朱に交わる
一日家にこもっていた。
そのあと、ご飯を食べに生協に行って
友達とミーティング。
とだけかくと、明らかに大学生らしくない
不健康な引きこもりだが。
自分にとってどういう組織にはいるのが
望ましいのだろうか?
あるいは自分自身がもっとも貢献できる組織体は
どのような組織なのか?
そんなことばっかり考えていた。
自分自身がどのような人間であるかについては
なんとなく考えつくしてしまったし、
どういうことをやりたいのかも
おぼろげながら見えてきた。
もちろんその「やりたいこと」への最短距離を選べば
いいんじゃないかという話もなくはないが、
どうせプロセスを踏んでいくならば
自分がそのプロセスプロセスにおいて
満足いく成果を出していきたい。
そのためには、自分にとってどのような組織がいいのか
という観点だけではなく、
組織にとって自分がどのような存在価値を持つかという視点も必要だと思うのだ。
今日この二つの観点から特に考えた軸は
自分に似た人間が多数いる組織と
自分があきらかに「異質」なものとされる組織があったときに どちらにはいることが望ましいかである。
ある友人はよくいうのだが、
「おまえにはこっちの方があってるよ。
こっちの組織のほうがまわりに似た人もいるし」
という言葉は僕を思っての言葉なのだろう。
たしかに、自分にとっての「居心地のよさ」だとか「短期的な快楽」を考えたときに、そのとおりだと思う。
一方で、それは「異質」なものを排除された温室だという捉え方も出来よう。
朱に交わる前から赤いわけだ。
現在の自分を無条件に肯定できるほど
僕は自己受容しているわけではないし、
これからやりたいこと、
それに伴う変わるべきところを見据えたときに
異質な空間に飛び込むことのほうが都合がよさそうだ。
また、組織にとってみても
自分が「異質」として存在できるなら
組織に貢献できる面も大きいと思う。
スパイスの利かせ方にもよるだろうが。
まあ、とはいえ、「異質」な空間に飛び込むにあたって
自分が「異質」を排除しない姿勢が何より大切。
そんなわけで今日もバイトに行ってきます。
「異質」のさいたるホスピタリティーもロイヤリティーもひとかけらもない後輩との夜勤でございます。
ああ、なんで俺こういうおちをつけないと気がすまないんだろう。「残念」な男です。