2006年10月19日
自己嫌悪が先行するっていうのがあなたのあなたたるゆえんなんやろね。
普通誰か他人とかなんか状況、環境のせいにしてしまうもんやが(^_^;)
まあ人間文句は誰でもいえるけど実際実行できる人間は少ないしましてPDCAまわすことに気回せる人間になるともっと少ないと思うけど。
感謝の言葉は素直にうければええやん
一度だけで評価きまるわけじゃない。これからですよ
普通誰か他人とかなんか状況、環境のせいにしてしまうもんやが(^_^;)
まあ人間文句は誰でもいえるけど実際実行できる人間は少ないしましてPDCAまわすことに気回せる人間になるともっと少ないと思うけど。
感謝の言葉は素直にうければええやん
一度だけで評価きまるわけじゃない。これからですよ
10月4日
たとえ曲がりくねってたとしても向かう先が変わらないっていうのはほんまに凄いことやと思うは。
この一年就活が決まらなくていろいろ悩んでたのも結局はその夢みたいな内容が結局自分の中で具体化できなかったからだしね�
まあ失敗してみて逆にいろいろ具体化してきたんだけど。最近は今の自分の現状を肯定することから始めてるよ。何かをやるときに必ず制約条件はあるし100パーセント成功することはないんやから過程がより大事だと思うようになったや。その瞬間瞬間あとで悔いのないよう過程を積み重ねれ ばたとえその場で成果はでなくてもいつか必ず生きてくるって感じに思うようになった。人のうけうりやけど。
まあだからお酒でごまかすのも前向きであるなら悪くないと思うよ。所詮コンビニの夜勤でしか働いていない自分がいっても実感がないかもしれないけど。
ながなってごめんなm(_ _ )m 近いうち土日のどっかで伺います。また連絡するよ
おやすみ
この一年就活が決まらなくていろいろ悩んでたのも結局はその夢みたいな内容が結局自分の中で具体化できなかったからだしね�
まあ失敗してみて逆にいろいろ具体化してきたんだけど。最近は今の自分の現状を肯定することから始めてるよ。何かをやるときに必ず制約条件はあるし100パーセント成功することはないんやから過程がより大事だと思うようになったや。その瞬間瞬間あとで悔いのないよう過程を積み重ねれ ばたとえその場で成果はでなくてもいつか必ず生きてくるって感じに思うようになった。人のうけうりやけど。
まあだからお酒でごまかすのも前向きであるなら悪くないと思うよ。所詮コンビニの夜勤でしか働いていない自分がいっても実感がないかもしれないけど。
ながなってごめんなm(_ _ )m 近いうち土日のどっかで伺います。また連絡するよ
おやすみ
2007/02/25
いま関西に帰る夜行列車ムーンライトながらの車内であります。
となりのおっさんがイビキ車両中に響いてて周りが不快そうにこちらをみてきます
ズバリ最悪です。殺意すら覚えます。しかし、どうしようもありません。
そんなことはともかく電車とオッサンといえば最近捕まった人がいましたよね。東大はどうなっていくんでしょうね(パクリ)
マドカさんが何がいいたいのかわからないけどまあこの人たちエネルギー有り余ってる感じするな。
なんか中途半端さを否定できない。東大っていう既成観念を壊したいから東大生を凄くしていくってなんかロジックがとんでる。そもそも東大生という枠組みに固執した活動にみえる。
多分マーケットが見えていない。彼らは自分の顧客に対する理解について見直すべきやと思うなあ。なんかエネルギーがもったいない。
みんながみんな自分たちのようなんだろうか?何をしても個人の自由だからこの人たち自身はいいけど周りを巻き込むうえではある程度の理解は必要だろう。
おっと僕はWAAV出身だ、We are another vector!(日本語だと俺たち勘違い)の略ですな。しかも人を巻き込んでるな。批判できる立場なのか?
組織をする上でメッセージもそうだけどいかにマーケットの声をとりこんでいくか。それが重要だしそれを心がけていたのが唯一僕のいたサークルが彼女らにまさってる点でしょうか?
このままではエネルギーは買うが投資対象にはならないって感じかなあ。
ただし特定の企業はこういうの好きやろね。いい広告媒体だし。マーケット作れそぅだし。Tさんがいなくなって後ろ盾がなくなり変な企業がバックにつかないといいけど。
となりのおっさんがイビキ車両中に響いてて周りが不快そうにこちらをみてきます
ズバリ最悪です。殺意すら覚えます。しかし、どうしようもありません。
そんなことはともかく電車とオッサンといえば最近捕まった人がいましたよね。東大はどうなっていくんでしょうね(パクリ)
マドカさんが何がいいたいのかわからないけどまあこの人たちエネルギー有り余ってる感じするな。
なんか中途半端さを否定できない。東大っていう既成観念を壊したいから東大生を凄くしていくってなんかロジックがとんでる。そもそも東大生という枠組みに固執した活動にみえる。
多分マーケットが見えていない。彼らは自分の顧客に対する理解について見直すべきやと思うなあ。なんかエネルギーがもったいない。
みんながみんな自分たちのようなんだろうか?何をしても個人の自由だからこの人たち自身はいいけど周りを巻き込むうえではある程度の理解は必要だろう。
おっと僕はWAAV出身だ、We are another vector!(日本語だと俺たち勘違い)の略ですな。しかも人を巻き込んでるな。批判できる立場なのか?
組織をする上でメッセージもそうだけどいかにマーケットの声をとりこんでいくか。それが重要だしそれを心がけていたのが唯一僕のいたサークルが彼女らにまさってる点でしょうか?
このままではエネルギーは買うが投資対象にはならないって感じかなあ。
ただし特定の企業はこういうの好きやろね。いい広告媒体だし。マーケット作れそぅだし。Tさんがいなくなって後ろ盾がなくなり変な企業がバックにつかないといいけど。
はつゆめ
| ビル・ヴィオラの「はつゆめ」見てきました。 http://www.mori.art.museum/contents/billviola/index.html こないだ、「豪邸以外排除条例」(苦笑) みたいなのが作られた某市出身ではありますが、 教養のレベルが低く、芸術的な素養もない 僕が述べられる感想なんて薄っぺらいものかもしれない。 それでもあえていうなら、 「ゆめ」を見た感じ。 「夢」じゃなくて「ゆめ」。 醒める方ね。 何度まばたきをしても、 大きくは変わらない風景の連続の中で、 それでも少しずつ何かが変化し、発生していく。 かとおもえば、 人が何を考え、何を認識しているか あざわらうかのように、 突然かわってしまう周辺の環境。 「ゆめ」ってそんなものじゃないかなあ? 学術的な話ではまったくなく、 僕自身がみる「ゆめ」はなんだかヴィオラの描く作品に近いものを感じる。 僕が見る 「ゆめ」を構成する一つ一つのエピソードは 意外と予測可能性が高いものである気がする。 ああ、こういう展開になるんだろうなあ となんだか「ゆめ」を見ながらも どこか予測している。(これって異常?) そして、 おそらく現実の時間では 5分だったり15分だったり そういうきわめて短い時間のなかで 予測可能な状況が刻一刻と展開していく。 それはゆっくりゆっくり進み、 結末が見えそうになると 突然別のシーンへと切り替わる。 それが現実世界なのか別のエピソードなのかは 自分が現実の時間として「寝ている」時間という 予測不可能なものによって決定される。 僕が「ゆめ」と表現したものが 皆に共通するものかはよくわからないけど なんだかこの展示を見て 「ゆめ」を醒めた状態で見せてくれたヴィオラ という人物に感謝したくなった。 そして、ホントにうとうとしてしまった(苦笑) いや、寝てないけど。 話はずいぶん変わるが、 まあそんな正直意味不明ながらも 楽しめた展示なわけですが 同時に日本人、特に年配者の醜さを今日は感じた。 作品を見る。 1分の沈黙に我慢できず、 連れと顔を見合わせる。 「もういいよね」と目を見合わせて、 次の展示へとそそくさと急ぐ。 理解できないものを「理解できないもの」だと認識するのみでそれを理解しようともせずに、そう認識したことをお互いに確認するだけで去っていく彼らは何にお金を払っているのか。 六本木ヒルズにきたことになのか。 美術館に訪れるという機会にか。 ビル・ヴィオラを見たという話のネタになのか。 「どうせ近頃の若いやつは・・」 というフレーズにしても「理解できないもの」 だと認識したに過ぎないのではないか。 自分自身にもあるなにか醜悪な部分を彼らに示された気がして なんだか嫌になった。 |
朱に交わる
一日家にこもっていた。
そのあと、ご飯を食べに生協に行って
友達とミーティング。
とだけかくと、明らかに大学生らしくない
不健康な引きこもりだが。
自分にとってどういう組織にはいるのが
望ましいのだろうか?
あるいは自分自身がもっとも貢献できる組織体は
どのような組織なのか?
そんなことばっかり考えていた。
自分自身がどのような人間であるかについては
なんとなく考えつくしてしまったし、
どういうことをやりたいのかも
おぼろげながら見えてきた。
もちろんその「やりたいこと」への最短距離を選べば
いいんじゃないかという話もなくはないが、
どうせプロセスを踏んでいくならば
自分がそのプロセスプロセスにおいて
満足いく成果を出していきたい。
そのためには、自分にとってどのような組織がいいのか
という観点だけではなく、
組織にとって自分がどのような存在価値を持つかという視点も必要だと思うのだ。
今日この二つの観点から特に考えた軸は
自分に似た人間が多数いる組織と
自分があきらかに「異質」なものとされる組織があったときに どちらにはいることが望ましいかである。
ある友人はよくいうのだが、
「おまえにはこっちの方があってるよ。
こっちの組織のほうがまわりに似た人もいるし」
という言葉は僕を思っての言葉なのだろう。
たしかに、自分にとっての「居心地のよさ」だとか「短期的な快楽」を考えたときに、そのとおりだと思う。
一方で、それは「異質」なものを排除された温室だという捉え方も出来よう。
朱に交わる前から赤いわけだ。
現在の自分を無条件に肯定できるほど
僕は自己受容しているわけではないし、
これからやりたいこと、
それに伴う変わるべきところを見据えたときに
異質な空間に飛び込むことのほうが都合がよさそうだ。
また、組織にとってみても
自分が「異質」として存在できるなら
組織に貢献できる面も大きいと思う。
スパイスの利かせ方にもよるだろうが。
まあ、とはいえ、「異質」な空間に飛び込むにあたって
自分が「異質」を排除しない姿勢が何より大切。
そんなわけで今日もバイトに行ってきます。
「異質」のさいたるホスピタリティーもロイヤリティーもひとかけらもない後輩との夜勤でございます。
ああ、なんで俺こういうおちをつけないと気がすまないんだろう。「残念」な男です。