激しくなり脳に肺の残留ニコチンを送ってる」というのは、まさに私がつくりだしている現実(=幻想)です。同じようにたばこをやめた人でも簡単にやめられる人もいます。同じ症状でも感じている現実が違う訳です。たばこを吸いたいと感じるのは、ダイエット時の空腹感と同じで、健康な身体に戻っている証拠なので、最初は不快感があるが、そのうちそれが当たり前になり、それがなければ肺が綺麗になっていっていないと言える。もともとたばこを吸わない人はたばこを吸いたいと思わないわけだから肺が綺麗なわけだし、肺を綺麗にする必要もないのでたばこを吸いたいとは感じない。

「空腹感=脂肪燃焼現象」であり、「たばこを吸いたいと感じる=肺の浄化現象」と感じられれば、かなり気分は楽になる。

「家政婦のミタ 第4話」で、長男の翔が「なんでたばこを吸っちゃいけないわけ?」と父親に問いかけるも、父親は答えられず、代わりにミタさんが答えます 「・・・いつまでたっても大人になれないくせに、一人前の振りをする弱い人間を育てるだけです。」 全く否定するところがありません。その通りです。完璧です。私もそんな感じで吸い始めました。

話を戻しますが、空腹感やたばこを吸いたいという気持ちなどは、個人差がありますから、たばこは簡単に我慢できても空腹感はそう簡単には耐えられないという人もいるでしょう。そこには過去のできごとが深層心理(潜在意識)に影響していることが多いのだと思いますが、本質は同じだと今回気づけました。

ただ、自分の観方は自分の観方であり、他者の観方も感じ方が違うのだからそれはそれでありのまま受け入れなくてはなりません。

今年最初のトレードで、自分のトレードの正体が露呈し、トレードの本質に気づこう気づこうとしながら、またそれを書きながら、実は全く分かっていなかった自分を知ることができました。

荒れた翔がミタさんに向かって叫びます。「ばかにしたような顔しやがって・・・お前なんかに俺の気持ちがわかるかよ?!」 するとミタさんが「わかります」と答えます。・・・・・(1シーン)・・・・・そして、最後に翔が涙ながらにこう言います。「・・・期待に応えたいけど、どうしていいか全然わからない。なんとかしなきゃって焦れば焦るほど、全然うまくいかない。・・・」

人間誰しも「わかってほしい、理解してほしい」という気持ちは常に持っているようです。それをうわべだけでなく真剣にわかろうとする人や本当にわかってくれる人、あるいは わかってくれる自分には心を開くつまり感情を解放できる のだと思います。

録画してあるはずの「たかじんのそこまで言って委員会」を昨夜寝る前に横になってみようと思い、再生ボタンを押したところ、なにやらドラマが始まってるではないですか。「あちゃー、これは今日は変なドラマがあって時間変更したなぁ」とがっかりしたんですが、いつも90秒のCMのあとに始まるので、30秒スキップボタンを3回押して再生させたところ、やはりそのドラマが続いていて、松嶋菜々子が発する「それは人間が弱い動物だからです。弱いものを見つけたら徹底的に痛めつけ、強いものがいれば恐れをなして逃げ出す。それが人間という動物の本性です。」
という淡々とした口調の言葉が耳に入ってきました。それを聞いた瞬間、これは普通のドラマではないことがわかりました。いじめについての内容ということもあり、興味があって見ていくにつれて、すぐに家政婦のミタというドラマであるとことと、なによりその家政婦がその家族の『潜在意識』を表現していることがわかりました。

視聴率が高かったというのは聞いたことがあったのですが、まさかこういう内容だとは思ってもいませんでした。昨日から始まって2月3日までほぼ毎日放送するようです。おっと、これは静岡だけのローカルな話でした。

最近は、目覚めた時に考えたことをまとめるのが、このブログの役目になりつつあります。今朝は5時ごろ目が覚めてから寒くて1時間くらい布団の中にいたんですが、目が覚めたばかりの時は無駄なソフトが立ち上がっていない分、1時間の間にも、たくさんのことが考えられます。

まずは昨日起こったタイトルの内容について触れておこうと思います。

昨日昼食をとったあとに、以前観たジャンヌ・ダルクの映画をもう一度見たくなったのですが、タイトルがわからなかったので、検索すると「ヴァージン・ブレイド~ジャンヌ・ダルクの真実」ということがわかりました。ミラ・ジョボビッチ主演の「ジャンヌ・ダルク」ではありません。私の中でのジャンヌとミラ・ジョボビッチはイメージがまるで違うからです。そのうちにその映画をニコニコ動画で観れることがわかり、早速無料視聴を始めました。やはり感じるものは2回目だと違うというか、観る視点が違うから違うように認識するというか、とにかく違うわけです。最後の言葉の認識も違っていました。ジャンヌか燃え盛る炎の中で「ありがとう、ありがとう、ありがとう」と天に向かって感謝しています。いずれにしても神に向かって話しかけていることは事実のようです。

午後3時頃、もう一度スモーキーマウンテンの少女が最後に言った言葉を聞きたくなり、動画検索すると別バージョンがあったので、そちらで観てみました。それがこちらです。世界がもし100人のむらだったら3 マニカ3/3 最後にその少女が話し始めるところで、突然スティービー・ワンダーのIsn't She Lovelyの曲が始まります。とても好きな曲に相まって、その言葉を再び聞けることになったのです。と、同時に瞬間的にタバコのことが頭の中をよぎります

彼女達が過酷な条件下で働いて得られるお金は1日に400円ほど。日本で売られているタバコと同じだけど、あんたは、のほほんとこの日本で暮らして、彼女達が1日必死で働いて得たと同じ額のタバコを買って私欲のために吸ってるんだよね。おまけに自分の体を悪くさせながら。それって自分で自分に罰を与えてるの?}
瞬間的に考えているので、曲はまだ流れています。すると自分で考えたのか聞こえてきたのかはわかりませんが
{タバコを吸いたいという気持ちは幻想だったんだよ。タバコを吸うのをやめると体が苦しくなるっていうのも幻想なんだ。やめられるかどうかをもう怖がらなくていいんだよ。今まで長い間、本当に苦しかったよね。でも、もう我慢することもないし、意地を張ることもないし、それに苦しまなくたっていいんだよ}
と感じたその時、みぞおちあたりからこみ上げてくるものがあり、抑えきれずに涙が溢れ出てきました。それは予期せぬ突然の出来事だったので、かなり戸惑いました。必死で冷静になろうとしていました。自分で解放しようとか、禁煙のために何かをしようとしていたわけでもありませんでした。スティービー・ワンダーの曲がイメージさせやすくしていたんだと思います。内田さんが解放していた時に、涙が溢れてきたと言っていた意味がこの時、はっきりとわかりました。実はこれを書いていて、昨日のことを思い出している時にもフラッシュバックして涙がこみ上げてきました。マニカの言葉でも涙が溢れてきます。どうしちゃったんだろうか?こんなに涙もろい人間じゃないのに。

実はこれを書くのを昨日はためらっていました。それは、今まで禁煙を何十回と失敗してきているからです。とにかく苦しいので、あの苦しさを二度と味わいたくないし、自信がなかったんです。それが今朝布団の中で「そんな先のこと考えてもしょうがなくねえか?もし、たばこを吸っちまったら、それは本当の解放じゃなかったんだから、またその時解放すればいいだけの話じゃねーか?」ということになり、これを書く事にしました。

これは非喫煙者に戻るという事なんですが、未来はわからないので、その結果に前向きに対応していきたいと思います。
今朝、チャート検証をしていて、息抜きにペタをしてくれた方のブログを見ていたら、専業でスキャルピングをしている方がいました。記事を読んでいたら動画があったので観たのですが、観終わるといつものようにYOUTUBEの画面にはいくつかの動画キャプチャー画像が現れました。その中にはチャート画像がありFX関係とすぐわかるものもあったのですが、「うん?なんだこれ?」と思わせるものもありました。

試しにカーソルをその画像に持っていくと、「スモーキーマウンテンの女の子」というタイトルが浮かび上がってきました。スモーキーマウンテンは昔から知っていましたが、まだ存在してるんだと思い、クリックして動画を見始めました。→スモーキーマウンテンで生活する女の子(1~8) 内容は省きますが、最後にレポーターの酒井美紀が、涙ながらに「『今日生きてることにありがとう』って思うことができてなかった」とコメントしています。人間、道は違っても同じことに気づくものなんですね。

そして、そのスモーキーマウンテンの女の子が最後に「弟の二人がちゃんとした教育を受けて、しっかりとした仕事についてくれれば、私はどうなってもいい」と語っています。わずか14歳の少女の言葉です。

それを観終わって、さらにキャプチャー画像で興味ある動画を観たのがこちらです。→世界がもし100人のむらだったら これは2001年くらいから世界に広がったチェーンメールのメッセージのようですが、ほかにも幾つか同じような動画がありました。私は今までこれらの動画の存在を知らなかったのですが、自分の中の何かが邪魔をして求めることができなかったのでしょう。

やはり宗教的なものや思想的なものには、今でも一部正体不明な抵抗がありますが、ただ自分の心と向き合っていくことで、世の中の見方がいい方向に向かって行ってることは実感しています。

こうやってブログを書ける幸せも噛み締め、心を込めて書き続けたいと思います。





そして、今日目が覚めた時、潜在意識下での思考が始まります。やはり出てきます、潜在意識で意識していることが。胸の感覚の確認をすると確かにモヤモヤ感がありました。30分くらいの時間がかかったでしょうか。あれやこれやの考えが頭の中を駆け巡りますが、覚醒しているときよりもそのスピードが格段に速いのです。最後はジャンヌ・ダルクまで出てきました。

潜在意識下での思考は常に正しい。しかし、そこにたどり着くには、感情という顕在意識を解放していく作業が必要になるのですが、顕在意識が弱いため、割と簡単に潜在意識と直接対話することができます。

「あなたは常に正しいんですよね?」しかし、何も答えません。「人間だれしも正しい意識が根底にあるはずなのに、なぜ苦しみ、正しく理解ができないのですか?」やはり、なにも答えてくれません。

と・・・・・・・・・その時、扉が開き光が指すかの如く答えてれました。(イメージです) 答えは「寛容」でした。それに気づいたとき、いじめの問題も内田さんのことも消えると同時に胸にあったモヤモヤも消え、晴れ晴れとした気分になれたのです。

全ての生命に宿りし御心は寛容であり、豊かな愛と勇気に満ち溢れ、幸せそのものです。その時、瞬間的また直感的に「常にそれに目を向けることが重要だ」と感じました。

我々はついつい悪い感情を消すために、それが発生したのはどこかを探ろうとして、それを突き詰め解放しようとします。それも重要な方法ではあると思うのですが、それよりも積極的によい感情がうまれた体験を探して、なぜその状態に自分の心がなったのかを探ったほうがいいのではないかと思うのです。実はこれがなかなか難しいのです。なぜなら、そのような体験が負の体験よりも圧倒的に少ないからです。ただし、認識している負の体験は、実は真逆のことも多くあります。また、負の体験と思っていたことは、実は正の体験の前触れや準備段階であると思います。よって、負の体験というものは本当は空想上のもので実在しないと認識していたほうがいいのかもしれません。

そして、いいことは反省しないので、よかったで終わってしまうため、その気持ちに同化することがなかなかできないのだと思います。

本質はシンプルなのですが、そこまでたどり着くには人それぞれの道があり、同じ道を使ってもたどり着けない人がいますが、必ずたどり着ける道はあるはずです。それは自分で見つけるしかないのだと思います。幸いなことに多くの賢人がそのヒントを思想、哲学、宗教、具体的な方法論や体験談、小説、逸話、格言にして残してくれていますし、柔道、剣道、合気道や様々なスポーツも仕事もそしてトレード(相場道)もそれに当たると思います。潜在意識が欲しているのならいつしかそれらに巡り会えることでしょうが、それには時機もあるのだと思います。

遠藤周作の「王国への道」をずいぶん前に夢中で読んだ記憶があります。あとがきで、江戸初期、山田長政と共に平戸?からキリスト教を深く知るために異国へ旅立ち、のちに布教のため日本に帰国するも捕らわれ、十字架にはりつけにされて処刑された青年(名前は忘れましたが実在したようです)が、最後に「お前らにわかってたまるか!」と叫んで絶命したと書かれています。当時、そこを読んだ時、全身の鳥肌が立ったことを思い出します。

ジャンヌ・ダルクは「イエス様、イエス様、イエス様」「全てを委ねます」と絶命の前に叫んだと言われています。青年とは対照的に、神に向かって話しかけています。

言わば、理不尽な扱いをされた、その青年とジャンヌは、神とどんな対話をして、心の底ではなんと叫んでいたのでしょうか・・・・・・?(終)


昨夜NHKでいじめについての番組をやっていました。これも心の問題を扱うもので、最初は興味深く観ていたのですが、その内に胸がモヤモヤとして嫌な気分になってきました。勿論耐えられないほどのものではありませんが、明らかに爽快感とは違います。いじめはいつの時代にもあるものだし、いつまでも変わらないという感想は持ったのですが、ネット社会の現代とそれがなかった時の昔とはちょっと質が違っていて、その手口からいじめを受けた本人の気持ちを考えたときに胸がモヤモヤとしてきたのです。東日本大震災の時にも嫌な感じが胸を押さえつけ、専業になったばかりだったのに、トレードがうまく行かなかったこともあって、2週間トレードができませんでした。あの時はビートたけしもそのようなことを言っていましたし、ほとんどの人はそう感じていたことでしょう。

今日目が覚めた時、とりとめのない思考が始まりました。これも今日感じたのですが、瞑想や座禅というのは、覚醒しているときに無の状態をつくりだす作業だと思うのですが、これがなかなかうまくいきません。大学時代に、自分の家が曹洞宗だったことから、座禅に縁があるのではないかと勝手に想像しまして、部屋で座禅を始めたのですが、何もつかめることもなく1週間ほどでやめてしまいました。1週間で何がわかるんだって感じですが、まあ人間そんなものですね。そもそも無の状態とは何なのか?何のためにやるのか?その辺から分かっていないし、形だけ真似てもそれは猿真似でしかないのです。

なぜ目が覚めた時に潜在意識にアクセスしやすくなるのか?------寝ている時は顕在意識が休んでいて潜在意識(無意識)や本能のみ働いています。目が覚めた時から顕在意識が働き始めますが、まだ潜在意識の方が強い状態です。目が覚めた状態で、今からすることを考えている間に徐々に顕在意識が活発に働き出します。例えば、顔を洗って、歯を磨いて、朝食をとって、会社に行って・・・つまり夢の世界から現実の世界へと居場所が変わっていくわけです。

目が覚めたばかりの時は、顕在意識が弱い状態なので、潜在意識に問いかけることが容易になります。つまり、潜在意識にアクセスしやすくなるわけです。勿論、そのまま二度寝になってしまうこともありますので、これは会社勤めの方には危険かもしれません。

だから、私は目が覚めた時に最もよい考えや気づきを得られるのではないかと思っています。

よい考えがひらめくシチュエーションは人それぞれだと思いますが、私は目が覚めた時が一番で、次がたばこをふかしているときです。たばこをふかさなくてもできると思うのですが、たばこがそのきっかけをつくってくれるというかスイッチを入れる装置みたいになっているんですね、きっと。それがコーヒーでもお茶でもいいわけです、本当は。これを言い訳にしてたばこをやめないというわけではありません。私は健康的な非喫煙者です(勿論、今ではありませんが、嘘つきでもありません。セドナメソッドをご存知の方にはご理解いただけることと思います)。

また前置きが長くなりましたが、本題に移ります。笑えるブログでこんな記事がありました。笑えるブログ2013年1月15日 最初に読んだとき、いつもの如く「いいこと書いてるなぁ」という感想を持ちました。内田さんに言わせると「『目から鱗』だとか言っている時点で終わってんだよ」となるのですが、これは内田さん独特の表現で、内田さんが言いたいのは「目から鱗って言ってる奴に限って、そこでわかったつもりになって終わってしまうんだが、本当は、気付いた時が始まりで、それに気づかない奴がほとんどなんだ」ということだと思います。まあ、これは私の経験上言えることですので、内田さんの本意はわかりませんが。
で、この記事の中で、こんなことを言っています。・・・・・・・・・日常生活において、無礼な事をされたので腹が立ったという事があったとする。それは、無礼な事をするような輩に自分の心を乱されていると言う事でありそのような輩に自分が支配されてしまっていると言う事に気がつかない。このような事を言っても、だってああいう態度は無礼だろ。ああいう事をされれば誰だって怒るだろ!! と自分を正当化する。まあ、そりゃそうかもしれないが・・・・ それじゃつまらなくないか?って考える事が出来ない。 どういう反応をするのか? 無礼な事をされて怒るというのも反応の一つだが、、悠然と構えていてああそうですかと笑い飛ばすのも反応の一つだ・・・・」 
この記事を読んだ時は、トレードと絡めて考えていたので、納得できたのですが、これをあとから考えた時に、「でも内田さんも中韓北のやっていることに敏感に反応してるよなぁ~、これってなんだろう?」という疑問が沸き起こり、結論がでないまま放置されていました。でも、潜在意識では常に考えているんですね。この記事のトップで書いたNHKのいじめについての番組を観ている時に内田さんの記事のことがオーバーラップしてきました。理不尽なこと(いじめ)を受けたいじめられっ子がこれと同じ反応ができるのだろうか?しかし、自分なりの結論は出せなくモヤモヤ感は残ったままでした。・・・(3)につづく