武蔵野の真っ赤な夕焼け ~燃え上がる空~
私は、
今住んでいるところを
終(つい)の棲家(すみか)にして、
今年で8年になるが、
昨日の夕焼けは、
その8年の間で
一番の美しい夕焼けだった。
南向きの窓から見える空が、
いつもと違い
赤く映えている。
2012.9.6 18:12 二階のベランダより南の空を望む。
武蔵野の夕焼け空は
めったに見れないので、
ベランダに出て、
南の空を眺めながら、
太陽を求めて
目を西の空に転じると、
なんと、
西の空は
赤く映えているというよりも、
まさに真っ赤に燃えている。
2012.9.6 18:14 二階のベランダより西の空を望む。
こんなに赤い空を見たのは、
ここに住んで初めてのこと。
ここまで鮮やかな赤色に
空が染まることよと、
思わず見入ってしまった。
2012.9.6 18:15
夕焼けは
じっとたたずみながら、
遠い昔に思いを馳せて
1人静かに眺めるもので、
瞳に涙が良く似合う。
2012.9.6 18:16
この空の赤さに驚いてか、
遠くで鳥達が
激しく飛び交っているが、
写真は残念ながら
ボケてしまって鳥には見えない。
(中心部電線の間の黒っぽい点)
下の雲の動きだけが
少しずつ変化するだけで、
真っ赤な空がますます冴える。
人類が、
こんなに赤い空を
初めて見た時は、
これで世も終わりかと、
さぞかし驚いたことだろう。
昨日の夕焼けは
まさに天下一の夕焼けであった。
ここからは
夕焼けから派生する余談。
小学時代、
仲間同士をよく渾名(あだな)で呼びあった。
「夕焼け」という渾名の子は、
真っ黒く日焼けした農村の子。
農作業が忙しい時期には
田植えやら稲刈りやら
自分の家の手伝いをして
いつも日に焼けていた。
私のように
海育ちも真っ黒だったが、
田んぼの手伝いで焼けた子は
タヤケ転じてタ焼けで夕焼け。
奇麗な渾名である。
奇麗な渾名はまだあった。
「暁の少年」。
こんな奇麗な渾名なら、
自分に付けてもらいたいと思う様なあだ名だが、
意味が分かるとちょっと敬遠。
暁の少年の暁は
「あかつき」いわゆる
「垢(あか)付き」で、
余り風呂にも入らず遊んでばかりで
汚れている子のこと。
あの頃は
みんな汚れていたのだが、
渾名は先に付けたが勝ち。
まだある。
「山桜」。
これだって奇麗な渾名だが、
意味は奥深い。
ソメイヨシノは
花が咲いてから葉が出てくるが
山桜は花よりも葉がちょっと先に出る。
はなよりはが先に出る、
転じて
鼻より歯が先に出ている
いわゆる出っ歯の子。
今、
こんなあだ名で人を呼んだら、
それこそいじめだと
厳しく問い詰められるかもしれないが、
昔はそんなことはなかった。
みんな同じ
仲良しの仲間。
あくまでも愛嬌。
親が、
学校教育や学校生活に
口出しするようになってから、
先生は聖職ではなくなり、
このような気の置けない人間関係が
なくなってしまった。
ちなみに小学校の頃の私には
二つの渾名があり、
一つは
国語の先生が付けた
「入道雲」。
図体がでかくて愚鈍だったのかもしれないが、
国語は得意中の得意で
成績は良かった。
渾名などではめげない。
もう一つは
アメリカ帰りのオジサンが付けた
「西郷どん」。
田舎の小学生だから、
西郷隆盛なんて人は知らなかったのだが、
父親は
西郷さんは偉人さんだと
喜んでいる風だった。
今となっては
「入道雲」もいずれ消え去る運命の渾名だったし、
「西郷さん」のようになれもせず、
「最後さん」だったのかもしれないと
苦笑いの渾名の思い出。
夕焼けは
何十年も昔に
私を引きもどした。
真っ赤な武蔵野の夕焼け。
貴重なひと時でした。
カブトムシの来訪 ~死と、そして生と~
「虎は死して皮を残し(留め)、
人は死して名を残す。」
読んで字のごとく、
今さら説明はいるまい。
朝、居間の窓を開けると、
ドラゴンロードの真っ青な芝の上に、
何やら小さな黒い影。
異様な・・・。
良く見るとそれは
カブトムシの成虫。
立派な角を持ったオスのカブトムシであった。
「何ゆえに芝の上に?」
疑問が湧く。
カブトムシは
こんなに目立つ芝の上などには
絶対に降り立つことはない。
そばに行って良く見ると、
芝にたまった朝露を飲んでいるように見えるが、
明らかに元気がない。
それに、
硬いはずの背中にわずかなへこみ。
鳥にでも咥えられ、
ここに落されたのだろうか。
咥えた鳥がカラスだったら、
今頃は命がなかった。
とりあえず救助のために籠に入れ
いつも置いてあるカブトの餌を与える。
食べているようだが、
食べ方に元気がない。
このままでは自然に返せないので、
しばらく様子を見るつもりで、
籠で静養させていたが、
2日後に死んでしまった。
木に止まっているが、
これは死んだ後の姿。
死後、
関節の軟らかい時に、
このように形を整えてやれば、
この姿のまま硬直するので、
いわゆる標本としてのカブトムシが出来上がる。
本来なら、
ダンボールか何かの上に
待ち針などを使って体を固定し、
一本ずつ足を針で止めながら
形を整え、
奇麗に作ってやればいいのだが、
とりあえずの応急処置で、
木を抱かした。
2日後の今日、
木から外したら
ご覧の通りに奇麗な姿に整っている。
なぜ我が家のドラゴンロードで
最後の寿命を閉じたか知らないが、
これも何かの縁。
繰り返す。
「虎は死して皮を残し(留め)、
人は死して名を残す。」
そして、
「カブトは死して体を残す。」
ここに永遠の命が蘇る。
生きている時のままの姿である。
動くか動かないかの違いだけ。
動くことと、
動かないことと、
ただそれだけの違いで、
生と死。
動くことにどれほどの意味がある?
なまじ動くから
平穏を脅かされ、
鳥などに襲われもするが、
動かなければ
永遠の平和。
全国の中学高校で、
いじめが顕在化し、
何とかしなければいけないと
世論が沸騰している中で、
また今日も若い命が失われた。
痛ましいことである。
いかなる理由があろうと、
悲しみを残して
親より先に命を断ってはいけない。
子供にかかわるすべての大人は、
全力を挙げて
子供が自ら命を断つのを
防がなければいけない。
「この学校では
いじめがあるということを
生徒たちから聞いたことがない」などと、
責任逃れの言葉に終始する
教師や校長の白々しさが、
いじめを助長しているのに、
我が身かわいさに
いつでも同じ言い訳である。
そんな無責任な人たちが
先生であり、校長であり、
教育委員なのだから、
いじめている悪にとっては、
好き勝手にやりたい放題。
なんとも腹立たしい限りである。
助けることが叶わなかったカブトムシから、
いろいろなことを感じた今日1日でした。
シジュウカラの住環境調査 ~人の放射能への対応に思う~
夏の終わり、
武蔵野には、
先日
待ちに待った雨が降った。
実に面白い降り方。
間欠的な土砂降り。
土砂降りの雨が降ったかと思うと
次の瞬間日の射す天気。
晴れるのかと思いきや、
またも土砂降り。
そのような降り方が
2日間続き、
雨の合間の、
ご存知我が家の梅の木。
シジュウカラの動きに変化が見られる。
繁殖期でもないのに、
巣箱に興味を示している。
いずれここに
春には営巣するのだからと、
雨の後の観察のようだ。
激しい雨でも、
雨漏りがしないことを
しっかりと調べている。
中を覗いて、
そして中に入り込む。
営巣する場所が、
雨に濡れてしまうようなところでは、
ヒナは育てられない。
この梅の木には
毎日、
メジロも夫婦で飛んでくる。
このうすめた蜜液が目的なので、
シジュウカラとのいさかいはない。
シジュウカラも
メジロは気にせず巣箱の調査。
次の瞬間中へ入り込み、
雨漏りの様子をチェックする。
しばらくすると外へ出てくる。
出て来た後も、
ここにしばらくとどまって
あちこち調べているのだが、
今度は違う来訪者。
「おい、そこは俺の家だよ」 と下を覗きこむ。
覗いている先の
巣箱の上にはスズメがチョコン。
スズメは、
木の上の巣箱には余り興味はないのだが、
地面を跳びはねるスズメにとっては、
木の枝よりもここの方が居心地がいい。
でも、
この巣箱に営巣するシジュウカラにとっては、
ここは自分の縄張り。
長居をしないメジロは余り意識しないが、
スズメはこの木で遊んでいくので、
時々こんな睨み合い。
「おい、そこはおれんちだからな」
「そんなこと言われたって、ちょっとここで休んでいるだけだよ」
こんな会話が交わされたかもしれない。
営巣しようと調べている時は
シジュウカラは夫婦でいるから、
1羽のスズメは気後れして
その場を離れる。
かくしてシジュウカラの縄張りは守られた。
営巣は春まで待たなければいけないはずだが、
こんな時期から、
ここを自分の巣箱にしようと、
もう早々と動き始めている。
スズメと違い
巣箱を毎日の住居にはしないシジュウカラだが、
常日頃から、
営巣の場所の調査は怠らない。
ヘビは来ないか、
猫は来ないか、
イタチはいないか、
雨漏りしないか、
日射しはどうか、
風には大丈夫か、
調べることはいろいろあって
調査は微に入り細に入る。
親の判断の甘さから、
ヒナたちが
幼くして亡くなるようなことになっては、
命をかけた子育てが、
全くの無に帰してしまう。
放射能に汚染された地域で過ごす人々も、
これから育つ子供達のために
充分安全な食と住の環境を選んで欲しい。
何年か後の
育ち盛りに
子供たちが発症して苦しみ始めたら、
子供に対して、
なんともお詫びのしようがない。
放射能の影響を
甘く見たり、
うちは大丈夫だろろう、などという
楽天的な判断をしたらいけない。
学者や政治家は
自分のことではないので
無責任はことを平気で言うが、
放射能に
安全基準値はないと思った方が良い。
親の判断が
将来の子供の生死を分ける。
親の責任は
それ程重大である。
火事だ~~! ~消防車3台、我が家の近く~
「いや~~、驚いた!」
けたたましいサイレンを鳴らして、
消防車が我が家の前で止まった。
「えっ?」
「火事の現場は我が家?」
それはない、
現に私がここに居る。
そうしたら、
その消防車が少し先まで移動した。
後からもう1台
サイレンを鳴らして到着。
クルクル回る赤色灯がせわしない。
消防士が
完全武装で走り回る。
各家々からは
どこが火事かと外に出てくる。
更にもう1台到着。
火事だと通報した人を訪ねているが、
誰だか分からない。
「煙が上がっている」という通報だったらしい。
でも周りを見渡しても、
どこにも煙は見えない。
消防士が本部と確認の連絡を取る。
「ここから東の方で煙が上がっている」ということらしい。
消防士が
完全武装の暑そうな服装で、
「ちょっと確認してきます」と、
歩いて現場に行こうとするので、
急いだ方が良いだろうと思い、
「私のこの自転車を使ってください」と言ったが、
笑って、
「大丈夫です!」という。
もうこの時には慌てていなかったので、
通報は誤報であったと
きっと確信していたのだろう。
軽装の私が
代わりに先にチャリで走っていって見ると、
煙の発生源みたいなところが
あるにはあった。
多分その時は、
もう少し多くの煙が上がっていたのだろうが、
これは農家の人の
草や木を焼く時の煙。
通報した人も
火事の煙と
野焼きの煙くらいは分かりそうなものだが、
引っ越してきたばっかりで、
野焼きの煙など見たことのない人だったら、
火事かもしれないと思うのだろうか。
家が燃える時には
まず最初に
黒い煙が上がり、
それから炎に変わる。
白い煙になった時には
鎮火した時。
畑で草や木を焼く時には、
白い煙が上がり
それが薄くなったり濃くなったりする。
野焼きを見たことのない街の人には
そのような煙の違いは
分からないのかもしれないが、
どこから出ているのかくらいは
確認してもよさそうだ。
用心深いのも善し悪し。
何はさておき
なにごともなく
めでたしめでたし。
消防士も本部に引き上げの連絡を入れる。
最後まで残ったこの人が、
あるいは通報者だったのかもしれない。
申し訳なさが態度に出て、
バックする消防車を誘導していた。
消防士に、
「この暑いのに厚い消防服を着てご苦労様でしたね」といったら、
「いえいえ」と笑っていた。
なかなか心の広そうな消防士だった。
何もなくて何よりだったが、
人騒がせなお昼前のひと時だった。
米軍横田基地日米友好祭 付録 ~F(戦闘機)代表5機種~
航空機に付けられた記号には、
それぞれに意味がある旨
前々回のブログ で書いたが、
その中で、
「F」(戦闘機)だけを
最後にピックアップしたい。
「F-4 ファントム」
「F-15 イーグル」
「FA(F/A)-18 ホーネット」
Fの記号は
Fighter(戦闘機)を表す。
A は
Attack(攻撃機)を表す。
F(戦闘機)は
空対空ミサイルや
バルカン砲など
空対空対戦の装備をしており、
A(攻撃機)は
空対地ミサイルや
対地爆弾など
空対地の装備をしているが、
FA(F/A)は
戦闘機(F)に改修を加え、
地上攻撃機(A)の機能を持たせたものであることを現わしている。
(正しい表記はAFだがホーネットの表記は特別)
続く番号は、
設計番号。
設計番号とは、
同じ任務を持つ航空機の
各々の設計に割り当てられるシリアル番号のことで、
一般的には
数が多いほど新しい機種になる。
カタカナの名前は
「愛称」
以上参考まで。
(写真は飛行中の姿を見ていただくためにネットよりお借りしてきました)

























