小鳥たちを呼ぶ柿の実 ~その2・ムクドリ~
柿の実が
たくさん熟れはじめると
ムクドリが大挙してやってくるが、
今はまだ数羽。
青空をバックに
赤い柿の実が栄えます。
おいしそうな色合いに
なってきました。
ムクドリのくちばしと
脚のオレンジが一体化。
正月に
ミカンを食べすぎると
顔も手も
黄色くなるぞと
親に脅されたものだが、
ムクドリは
柿の実を食べすぎて、
こんな色になったのではないかと思わせる。
ムクドリは、
メジロとは違って
少しは噛む力がありますので、
美味しい実を
引きはがしにかかります。
おいしそうなところに狙いを付けて、
パクッと咥えますが、
うまく千切れるかどうか。
ここの柿の実が
今からどんどん熟れてくるのだから
きっと近隣にある柿の実も
熟れ始めていることだろう。
武蔵野の農家の庭には、
ほとんどといっていいほど
柿の木の1本や2本は植えてある。
しばらくは
鳥たちも
餌の心配をする必要は
なさそうだ。
鳥たちにとって、
美味しい柿の実を
いつでもたらふく食べられる
食欲の秋は
遅ればせながら
今やって来た。
小鳥たちを呼ぶ柿の実 ~その1・メジロ~
近所の柿の実が
熟れ始めた。
どんな柿の木かというと
ここをご覧ください。
この家の人が収穫しないところを見ると、
渋柿なのかもしれないが、
熟れれば甘いことを
小鳥たちはよく知っている。
この柿の木に
飛んでくる鳥たちは
ヒヨドリ、
ムクドリ、
メジロ、
オナガ、等々
引きも切らない。
今日はメジロ。
こんなにたくさんの実がなっていますが、
熟れているのはまだ少ない。
その少ない熟れた実に
メジロが飛んできています。
ズームで迫ります。
この時には
もう一匹は
他の枝に移りました。
熟れた実の
皮が破られていますが、
これはきっと
メジロが破ったのではなく、
ヒヨドリかムクドリが
破った跡だと思います。
おいしそうに
熟れた実の汁を吸います。
メジロの嘴は、
花の蜜を吸えるように
細長いくちばしをしていますので、
吸うということは
容易にできますが、
噛むということは
あまりやりません。
でも
今日は違います。
よほどおいしいのでしょうか、
静かに吸ってなどいられない。
大口を開けてかぶりつきます。
熟れた実の
塊を飲み込めたら
腹もちもいいことでしょう。
この柿の木は
これから
たくさんの鳥たちを呼びます。
凍てつく朝 ~武蔵野は今冬一番の寒さ~
TVのニュースで
各地の大雪について、
アナウンサーや司会者が、
大騒ぎしているが、
寒さの本番はこれから。
名古屋で、
20cmも積雪があったとか、
釧路や女満別では、
前が見えないほどのホワイトアウト状態だとか、
騒いでいるのはレポーターだけ。
通行人に、
「こんな大雪の中をどうして一人で歩いているのですか?」などと
愚かな質問を投げかけるレポーター。
聞かれたその若い女性は、
「今仕事帰りです」、と
平然として答える。
北海道では
そんなことは当たり前なのである。
この時期に
「これだけの大雪は云々」、などと
大騒ぎすることはない。
これから本格的に寒くなり、
雪はもっともっと降るのだから。
さて、
ここは武蔵野。
今朝は快晴。
雪の気配などさらさらないが、
しかし
寒さだけは厳しい。
2014年12月18日 午前6時32分。
零下5℃。
庭の
小鳥たち用の水入れも
当然カチカチ。
いつもは表面だけが凍るのだが、
今日は底までみんな凍結。
このような時には、
溜り水はほとんど凍っているだろうから、
小鳥たちは、
きっと玉川上水のような
ゆっくりと流れるところで
水を補給するのかもしれない。
花壇には
びっしりと霜柱。
土が全面
数センチくらい浮き上がっている。
一部を壊してみると
こんな状態。
花壇に植えてある園芸用の植物は
この霜柱に株ごと持ち上げられて
完全に根が浮いてしまい、
その根が
カチカチに凍るのだから、
たまらない。
冬を生き抜く
草たちの生命力は
どこにあるかというと、
霜にやられない葉もさることながら、
根が土の中に
これでもかというほど深く入り、
そのために
決して霜柱に持ち上げられることがないため、
命を長らえる。
園芸種との大きな差は
ここにある。
今冬一番の寒さ。
冷え込んだ分だけ、
快晴の朝日がまぶしい
武蔵野の朝の様子でした。
私の小さな宝物 ~ツリーのPin’s(ピンバッジ)~
思えば、
もう4年も前のことである。
8年間住んでいた名古屋の仲間から連絡があり、
飲み会があるので来ないかと誘われた。
東京に住んでいると
酒を飲もうと誘われれば、
電車に乗って出かけるのは当たり前だが、
新幹線に乗って出かけたこの飲み会は、
今までで一番の長い移動距離だった。
たまたまその時に
同じ名古屋で
ブログの人とのオフ会が2件あり、
お互い初対面ながら、
楽しい時を過ごした。
その様子は、
2010年12月10日の私のブログで、
皆さんにご紹介しました。
是非一度覗いてみてください。
今日のブログの
「私の小さな宝物」は
その時にお会いし、
食事の後
「まだ一度もカラオケに行ったことがない」という
その方をお連れして、
一緒にカラオケに行った帰りに
その方からいただいたもの。
その方とは
「絵本作家のふらんす語屋さん」 の筆者、
まいちゃん。
余りにも
何気なく、さりげなく渡されたので、
つい頂戴したのだが、
今では私の
大事な宝物になっている。
それは
綺麗な銀色の小箱に入っていた。
この小箱を開けると
まぶしいツリーが現れます。
初対面だったので、
このハートをどうとらえたらいいのか
少々戸惑いましたが、
こちらも
何気なく、さりげなくいただく。
12月のことでしたので、
きっとこのような
ツリーのピンバッジになったのでしょうが、
綺麗ですね。
その時は
すぐにスーツの襟に付けさせてもらいましたが、
襟元だけが
いやに光り輝いていました。
またお会いする機会があれば、
当然このバッジを付けて行きたいと思いますが、
早いもので
あれからもう4年。
なかなか機会がやってこない。
来年こそは
めでたくお会いできる日が来ることを
願わずにはいられません。
食べ物などではなかったため
頂いてすぐにブログに取り上げるのを
遠慮しましたが、
4年も経ちましたので、
もう大丈夫でしょう。
まいちゃん!
あの時はありがとうございました。
来年こそは
早い時期にお会いしたいですね。
今回のブログは
完全に個人的なブログになりました。
お出でいただいた方、
ご勘弁ください。
ミセバヤの子供たち ~繁栄と滅びの姿~
ついこの間まで、
真っ赤に燃え上がっていたミセバヤ。
紅葉の後
命を次世代につないで
葉が落ち始めると、
株には何の未練も残さず
あっという間に散る。
潔い命の輪廻。
自然に任せてもいいのだが、
枯れて落ち始めた
葉と茎を
きれいさっぱり切り取ってやる。
そうすることで
小さなたくさんの新しい芽は
太陽の暖かい光に包まれる。
今朝の武蔵野の
朝の気温は
ほとんど
零下4℃。
そんな冷え込みを
ものともしないで、
こんなにたくさんの命が生まれている。
燃え上がった茎の周りには、
その数をはるかに上回る
新しい芽ができている。
まさに繁栄。
年々株が大きくなるはずである。
生き物の繁栄とは
本来ならばこうでなければいけないのだろうが、
日本人の世界では、
経済的な問題があり、などと
理由を付けて
未婚の男女が増え、
晩婚化が進み、
一人っ子の家庭が増え、
人口はどんどん減少傾向。
田舎で生きていた
我が父母も
きわめて貧しい生活ではあったが、
あの時代では
「貧乏人の子沢山」という言葉があったほど、
経済的なことが
結婚しないこととか
子供が産めないことの理由には
何もなっていなかった。
そのような環境で育った子供たちも、
自分が貧しいなどとは
何も考えたことはなかった。
それが当たり前のことだった。
今の世代の若人の
経済的理由なんて、
私に言わせれば、
自分が遊びたいだけではないのかと
疑いたくもなってくる。
人それぞれの生き方があるのだから、
とやかくは言うまい。
だけど
次世代が育たないということは、
即、その家系の滅びを見るようで、
ちょっと寂しい。
ミセバヤは
こんなにたくさんの子供が生まれて、
うらやましい限りである。
























