さわやかな朝の小鳥たち ~平和の意味~
毎度登場している
我が家の小さな梅の木。
小鳥たちの休憩所であり、
遊び場である。
今朝は
3日間続いた雨のあと
久しぶりにさわやかな朝。
今日のブログは、
そんな平和な何気ない朝の
小鳥たちの様子。
朝日がまぶしい。
小鳥たちは
雨の日よりも、
やはり晴れた日の朝の方がよいようで、
梅の木が賑やかになる。
メジロの夫婦が
いつもの枝に
いつもの通りに留まっている。
手前がオス。後方に控えるのがメス。
夫婦で飛んできて、
この梅の木に留っても、
メスは
自分が先に
蜜のある枝に留まることはない。
控える場所は
今留っている後ろの枝。
オスが飛んできて、
飲んで飛び去るまでは
決して前の枝には留まらない。
オスが先に飲んで、
近くの枝に飛び去ったら、
やっとメスの出番。
これはメス。
オスの後からゆっくりと飲みます。
まるで控えめな大和撫子。
(女子アッカーの名前に、撫子の名前など付けてほしくなかった。
古来から言われている撫子は、決してあんな暴れん坊の目立ちたがりではない。)
シジュウカラだって
しきりに梅の木に飛んできますが、
余り蜜液には興味を示さない。
彼らにはヒマワリの種があります。
それよりも
巣箱が気になります。
今頃営巣するわけではないし、
かといって
スズメのように定宿にするわけでもないのだが、
雨の後には、
このような行動が良く見られる。
何年も観察していると、
この行動は、
この巣箱がどのくらい雨に強いかを
調べている行動であることが良く分かる。
雨漏りのしないしっかりした巣箱であったら、
来年の春には使うつもりなのだろう。
営巣したい場所の調査は、
半年以上も前から
入念に行われるので、
シジュウカラの行動は
スズメと違ってなかなか高度である。
シジュウカラは巣箱、
メジロは蜜液。
このように
同じ木で
よく一緒になることがあるが、
お互いに目的が違うので、
利害を共有せず、
更に性格的にもやさしい種類なので、
争いが起こることはまずない。
梅の木の下の
駐車場では、
朝日を浴びて
スズメのペアが食事中。
時々まいてやる
粟を目当てに飛んでくるスズメたち。
もう少し時間が経てば、
一族が集まって来るのだろうが
今朝は二匹だけ。
久しぶりに太陽が射し、
穏やかな朝。
特に変わったこともない
いつも通りの風景。
尖閣や
竹島では
何やらきな臭い臭いがしているが、
人は欲にかられると
容赦なく人殺しをするので、
個人としても、
国家としても気をつけたい。
何もないことが
すなわち平和そのものなのだから。
たくさんの秋 ~宿根ヒマワリ・ヘリアンサス~
お彼岸を過ぎると、
酷暑は一気に影をひそめ、
太陽は、
今までの暑さは知らぬげに
穏やかな日射しで
天空をよぎる。
「ヒマワリ」の花は、
誰が見ても太陽そのもので、
まさに夏の象徴であるが、
同じ仲間の
「菊」は
秋の花のイメージが強い。
道路脇の畑で群れ咲く菊?と思いきや、
畑の主に聞くと
「宿根ヒマワリ」 だという。
これがヒマワリ?
2m以上もの高さになっているので、
確かにヒマワリかもしれない。
知る限り
こんなに高くなる菊はない。
でも、
どう見ても菊なので、
宿根ヒマワリに付いて調べてみた。
すると
面白いことに気付いた。
この花は
「ヘリアンサス」 の名前で市場に出ている
園芸種の花のようであるが、
大体
ヘリアンサスとは、
「ヒマワリ属Helianthus(ヘリアンサス)」という
ヒマワリの属名を表す言葉で、
普通なら、
固有名詞にはなりえない。
少なくとも、
その名前の下位に来る
「種(しゅ)」名がなければならない。
きっと
「ニセアカシヤ」などのように、
園芸業者が
勝手に使っているのだろう。
ちなみに
ご存知の方も多いと思うが、
良い機会なので
植物の分類の仕方に付いて簡単に記します。
ご存知ない方も
覚える必要はありません。
こんな分け方をするのだ、ということを
分かってもらえればそれで充分。
たとえばヒマワリに付いて。
上位からの分類
界(かい) : 植物界
門(もん) : 被子植物門
綱(こう) : 双子葉植物綱
目(もく) : キク目
科(か) : キク科
属(ぞく) : ヒマワリ属(Helianthusヘリアンサス)
種(しゅ) : ○○ヒマワリ
(最下位の種が植物の名前。そこから順に「種属科目綱門界」と分類。
これで見る通り、ヒマワリはキクの仲間だということが分かります。)
市場での名前「ヘリアンサス」には
その下位の種(名前)がなければいけない。
さてそのヘリアンサス。
ヒマワリのイメージで見ると
夏の名残りの花であるが、
ここでは
キク科の花として観賞しよう。
だからここには、
「たくさんの秋」。
やっとテーマの背景に辿り着きました。
ハナアブ達は
すぐに来るであろう冬のために
蜜の確保に忙しい。
ヒトのように、
味覚の秋や
芸術の秋や
紅葉狩りや
ブドウやナシ狩りなどを
のんびり楽しんではおられない。
生き物たちにとっては
秋は忙しい季節であるが、
人にとっては、
夏の恋に破れた人でない限り、
秋は、
五感で楽しめる楽しい季節である。
皆さんにおかれましては、
これからしばらくの間、
どうぞじっくりと
いろいろな秋をお楽しみください。
でっかい秋 ~ススキとパンパスグラス~
今日は、
でっかい秋のご紹介。
私は小さい頃、
「♪ちいさいあ~き ちいさいあ~き ちいさいあ~き み~つけた~♪」
この歌の
「ちいさい秋」の意味が分からず、
季節に大きい小さいがあるのだろうか、と
いつも不思議だった。
音楽の先生が
せめて
小さい秋の意味ぐらい教えてから、
音楽を教えてくれていれば、
私はもう少し音楽が
得意になっていたかもしれない。
その小さい秋を見つけられるようになったのは、
随分成長してからのことだった。
そういう意味で、
今日は
「でっかい秋」のご紹介。
南米大陸の
パンパス(草原地帯)に群生している
巨大な草。
「パンパスグラス」
パンパスグラスとは、
Pampas(草原)に生えている
Grass(草)のこと。
どう考えても
そのままの名前で
味もそっけもない名前なのだが、
横文字に弱い日本人の間では、
なぜか洒落た名前に響く。
国がでかけりゃ
草まででかい。
そして
草がでかけりゃ
穂もでかい。
パンパスグラスは、
ご存知の方も多いので、
対比するものがなくても
大きさを想像できると思いますが、
この穂の部分の長さだけで、
優に1mはありそうです。
広い畑の中に
ぽつんと生えている。
否、
こう言うのは
ぽつんと言わずに
ドカンという方がいいかもしれない。
ドカンと生えている。
タンポポみたいに
種がまさか
南米から飛んできたのではないだろうから、
地主さんが
きっと戯れに植えられたのだと思う。
通常
1m~3mほどに成長するが、
ここはよほど環境が良いと見えて、
4m以上に育っている。
周りに何も植えてないので、
土の栄養分は独り占め。
私のチャリを
株の真ん中あたりに置いてみました。
チャリの
サドルの高さは、
ちょうど地面から1m。
ちなみに
このパンパスグラスは、
左側と右側の畑の境界付近に生えており、
チャリを置いている左側の畑が
右側より20cmほど高くなっているので、
その分も計算して高さを想像してみてください。
南米原産であろうと
日本原産であろうと、
イネ科の植物は
やはり秋口に穂を出して稔るもののようです。
すぐ近くでは、
ススキが、
外来種の
パンパスグラスなどに負けるものかと
頑張っています。
左がススキ。右奥がパンパスグラス。
ススキは、
ひところ
セイタカアワダチソウに縄張りを奪われて、
どうなるものかと思ったのだが、
ススキは強かった!
今では
セイタカアワダチソウを
どこかに押しやって
堂々たる勝利を得た。
しかし、
今度の敵は
かなりでかい。
でも、
でかいから強いとは限らない。
昔から、
大男は、
総身に智恵が回らないし、
ウドの大木は、
役立たずと決まっている。
「頑張れススキ!
パンパスグラスに負けるな!」
国がでかけりゃ
態度がでかい。
「頑張れ日本!
中国ごときに負けるな!」
酔芙蓉 ~燃え上がる命の炎~
この季節には
どうしてもこの花になる。
純白の
無垢の色で生まれ、
真っ赤な夕日色に燃え上がって
たった1日で
静かに命を終わる花。
「スイフヨウ」。
植物の名前は
普通カタカナ書きが多いのだが、
この花だけは
漢字の方がよく似合う。
「酔芙蓉」。
9:06
最初は純真無垢な白い花。
太陽が顔を出す前にはすでに完全開花。
9時頃までは白を保つが、
それを過ぎると
次第に朱が差してきて、
昼ごろにはこんなに奇麗なピンクになる。
12:14
太陽を直接浴びて、
炎の色を吸収するかのように
いよいよ色が冴えわたる。
14:38
隣では、
翌日咲くための蕾が
みるみるうちに膨らんでくる。
太陽が西に傾くのを待って、
その太陽が沈む前に
静かに己の命を閉じる。
17:08
真昼の太陽より
更に赤く燃え上がり、
夕日の色より
更に濃い色で幕を閉じる酔芙蓉の花。
過ぎゆく時に
何の未練も残さず、
10輪咲いたら
10輪すべてが命をともにする。
前日咲いて命を閉じた
その花の隣で、
新しく代わりの命を咲いた花。
昼ごろには
同じようにピンクに色づく。
まるで7、8歳の少女が、
17、18歳の娘に変身していくような
そんな美しさを見せる。
その娘が
20歳の大人に育った頃には、
それをあたかも見守っていたかのように
前日に閉じた花の名残は
ポロリと木から離れる。
閉じるのも
落ちるのも
木に何の未練も残さない、
実に潔い花である。
そして夕日が沈む前に、
真っ赤に燃えた己の命も静かに閉じて、
隣のつぼみに命を託す。
その移ろいを
木で見てみましょう。
朝、9時前まではこのような状態。
白い花が
今朝咲いた花。
赤い蕾のようなものは、
昨日咲いた花の名残。
昼ごろには
ピンクに色付いてきます。
みんなの花が
真っ赤に燃え上がる頃から、
昨日の花の名残が
木から離れ始めます。
静かに、
しかし確実に
世代交代が行われています。
そして太陽が西に傾くと、
己の命を静かに閉じ始めます。
ヒトと違い、
花は
自分の命を自分で閉じる。
決して閉じさせられているのではない。
自分で閉じればこそ、
そこには悲しさもはかなさもない。
美しさのみが
心に残る。
命の終わりというものは
このようなものだと、
教えてくれているような酔芙蓉の一日。
自然を謙虚に眺めると、
いろいろなことに気付かされる。
素晴らしい自然の営み。
フヨウ揃い踏み ~秋色に咲く花達~
フヨウは、
7月頃から咲き始め、
10月頃まで咲き続けるが、
やはり今頃の花色が
一番美しく感じる。
ちょっと色気づいているが、「白花芙蓉」。
花びらが薄く、
どちらかというと可弱いので、
大雨と
風に花びらを傷めるが、
少しだけなら
可弱さゆえに美しさが際立つ。
「芙蓉」とは、
ハスの別称としても使われ、
古典などにも引用がある。
白楽天が
『長恨歌(ちょうごんか)』で楊貴妃を
「芙蓉如面柳似眉」(面(かお)は芙蓉の如く、眉(まゆ)は柳に似る)と例えた芙蓉は
ハス。
『源氏物語』の
「桐壺(きりつぼ)」の巻の
太液(たいえき)の芙蓉も、
太液池のハスからの引用。
だから
木のフヨウは
当時
「木芙蓉(もくふよう)」と呼ばれていた。
「ピンクのフヨウ」。
ピンクでも
ショッキングピンクなどと違い、
実におしとやかなピンクである。
雨の後の
澄んだ空の青に良く似合う。
水滴を花面において、
短い命を輝かせる。
こちらは八重咲きの芙蓉。
早朝白色で咲き、
昼前にはピンクに色づき、
午後からは
その色が赤に近くなり、
夕日を浴びて、
真っ赤な夕日色に染まる。
誰が呼んだか、
その色の変化を、
お酒がまわってくる時の
色白の美人の酔うさまに例えて、
「酔芙蓉」 とは
よくぞ名付けた。
日本一美しい富士山の峰を
「芙蓉峰」 と呼ぶに至って、
いかにフヨウが
みんなに愛される
美しさを持っているかが良く分かる。
太陽が昇る前に咲き、
太陽が沈む前にしぼむ
一日だけの花なのに、
実に潔(いさぎよ)い花である。



































