カブトムシの来訪 ~死と、そして生と~ | Totoronの花鳥風月

カブトムシの来訪 ~死と、そして生と~



「虎は死して皮を残し(留め)、


人は死して名を残す。」



読んで字のごとく、


今さら説明はいるまい。





朝、居間の窓を開けると、


ドラゴンロードの真っ青な芝の上に、


何やら小さな黒い影。




異様な・・・。




良く見るとそれは


カブトムシの成虫。





立派な角を持ったオスのカブトムシであった。





「何ゆえに芝の上に?」




疑問が湧く。




カブトムシは


こんなに目立つ芝の上などには


絶対に降り立つことはない。





そばに行って良く見ると、


芝にたまった朝露を飲んでいるように見えるが、


明らかに元気がない。




それに、


硬いはずの背中にわずかなへこみ。




鳥にでも咥えられ、


ここに落されたのだろうか。





咥えた鳥がカラスだったら、


今頃は命がなかった。




とりあえず救助のために籠に入れ


いつも置いてあるカブトの餌を与える。





食べているようだが、


食べ方に元気がない。





このままでは自然に返せないので、


しばらく様子を見るつもりで、


籠で静養させていたが、


2日後に死んでしまった。






木に止まっているが、


これは死んだ後の姿。



Totoronの花鳥風月-kab1



死後、


関節の軟らかい時に、


このように形を整えてやれば、


この姿のまま硬直するので、


いわゆる標本としてのカブトムシが出来上がる。





本来なら、


ダンボールか何かの上に


待ち針などを使って体を固定し、


一本ずつ足を針で止めながら


形を整え、


奇麗に作ってやればいいのだが、


とりあえずの応急処置で、


木を抱かした。





2日後の今日、


木から外したら


ご覧の通りに奇麗な姿に整っている。



Totoronの花鳥風月-kab2



なぜ我が家のドラゴンロードで


最後の寿命を閉じたか知らないが、


これも何かの縁。





繰り返す。




「虎は死して皮を残し(留め)、


人は死して名を残す。」


そして、


「カブトは死して体を残す。」




ここに永遠の命が蘇る。



Totoronの花鳥風月-kabu3


生きている時のままの姿である。




動くか動かないかの違いだけ。





動くことと、


動かないことと、


ただそれだけの違いで、


生と死。





動くことにどれほどの意味がある?





なまじ動くから


平穏を脅かされ、


鳥などに襲われもするが、


動かなければ


永遠の平和。





全国の中学高校で、


いじめが顕在化し、


何とかしなければいけないと


世論が沸騰している中で、


また今日も若い命が失われた。





痛ましいことである。




いかなる理由があろうと、


悲しみを残して


親より先に命を断ってはいけない。




子供にかかわるすべての大人は、


全力を挙げて


子供が自ら命を断つのを


防がなければいけない。





「この学校では


いじめがあるということを


生徒たちから聞いたことがない」などと、


責任逃れの言葉に終始する


教師や校長の白々しさが、


いじめを助長しているのに、


我が身かわいさに


いつでも同じ言い訳である。






そんな無責任な人たちが


先生であり、校長であり、


教育委員なのだから、


いじめている悪にとっては、


好き勝手にやりたい放題。





なんとも腹立たしい限りである。






助けることが叶わなかったカブトムシから、


いろいろなことを感じた今日1日でした。