ザクロの実の特殊性 ~神々の居る風景~
この木は何の木だか
お分かりでしょうか。
写真を見て、
何の木かお分かりの方は、
きっと自分の家にもこの木がある方だと思う。
いつも見ている人でなければ、
見ただけでは
まず何の木かは分からない。
この辺り、
近所を散歩すれば、
こんな木の実がみられる季節になってきた。
秋の気配の最先端。 「ザクロ」。
まだ食べられるほど熟れてはいないが、
木の枝にたわわに実っている。
このザクロも
ここでは誰も収穫しないので、
ただ落ちるに任せている。
「桃栗3年柿8年」
実が生るまでにかかる年月を表しているが、
ザクロは
苗から育てると、
10年ほどもかかるから、
食べようと思ってもなかなか食べられない
貴重な木の実ではあるのだが、
桃や柿ほどは好んで食べてもらえない。
しかし、
桃や柿などと比べれば、
その逸話は
調べれば調べるほど、
神々に関するものが数多い。
それ程
世界的であり、
歴史的な果物である。
たとえば、
古代ローマでは、
婚姻と財富を象徴する
女神ジュノーの好物とされていた、というし、
ユダヤ教では、
虫がつかない果物として
神殿の至聖所に持ち込むことを許されていた
唯一の果物だと言う。
また、
釈迦が、子供を食う鬼神「可梨帝母」に
ザクロの実を与えたら、
以後人肉を食べないようになったという。
可梨帝母はその後鬼子母神として
子育ての神になった。
ザクロの実は
人肉の味に似ているという話が
ここから生まれた。
まだある。
ギリシャ神話では、
冥王・ハーデースにつれ攫われたベルセボネーが
6つのザクロを口にしたことで、
6か月間を冥界で過すこととなったり、
エジプト神話では、
戦場で敵を皆殺しにするセクメトに対し、
太陽神ラーがザクロの果汁で魔法の薬を作り、
セクメトの飲ませて、
殺戮を止めさせた、ともいう。
世界各地の神々にも
これほどの影響を与えているザクロ。
私の近所では
その実が誰にも見向きもされずに
落ちるにまかされている。
罰が当らねば良いが・・・・。
残暑のジュエル ~輝く太陽のもとで~
この暑さに、
庭の花たちが
みんな休眠状態にある中、
「ジュエル」だけが元気。
これは9月7日の状態。
暑くて芝刈りがおろそかになり、
芝は伸び放題。
花壇の土もカラカラだが、
さすがに太陽の花ジュエル。
8月末に
ジュエルを除いて
他の松葉ボタンをみんな整理したことは
以前のブログで書きましたが、
種を採るために残した
ジュエルが、
今まさに息を吹き返してきた。
株数は少ないが、
花の大きさが戻ってきた。
強烈な日差しや暑さをものともせず、
毎日毎日
奇麗な花を咲かせる。
曇り空の時は
花が開かないのだから、
まさに太陽の申し子。
曇りの日が1日あり、
開かないままの蕾が翌日に持ち越すと、
次の日の開花は
花数が多くなって、
花壇が賑やかになる。
芝を余りにも伸ばし過ぎると、
芝にボリュームが出てくるため、
芝刈り機の刃がスムーズに回らなくなり、
刈りとるのに苦労をするのだが、
結局伸びるだけ伸ばして
大汗かいてやることになる。
やっとこさ芝刈りを済ませた
ドラゴンロード。
9月10日の姿。 写真右端の花に注目しておいてください。
左側の花壇には
残してあるジュエルが連日開花します。
一日だけの花なのに、
毎日毎日変わらない数の花を咲かせるから、
本当に元気だ。
ジュエル以外の松葉ボタンは、
みんな整理したはずだったが、
生き残りが小さな花を咲かせている。
ここに赤い松葉ボタン。
この株の中には
3色の花が生き残っている。
ジュエルと同じ色の松葉ボタン。同じ色だが花の中心部が白いので、ジュエルではない。
そして赤い松葉ボタン。
もう一つは薄い黄色の松葉ボタン。
健気にジュエルの中で咲いているが、
花の大きさが違うのにお気づきでしょう。
ジュエルは
これだけの猛暑の中で、
乾燥に耐えてこんなに大きな花を咲かせる
優秀な品種です。
ドラゴンロードの隣り合わせた花壇からは、
ジュエル以外の松葉ボタンを
みんな整理したのですが、
家の軒下で育てた花は、
季節に遅れて咲き始めた花で、
ジュエルの邪魔をしないため、
整理せずに残していました。
その株にも
まだ頑張って花がついています。
葉や茎が
少し黄色味を帯びて、
株の力が落ちて来ており、
花数が少なくなってきていますが、
それなりに頑張っているので、
もう少し咲かしておいてやりましょう。
もう、
こぼれ種が
たっぷりと落ちているので、
また来年には
たくさんの芽が出てくると思われる。
残暑厳しい中、
我が家の庭では
ジュエルと、
その仲間たちが
いまだに頑張っています。
暑い太陽の
強烈な日射しあればこその花、
あっぱれな咲きっぷりです。
早朝の救急車 ~我が家の二軒隣~
つい先日、
我が家の前に
消防車が3台も来て、
「火事はどこだ!」と驚いたことを書いた。
畑で
草や木を焼いている煙を、
火事だと勘違いした人の
誤報だと分かってホッとしたのだが、
今日は早朝から、
今度は
「ピーポ!ピーポ!ゥウ~~!」
というけたたましい音。
各家庭は、
早起きの奥さんたちが
ちょうど朝食の用意をしている頃で、
旦那さま方は
そろそろ起きだしてくる頃だったろうか。
我が家の二軒隣の家。
この写真は
すでに子供が救急車に乗せられ、
お母さんが付き添いで
一緒に乗った後の写真。
さすがに救急車は、
消防車と違って、
みんな
「誰かがどうかしましたか」などと、
情けを知らぬ野次馬にはなれない。
お父さんが1人、
救急車を見守っているが、
余りあわてた様子もないので、
きっと大事はないだろう。
しばらくしたら、
救急車は
どこかの病院に向かってスタートしたが、
スタートまでにそんなに時間がかからなかったところを見ると、
患者の様子も切羽詰まった状態ではなく、
行くべき病院が
容易に見つかったと見える。
救急車は、
患者を乗せてからスタートするまでに
時間がかかるようだと、
迎え入れる病院と
丁々発止のやり取りをしているので、
そんな時の患者は
やはり尋常ではないことが多い。
今日はとにかくこともなくスタートし、
また周りには静けさが戻った。
それにしても、
先日の消防車と言い、
今日の救急車と言い、
大きな音を発する車の厄介になると
いよいよ面倒なことなので、
パトカーも含めて、
サイレンの付いている車には、
決して厄介にならないように
充分気をつけた方が良い。
静かな環境こそ
平和な証しである。
みなさんも
くれぐれもお気を付け下さい。
目玉おやじ ~目が回らないお化け転がりの謎~
ゲゲゲの鬼太郎の父親、
目玉おやじ。

前回のブログで
目の回らないお化け転がりを見せましたが、
今回は、
その転がりの秘密に迫ります。
この動画を見れば
なぜ目が回らないのに、
玉が転がっているのかが分かります。
ご覧ください。
赤いテープを
赤道付近に張りました。
玉は間違いなく転がっている事が
お分かりだと思います。
しかし目玉が回らないのは、
目玉ごと回ると
目玉おやじの目が回るからで、
目玉は回らないように転がります。
人呼んで
「お化け転がり」。
実はこの目玉、
玉に直接目玉が描いてあるのではなく、
目玉は
透明な外側の玉の中に入っているもので、
外側の透明な玉と、
中の目玉とのわずかな隙間には、
透明な液体が満たされており、
それによって玉同士は
ほとんど抵抗が発生しないように作られています。
それに加えて
中の目玉は
上に浮力が発生するように、
そして下に重心があるように作られており、
浮力と重力のバランスが絶妙にとってあり、
いわゆる液体の中に目玉が漂った状態で
常に目玉が上に来るようになっています。
外側の玉を手に持って、
強引に回せば
中の目玉も横を向いたり
下を向いたりしますが、
静かに放置すると
目玉はすぐに上を向きます。
来客に
この目玉を見せて
いきなり転がしてやれば、
ほとんどの人が
この目玉のように目を剥いて
「ギョッ!」とします。
この目玉おやじが、
いつ頃我が家に来たのかは
随分以前のことで忘れましたが、
ひょっとしたら
そろそろ
「ゲゲゲの鬼太郎」が
迎えに来るかもしれません。
我が家の「目玉おやじ」 ~ゲゲゲッと鬼太郎も驚く~
ゲゲゲの鬼太郎の父親、
目玉おやじは、
いつもはどこに居るか
ご存知ですか?
実はもう随分昔から、
我が家に居候しているのです。

今日は
その目玉おやじに
頑張って走ってもらいました。
走ってもらったというよりも、
転がってもらったと言った方が正解かもしれない。
わずか十数秒のことですが、
さすがに目玉おやじ、
その走り方は異様です。

目玉おやじ、改めて登場。
もう一度走ってもらいます。
ゲゲゲッと驚かないで、
じっくりとご覧ください。
いかがでしたか。
どのように走っているかお分かりだったでしょうか。
決して滑っているのではありません。
転がって走っているのですが、
お化けの世界では
その転がり方を
人には見せません。
同じ姿勢を保ちながら転がるから、
やはりお化けの世界は違います。
わずか十数秒ですので、
仕組みが分かるまで
何回でもご覧ください。














