今まで私は食べないことは我慢できても、たばこを吸わないことは我慢できてこなかった。よく考えてみると、ダイエットの時の食べたいという欲求もだばこを吸いたいという欲求も本質は同じであることがわかります。
それは、ともに己がつくりだす幻想であることが多いのですが、そのものに目を背けずによく見ると真実が見えてきます。
ダイエット時での、空腹感は最初は不快であってもそのうち慣れてきます。そして、その空腹を感じている時に、脂肪を燃焼させていることが理解できているので、特に辛いと感じることがない。というよりも、逆にそう感じなければダイエットできないと思っています。
では、たばこの場合はどうでしょう。なぜ、今まで気がつかなかったのかと思うのですが、「たばこを吸いたい、ニコチン中毒、身体の細胞がニコチンを欲する、鼓動が高鳴る、頚動脈の血流が激しくなり脳に肺の残留ニコチンを送ってる」というのは、まさに私がつくりだしている現実(=幻想)です。同じようにたばこをやめた人でも簡単にやめられる人もいます。同じ症状でも感じている現実が違う訳です。たばこを吸いたいと感じるのは、ダイエット時の空腹感と同じで、健康な身体に戻っている証拠なので、最初は不快感があるが、そのうちそれが当たり前になり、それがなければ肺が綺麗になっていっていないと言える。もともとたばこを吸わない人はたばこを吸いたいと思わないわけだから肺が綺麗なわけだし、肺を綺麗にする必要もないのでたばこを吸いたいとは感じない。
「空腹感=脂肪燃焼現象」であり、「たばこを吸いたいと感じる=肺の浄化現象」と感じられれば、かなり気分は楽になる。
「家政婦のミタ 第4話」で、長男の翔が「なんでたばこを吸っちゃいけないわけ?」と父親に問いかけるも、父親は答えられず、代わりにミタさんが答えます。 「・・・いつまでたっても大人になれないくせに、一人前の振りをする弱い人間を育てるだけです。」 全く否定するところがありません。その通りです。完璧です。私もそんな感じで吸い始めました。
話を戻しますが、空腹感やたばこを吸いたいという気持ちなどは、個人差がありますから、たばこは簡単に我慢できても空腹感はそう簡単には耐えられないという人もいるでしょう。そこには過去のできごとが深層心理(潜在意識)に影響していることが多いのだと思いますが、本質は同じだと今回気づけました。
ただ、自分の観方は自分の観方であり、他者の観方も感じ方が違うのだからそれはそれでありのまま受け入れなくてはなりません。
今年最初のトレードで、自分のトレードの正体が露呈し、トレードの本質に気づこう気づこうとしながら、またそれを書きながら、実は全く分かっていなかった自分を知ることができました。
荒れた翔がミタさんに向かって叫びます。「ばかにしたような顔しやがって・・・お前なんかに俺の気持ちがわかるかよ?!」 するとミタさんが「わかります」と答えます。・・・・・(1シーン)・・・・・そして、最後に翔が涙ながらにこう言います。「・・・期待に応えたいけど、どうしていいか全然わからない。なんとかしなきゃって焦れば焦るほど、全然うまくいかない。・・・」
人間誰しも「わかってほしい、理解してほしい」という気持ちは常に持っているようです。それをうわべだけでなく真剣にわかろうとする人や本当にわかってくれる人、あるいは わかってくれる自分には心を開くつまり感情を解放できる のだと思います。